SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
ある日、私の勤める米花私立病院に緊急の患者が運び込まれてきた。
患者の名前は、
なんでも、
「……ち、千里ぉぉっ!!先生、頼んます!千里を、千里を助けてやってください!!」
体中に包帯を巻き、見るも痛々しい姿になった千里ちゃんに、父親の
そんな彼の肩に私はそっと手を置き笑って見せる。
「大丈夫、この子は死にはしないよ。僕が必ず治すからね?……すぐに手術の準備を」
『はい!』
そばにいた病院のスタッフたちに声をかけ、私も直ぐに手術の準備に取り掛かった。
――そうして始まる潮千里ちゃんの手術。
「……始めます」
そう一言置いて、私は手に持ったメスを横たわった麻酔で眠る千里ちゃんへと近づけた――。
――手術室のランプが消え、それと同時に私はそこから出て来る。
それを待っていましたとばかりに、手術室の外で待機していた文造さんがすぐさま私に駆け寄った。
「せ、先生!ち、千里は……!?」
縋るような眼でそう問いかけて来る文造さんに、私は安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫。手術は成功だよ?一度集中治療室に入れることになるけど、すぐに大部屋の病室に移る事になるだろうから安心していいよ?」
「ほ、ホンマですか!?……よ、よかった……千里ぉ!」
安堵からかへなへなと膝から崩れ落ち、その場に座り込んですすり泣き始める文造さん。
私はそんな文造さんに「娘さんのそばに付き添っててあげてください」と一言声をかけようとし――それよりも先に視界の端に
「……目暮警部。久しぶりだね?」
「ご無沙汰しております。先生」
私のあいさつに、数人の刑事を引き連れた
文造さんを先に集中治療室へと送られた千里ちゃんのもとに向かわせると、その場には私と目暮警部、そして彼の部下である高木刑事と佐藤美和子刑事が残った。
「それで?今日は一体何の用で来たんだい?……ようやく僕に
「い、いえ。
私の言葉に、目暮警部はばつが悪そうに頭にかぶったソフト帽のつばをつまんで顔を隠すようにそれを下げてみせる。
その姿に私は小さく苦笑するも、直ぐに目暮警部の方は再び視線を私に戻し、今回ここに来た本題を切り出してきた。
「実は今日ここに来たのは、
「……?あの子は交通事故に巻き込まれたと聞いていたんだが……もしかして、ただの事故じゃなかったのかい?」
私の問いに目暮警部は頷く。
「あの子が乗っていた高木幼稚園の送迎バスにぶつかってきた車なんですがね。……とあるサラ金会社の社長さんが運転していたのですが……その社長さん、送迎バスに突っ込んでくる直前、どうも何者かに刺殺されていたようなのです」
「刺殺されていた?その車に誰か同乗者がいたという事かい?」
眉根を寄せてそう聞く私に、警部はすぐさま首を振る。
「いえ、同乗者はいませんでした。ですが事件直後、現場から走り去る一台のバイクが目撃されています。……恐らく、そのバイクに乗る何者かが被害者の車の横にぴったりとくっつき、開放された運転席側の窓越しに運転する社長さんの胸めがけてナイフを――」
「――投げた、というわけだね?それが原因で暴走したその車が送迎バスに突っ込んであの子が犠牲になったと、そういうわけなんだね?」
「そういう事になります……。それで、あの……その潮千里ちゃんは?」
そう問いかける警部に向けて、私は何でもないと言わんばかりに肩をすくめる。
「重傷だったけど、一命はとりとめたよ?さっき手術が終わった所だから今は集中治療室に居るけど」
「そうですか、よかった……。まぁ先生が執刀していると知った時点で助かるとは思ってましたが」
ホッと安堵の息をもらしてそう響く警部に、私は小さく笑って見せる。
「……よかったらキミたちも、あの子の様子を見ていくかい?」
「いえ、助かったと聞けただけでも十分ですし、まだ仕事中の身ですので。……それでは、これで」
千里ちゃんに一度会っていくかと提案した私に、目暮警部はそれをやんわりと断りを入れると、高木刑事たちを連れてそそくさと病院を後にしていった。
私はそんな警部たちの背中を眺めながら、その事故の元凶となったバイクの人物の事を考えていた。
(……走行中の車にくっついて、バイクに乗ったままという不安定な状態から投げナイフで胸を一刺し……ね。少なくとも素人ではできない芸当だね。……という事は――)
(――犯人は
それから少し経って、ニュースでそのサラ金会社の社長の殺害を
SIDE:目暮警部
「くそっ!
そう言ってワシは自身のデスクに拳をたたきつけていた。
あのサラ金会社社長の殺害、およびそれに巻き込まれた高木幼稚園送迎バスの事故の一件から既に半年近くが経過した現在。ワシらはとあるフリーの殺し屋の足取りを追跡していた。
あの事件から少しして、そのサラ金会社でお金を借りていたとある男が容疑者として浮上し、彼を逮捕する事に成功する。
どうもその借金に絡んだ恨みからの犯行だったらしいのだが、その殺害方法を聞いてワシらは驚愕する。
なんと男は、殺し屋を雇ってその者に社長の殺害を頼んでいたのだと言う。しかもその殺し屋と言うのが、以前からワシら警察が指名手配してずっと追い続けていた名うての殺し屋、『フォックス』だったのだ。
それを知ったワシらは、本腰を上げてフォックス逮捕に全力を尽くすも、依然として彼の居場所は捕まらずじまいであった。
(おまけに今朝、
フォックスの捜査が行き詰っている所へ新たに舞い込んだ強盗殺人事件にワシは頭を抱えたくなる衝動にかられた。
すると、そんなワシに声がかけられる。
「警部、警部!」
「ん?」
顔を上げると、そこにはとある男性刑事が一人。「どうした?」と聞くワシに、男性刑事は内緒話をするかのように、小声で提案を一つ持ち掛けてきた――。
「フォックスの件なんですがね……。俺に一つ考えがあるんですけど、乗ってみる気ありません?」
SIDE:フォックス
(あれが、今回のターゲットか……)
深夜のとある公園。俺は茂みから今回のターゲットの様子をうかがっていた。
少し前に今回の仕事の依頼をしてきた女から、ファックスでターゲットの写真を受け取っており、俺は目の前を横切って歩く男と写真に映った男を遠目から比較してみる。間違いない、この男だ。
ターゲットの男はコンビニからの帰りであり、小さな買い物袋を片手に家路へと向かっている様子であった。
革のジャケットを纏ったその男は、俺よりも大柄でがっしりとした体格の持ち主であり、正面からやりあえば俺でもただでは済まないだろうと思えるほどの『何かが』、男の体からにじみ出ているのを俺は感じ取っていた。
しかし、それでも俺はこの男に危険性はおろか警戒すら感じる事は無かった。というのも――。
(事故で怪我でもしたのか……?動きがやや不規則だな)
事故か生まれつきなのか、その男はコンビニの袋を下げた手とは反対側の手で、いわゆるロフストランドクラッチと呼ばれる
(しかも、
ターゲットの両耳から
ならば、この好機を逃さない手は無い。一気に仕留める……!
俺は素早い動きで、茂みから飛び出すとターゲットの背後に忍び寄り、持っていたナイフで背後から男の喉元を裂こうとした。次の瞬間だった――。
「がはっ!?」
突然、俺の頬に強い衝撃が走り、気づけば俺はあおむけの状態で吹き飛ばされ倒れていたのだ。
(何だ!?何が起こった!?)
何が起こったのかもわからず、俺は混乱しながら頭だけを上げた。
すると目にしたのは、
呆然となる俺に男は口を開いた。
「ようやく会えたな。待ちくたびれたぜ、
「なっ!?」
俺の殺し屋としての通り名を呼ばれた瞬間、俺は目の前の男に対する警戒心を跳ね上げ、直ぐに立ち上がって体制を整えると男にナイフを向けて睨みつけた。
「貴様、何者だ?どうして俺の名を……!?」
俺の問いかけに男は懐から
「警察だ。フォックス、テメェには殺人容疑及びその他もろもろの件で聞きたい事が山ほどある。大人しく投降しな!」
「警察だと馬鹿な!?一体どういう……ッ!まさか、俺にお前の殺害を依頼してきたあの女は……!!」
顔を驚愕に染める俺に、目の前の警察の男はニヤリと笑って見せる。
「ようやく気付いたのか?その通り。これはお前をおびき出すための
「チィッ!!」
慌てて踵を返そうとする俺に、男は待ったをかける。
「おっと、逃げようとしても無駄だぜ?恐らく今日あたり仕掛けて来るんじゃないかと予想してこの公園の周りには刑事を一杯待機させといたんだよ。もうお前は袋の鼠だ。観念しな」
「クッ……!」
やられた。グゥの音も出ないほどにしてやられた!俺の中で後悔やら怒りやらがごちゃ混ぜになり、パニックを起こしかけている。
とにかく、一刻も早くこの公園を脱出しなくては!そのためには、目の前の男を人質にして突破するしかない!
そう決断した俺はナイフを構え、男に突進していく。
すると男は持っていたコンビニ袋を捨て、その手で自身の首元を触れる。
そこには
そして男がチョーカーに触れた、その瞬間だった――。
(――え?)
体にかかる強い力と共に、俺の視界は急激に変化し、見渡す限りの
男が俺の腕を取って胸ぐらをつかみ、『一本背負い』をしたのだと気づくよりも先に――。
「がはぁっ!!!」
俺は背中から地面にたたきつけられ、その衝撃で意識を根こそぎ刈り取られていた――。
SIDE:高木渉
「河辺晃、三枝恭子。強盗殺人の容疑で逮捕します。速やかに投降しなさい!」
「な、なんのことだ!?俺たちは何も……!!」
佐藤さんの言葉に、河辺は何を言ってるのか分からないと言った風に言葉を返す。
それを聞いた佐藤さんは「とぼけても無駄よ!」と続けて口を開いた。
「アンタたちが田中さんの殺害時刻に家から出てきた所を近所の住人が目撃していたのよ。その人の証言から人相書きを作って丹原村を中心に捜査してみたら、丹原山口駅前にある入山管理事務所の所員がその人相書きとよく似たアンタたちが山に入ったって事を聞いたってわけ。ご丁寧に入山手続きに本名と住所を書いてくれたおかげで、すでにあんた達の身元は判明済みよ!あとは、あんた達の背負っているそのリュックから、盗まれた一億円が出てくれば、動かぬ証拠になるわ!」
「く、くそぉっ!!」
河辺がそう叫ぶと腰から登山ナイフを取り出し、佐藤さんに向けて突進してきた。
だが佐藤さんは難なくそれを回避するとあっさりと河辺からナイフをはたき落とし、あっという間に地面に倒して拘束してしまった。
それを見た三枝恭子はへなへなと腰を抜かし、呆然としたまま動かなくなった。どうやら抵抗する気力もないらしい。
僕は三枝恭子に手錠をかけながら、同じく河辺晃に手錠をかける佐藤さんに声をかけた。
「やりますね佐藤さん。以前よりも動きが良くなってませんか?」
「当然よ。これでも
そんなやり取りをしながら、僕と佐藤さんは警官たちの待つ
かくして殺し屋フォックスによる殺人事件と、丹原村の強盗殺人事件はこうして幕を閉じたのであった――。
軽いキャラ説明。
・潮千里
アニメオリジナル回、『恐怖のトラヴァース殺人事件』の冒頭で死亡した幼稚園児。
フォックスが殺したサラ金会社社長が運転する車が暴走し、それに送迎バスが巻き込まれて亡くなってしまう。
しかし、この作品では冥土帰しの手によって千里は一命をとりとめ、そのおかげで父親の文造もフォックスに復讐を考える事は無くなった。
・フォックス
『恐怖のトラヴァース殺人事件』に登場する名うての殺し屋であり、犯人の一人。
文造を殺そうと山小屋の管理人である
しかし、この作品では文造の復讐の策略で丹原山に来る事も無くなり、警察に逮捕されたので、岩田も平井も無事。
・河辺晃と三枝恭子
丹原村で田中という元暴力団幹部の老人を殺害し、現金およそ一億円を奪ったカップル。
逃亡途中、丹原山で毛利を暴力団組織に雇われた追っ手と勘違いした二人は仲違いを起こし、その結果河辺は三枝を殺してしまう。
『恐怖のトラヴァース殺人事件』のもう一人の犯人。
しかし、この作品では佐藤たちによって山中に隠れていたのを発見され逮捕される。
そのため、三枝が河辺に殺されることは無くなった。