あれは18年前の事であった――。
「じ……ゅ、し……ろ……!じ、しゅ……しろ……ッ!」
土砂降りの雨が降る路上で私は、倒れて動けなくなりながらも逃げる
私こと
しかし、その犯人と言うのがまさか
監視カメラで見た犯人が警備員を猟銃で
まさかと思いながらその友人のもとを訪れ、問いただしてみるとあっさりと自分が強盗殺人犯であることを認めたのであった。
強盗殺人を犯した犯人がまさかかつての野球部仲間だと知り、さすがの私も悲嘆に暮れそうになるも、警察官の職務を全うするため、その友人を連れて警察へと向かう。
そうしてもう少しで到着するという所で、事件は起きた――。
雨の中、横断歩道で信号待ちをしていると、突然隣に立っていた友人が車の往来する道路へと飛び出して行ったのだ。
一瞬遅れて私もそれに気づくも、その時友人へと走って来る一台のトラックが……!
私は後先も考えず、呆然と立ち尽くす友人を突き飛ばしていた。
その次の瞬間、強い衝撃と共に私の体は宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
朦朧とする意識の中。私がかばった友人は恐怖に震えながら慌ててその場から走り去って行く。
私はその友人の背中へ一縷の望みを込めて弱々しくも叫び続けた――。
「自首しろ」
そう、何度も何度も――。
やがて友人の姿が雨で見えなくなると、私の声も枯れ果て身体も力なく濡れたアスファルトに転がる。
豪雨が容赦なく私の身体に叩きつけられ体温を奪っていった。
自分の中の生命が抜け落ちていく感覚を覚え、頭の中で娘や妻の事が走馬灯のように浮かび始めた、その時だった――。
「キミ、大丈夫かい?しっかりするんだ!」
そう声がかけられ、私は朦朧としながらも声の主へと目だけを動かしていた。
――そこにはカエルのような顔をした男性が必死になって私に声をかけているのが見えた。
「お父さん!」
「あなた!」
次に目覚めた時、私は米花私立病院という病院のベッドの上に寝ており、天井を見上げる私の左右から妻と娘が今にも泣きそうな表情で顔を覗かせていた――。
話を聞くとあの時私に声をかけてきたカエル顔の男性は医者だったらしく、私が気を失った後、応急処置を施し、救急車を呼ぶとこの病院まで搬送し手術してくれたのだという。
妻から本当なら死んでいてもおかしくない怪我だったと聞き絶句するも、泣きじゃくりながら私が助かったことに喜んでくれている娘や妻の顔を見ることが出来、ホッとすると同時に私の命を救ってくれたあのカエル顔の医師に深く感謝した。
それからすぐ、同僚の刑事たちが私のもとにやって来ると、早速強盗殺人犯の事を根掘り葉掘り聞いてきた。
私は途中まで正直に質問に答えていたが、その犯人の正体については一切口を開かなかった。
同僚たちは「何故言わない?」と詰め寄って来たが、私は真っ直ぐに彼らを見返すと一言呟いた。
「私は
同僚たちは「何を馬鹿な事を」と言っていたが、私は確信している。
必ずアイツは奪った現金を持って自首をしてくると。
本来ならそんな事は認められるわけも無いが、私の懇願に根負けした上司が数日待ってくれるよう取り計らってくれた。
それから三日もしないうちに、
深夜に病室のベッドに寝ている私の所に、アイツは銀行から奪った現金を持ってやって来たのだ。
「……生きていたんだな」
私の顔を見るなりそう言った
それを見た私は苦笑を浮かべながら口を開く。
「なんだ?あのまま死んでいてくれた方が都合がよかったんじゃないのか?」
「……冗談でも笑えないよ、それ」
ため息をついて小さく笑う友人は、続けて言葉を紡ぐ。
「……お前がトラックに跳ね飛ばされた時、俺は怖くなってその場から逃げてしまったが、お前が助かったと聞いた時は心底安堵したんだ。……お前があのまま死んでしまっていたら、俺はどうしていたか分からないが……お前が生きてくれてた今なら、もう腹は決まっている」
そう言って友人は私に向けて両手を差し出してきた。
「……捕まるならお前がいい。手錠を頼む」
「…………」
私はその両手をジッと見つめると、その両手を軽く押し返す。驚く友人に向けて口を開いた。
「自首……してくれるよな?」
「ッ!……ああ。……ああ!」
何度も何度も頷く友人――
それから18年後――。
カエル顔の医師の尽力で職場に復帰した私は、長い歳月を経て『警視正』へと昇格し、警視庁刑事部捜査一課課長に就任していた。
「佐藤警視正。連続放火犯の身柄確保に成功しました」
「おお、そうか。ご苦労だったな
「……ちょっとお父さん、今は仕事中だから
最近
何でも最近活躍をしている『少年探偵団』が放火犯を見つけ捕まえたらしい。
まだ10歳にも満たない小学生の身で危険な場所へ飛び込むのはいただけないが、ここは素直に感謝すべきなのだろう。
「それじゃあ早速調書を取るとしようか」
「あ、待ってお父さん」
踵を返し、放火犯のいる取調室へと向かおうとしていた私を美和子が呼び止める。
何だと思いながら美和子へと視線を戻すと、美和子は直ぐに
「ねぇ、まだ帰れそうにはないけれど、ちょっとここを抜け出して
「お……うん、そうだなぁ。だがアイツらもこの放火事件の事を気にしてたから早めに切り上げてるかもしれんぞ?」
「でもまだいるかもしれないじゃない。今日は
「うーん……そうするか」
娘に押される形で私は警視庁を後にし、その足で目的の居酒屋のある品川へと向かった。
品川は今回逮捕された連続放火犯が
どうも放火犯の狙いは池袋、浅草橋、田端、下北沢、四ツ谷、品川の順番で放火することで東京の地に巨大な『火』の文字を浮かび上がらせる計画だったらしい。
幸い品川は被害が最小限で済んだものの、それを知らないアイツらはもうさっさと解散して帰っているのかもしれない。
無駄骨になるのを覚悟で私は居酒屋『七曲』の前に到着する。
今日集まる約束をしたアイツらと言うのは、高校時代の野球部の仲間の4人だ。
皆、良い事があったらしくその記念ということで飲み会で集まる事になったのだ。
(……それにしても、こうも幸運が重なるもんだとはなぁ。野球部時代、頼れる主砲だった
そしてかく言う私も、今日連続放火犯を捕まえることが出来た。皆が皆、一様に幸運をつかみ取った一日であった。
(そして……
私の脳裏に、18年前病室に現れた鹿野の姿が思い起こされた。
あの後警察に自首をした鹿野は、裁判でも反省の色があるとして懲役10年の実刑判決を受け、7年前に出所。それからすぐ、イタリアへ料理の修業をするべく旅立ち、3年後に帰国してからは食堂を営んでいた実家をたたんで、そこにイタリア料理店を開業したのであった。そんな鹿野も明日が50歳の誕生日である。
(前科がある身だったから世間的にも大変だったはずなのに、アイツもよく頑張ったもんだ)
そう思いながら私は居酒屋の戸に手をかける。少し緊張しながら私は一つ深呼吸をするとその戸をゆっくりと開けていた――。
「――おう、佐藤!待ってたよ!」
驚いた。まだ四人全員この店におり、飲み会を楽しんでいたのだ。
真っ先に私の姿を確認したのは鹿野だった。鹿野は笑顔でこっちに向かって手を振っている。
他の三人も、私に目を向けると笑って「こっちに来いよ」と同じように手を振っていた。
それを見た私も笑顔になって彼らの輪の中に入っていく――。
今はまだ職務中の身だから酒は駄目だが、ノンアルコールならセーフだろう。
旧友たちとの思い出話に花を咲かせながら、私の夜は過ぎていった――。
軽いキャラ説明。
・佐藤正義
単行本27巻に収録。アニメでは205話~206話に放送された『本庁の刑事恋物語3』の回想に登場する佐藤美和子の父親である刑事。
18年前に道路に飛び出した鹿野を突き飛ばしてかばい、代わりに自身が事故にあい死亡してしまう。
しかし、冥土帰しのおかげで命拾いし、鹿野も自首したため原作のように18年もかからず事件は解決する。
そのため、18年後に起こった連続放火事件は、歩美が目撃した犯人を偶然見つけた少年探偵団が追跡し、品川で犯行に及んだ所を彼らによって捕まえられて解決という、あっさりとした幕引きとなった。
ちなみに、正義の階級の『警視正』は原作で死亡したことで二階級特進となったモノをそのまま流用している。