とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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今回はショートストーリーで送る豪華3本立てです。


カルテ10~12:上村直樹/高杉俊彦/萩野智也

SIDE:上村直樹

 

 

あれは、俺こと上村直樹(うえむらなおき)がサッカーの練習試合中に足を骨折し、療養を余儀なくされた直後の事であった――。

家でぼんやりしていた俺の所に一人の医者がやって来たのだ。

見るからにカエルのような顔をしたその医者は、やって来て早々、自分に俺のこの壊れた足を治療させてほしいと頼み込んできたのだ。

いきなりの事に俺はその医者を怪しんでいると、次にその人の口から驚きの話が出てきたのだ。

 

「……実はキミのその足を治してほしいと赤木英雄(あかぎひでお)君という青年が僕の所に直接頼み込んできてね。前払いとして結構な治療費も多く払ってくれたんだ」

 

その言葉に俺は雷に打たれたかのようなショックを覚えた。

 

あいつが?わざわざ俺のためにこの先生に足の治療を頼んだって言うのか?俺のために大金まで払って――。

 

ふいに、この間の練習試合の事が脳裏をよぎった。

元々この足の骨折は俺とあいつが接触した時に出来てしまった怪我だった。

俺はあの時、実力で俺より上だったあいつが、俺に追いつかれるのが嫌でわざと俺の脚を狙ったのだと思っていた。

……今にして思えば、何て馬鹿な事を考えていたんだろうと思う。

あいつがそんなせこい真似をする奴じゃない事くらい、高校時代からの長い付き合いのある俺なら分かったはずなのに。

しかも、俺がそんな事を考えていたのも知らず、わざわざ医者を紹介して大金まで払ってくれて――。

あいつの心遣い俺は目頭が熱くなる。

そんな俺を見て目の前の医者は小さく微笑むと、早速治療の本題について切り出してきた。

 

「……それで、キミのその足の怪我の事なんだが、キミの前の担当医からは三ヶ月で完治すると言われていたんだよね?僕ならその完治期間をもっと短く出来るけど、どうする?」

「ほ、本当ですか!?ぜ、是非お願いいたします!」

 

俺は二つ返事でそれに了承する。それに医者は再び微笑んでみせた。

 

「分かった。それじゃあ早速明日、手術と行こうか。そうすれば()()()()()()()()()()完治して退院もできるから、選手復活の日はそう遠くはないね?」

 

医者のその発言に、俺が笑ったまま凍り付いてしまったのは間違いではないはずだ――。

 

 

 

――そうして今現在。足の怪我を完治させた俺は天皇杯決勝の地で、あいつの隣に立っている。

 

足の恩に報いるために、胸を張ってあいつと共に必ず勝利をつかみ取ってみせる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:俊彦

 

 

俺は、目の前で起こった光景に理解が追い付かずにいた――。

母さんと買い物で歩いていた際、いきなり背後から車が突っ込んできたのだ。

俺は難を逃れたが、母さんは車の直撃を食らい、路上に倒れ動かなくなった。

慌てて母さんに駆け寄るとまだ息があった。すぐに救急車で病院に運んでもらおうとその車の後から来たパトカーに乗っていた男の人に声をかける。

 

「邪魔だ、どいてろ!」

 

だが、その人は俺の声には全く耳を貸さず、母さんをひいた男を追ってさっさと行ってしまった。

その冷酷な言葉と態度に俺は怒りが沸々と湧き上がるのを感じたが、今はそんな事を気にしている暇はない。早くしないと母さんが――。

俺はどこかに公衆電話がないかと探し始め――。

 

「キミ、大丈夫かい?大きな音がしたから来てみれば……一体何があったんだい?」

 

――直後にカエルのような顔をした人が俺に声をかけて来ていた。

 

 

 

それからの行動は早かった。お医者さんだと名乗ったそのカエル顔の人は、母さんに今できうる限りの応急処置を施すと、救急車を呼んで俺と母さんを病院まで運んで行ってくれたのだ。

母さんは一命をとりとめ、かすり傷だった俺も手当てを施された。

そうして、母さんが退院するまでの間、俺は病院に泊まり込みで母さんのそばに寄り添っていると、ある日病室にあの時パトカーに乗っていた人がお見舞いと謝罪にやって来たのだ。

 

「車の影で見えなかったとは言え、貴女と貴女の息子さんには大変申し訳ない事をしてしまいました」

 

そう言ってベッドの上で上半身を起こす母さんに向けて、左目に大きな傷があるその人は床に膝をつき、深々と土下座をして見せたのだった――。

 

 

 

――あれから20年。俺はとある結婚式場で、向かい立つ想い人の女性と結婚指輪を交換している。

そばで見守る親族たちの中には、カエル顔の医師のおかげで元気になった母さんと、あの時パトカーに乗っていた、()()()()()である松本清長(まつもときよなが)さんも俺たちを温かく祝福してくれていた。

 

(それにしても――)

 

と、俺は目の前に立つ花嫁――松本小百合(まつもとさゆり)さんをまじまじと見つめる。

まさか、母さんをひいた連続殺人の犯人を追ってパトカーに乗っていたあの刑事さんの娘さんが、俺のかつての()()()()だったとは夢にも思わなかった。

 

運命の巡り会わせって不思議なものだと思いながら、俺はその想い人と口づけを交わしていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:萩野智也

 

 

僕――萩野智也(はぎのともや)は、何年か前に盲腸の病気で死にかけた事があった――。

病院に運び込まれた時には既に手遅れだったらしく、それでもお父さんは泣きながら僕を助けてほしいと担当のお医者さんにお願いし続けていたらしい。

するとそのお願いが通じたのか、お医者さんは別の病院から違うお医者さんを呼んで来てくれた。

初めて見た時、カエルみたいな顔だと思った事を今でも覚えている。

そして病気で意識がぼんやりする僕に向けて、そのカエル先生はにっこりと笑うと――

 

「大丈夫、キミは助かるよ」

 

――そう言って僕を安心させてくれたのだった。

 

 

 

 

そして今――。

奇跡的な手術で治った僕は、元気に帝丹小学校に通っている。

 

「おーい、智也ぁ!」

 

教室で声をかけられ振り返る。そこにはクラスメイトの元太(げんた)君と光彦(みつひこ)君と歩美(あゆみ)ちゃん。そして、最近転校してきたばかりのコナン君に灰原さんがいた。

この五人はちょっと前に『少年探偵団』というものを結成したらしく、よく一緒にいる所を見かけている。

そんな五人組の一人である元太君が再び僕に向けて声をかけてきた。

 

「俺たち放課後に野球やんだけどさ。お前も一緒にやろうぜー!」

「ったく、何で野球なんだ?何でサッカーじゃないんだ?」

「ブツブツ言わないの。じゃんけんで決まったんだからしょうがないでしょ?」

 

元太君がそう言う横で、コナン君が小さく文句を言うのを灰原さんが窘めるのが聞こえる。

 

それを見た僕は笑顔で頷くと、放課後に校庭で待つ元太君たちの輪の中へと走って行ったのであった――。




軽いキャラ説明。



・上村直樹

単行本では7巻と8巻。そしてアニメでは10話で放送された『プロサッカー選手脅迫事件』の犯人。
原作では赤木にわざと怪我をさせられたと逆恨みし、彼の弟である(まもる)を誘拐する。
しかし、この作品では赤木に依頼された冥土帰しのおかげで予定よりもはるかに早く足の怪我が治り、無事チームに復帰している。原作では珍しく警察沙汰にまで発展しなかったレアなケース。





・高杉俊彦。

単行本8巻、アニメでは18話に放送された『6月の花嫁殺人事件』の犯人。
20年前に巻き込まれた事件で故意にではないにせよ松本清長に母親を見殺しにされ、その復讐のために娘の小百合を殺そうとする。
しかし、この作品では母親は冥土帰しによって助かったため、松本親子に恨みを持つことは無くなった。

なお、彼の姓名の『高杉』は母親の死後、子供がいなかった高杉家に養子として引き取られた際のモノであり、母親と暮らしてた頃の姓名は不明。







・萩野智也

単行本3巻、アニメでは7話に放送された『月いちプレゼント脅迫事件』の回想にて登場。
3年前に盲腸で亡くなってしまうも、彼の死に納得しなかった父親が、彼の担当医だった小川雅行(おがわまさゆき)を逆恨みし、復讐のために小川の息子を殺そうとする。
しかし、この作品では智也は雅行に依頼された冥土帰しによって救われ、元気に帝丹小学校に通っている。
もちろん、智也の父親も犯行を起こさず、小川親子も無事。

さらにこの作品では、原作の流れから年齢に多少誤差があるが、少年探偵団とはクラスメイトという設定となっている。

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