SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
――3年前のある日の事、突然私の所に緊急の患者が運び込まれて来た。
「ありゃあ、これは酷いねぇ」
その患者を見た瞬間、私は唖然となった。
火事にでもあったのか全身が焼けただれ、その上あちらこちらが骨折しているようであり、もはや虫の息であったのだ。
そばにいた看護師が患者の説明を始める。
「名前は
「……?彼、アクション俳優だったのかい?」
私の問いかけに看護師は首を振る。
「いえ、普通の映画俳優だったみたいです」
「妙だねぇ、普通カースタントってスタントマンがやるんじゃないのかい?」
怪訝な顔を浮かべるも、ひとまずその問題は後回しにした。こんなことをしている間に患者は確実に死に近づいている。
「急いで手術室へ」
私はそう言って患者を手術室へと移動させ、すぐさま
――手術は問題なく成功したものの、全身のほとんどを皮膚移植しなければならなくなったため、彼は全身ぐるぐる巻きのミイラ男となって集中治療室へと入る事となった。
(……やれやれ、皮膚移植の準備が出来次第、二度目の手術を行わなければならないね?)
集中治療室へと運ばれる彼を見ながら私はそう思っていると、不意に声をかけられた。
「先生!あの……北野は!?」
振り返ってみると眼鏡をかけた女性が立っており、その後ろに眼鏡をかけた男性が立っていた。
私はその人たちに向き直り、まず尋ねる。
「……あなた達は?」
「あ……わ、私はアクション女優をしている
吉野と名乗った女性と大野と呼ばれた眼鏡の男性は共に会釈する。
それを見た私は北野広之の現状を彼女たちに説明する。
「患者の命はなんとか取り留めたよ。……しかし全身が焼けただれてしまっていてね、あれではもう皮膚移植が必要になって来るね?」
「そんな……」
愕然とそう響く吉野さん。後ろに立つ大野さんも同じように呆然となっていた。
そんな二人に僕は続けて口を開いた。
「……彼、普通の映画俳優だったらしいけど、あの怪我の原因はカースタントによる事故だって聞いてるよ?何故スタントマンでもない彼がそんな危ない事を?」
「あ……えと……実は来るはずだったスタントマンが突然来れなくなってしまって、それでそのスタントも彼が……」
気まずげにそう響く大野さんに私は「無茶をするね?」と言ってやれやれと首を振った。
しかし、その横で吉野さんが納得していないと言った表情で俯き唇をかんでいた事に、私は気づく事は無かった――。
それから一週間がたって、ようやく
するとそこには先客が来ていた。
「あれ?吉野さん、来てたのかい?」
「あ、先生。お邪魔しています」
未だに意識の戻らない患者のベッドの横で、椅子に座って心配そうに眺めていた吉野さんは、私が入ってきたことに気づき慌てて立ち上がると会釈してきた。
実は彼女と北野さんは恋人同士らしく、そのため毎日のように彼女は北野さんの病室を訪れていた。
そんな彼女に私は皮膚移植の手術の準備が出来た事を告げると彼女は大いに喜んだ。
「よかった!それなら映画俳優を辞めさせられても普通に生活は送れそうですね」
ホッと安堵する吉野さんに私は問いかける。
「彼……映画俳優を辞めさせられそうになってるのかい?」
「あ、はい……。流石にこの怪我ですから人前にも出られないだろうって……。
「死神陣内?なんですかそれは?」
首をかしげてそう尋ねる私に吉野さんは説明してくれた。
聞けば死神陣内とは悪事を働いた者をその怪人が殺害していく映画らしく、すでにシリーズ化もされているのだとか。
「へぇ……、そんな映画があったなんて知らなかったですね」
「先生は、映画を見られないので?」
「仕事一筋なものでね?申し訳ない」
頭に手を置いて申し訳なさそうな顔でそう言う私に、吉野さんも苦笑を浮かべる。
そうして続けて彼女は口を開いた。
「……実はあの事故の後、北野の日記を見つけて読んでみたら、
「事故の一週間前に、ですか?それはまた、運が悪かったですね」
「……。本当に運が悪かっただけなのでしょうか……?」
私の言葉に吉野さんはポツリとそう返す。
「……?どういう事ですかな?」
「……実は私、あの事故がただの事故では無いんじゃないかと思ってるんです」
怪訝な顔を浮かべる私に吉野さんは言葉を続ける。
「先程話した南条さんなんですが……どうも北野が二代目になるのが酷く気に入らなかったみたいなんです。それに、事故の時も南条が半ば無理矢理北野を車に乗せたみたいですし……事故後も北野に映画俳優を辞めさせるよう一番強く推していたのもあの人なんです……!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
言葉に力が入り始めた吉野さんに、私は慌てて待ったをかけた。
「……仮にキミが言うように、その南条さんとやらが事故にあわせるために意図的に北野君を車に乗せたとしても、
「…………」
私のその指摘に吉野さんが言葉を詰まらせた時だった。
「ぅ……ぐぅ……ッ!」
「「!」」
唐突に病室内に第三者の呻き声が響き渡った。
見るとベッドに寝ていたミイラ状態の北野さんが呻きながら身をよじっている。
「広之さん!!」
「……そろそろ意識が戻る頃だとは思ってたけど、今とはね」
驚いて駆け寄る吉野さんに続きながら、私も彼に近寄った。
そして喋れるようにそばに置いてあった吸いのみ器で水を飲ませると、彼に声をかけてみる。
「僕の声が聞こえるかい?キミは自身のことについてちゃんと覚えているかい?ここは病院だ。キミは事故にあってここに運ばれたんだよ?」
「あ……ぅぁ……うぅ……ッ!」
しかし北野さんは私の問いかけを無視するかのように口をパクパクさせながら何かを必死に伝えようとしていた。
「何?広之さん、何が言いたいの?」
「落ち着いて、ゆっくり喋るんだ」
吉野さんと私がそう言って北野さんの言葉に耳を傾ける。
すると北野さんは苦しそうにしながらも何とか
「……お……おれ、は……
「「……!?」」
北野君のその告白に私も吉野さんも息をのんだ。
しかし直ぐに冷静になった私は頭をよぎった疑問を口にする。
「……妙だね?普通カースタントに使われる車ってスタントマンが無事でいられるように十全な整備と調整がされているものなんじゃないのかい?」
「ど、どういう事なの……?まさか……南条……!」
「……これは、事件性が出てきたとみていいね?」
呆然となる吉野さんの響きに私はそう言って二人から少し離れるとおもむろにポケットに入れていた携帯を取り出した。
そして、再び吉野さんに問いかける。
「僕の知り合いに警視庁の警部をしている人がいるんだが……その人に今回の一件を調べてもらえるよう頼んでみようと思うんだが、いいかね?」
その言葉に吉野さんは直ぐに強く頷いて見せた――。
――そこからすぐ警察が動き出し、事件は急展開を迎えた。
私からの連絡で目暮警部たちが動き出し、まずは北野さんが乗っていた車を調べてみると、なんと車の片方の前輪からそれを支える部品であるボルトが一本無くなっていた事が判明し、その前輪の周りから南条の指紋がべたべたと検出されたのであった。
そしてさらに捜査を進めると、その日来るはずだったスタントマンが実は南条からの嘘情報で撮影に来られなくなっており、撮影直前には例の車のそばで何かこそこそとしている南条の姿が目撃されていたのだ。
それらの証拠を警察が付きつけてみると南条は観念したのか全てを白状した。
自分が意図的に事故に見せかけて北野さんを殺そうとしたことを認めたのだ――。
原因はやはり、死神陣内の役を北野さんに奪われそうになったから。
それらが全て明るみとなり、南条は逮捕され、その後すぐ彼の経営する南条プロダクションも倒産する事となった。
――それから3年後の現在。私の所に一通のハガキが来た。
送り主は吉野里美さん。近況報告のハガキであった。
あの事件の後、北野さんは私の皮膚移植手術で元の姿を取り戻すことが出来、それから退院して一年と経たずして映画俳優の世界に復帰したという。
今も現役で映画俳優の仕事をこなしており、主演の数も多くなってきているのだという。
あの時、吉野さんと一緒に来ていた大野さんも、あの事件で全ての責任を背負う形で映画監督を下ろされそうになっていたものの、南条の企みが露になり首一枚でつながったとの事。
それらの報告を読んで私は笑みを浮かべていたが、最後に書き記された一文で更に笑みを深くした――。
――『一月後に私の姓が『吉野』から『北野』へと変わります。先生もぜひ式にいらしてください。』――。
軽いキャラ説明。
・吉野里美
アニメオリジナル回、『死神陣内殺人事件』の犯人。
南条に恋人の北野を事故に見せかけて殺されたため、復讐のために彼を殺害する。
しかし今作では北野は冥土帰しに助けられ、彼の証言から警察が動き出し、南条が逮捕される事となった。
現在は無事退院した北野と一緒に仕事を続けており、一月後には結婚する予定だという。