彼が死亡するはずだった物語開始の一年前、交通事故直後から話は始まります。
SIDE:高木渉
「だ、
僕こと高木渉の目の前で、僕の先輩であり教育係でもあった
それを見た僕はハッと我に返り、慌てて伊達さんに駆け寄る。
「伊達さん!伊達さんッ!!しっかりしてください!今救急車を呼びますから!!」
すぐさま震える指で携帯のボタンをプッシュし、救急車を呼ぶ。
なんで、何でこんなことになったんだ?
ついさっき、指名手配されていた詐欺師を逮捕したばっかだったのに……!
犯人逮捕をした直後で気を緩めていたせいだというのだろうか?だとしたら何て皮肉だ!
自問自答している間にも僕は救急車が来る間、懸命に伊達さんに呼び掛け続ける。
頭から血を流し、ぐったりとしている伊達さんの呼吸が徐々に細くなってきている事に気づく。
駄目だ。このままじゃ救急車が来て病院に運ばれても、もう……!
そんな考えが頭をよぎった時だった。
「キミ、一体どうしたんだい?」
不意に声をかけられたの気づき、声のした方へ振り向くと、そこにはカエルのような顔をした初老の男性が立っていた。肩には大きなボストンバックを一つ下げている。
その男性は倒れている伊達さんを見つけると途端に顔を険しくし、すぐさまこちらへと駆け寄ってくる。
「……ちょっとその人を診せてほしい」
「あ、あなたは?」
男性の言葉に僕がそう問い返すと、その人は一言呟くように口を開いた。
「ただの通りすがりの医者だよ?」
――その後の展開は早かった。
近所の民家で自宅療養している患者の往診の帰りだったというそのカエル顔のお医者の先生は、伊達さんの応急処置をてきぱきと終らせると、やって来た救急車に伊達さんを乗せると自らも救急車に乗り込んで米花私立病院へと向かったのであった。
僕はと言うと、早急に逮捕した詐欺師と伊達さんをひいた居眠り運転の男の身柄を警視庁へと送ると、話を聞いた目暮警部と佐藤さんと一緒に伊達さんの安否を確かめに米花私立病院へと直ぐに向かった。
病院へと到着する間、僕は目暮警部たちに事のあらましをかいつまんで説明する。
「えっ!?カエル先生がそこにいたの!?」
「あの先生が助けてくれたというのかね?」
そして、伊達さんの応急処置をしてくれた医師の特徴を説明した時、佐藤さんも目暮警部も心底驚いた顔をしていた。
どうやら二人はあの先生とは以前からの知り合いだったらしい。
そうこうしているうちに米花私立病院についた僕たちは、受付で伊達さんが治療されている手術室の場所を聞き出し、そこに向かう。
そして、手術室の前についた時、それを見計らったかのように手術室のドアが開き、そこから術衣を纏った先程のカエル顔の先生が出てきた。
先生は僕たちの姿を確認するとこちらよりも先に声をかけて来た。
「おや、さっきぶりだね?結構、早かったじゃない――って、そっちにいるのはもしかして目暮警部と美和子ちゃんかい?」
「お久しぶりです、先生」
「父、
そう言って深々と頭を下げる目暮警部と佐藤さん。どうやらこの先生には相当な恩義があるのが見て取れた。しかし、今はそれどころではない。
僕は二人を押しのけるようにして先生の前に立つと、単刀直入に問いかけた。
「それで先生、伊達さんの
「あー、うん……その事なんだがね……」
先生は言いにくそうに口ごもると顔を俯かせた。ど、どうしたの言うのだろうか?まさか!?
「先生!ま、まさか伊達さんが亡くなったってこと――」
そう言いかけた僕に先生は手でそれを制し首を振った。
「いや……骨折や内臓の損傷も酷かったが、何とか
その言葉に僕はホッとするものの、次の先生の言葉に僕だけでなく一緒にいた目暮警部と佐藤さんも硬直した。
「……だが、車にはねられて地面にたたきつけられた時、頭も強打したみたいでね。脳の一部が損傷してしまってるんだよ」
「の、脳の損傷……!?」
呆然と呟く僕に先生は頷いて言葉を続ける。
「そう……。主に脳の言語機能、歩行能力、思考能力の一部が影響を受けてしまっている。……もはや誰かと会話する事も、何かを考える事も、立って歩くことも出来ないだろうね。このままでは一生ベッド生活は避けられないだろう」
「そ、そんな……!」
その無慈悲な現実を突きつけられ、僕は膝から崩れ落ちそうになるのをそばにいた佐藤さんが慌てて駆け寄り支えてくれた。
そして僕に代わり、今度は佐藤さんが先生に声をかける。
「先生、何とか伊達さんを治す事は出来ないのですか?」
「……すまないね。なにぶん、脳は未だに未知の部分が多い。下手に治療を続けようとすると、彼自身の命を縮めてしまいかねないんだ」
そう、申し訳なさそうに呟く先生に、今度は目暮警部が歩み出て来た。
「……それでも、あなたなら伊達を救うことが出来るのではないですか?……私の妻や、佐藤の父上を助けてくれたように」
「…………」
目をつむり、沈黙する先生に目暮警部は更に言葉を重ねる。
「……『生きているのであれば必ず治す』でしょ?先生」
「……ふぅ、やれやれ参ったね?」
小さくため息をついて後頭部をかいた先生は、苦笑を浮かべながら続けて口を開いた。
「一週間ほど、待ってくれるかい?流石に『完治』とまではいかないが、少なくとも日常生活が普通に送れるくらいには回復させてみせるよ?」
「ありがとうごさいます、先生!」
そう言って目暮警部は深々と頭を下げ、僕と佐藤さんもそれにならった――。
――それから一週間、僕は毎日伊達さんのお見舞いに米花私立病院へと足を運んだ。
病室のベッドに寝る伊達さんはいつもぼんやりと病室の天井ばかりを眺め続けていて、こちらが何度声をかけても返答するどころか一向に反応すらもしなかった。
それを見て、僕もようやくあの先生の言う事が本当の事なんだと理解し、抜け殻のようになってしまった伊達さんに泣きそうになるのを何度もこらえた――。
知らせを聞いて伊達さんの婚約者であるという、日本人とアメリカ人のハーフのナタリー・来間という女性も病院に駆けつけてくれた。
彼女も僕同様に、変わり果てた伊達さんを目にし、今にも泣き出しそうな顔をしていた――。
そうして迎えた約束の一週間後、僕、目暮警部、佐藤さん、ナタリーさんは、四人そろって病院へとやって来ていた。
あの先生が治して見せると言った一週間後の今日が来てしまったわけだが、正直今の僕は先生のあの言葉に疑いの眼差しを向けざるを得なくなっていた。
というのも、この一週間毎日お見舞いに行ってたのにもかかわらず、伊達さんの容体がまるで変化していなかったのだ。
ぼーっと天井を眺めて寝ている伊達さん。それが昨日まで全然変わらないままの毎日だったのだから疑いたくもなるだろう。
そして今日も、目暮警部たちを連れて僕はいつも通り、伊達さんの病室のドアの前に立つ。そして取っ手に手をかけ、それを開いていた――。
「よぅ!」
「――え?」
病室に唐突に響いた元気な声に、僕は一瞬惚けてしまう。
僕の目の前――病室の
そばにはあのカエル顔の先生も立っている。
「伊達さん!」
僕たちはすぐさま伊達さんへと駆け寄った。
信じられない。昨日までベッドに寝たまま上の空状態だったのに、今は事故にあう前と同じように僕らに気さくに話しかけてくれているのだ。
「心配かけたな高木。おお!ナタリーも来てくれたのか!お前にも心配かけた!」
伊達さんのその言葉に、さっきまで呆然としていたナタリーさんは泣きながら彼に抱き着いて行った――。
「――さて、目暮警部たちも来たことだし、そろそろ彼の事について説明してもいいのかね?」
ナタリーさんが伊達さんの腕の中で散々泣き腫らしたのを見計らってか、カエル顔の先生は僕たちに向けてそう切り出してきた。
それを聞いた目暮警部も先生に頷いて見せる。
「……お願いします。高木が言うには伊達は昨日まで寝たきりだったらしいので、昨日と今日でこの変化には私共もやはり説明はほしいかと」
「いいとも。……彼が今のように元気になっているのはひとえに、
そう言って先生は伊達さんの首元を指さした。
見ると黒いチョーカーのような帯が伊達さんの首に巻き付いており、そこからイヤホンのコードのようなモノが伊達さんの両耳の後ろへと伸びていた。
伊達さんにつけられたそれを不思議そうに僕らが見つめているそばで、先生は説明を続ける。
「それの正式名称は『脳機能補助デバイス』。僕の知識と僕の古い友人である発明家、そして鈴木財閥の研究チームとの共同で生み出された失われた脳の機能を補助するオリジナルの医療機器なんだよ」
「脳の補助?という事はこれのおかげで今、伊達さんは喋れるようになってるんですね?」
佐藤さんのその質問に先生は頷く。
「そうだね。それだけじゃなく、杖が必要になるけど立って歩く事だってもうできるよ」
「ほぅ、どれどれ……。おっ!本当だ立てるぜ!――っておとととぉ!」
試しにベッドから立ち上がった伊達さんだったが、歩こうとした途端ふらつきだしそれを見たナタリーさんが慌てて伊達さんを支えた。
「全く、杖が必要だって言っただろう?……これを使うんだね」
それを見て呆れた顔を浮かべた先生は、そう言って片手用の杖を伊達さんに渡した。
杖を受け取った伊達さんは少しふらつきながらもそれで自身のバランスを取る。
それを見届けた先生は続けて口を開いた。
「……少しの間リハビリが必要みたいだね?まあ、直ぐに慣れると思うよ?杖での生活になるだろうが、そこだけ目をつむれば日常生活も不自由なく暮らせるはずだ。その機械には防水加工もされているからそれを付けたまま風呂にだって入れるしね」
「それは良いですが……でもこれではもう刑事としての仕事はあまり出来そうにありませんね」
そう目暮警部は唸るようにそう呟き、それを聞いた伊達さんの表情も若干曇る。
確かに目暮警部の言うように現場での刑事の仕事は難しくなるだろう。聞き込み調査や見回りとかなら出来るだろうが、血の気の多い犯罪者と対峙する時になったら一方的に不利になる可能性が高い。
だが、その解決策も先生はちゃんと用意してくれていた。
「……その点についてなんだけどね?伊達君、そのチョーカーの横にボタンが付いているんだが、それを押してもらえるかい?」
「ボタン?……ん、これか?」
先生に言われてチョーカーに触れた伊達さんは、チョーカーにくっついていた長方形型の小型機器にあったボタンを見つけ、それを押してみる。
すると小型機器についた小さなランプが『青』から『赤』へと変わった。
「うん、ランプの色が変わったね?それじゃあ、ちょっと失礼するよ?」
それを見た先生は一言そう言うと、伊達さんに近づきおもむろに伊達さんの持つ杖を取り上げて見せた。
「え!?ちょっと先生何を……ん!?」
先生に杖を取り上げられ戸惑った声を上げた伊達さんだったが、その途中で顔が驚愕に染まる。
そして、信じられないといった表情で自身の体を見下ろすと、その場でぴょんぴょんと飛んだり、体を大きくひねったりしだしたのだ。
それを見た僕も驚きながら伊達さんに声をかける。
「だ、伊達さん、大丈夫なんですか?」
「ああ……まるで問題ねぇ。体も思うように動かせるし、頭ン中もさっきよりもスッキリしてやがる。……完全に事故る前の状態の俺になってるぜ!」
驚く僕たちをよそに先生が説明をし始めた。
「その機械には『通常モード』と『全力モード』というものがあってね。今みたいにボタンで切り替えて使うことが出来るんだ。……さっきまでの『通常モード』は、必要最低限の言語、歩行、思考を補助することが出来、『全力モード』は完全に負傷前の状態に戻る事が出来るようになるんだ」
「……でも、でしたら最初から『全力モード』だけを出来るようにするべきだったのでは?わざわざ『通常モード』とかそれに切り替える機能を付ける必要は……」
佐藤さんの最もな意見に先生の顔が何故か曇る。
「うん……確かにその通りなんだがね?実はこの機械には一つ欠点と呼べるものがあってね……」
そう言いながら先生は伊達さんのチョーカーを指さしながら続けて口を開く。
「その小型機器に内蔵されているバッテリーは僕が発案して作ってもらった世界に一つしかない代物なんだが、『通常モード』時だとその稼働時間はおよそ48時間、つまり丸二日は保つことが出来るんだ。……しかし、『全力モード』で使用し続けると、その稼働時間が大幅に短くなってしまうんだね」
「短く?というと、どのくらいで?」
目暮警部の質問に先生は片手の指を三本立てる。
「ざっと3時間だね」
「さんっ!?……随分とごっそり減るんですね!?」
「以前の状態を保つにはそれだけの電力が必要って事だね?」
素っ頓狂な声を上げる佐藤さんに先生はそう肩をすくめて見せた。
「……まぁ、一週間で作り上げたものだから改良の余地があるのは当然だね。これからやっていく定期検診とかで手を加えていくしかないさ。……それが嫌だって言うんなら今からでもそれの改良を頼みに行くよ?その代わりまたしばらくはあの寝たきりの状態で入院してもらう事になるけどね?」
「そ、そんなぁ……」
意地悪にしか聞こえない先生の出したその二択に僕は思わずそう声を漏らすも、当の伊達さんはホッとしたような顔を浮かべていた。
「……いや、むしろ安心しましたよ先生。これなら俺、刑事辞めずに済みそうだ」
「大丈夫なのか伊達?」
不安げにそう尋ねる目暮警部に伊達さんはニカリと笑って見せる。
「大丈夫ですよ警部!言うなれば、その場の状況に応じて『通常』と『全力』を使い分ければいいだけって話じゃないですか!そうやってこれを使いこなす事が出来れば、刑事仕事も問題なく続けられますよ!」
そう、何の根拠もないというのに、伊達さんは自信満々にそう言い切って見せた――。
――それから一年。
今も伊達さんは刑事を続けていた。あの時の啖呵は決して強がりでは無い事をあの人は証明して見せたのだ。
デスクワークでも現場での仕事でも、伊達さんは巧みに二つの『モード』を使い分け、仕事に支障が出ないように上手く立ち回っている。
それを周りで見守っていた僕や他の刑事たちも皆一様にホッと胸をなでおろしていた――。
SIDE:伊達航
フォックスによる殺人事件の後、事後処理を終えた俺はその足で
かつて警察学校でつるんでいた四人の仲間達。その内の三人が志半ばで先に逝っちまっていた。
今日はその内の一人の墓の前に俺は来ている。
「……よぅ、
墓にそう声をかけて、俺は周囲を掃除し、花の入れ替えや線香に蝋燭とテキパキと作業を行い、そして最後に墓に手を合わせて、今日来た目的を話し始めた。
「実は今日来たのには理由があってな。松田……俺、
米花私立病院を退院してからしばらくして、俺はナタリーと式を挙げた。
それから刑事の仕事をしながら新婚ほやほやの生活をナタリーと過ごしていたが、つい先日、ナタリーの腹の中に新しい命が宿っている事が発覚したのだ。
「ハハッ!いや恥ずかしい話。それ聞いた瞬間、家族が一人増えるって柄にもなく舞い上がっちまったよ。……まだ男の子か女の子かわかんねぇけど、こんな俺が父親になったんだ、ナタリー共々守っていくさ。
そう言って笑った俺だったが、直ぐにハァと深いため息をつき俯いてしまう。めでたい話のはずなのに、どうにもやるせない気持ちが胸中を支配してしまっていたのだ。
「生まれたばかりのそいつ……お前らに抱かせてやりたかったなぁ」
ポツリと響いたその言葉は、誰の耳にも届くことなくそのまま虚空へと消えていった――。
松田の墓参りを終えた俺はナタリーの待つ我が家へと向かっていた――。
その途中、俺は歩きながら懐から一枚の写真を取り出す。
それは警察学校時代、俺たち五人で一緒に撮った記念写真だった。何の『記念』だったかは、もう忘れちまったけど。
俺はそこに写る今もどこかで生きて警察官をやっているだろう最後の仲間を見つめる。
「……もう、俺とお前の二人だけになっちまったなぁ、古い仲間は。……なぁ、ゼロ。お前……今どこで何やってんだよ……」
写真から目を離した俺は、日が沈み、茜色に染まった空を見上げながらそう呟かずにはいられなかった――。
SIDE:降谷零
(……悪いな伊達。今はまだお前と会うわけにはいかないんだ)
一人寂しげに空を仰ぎ見る伊達の背中に向かって、俺は心の中で奴に詫びる。
しかしまさか、松田の墓参りにやって来たら先に伊達が来ているとは思わなかった。
その上さらに驚いた事に、妻であるナタリーさんの妊娠報告とは。
(父親になれたんだな伊達……。おめでとう)
一児の父親になった親友の背中に、心の中でそう祝福の言葉を述べる。
一年前の交通事故で命はとりとめたものの、脳に致命的な損傷を受けたと聞いた時は心臓が握り潰されると思えるほどのショックを受けたが、機械頼りとは言えこうして変わらず刑事をやっているアイツを見ていると少しホッとする。
俺は去って行く伊達の背に向けて心の中で言葉を投げかける。
(俺の事は気にするな。お前は生まれてくる子供と奥さんの事だけを考えて生きていけ。……俺の運命とは無関係な所でな。だから――)
(――俺たちの分まで、幸せにな……友よ)
そうして俺は、去り行く伊達に背を向けると静かにその場を後にして行った――。
軽いキャラ説明。
・伊達航
原作では一年前の交通事故で死亡し、そのショックでナタリー・来間も後追い自殺してしまう。その後、様々な誤解からナタリーと一緒に英会話教室で講師をしていた
結果、単行本76巻~77巻、アニメでは681話~683話に放送された『命を賭けた恋愛中継』の事件へと発展してしまう。
しかし、この作品では冥土帰しの手によって伊達は助かり、ナタリーとも結婚した。
原作で亡くなったナタリーの両親も健在であり、笛本も犯罪を犯す事は無くなった。その上、笛本が講師を辞めるきっかけとなった末期がんも、ナタリーが彼に冥土帰しを紹介した事で彼に治療され延命する事となる。
また、伊達が生き延びた事で、
・補足説明
伊達につける事となった電極(デバイス)ですが、原作で
正式名称などもそうですが、最たる変化は『モード』切り替え時の稼働時間の変化です。
原作では能力を使い続けると15分(後に30分まで伸びた)までだったのですが、コナン世界には超能力は存在しませんのでその分、電力の消費が抑えられたので短縮時間は3時間という設定になりました。