とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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今回は少し短めです。


カルテ13:田所香織

SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)

 

 

あれは一年前。私の所にとある病院の経営をしている知り合いの医院長から、緊急の連絡が入ったのが始まりだった。

長期にわたって入院している患者の病気が突如悪化し、こちらの病院では手の施しようがないと判断し、私に助けを求めてきたのだ。

私はすぐにその病院へと駆けつけ、その患者――十代中頃らしき少女の治療に当たった。

少女はこと切れる寸前であったが、私は尽力し何とかその少女を死の淵から救い出す事に成功する。

 

「……?」

 

しかしその最中、私は少女にある違和感を覚えた。

少女の手術が終わると、私は違和感の原因を探るために、さっそく連絡をくれた医院長に問いかけた。

 

「聞きたい事があるんだがね?彼女を担当している医師というのは誰なんだい?出来れば連れてきてほしいんだが」

「彼女の担当医ですか?分かりました直ぐに連れてきます」

 

医院長が頷き、直ぐにその担当医が私の元に連れて来られた。何故かその医師は顔じゅうにびっしょりと汗をかき、妙にそわそわとした落ち着きのない雰囲気でキョロキョロとあちこちに視線をさ迷わせていた。

しかし私はそれに構わずその医師に問いかける。

 

「キミが彼女の担当医なんだね?……彼女、いつから()()()()()()?」

「……あ、えと……」

 

中々答えようとしないその医師の様子に、私だけでなくそばで見ていた医院長も怪訝な表情を浮かべる。

私は答えないその医師の代わりに、今度は医院長に問いかけた。

 

「……彼女、長期にわたって入院していると聞きましたが、実際はどれくらい入院が続いているのですか?」

「細かい期間は分かりませんが……確か――」

 

医院長が彼女の大体の入院期間を口にした時、私は驚愕に目を見開いた。

 

「なんですって!?そんなに長い事この病院に……!?」

「ど、どうかしましたか?」

 

私の言葉に、医院長は戸惑いながらそう聞いてくる。それに私は淡々と答えて見せた。

 

「どうもこうも、あり得ないのだよ。……彼女がそんなに()()()()()()()()()()()()()()。先程の手術で彼女の内臓を見て分かったのだがね、あれだともっと早い段階……それこそ()()()()()()()()()()()()()()で完治、退院していないとおかしいのだよ」

「なんですって!?」

 

驚愕に変わる医院長を横目に、私は彼女の担当医だという医師を睨みつけ、続けて口を開く。

 

「恐らく、一度手術すればしばらくして完治するほどの病状だったはずだ。……おまけに彼女の内臓には、明らかに薬によってその症状を長引かされている痕跡があった。つまり、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだよ」

「お、おい君!どういう事なんだ!?」

 

慌てて担当医に詰め寄る医院長に、ビクビクとしながらも担当医の医師が声を上げる。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!で、デタラメです!そんな……内臓を見ただけでそんな事が分かるはずが――」

「この人はこの日本医師界の頂点に立つ名医なんだぞ!?それも世界中から注目されるほどのな!そんなこの方の目が患者に起こっている異常を見間違うわけがないだろう!?」

「……ッ!!」

 

医院長のその怒声で担当医の医師が口ごもる。その直後、女性の声がその場に響き渡った。

 

「も、申し訳ございません!!」

 

見ると一人の女性看護師が、こちらに深々と頭を下げている光景があった。

 

「医院長。彼女は?」

「この医師同様、あの少女――田所香織(たどころかおり)さんの担当看護師をしている者です」

 

私の質問に、医院長がそう答え返した直後、その担当看護師は今まで彼女に行っていた事、その全てをその場に洗いざらい吐き出した。

 

 

――田所香織さんの治療、入院費は日本のホラー小説の人気作家である虎倉大介(とらくらだいすけ)という男が肩代わりしているらしいのだが、その虎倉が自身の書生でもあり、香織さんの実兄でもある田所俊哉(たどころとしや)君をその肩代わりしている治療費の代わりに自分のゴーストライターとして働かせているのだという。

しかも、俊哉君をゴーストライターとして長くに縛り付けておくために虎倉は、香織さんの担当医であるこの男を買収し、香織さんの症状を長引かせる細工をさせていたのである。

担当看護師の彼女も無理矢理、担当医に片棒を担がされ、定期的につけている診断記録も毎回都合の良いように書かされていたのだとか。

 

「お、お前と言う奴は、何という事を……!!」

 

事実を知った医院長は顔を真っ赤にして担当医の胸ぐらをつかみ上げた。

医院長はこの担当医とは違い、患者との信用を保つためにそのような不正は一切許さないタチなのである。

 

「ひぃぃぃっ!!わ、私は悪くない!悪いのは全部虎倉先生だ!あの人が私に札束なんて押し付けて来るから……っ!!」

 

涙目でそう叫ぶ担当医に私は呆れて果てて言葉も出なかった――。

 

 

 

 

――その後の展開は早かった。

医院長によって警察につきだされた担当医の供述により、虎倉を怪しんだ警察により彼の周辺捜査が行われた。

 

すると次々と驚きの事実が浮上する事となった。

 

虎倉に執筆依頼をしている、大学館出版社の月刊ホラータイムズの編集長、土井文男(どいふみお)は、何年か前に株で失敗しており多額の借金があったが、虎倉に借金を肩代わりしてもらう代わりに、彼から月刊ホラータイムズの投稿小説の横流しを要求、それを受け入れた上、盗作を黙認していたらしい。

 

そして、虎倉の妻である虎倉悦子(とらくらえつこ)も、彼女の父親の会社が倒産寸前になった時、虎倉から融資する事を引き換えに自分との結婚を要求され、やむなくそれを飲んで会社のスケープゴートになった過去があった。

しかも後々になってその倒産危機は虎倉が裏から手を回した事だと判明するも時すでに遅く、父親の会社は虎倉名義となっており、離婚すれば会社を潰すと脅迫されていたのだという。

 

 

 

 

それらの事実が芋づる式に警察によって暴かれ、虎倉は脅迫罪ともろもろの罪で起訴される事となった。

しかもあの担当医は香織さんが危機的状況に陥ったとき、まだ虎倉にはそのことを連絡していなかったらしく、警察が虎倉の自宅に家宅捜索にやって来た時には、虎倉はその事実に大いに驚いていたらしい。

そして同じく、虎倉が妹にした事実を知った俊哉君も、当初は虎倉に激怒していたが、妹の身を案じ急ぎ病院へと飛んできていた。

 

その後、虎倉大介は正式に警察に逮捕された。

他人の人生を吸い上げてきた非道な吸血鬼は、(おおやけ)という名の日の光にさらされ、世間から消滅したのだ。

虎倉の悪事に加担したとして土井も警察の尋問を受ける事となり、虎倉悦子の父親の会社もその後、元の鞘へと戻ったのだという。

 

 

 

そして、虎倉のゴーストライターだった田所俊哉君は今、妹の香織さんと共に彼女が入院していた病院の玄関口に二人並んで立っている。

私の治療によって死の淵から帰ってきた彼女は、晴れて退院の身となり、兄の俊哉君と一緒に新しい生活を始めるのだという。

残念ながら二人の両親はもう既に他界しているらしく、これからはこの二人だけで頑張っていくしかないが、虎倉のゴーストライターとして過ごしてきた彼の執筆の才能が世間に認められれば、彼は()()()()()()小説家として成功していけると思う。時間はかかるだろうが、そう遠い未来でもないだろう。

 

「退院おめでとう。……これから辛い事もあるだろうが、頑張るんだよ?」

 

私がそう言って退院祝いの花束を渡すと、それを受け取った香織さんは生気の溢れる笑みをうかべ――。

 

「ありがとう先生!でも大丈夫。お兄ちゃんと一緒なら私、どんな事だって平気だよ!」

 

そう、元気な声で私に答えてくれたのだった――。




軽いキャラ説明。



・田所香織

アニメオリジナル回、『ドラキュラ荘殺人事件』で俊哉の回想に登場。
物語開始の一年前に、虎倉に買収されていた医師によって病状を長引かせられ、結果病状が悪化。死亡する事となった。
しかし、この作品では冥土帰しによって九死に一生を得て病状が回復し、無事俊哉と共に退院を迎える事となった。



・田所俊哉

香織の兄であり『ドラキュラ荘殺人事件』の犯人。
虎倉の悪事によって香織が死んだ上、その事実を一年もの間知らされていなかった不遇な青年。そのため虎倉に復讐する事となる。
しかし、この作品では香織が一命をとりとめた事でそれは無くなり、退院した香織と共に病院を去って行った。



・虎倉大介

『ドラキュラ荘殺人事件』の被害者であり元凶。
今作では香織の命の危機に冥土帰しが関わったことでなし崩し的に次々と悪事が暴かれ、警察のご厄介になる事となり、同時にホラー作家としての名声も地に落ちる事となった。



・土井文男

盗作が明るみとなり、虎倉の悪事に加担したとして彼も警察のご厄介になる。



・虎倉悦子

虎倉の悪事がバレたのを機に、浮気相手である羽村秀一(はむらしゅういち)の協力のもと、父親の会社を取り戻す事に成功する。

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