とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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今回は少し長くなりそうだったので二つに分けます。
次回、【解決編】です。


カルテ19:永井達也【事件編】

SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)

 

 

 

ある日の、まだ朝日が昇ってもいない時間帯に、事件は起きた――。

私はその日、夜勤明けで早めの朝食をとるために近くのファミレスに向かい、食事を済ませ病院に戻っている最中であった。

 

(……おや?)

 

不意に前方でこちらに手を振っている人影を見つけた。

それは犬を連れて朝の散歩中らしきその女性であり、私はその顔に見覚えがあった。

私はその女性の横に車を止めると運転席の窓を開けて彼女と会話する。

 

「やぁ、久しぶりだね」

「おはようございます、先生。その節は父がお世話になりました」

「どうって事ないさ。……朝の散歩かい?」

「はい。この子もう朝は早くって……。そしたら、車に乗ってこっちに来る先生の姿が目に入ったもので」

 

苦笑しながら自分の連れている犬を見下ろしてそう言う女性は、以前私が担当した、盲腸を患って入院してきた患者の娘さんであった。

 

「先生は今から出勤ですか?」

「いや、夜勤明けでね。さっきファミレスで朝食を取ってきて帰る所なんだ」

「そうなんですか。お疲れ様です」

「いやいや……」

 

そう、たわいの無い会話を数回繰り返した私たちはどちらともなく「それじゃあ」と別れを告げた。

一度会釈した彼女はペットの犬を連れて私の車の横を通り過ぎ、直ぐそこの住宅街の角の向こうへと消えていった。

私もそれを見届けた後、再び車を発進させようとした。その次の瞬間であった――。

 

「キャアァァァッ!!?」

「!?」

 

突然さっき会話していた女性の悲鳴が角の向こうから轟いた。

何事かと慌てて車のエンジンを切り、外に出た私は、彼女の後を追ってその角の向こうへと曲がった。

 

「どうしたんだね――!?」

 

そこには震える先程の女性と吠える犬の背中――そしてその向こうに口から泡を吹いて地面にのたうち回っている男の姿があった。

それを見た瞬間、私は踵を返すと自身の車の所に戻りトランクを開けると、そこからいつも持ち歩いている二つのボストンバッグを取り出し、急ぎさっきの場所へと戻った。

怯えて立ちすくむ女性と吠える犬を追い越し、もがき苦しむその男へと駆け寄る。

 

「キミ!一体どうしたんだね!?」

「ぁ……うぅぁぁがぁっ……!!」

 

息が出来ないのか首筋を掻きむしりながら、男は震える手でとある方向へと指さした。

 

「?」

 

私は男のその指の先へと視線を向ける。そこには封が開けられた自販機でも買える清涼飲料水『ガッツマン』の空き瓶が転がっていた。

 

「ガッツマン?……あれを飲んだんだね!?」

 

私の問いかけに必死に首を縦に振る男。

 

(まさか……ガッツマンに毒が!?……とにかく一刻も早く治療しなければ……!)

 

そう思い、直ぐにボストンバックの中から医療道具等を引っ張り出していく――。

すると唐突に、()()()()()()()()がその場に響き渡った。

 

「こ、これは!?……カエル先生、何故こんな所に!?」

 

顔を上げると見知ったちょび髭の男性――毛利小五郎(もうりこごろう)君が立っていた。

その左右には毛利君の娘の蘭君と、新一君(コナン君)の姿もあった。

どこかへ出かけるつもりだったのか、蘭君と新一君の背中にリュックが背負われていた。

私のそばでもがき苦しむ男を見て、驚愕に立ち尽くす三人に私は声を上げる。

 

「毛利君!すまないが救急車を呼んで来てくれ!あと、彼を救うのに人手がいる。協力してほしい!」

「わ、分かりました!蘭、救急車を!」

「うん!」

 

毛利君の指示で蘭君がすぐさま携帯で病院へと連絡する。

その間に毛利君と新一君は私たちの元に駆け寄って来た。

倒れている男を見ながら毛利君は私に問いかける。

 

「一体、何があったんですカエル先生!?」

「詳しい事は僕にも分からない。だがどうやらそこに転がっているガッツマンを飲んでこうなったらしい。恐らく毒が混入されていたんだよ」

「ど、毒ですって!?助けられるのですか?」

 

不安げにそう呟く毛利君に私は更に続けて口を開く。

 

「……この様子だと救急車が来る前にお陀仏だろうね?だから――」

 

 

 

 

 

 

「――今、()()()治療するしかない……!」

 

 

 

 

 

「ここでって、えぇっ!?」

 

素っ頓狂な声を上げる毛利君を無視して、私はボストンバックに入っていたぺしゃんこの()()()を膨らませ始めた。

それを見た毛利君は声を上げる。

 

「カエル先生、それは?」

「携帯型無菌室……要は持ち運びの出来る緊急手術室だね?さっ、早くこの中へ患者と医療器具を入れるのを手伝ってくれ、早く!」

「わ、分かりました!」

 

頷いた毛利君は私と新一君と一緒に急ぎ患者()と医療道具を運び込んだ。

そして私も術衣に素早く着替えると早速、患者の手術を開始する。

 

「やれやれまさか、街のど真ん中で手術をする事になるとはね?」

「カエル先生、その人助かりそう?」

 

私が一人呟くのと同時に、無菌室の外から新一君がそう声をかけてきた。

それに私はすぐさま答える。

 

「……正直、毒の成分が何なのか分からないから不安は残るけれど、彼が毒を飲んでまだ間がないのであれば、気道を確保して胃洗浄(いせんじょう)すれば何とかなるかもしれない。あとは、彼の根気しだいだね?」

「そっか……(ん?この男の人の肩に何か……緑色の、ペンキ……?)」

 

ジッと患者の肩辺りを見つめる新一君に構わず、私は治療を続けた。

程なくして救急車と少し遅れてパトカーも到着する。

救急隊員は道路のど真ん中で手術を行っている私に唖然となっていたが、直ぐに治療している私が医者だと理解するとすぐさま駆け寄り、手術中の私に声をかけてきた。

 

「その人の容体は!?」

「何とかなりそうだね。僕の手術が終わり次第、彼を米花私立病院に運んでほしい。僕も後から行く」

「わ、分かりました!」

 

救急隊員は頷くと搬送の準備をするために救急車へと踵を返す。

それと入れ違いに今度はパトカーに乗ってやって来ていた目暮警部たちが駆け寄って来る。

警部たちも街中で手術をする私に絶句する。

 

「せ、先生、これは!?それに、毛利君たちも……!?」

「来て早々悪いんだがね目暮警部。詳しい事情なら毛利君たちに聞いてほしい。今、手が離せないのでね?」

 

目暮警部にそう言う傍ら、私は手術の仕上げに取り掛かる。

 

「……あれ?この男……」

「?」

 

そう響く声が聞こえ、チラリと横を見ると、そこには無菌室越しに男の顔をまじまじと見つめる一人の警察官の姿があった――。

そうこうしているうちに術式が終了し、男の呼吸は安定する。

 

「術式終了。早く彼を……病院には僕から連絡しておくからね?」

「は、はい!」

 

私にそう促されて救急隊員は男を救急車に運び入れると一緒に乗り込み、直ぐに救急車を発進させてその場を後にしていった。

それをしり目に私は携帯で病院に一言連絡を入れて手術道具をそそくさと片付けていると、後ろから目暮警部と毛利君、そして新一君が駆け寄って来た。

 

「カエル先生、彼は?」

「大丈夫。もう呼吸も安定してるから峠は越えたと見ていいだろうね?」

 

毛利君の問いかけに私がそう答えると全員がホッとした顔を浮かべる。

 

「……で、目暮警部。彼が飲んだガッツマンに混入していた毒は一体何だったんだい?」

「あ、ええ……鑑識の調べによりますとどうも『有機リン酸系化合物』だと」

 

私の質問に警部がそう答え、私はフムと顎に手を添えた。

 

「……有機リン酸系化合物。なるほど、()()()()はやっぱりね」

 

有機リン酸系化合物は、軽度なら吐き気やよだれが出るだけで済むが、重症だと呼吸困難に陥り、肺水腫が起こる危険な薬品である。彼にはその重度の症状が出ていたのだ。……まぁ、それらの症状も私が治療したが。

 

「先生、先生が第一発見者と見て間違いないので?」

「ああ、いや。……実は第一発見者は僕じゃなく、彼女でね?」

 

目暮警部にそう聞かれ、私は思考をいったん止めると、先程から遠目で様子をうかがっていた犬を連れた女性へと視線を向ける。それにつられて目暮警部たちも彼女に視線を向けると女性は少し驚いた後、ぺこりと軽くおじぎをして見せた。

それを見た目暮は一つ頷くと、口を開く。

 

「分かりました。それでは彼女と一緒に先生にも事情聴取を受けてもらいたいのですが、よろしいですね?」

「構わないよ。ただ、運ばれていった彼の様子を見に、一度病院に戻りたいからね。事情聴取はその後でも良いかね?」

「ええ、よろしいですよ」

 

私がそう尋ねると目暮警部は快く承諾してくれた。

すると、その脇から毛利君が目暮警部へと声をかけて来る。

 

「警部殿。これは不特定の相手を狙った、無差別殺人事件です」

「何!?」

 

驚く目暮警部を横目に、毛利君は「私についてきてください」と一言言い残すと、路地の向こうへと駆け足で行ってしまった。

目暮警部たちも「どこに行くんだ、毛利君!?」と、慌てて彼の後を追っていく。

現場には私と第一発見者の犬を連れた女性。そして他の鑑識や警官たちが残された。

 

(やれやれ……ここから先は、彼らの領分だね?)

 

走り去って行く毛利君たちを見ながら、私は心の中でそう呟くと頬を指でポリポリとかいた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:江戸川コナン

 

 

朝の路上での一件後、現場に一緒にいた警察官の証言から、カエル先生に手術されていた男――永井達也(ながいたつや)さんは、現場の少し先に住んでいる西谷美帆(にしたにみほ)さんという女性に、三週間前までストーカーをしていた事が分かり、俺たちは西谷さんの住むアパートへと訪れた――。

 

「え、倒れて病院に!?あの人が……!?」

「ええ。毒入りの清涼飲料水を飲みましてね」

「毒入りの……!?」

 

驚く西谷さんは、目暮警部の毒入りのガッツマンを飲んだという話で更に驚愕していた。

そうやって目暮警部たちと話をしている間、彼女は両掌を下で合わせて、『何か』を(てのひら)から()()()()()()()()()ような動きをさせている。

俺はそんな西谷さんを見ながら一人、黙考する。

 

(この人……()()永井さんにストーカーされていたみたいだが、気づいていなかったって言っている……本当にそうなのだろうか?……この部屋の窓とドアには(じょう)が付け足されているし、防犯スプレーまで置かれている……。これらは全部、永井さんのストーカー被害に怯えていた頃の後遺症なのだろうか?)

 

そう、考えているうちに、警部たちと西谷さんの事情聴取は終わり、俺たちは引き上げる事となった。

だが、去り際に西谷さんから声がかかる。

 

「あ、あの……。その毒を飲まされたっていうあの人……どうなりましたか?」

「ん?ああ。どうにか一命をとりとめて今、米花私立病院に入院しています」

「えっ!?」

 

目暮警部からそれを聞いた瞬間、彼女は今まで以上の驚愕に目を見開いていた。気のせいか顔色も青くなっているようにも見える。

それに気づいていないのか目暮警部は更に言葉を続けた。

 

「たまたま、彼が毒を飲んだ直後に偶然居合わせた外科医のお医者さんがいましてね。その人が処置をしてくれたおかげで何とか事なきを得ましたよ。……ですが、術後ですからまだ事情聴取できる体ではありませんので、彼から話を聞けるのはまだ先になりそうですが……」

「そ……そう、ですか……」

 

警部からの説明を聞いている間、彼女はそう相づちを打っていたが、その顔は何処か心ここにあらずと言った表情であった。

それを見た俺は確信する。

 

(どうやら間違いなさそうだ……。彼女が永井さんに毒入りのガッツマンを飲ませた犯人だ)

 

だが、まだ分からないことがいくつかある。

彼女がどうやって毒入りのガッツマンを飲ませたのか?彼女が犯行に及んだその()()()な動機は?そして……永井さんの肩に付着していた、あの緑色のペンキも気になる。

 

(あとは証拠も必要だしな。……まぁ、これらの疑問も、永井さんが目を覚まして喋れるようになったら全て分かるんだろうが――)

 

俺は考えながらチラリと西谷さんに目をやる。そこには()()()()()()()()()()()を浮かべている彼女の姿があった――。

 

(――彼女のこの様子じゃ、()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

西谷さんの顔を見つめながら、()()()()()()()()()()()()()()()悟り、俺は人知れず顔を険しくさせていった――。




今回は軽いキャラ説明はありません。
それも【解決編】同様、次回に持ち越します。

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