第一層迷宮区にて
第一層。少女がこの世界で戦い抜くことを誓ってから、一月近くがたった。第一層の攻略は、いまだ遅々として進んでいない。
多くのプレイヤーが死の恐怖に支配され、最初の町から出ようとはしなかった。中には現実の死につながるということを信じずに、アインクラッドから飛び降りた者もいた。そうした者はHP全損扱いとなり、生命の碑のプレイヤーネームに打消し線が引かれてしまった。現実に帰れたのか、それとも死んでしまったのかは不明だが、無邪気に希望的な妄想を信じることなど、どのプレイヤーにもできなかった。
少女は順調にレベルを上げていた。既にフロアボスがいるという迷宮区にたどり着き、探索をおこなっていた。まだフロアボスのいる部屋は見つかっていないが、おそらくもう少しで見つけられるだろう、と思えるくらいには探索をしていた。
少女はソロプレイヤーだった。頼れる仲間はいなかった。それは不幸な偶然で、幸運な偶然だった。
プレイスタイルは所謂重戦士型である。鎧で防御をしっかりと固め、モンスターの攻撃を耐え忍びながら攻撃していくスタイルだった。ソロではない少女が装備を固めていくうちに自然とそうなっていった。加えて、少女は両の足で動き回ることができるようになったとはいえ、大きなブランクがあったために、激しい動きはあまり出来なかった。下手に激しく動こうとすると足がもつれてしまう。少女にとって、鎧による移動ペナルティはなんのペナルティにもならなかったし、軽装備で移動が阻害されないことは、むしろペナルティだった。
「これで100――っと」
少女は斧を軽く振るって<コボルド・トルーパー>を倒す。少女の戦闘スタイルに最も合った武器だった。斧は一撃が遅く、一方で一撃が重い。相手の攻撃を受け止める戦い方をする都合上、隙だらけの身体に大きなダメージを与えられる斧は最適だった。
少女は戦い抜くと誓ってから毎日長時間モンスターを相手取っていた。おかげでレベルも相応に上がっていた。レベルを上げるたびに少女は強くなり、強いモンスターを倒せるようになっていく。強いモンスターを倒せるとレベルも上がってさらに上を目指せる。当たり前のことだがとても楽しかった。
毎日こうして両の足で歩けることに感謝して、一日100体を最低ノルマとして戦っているが、少女にとってそれは特別難しいことではない。一時間あたり10体倒せれば、日中の時間で終わるのだからさして難しくはなかった。実際にはもっと速いペースで倒しているので、だいぶ余裕はあった。
「んー、どうしようかな」
少女は少し悩んだ。武器の耐久値が減ってきている。予備の武器はしっかりと持ってきているため、このまま続けて戦ってもいいが、武器を失うのは少し困る。また後で買い足す必要が出てきてしまう。できればその分を回復薬に当てたいと少女は思っていた。いや、メインの斧から予備の武器に変えてしまえば、まだ戦いは継続できる。別に壊れるまで武器を変えることができないなんてことはない。
少女は武器を斧から長剣へ持ちかえる。最初のころから使っている武器だけあって、斧ほどではないがスキルレベルはそれなりだ。加えてこの長剣は『アニールブレード』と言い、この時点では最もグレードが高い装備の一つでもある。レベル上げもかねて受けたクエストの報酬だったのだ。
さてモンスターはどこにいるのだろう。少女が再び歩き始めると、激しい剣戟の音が聞こえてきた。おそらくはプレイヤーたちだろう。少女は音のもとへ行くことにした。横取りしようとは思っていない。単純に気になって少し顔出してみようかと思っただけである。迷宮区の最前線で戦うプレイヤーと少女が出会ったことは、なんとも運が良いのか悪いのか、殆ど無かった。だから気になったのだ。
そこにいたのは特徴的な姿のプレイヤーだった。六人のパーティーで、うち五人は特に目を瞠る特徴はなかった。長剣使い、斧使い、短剣使いと武器の種類がいくらか異なる程度だった。しかし一番前で<コボルド・トルーパー>と戦う男は違った。一見するだけで覚えられるだろう特徴的な髪形をしていた。毬栗と表現すればよいだろうか、それともウニと表現すればよいだろうか。少女は失礼とわかっていながらも思わずくすりと笑った。
毬栗頭の長剣使いが率いるパーティーは、しっかりと連携が取れていて安定していた。<コボルド・トルーパー>を複数体相手にしながら、一切の焦りはなく丁寧に役割分担をしていた。
「こんにちは、調子はどうです?」
少ししてすべてのモンスターを倒し終えるのを見計らって、少女は彼らにゆっくりと近づいて話しかけてみた。
「おう、まあぼちぼちっちゅう感じやな。あんさんはどんな感じや?」
「こっちもまあまあです。――っと」
近づいてくる<コボルド・ナイト>に気づき、少女は長剣を構える。ちょうど横の通路から来ていて、毬栗頭の男からは見えない位置だった。
怪訝な表情をした毬栗頭の男に軽く目くばせをして、少女は通路の<コボルド・ナイト>に近づいた。<コボルド・ナイト>は剣を突き付けてくるが、少女はそれを意に介さなかった。<コボルド・ナイト>の一撃が少女を捉え、そして硬直が生まれる。少女はその一瞬の隙にソードスキルを発動させて<コボルド・ナイト>を斬りつけた。
当然一撃で沈むような雑魚ではない。HPゲージを確かに削ったが、それでも六割ほどは残っている。
「どうしたんや」
「ちょっと強めのモンスターですね。少し待っててください」
少女は同じようにして<コボルド・ナイト>のHPをすべて削る。少女のHPは少しだけしか減っていなかった。それだけのレベル、それだけの防御力。少女はソロで迷宮区に挑める程度には強かった。
「ん、101っと」
「な、中々なもんやな。それだけの強さでソロかいな」
「まあそうですね。仲間に恵まれなくて――。そういえばお名前を聞いてもいいですか? あ、私は【----】と言います」
「わいはキバオウや。よろしくな、【----】はん」
キバオウは少女に手を差し出した。少女が女性ということもあって少しの他意はあったかもしれないが、それでもキバオウの手はとてもまっすぐだった。少女はその手を握り返した。
「そういや【----】はんは聞いとるか」
「――? 何をですか?」
「三日後にやる言うてたボス攻略会議のことや。トールバーナでやる言う話やけど」
少女は知らなかった。正直にそう伝えると、キバオウは丁寧に詳細について語った。途中で少女がβテスターか剣呑な様子で確認したが、正直に違うと伝えると、安心したように息をついた一幕があった。少女は特に何も思ってはいないが――正確には思う暇もなかったし、βテスターかどうかなんて考えなかったが――、キバオウはどうにもβテスターを敵視しているきらいがあった。そういうものかと思いながら少女は、キバオウの話を相槌をはさみながら聞いた。
「時間があったら行ってみることにしますね」
「おう。ほなワイらももう少しレベリングしたいし、そろそろ行くわ。また会議でな、【----】はん」
少女はキバオウたちと別れて迷宮区のモンスター探しに戻った。モンスターを倒しながら、少女は攻略会議に思いを馳せた。