それまでは原作と変わりありません。
SIDE:灰原哀
静岡から米花町へと帰る車の中――。
私は
ふぅ、と小さく息を吐く。少し疲れたのかもしれない。
姉の所に間違えて送ってしまった組織のフロッピーディスクを回収しに、姉の恩師の元へ向かったというのに、まさかそこで殺人事件に遭遇するなど夢にも思わなかった。
思えば、組織を抜け出してから今まで、気の休まる時が無かったように思える。
(お姉ちゃん……)
窓の外をぼんやりと見ながら、心の中で
組織から姉の死を知らされた時、私は心臓を握り潰されたかのような錯覚に陥った。
それまでニュースや新聞にも姉の死は出てはいなかったので、当初は組織のデマだと思ったのだが、姉に直接手を下したのがあのジンだと分かると、姉の死を確信せざるを得なくなった。
ジンは組織に深い忠誠心を抱く冷酷漢だ。裏切り者や組織を脅かす者を一切許さず、躊躇いなく抹殺する。それが例え、つい先日まで仲間だった者であったとしてもだ。
そんな男に狙われて、少し前まで普通の一般人であった姉が無事でいられるわけがない。
姉の死を突き付けられた私は、それをきっかけに組織に反抗して監禁された。
そして、姉の後を追うつもりで隠し持っていた
チラリと前の運転席と助手席に座る、
私同様にあの薬で幼児化した、今は江戸川コナンと名乗る高校生探偵の工藤新一君とその工藤君の実家の隣に住む発明家であり協力者でもある阿笠博士――。
静岡を出発してから今まで、何故か二人は一切口を開こうとしない。二人で会話を交わす事無く、前方を向いたままであった。
ふと私の脳裏に、事件解決直後に感情のままに工藤君に浴びせてしまった言葉がよみがえる。
『どうしてお姉ちゃんを……助けてくれなかったの……?』
その言葉を言った瞬間、私の中でせき止められていた感情が爆発し、泣きながら彼を責め立ててしまった。
今思うと我ながら恥ずかしい事をしたと思う。あれではただの八つ当たりだ。
後で謝るべきだと、私がそう思っていると、私たちの乗る車は米花町の目と鼻の先の距離にまで近づいていた。
その瞬間、助手席に座る工藤君が運転する博士に声をかけた。
「……博士」
「ああ、分かっとるよ」
博士は皆まで言わなくていいとばかりにそう返し、それを聞いた工藤君は私の方へと首を向けた。
「なぁ、博士の家に帰る前に、ちょっと寄りたい所があるんだが……いいか?」
「?……別にいいけど……どこに行くの?」
首をかしげてそう聞き返す私に向けて、工藤君はそれに答えた。
「米花私立病院。……そこにお前に会わせたい人がいるんだ」
「私に?」
誰だろう?そんな名前の病院に行ったことは無いし、ましてや知り合いがいるという事もないはずなのだが。
怪訝な顔で彼を見つめていると、次に彼が発した言葉で私の頭の中が真っ白になった――。
「――お前の姉さん……生きてるよ」
数十分後、私たちは夜の米花私立病院に到着していた――。
見ると工藤君たちが前もって連絡を入れてたのか、玄関先には
一目見てカエルのような特徴を持つ顔だと分かるその人は、私たちが来るのを待っていたかのように笑顔で軽く手を振って見せた。
「やぁ、待ってたよ。丁度良かった。実はつい先日、
「マジか、丁度いいじゃん!じゃあ早速会いに行ってもいいんだな?」
「ああ、いいとも。……所で新一君、彼女は?」
そう言って、工藤君と会話をしていたカエル顔のその人は私へと視線を移す。
それを見た工藤君は「あ~……」と頭を掻きながら呟くと口を開いた。
「ちょっと色々とあって……。歩きながら説明してもいいかカエル先生?」
「?……構わないよ?」
工藤君にカエル先生と呼ばれたその人は先頭に立って病院の中に入っていく。
そのカエル先生の横に工藤君と阿笠博士。そして後ろに私が付いて行く形となった。
目の前でカエル先生に私の素性を歩きながら説明する工藤君を見ながら、私は未だに半信半疑でいた。
姉が生きているという工藤君のその言葉に深い安堵と期待がある反面、あのジンに命を狙われたのに生きているわけがないという疑心と疑惑が私の中でせめぎあい、混乱の渦中にあったのだ。
だが、そんな私の心情などつゆ知らず、工藤君たちの脚はとある病室の前でピタリと止まった。
そして先頭に立っていたカエル先生が、軽くノックをすると中から
「どうぞ」
(――あ)
呆然となる私の目の前で、カエル先生が病室の扉を大きく開けた――。
SIDE:宮野明美
病室の扉がノックされ、私はベッドから上半身を起こし「どうぞ」とそれに答える。
すると扉が開かれ、私を治してくれたカエル顔のお医者さんを先頭に、あの時倉庫に駆けつけて来てくれた工藤新一を名乗る少年。そして、初めて見るカエル顔のお医者さんと同年代くらいの髭を生やした丸メガネの男性と小さな女の子が病室に入ってきた。
「雅美君、キミにお客さんだよ?」
「雅美さん、もう元気になったんだね」
お医者さんの言葉を合図に少年がそう言い、私はそれに頷いて見せる。
「ええ、もうすっかり……。キミの方こそ、どうなったの?例の10億円」
「うん、こっちももうばっちり。ちゃんと四菱銀行に返しといたよ」
「そう……ありがとう」
少年のその言葉に私はホッと安堵する。
すると今度は丸メガネの男性が歩み出て来る。
「初めまして。彼の協力者をしている発明家の阿笠という者です。いやホントに、元気になられてよかった」
人懐っこい笑顔を浮かべてそう声をかけて来る阿笠さんに、私も笑みを浮かべて会釈する。
すると再び少年の方から声がかかった。
「雅美さん、実は今日来たのは彼女に会ってもらいたくってさ……」
そう言って促す視線の先には未だ扉のそばに立ってこちらを凝視する女の子がいた。
目を大きく見開き、信じられないモノを見るかのように呆然とこちらを見つめている。
(――え?)
女の子の顔をじっと見た瞬間、私の記憶の中にある
いや、重なるどころの話ではない、完全に瓜二つであった。
あり得ない。そう思っても
でもまさか……まさか、そんな……!?
「
「お姉ちゃん!!」
恐る恐るそう私が訪ねた次の瞬間、志保は涙を流しながら私に向かって抱き着いてきた――。
SIDE:灰原哀
最愛の姉との思わぬ再会が叶ってから、私は毎日のように姉に会うために米花私立病院を訪れるようになった。
組織にいた頃は姉とも滅多に会えなかったため、こうやって毎日自由に会話が出来るのがなんだか嬉しかった。
いっそ姉を匿ってもらっているこの病院で姉と一緒に住もうかとも考えた。
なにせこの病院には医師やスタッフが寝泊まりできる住居スペースが多く確保されているらしく、私もその中の一室を借りようと思ったのだ。
しかし、見た目子供に戻ってしまった身ではあるものの、それ以外は健康体である私が病院内を日常的にうろつくのと、小学校生活を送っているため、毎日病院から通っていくのも
そうして学校の帰りに病院に居る姉に会いに行く日々を送っている。
これなら周囲から誰かのお見舞いに毎日訪れている小学生だと思わせる事が出来るだろう。
――そんなある日、いつものように姉に会いに行った後、病院を去ろうとしていた私にカエル先生が声をかけてきた。
先生は「ちょっと話があるんだがね?」と言うと私を医院長室へと連れて来た。
来客用のソファに座り、出されたお茶を飲んでいると、カエル先生はとある紙束を持って現れる。
そうして紙束を差し出しながら、私にここへ連れて来た目的を話してきた。それに私は大いに驚く――。
「例の薬の解毒薬――その試験品ですって!?」
私の言葉にカエル先生は頷き、以前工藤君が一度、偶然にも元の姿に戻った時の事を話してくれた。
そしてその時使われたのが、
「――で、そのパイカルの成分を分析して作ったのがその紙束のデータに書かれている試験薬なんだ。……ここにキミを呼んだのは、あの毒薬の開発者であるというキミの意見をぜひ聞きたくてね?」
「……呆れたわね。あの薬のデータもサンプルも無い状態でそんなモノを作るなんて……。偶然にもその酒の成分で一時元に戻るのが分かったからと言って、むやみに作っていいモノじゃないわよ?」
「やれやれ、手厳しいね?」
カエル先生の説明に私は呆れ顔でそう響くと、カエル先生は苦笑しながらペチリと自分の頭を叩いて見せる。
それを見て更に呆れた私は、渡されたその試験薬のデータを見て――絶句した。
手元にあの薬のデータもサンプルも無い身だというのに、初めて作ったというその試験薬は良く出来ていたのだ。
パイカルの成分を主軸にして様々な薬品を配合、分析し、副作用が起こる恐れを考慮して今ある最善の方法を導き出し作られている。試験薬が故に『穴』も多くみられたが、それでも初めてでこれだけのモノを作ったのには賞賛に値した。
「……これ、もう実験は済んでいるの?……まさか、工藤君で?」
「ああ、彼は快く引き受けてくれたよ。……結果は1分も経たずして子供に戻ってしまったが、それでも元の姿に戻り、副作用の心配も無かったがね?」
カエル先生のその言葉に、私は目を見開いたまま呆然とカエル先生を見上げる事しか出来ないでいた。
あの薬のデータもサンプルも無いというのに、一瞬でも元の姿に戻れる薬を作ってのけた目の前の医師に、私は戦慄を抱かずにはいられなかった。
そんな私に彼はさらなる爆弾を投下してきた。
「……ちなみに、工藤君によるその実験の後も、僕は独自に改良を重ねて来てね。まだ彼で実験はしてないんで推測の域を出ていないんだが、恐らく1分未満から
「…………」
我ながらよく頑張ったとでも言いたそうなその満足げな顔に、私は二の句が継げなくなっていた――。
そんな事があったりした姉との再会から1週間後――。
静岡の殺人事件で警察に押収されていた組織のフロッピーディスクが返されて来た。
さっそく夜に米花私立病院にあった一台のパソコンを使い、工藤君たちが見守る中、立ち上げてみる。
自身の偽名の元であり、恩師でもあった大学教授の
そこへ阿笠博士から声がかかる。
「……しかし、よく警察のチェックを通ったのぅ」
「組織から配給されるフロッピーは、パスワードを入力しなきゃ、ただの文書ファイル。……怪しまれるわけないわ」
「ほぅ、良く出来ているねぇ?」
私の返答に、カエル先生がフロッピーの仕掛けに対して感心した声を漏らす。
そんな声を聴きながら私はカタカタとパスワードを打ち続けた。
工藤君が険しい顔つきで聞いてくる。
「どうだ?出そうか?」
「ええ。それに入っているデータは薬だけじゃないわ。……私がこの研究チームに配属される前に、薬に関わった人の実名と住所が、コードネームと一緒に入っているはずよ。……この研究に出資した人物の名前もね……」
「なるほど……上手くすれば、奴らを丸裸に出来るかもしれねぇってわけか……!」
私の説明に工藤君はチャンスだとばかりにほくそ笑んだ。
「……でも、出来るの?私たちだけであの組織を
恩師の死からようやく持ち直した様子のお姉ちゃんが不安げにそう問いかける。
確かにそこは問題だ。下手すれば裏から手を回されて阻止された挙句、逆にこちらの身が危うくなる可能性だってある。公表はまだ控えた方がいいかもしれない。
そんなやりとりをしている間に、必要なパスワードを全て入力し終え、中身を見ることが出来るようになった。
「……いくわよ?」
私は周囲に一言そう告げると、組織のデータを開帳した――。
(――えっ!?)
その瞬間、私だけでなく工藤君たちの表情も驚愕に変わる。
データを開いた瞬間、それらがまるで砂が流れるようにさらさらと崩れ、消滅していったのだ――。
「な、何じゃ?何じゃこれは!?」
博士の驚愕の声を背景に工藤君やお姉ちゃん、カエル先生も目を見開いて固まったまま画面を凝視する。
(!――しまった!)
そこに来てようやく何が起こったのか理解した私は愕然としたまま事実だけをありのままに周囲に伝えた。
「……コンピューターウィルス。『
「「「なにっ!?」」」
「なんですって!?」
周囲の驚きの声が重なり、私は更に淡々と続きを口にする。
「組織のコンピューター以外で立ち上げると、ウィルスが発生するように、フロッピー自体にプログラムされていたのよ。迂闊だったわ……!」
「じゃあ、データは全部……!?」
工藤君の言葉に、私は肩を落としてため息をつくと席を立ち、投げやり気味にそれに答えた。
「……ええ。何もかも、全て消滅したわ。このコンピューターのプログラムもね。……もう使い物にならないわよ、それ」
「……冗談だろう?これ昨日仕入れたばかりのパソコンなんだよ?」
あっちゃあ、と言わんばかりに顔に手を当てたカエル先生は天井を仰ぎ見ていた。――ご愁傷様。
そんなカエル先生と「くそっ!」と悪態をつく工藤君を見据えながら、私は小さく響ように呟く――。
「……あなた達とは、長い付き合いになりそうね?
振出しに戻る形となってしまったが、私はこれからのこの二人との付き合いに、ほんの少し楽しみを感じずにはいられなかった――。
とりあえず、宮野姉妹編はここまでです。
次回からは再び各事件のキャラや警察関係者のキャラにスポットを当てていきたいと思います。