SIDE:黒の組織
夜のとある首都高を一台の車が走っていた――。
その車――黒のポルシェ356Aの車内で、二人の黒ずくめの男が会話をしていた。
「……何?
助手席に座る冷徹な眼光を宿した長髪の男――ジンが、運転席で車を運転するサングラスをかけた弟分――ウォッカへと視線を向けそう聞き返す。
それを受けてウォッカもやや戸惑いながら答えた。
「へ、へい。……丸一日経っても宮野明美の死亡の件がニュースにも新聞にも出ねぇんで、不審に思った組織の人間が死体を確認しにあの倉庫へ行ったんですよ。そしたら、そこにあるはずの死体はおろか、血だまりすら奇麗さっぱり消えてたって話なんでさぁ」
「……どこか別の倉庫と間違えたってくだらねぇオチじゃねぇだろうな?」
射殺すように目線を鋭くするジンに、ウォッカは慌てて続きを話した。
「い、いえ。その倉庫で間違いないみたいですぜ?詳しく調べて見た所、地面から血だまりが出来てた形跡があるらしくルミノール反応が出たみたいですし、その周辺も不自然なくらいに奇麗に清掃されててチリ一つ落ちてなかったと聞きやす」
「……どっかの誰かが宮野明美の死骸を回収して、痕跡を残さねぇようにご丁寧に掃除までしてったって事か?」
「そうなります」
ウォッカがそう頷き、ジンはフンと小さく鼻を鳴らすと、窓の外を流れていく首都の夜景へと視線を移した。
そんなジンに向けてウォッカは続けて口を開く。
「おまけに手に入れ損ねた例の10億円も、翌日には四菱銀行に送り返されて来たって聞きやす」
「……あの女の死骸を持ち去った奴がそれをやったって事か?あまりの大金を目の前にしてちょろまかすのに気が引けたのか……あるいは女の死骸が目当てだったか……。まぁどっちにしろ、あの10億円自体は元々あの女を殺す口実にするための強奪計画だったんだ。金が手に入ろうが入るまいがどうでもよかったさ」
――ジンのその呟きの後、重たい沈黙が車内を支配する。
怪しさのにじみ出る風貌をしている事以外、片方は普通に運転、片方は何気なしに外の景色を眺めているだけだというのに、その車内の空気を重くする重圧は異常に思えた。
やがて、それに耐えきれなかったのかウォッカは不安げにジンに声をかけた。
「あ、兄貴……。まさかとは思いますが宮野明美の奴、ひょっとして生きてるんじゃ――」
「――あ゛?」
窓の外を眺めていたジンの冷徹な眼光が、瞬時にギョロリとウォッカへと向けられる。
息をのむウォッカに対し、ジンは冷ややかな声色で声を上げた。
「俺がバラし損ねたとでも言うつもりか?」
「い、いえ、その……」
その眼光に怯えるウォッカを見て毒気が抜けたのか、ジンは先程よりも大きく鼻を鳴らすと再び外の夜景へと視線を戻す。そしてウォッカに向けて口を開いた。
「てめぇも見てただろ?あの女の腹に俺が鉛玉を二発ぶち込む所を。……確かに立ち去る時、まだ息はあったみてぇだが、あれだけの傷だ。あの後すぐ発見されて救急車で運ばれたとしても、確実に病院に着く前にくたばってただろうぜ。……とにかく倉庫を調べたというソイツに、『あの方』にも問題ねぇ、と伝えるよう後で言っとけ」
「へ、へい。……で、でもそれなら、あの女の死体は一体どこに消えちまったんでしょうね?」
恐る恐るそう質問するウォッカに、夜景を見ているのが飽きたのか、ジンは座席を後ろに倒して仰向けに寝転がる。そして車の天井を睨みつけながらウォッカの質問に答えた。
「……さぁな。俺は
良からぬ想像でもしたのかジンは寝転がったままクックと笑った。
そこへ再びウォッカが問いかける。
「もしそうなら……いいんですかい?その変態ほっといて……。ひょっとすると、あの女を殺す所を見られてたかもしれませんぜ?」
「……ほっとけ。仮にそうだったとしても、そんな変態野郎の言葉なんざ誰も信じねぇよ。……あの
唐突にジンの口から出た『沼淵』という名前に、ウォッカは小さく反応する。
「沼淵……
「この前、連絡があってな。大阪でサツに捕まったらしい。……組織の影に怯えて
「…………」
沈黙して耳を傾けていたウォッカの横で、ジンは寝転がったままポケットから煙草を一本取り出すと、それに火をつけて吸い始める。
ふぅ、とジンによって吐き出された煙草の煙が、車内の空中を漂った。
数秒の沈黙後、再びジンが口を開いた。
「……それにだウォッカ。もしお前の言うように、あの女――宮野明美が万が一生きていたと仮定するなら……奴が助かるには、俺たちが人気のないあの埠頭の廃倉庫を出て行った直後、
「…………」
「……そんな偶然の連鎖、あり得ると思うか?」
ジンが寝転がったままウォッカに視線を向けてそう問いかけ、問われたウォッカは「馬鹿げている」と言わんばかりの苦笑いを浮かべた。
「……あり得ませんね。そんなの」
「だろ?」
そうしてジンとウォッカはお互いにクックと忍び笑いを浮かべる。
まさか、笑ってあしらったその仮説が案外的を射ていたなど、この時の二人は気づく事も無かった――。
SIDE:FBI
アメリカのFBI本部、その一室で三人の男女が会話をしていた。
一人はメガネをかけ、口ひげを蓄えた年配の男性、もう一人は同じくメガネをかけ、短い金髪を生やした女性。そして最後は、ニット帽をかぶった短い黒髪の男性だった。
金髪の女性が年配の男性に声をかける。
「……それで、どうでしたか?宮野明美の足取りは?」
その金髪の女性――ジョディ・スターリングに問われた年配の男性――ジェイムズ・ブラックは、肩を落として首を振る。
「駄目だったよ。日本で10億円強奪事件が起こったのは確かなんだが、その後の彼女の足取りが依然としてつかめていない。彼女を探ろうとすると必ず途中で手がかりが切れてしまうんだ」
「そんな……一体何が?」
ジョディのその言葉に、ジェイムズは再び首を振る。
「分からない。だが、『何かしらの強い力』が動いているのは確かなようだ。それが我らの捜索を妨害している。それがあの組織の連中の仕業なのか、もしくは――」
「――どこか別の勢力が介入しているのかもしれない。ですか?」
それを呟いたのは壁に寄りかかっていたニット帽の男性――
赤井のその言葉にジョディは怪訝な顔を浮かべる。
「別の勢力って……CIAとか公安が……?」
「それはまだ分からない。だが少なくとも組織の連中の仕業ではない事は確かだ。その強奪事件で雇った二人を先に始末しておきながら、本命の宮野明美を殺さないというのは不自然だ。仮に殺していたとしても彼女の遺体を隠すなんて必要性も、奴らには無いだろう」
「それじゃあ、宮野明美は……」
ジョディの言葉に赤井は確信めいた表情で頷く。
「その別勢力とやらが彼女を匿っている可能性が高い。だからこそ、足取りが途中で途絶えてしまうのだろう。……俺たちFBIの情報網をフル回転させているのにも関わらず、その尻尾すら捕まえさせないほどの者たちだ。只者で無い事だけは間違いない」
赤井のその言葉に、ジェイムズは「むぅ……」と唸って見せた後、直ぐ口を開く。
「……セキュリティーに特化した勢力、というわけか……。いずれにしても、日本に行ってみない事には何も分からないようだ。……ジョディ君、予定通りキミには先に日本に飛んでもらうよ?準備は出来ているね?」
「はい!」
ジェイムズの問いかけにジョディは強く頷く。それをしり目に、赤井は部屋の窓から外の景色を眺めながら、一人物思いにふける――。
(どこにいる?……明美)
SIDE:警察庁警備局警備企画課(ゼロ)
警視庁の公安組織、そこに所属する者たちもFBI同様、宮野明美の捜索が難航していた。
「
「くそ……一体彼女は何処に消えたというんだ?組織ではジンに始末されたという話だが……その死体が消えたというのは明らかにおかしいだろ?」
メガネをかけた公安の男の言葉に反応して、そう呟く色黒の公安の男――
(
SIDE:警視庁捜査一課
同じく警視庁の刑事部、捜査一課の刑事たちもまた、宮野明美の行方を追っていた。
「それで四菱銀行に返ってきたという10億円を入れたカバンから、何か手掛かりはつかめたのかね?」
捜査一課3係の警部である
それに先に答えたのは高木だった。
「残念ながら、指紋や髪の毛の類は一切検出されませんでした。カバン自体もどこの店でも売ってそうなありきたりの物なので、購入場所を特定する事も難しそうです」
そして、次に佐藤が声を上げる。
「宅配会社の所に残っていた宛先の住所と名前も全てデタラメでした。カバンを受け取った宅配業者によると
二人のその報告を聞いて目暮は思案顔で唸る。
「用意周到だな。しかし何故奪った10億円をわざわざ返してきたんだ?」
「……これは今も行方が分からない、広田雅美の仕業なのでしょうか?」
佐藤のその問いかけに目暮は静かに首を振る。
「……分からん。分からないことだらけだ。一体何が起こっているのやら……」
やれやれと肩を落とす目暮。そんな目暮と高木、佐藤の姿を遠目から見つめる一人の男性刑事がいた。
(……やけにきな
歯がゆい思いをしながら、男性刑事は
SIDE:広田雅美(宮野明美)
意識がゆっくりと浮上し、同時に目が見開かれると、そこには知らない天井があった――。
「ここは……?」
ぼんやりとその天井を見ながら私はそう呟く。するとその声が聞こえたのかすぐそばから声がかかった。
「おや?目が覚めたんだね?」
ふと見ると私が横たわるベッドの横に、見覚えのあるカエルの顔をしたお医者さんが立っていた。
その人の顔を見た瞬間、私は全てを思い出し、慌ててベッドから起き上がろうとする。
「うっ……!」
しかし、腹部に走った鈍い痛みでその動きが途中で止まった。
それを見たカエル顔のお医者さんは、私の動きを抑えるようにそっと肩に手を置いた。
「まだ傷が塞ぎきっていないんだ。無理をしちゃいけないよ?」
「は、放してください。妹を……助けに行かないと……!」
「……妹?」
「私は元々、組織から妹を解放してもらうために、取引であの強奪計画に加担したんです……!でもこんな事になってしまって……だから私が、あの子を助けないと……!」
絞り出すようにそう呟く私に、お医者さんは真剣な顔を浮かべると、静かに問いかけてきた。
「……その妹さんが今どこにいるのか、キミには分かるのかい?分かったとして、キミに妹さんを助け出す手立てがあるのかい?」
「……っ!」
お医者さんのその言葉に私の動きは止まる。言われて初めて気づく。私には今、妹がどこにいるのかも知らないし、あの子を連れて組織から抜け出す算段も付いていない。私は妹の身を案じるあまり、気だけが焦っていたのだ。
悔しさに唇をかみしめ俯く私を見て、悟ったお医者さんは静かに首を振った。
「……残念だが、今のキミでは妹さんを探し出す事も、助け出すことも出来ないだろう。それどころか下手に動けばまた命を狙われる危険性だってある。……酷な事を言うようだが、今は傷を癒す事を最優先にする事だね?」
そう言って私をベッドに寝かしつけたお医者さんは「何か食べられる物を持ってくるよ」と言って部屋を出て行く。それを見送った私はベッドで横になりながら部屋の窓から外を見上げる。今は夜らしく、空には明るい満月が浮かんでいた――。
「志保……」
妹の名を呟きながら、私はその月に祈る。
どうか、妹が無事でいますように、と――。
その祈りが通じたのか、数日もしないうちに、私は妹と
次回はいよいよ、蘭と双璧をなすもう一人のヒロインが登場します。