とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

22 / 95
【解決編】です。



カルテ19:永井達也【解決編】

SIDE:西谷美帆

 

 

丸一日半と一晩、寝ずの夜を過ごしながらも思い悩み、私はようやく決断する。

()()()()()()()()()()()()()()()()()、今度は確実にあの男を――。

そう意気込んだ私は、ポシェットに()()()()()()を忍ばせると、アパートを出て夜の街を歩きだした。

向かう所は決まっている。あの男の入院している病院――米花私立病院だ。

まだ喋れる状態ではないことは警部さんから聞いているが、それも時間の問題。

暴かれる前に確実に彼の息の根を止めなければ。

アパート近くのバスの停留所からバスに乗って揺られる事10分ほど。

あの男が入院している目的の場所、米花私立病院にたどり着く。

この病院は、ここ米花町にいくつかある病院の中で一番大きな医療施設らしく、しかも本当か嘘か、世界でも最先端な医療技術が備わっているらしく、ここに入院した患者のほとんどはどんなに重い病気や怪我でも一ヶ月以内に完治するという。まさに『医学の総本山』とも呼ばれる場所らしい。

その上、最近は周囲の病院からの『悪影響(妬みややっかみ)』を防ぐために、その医療技術を『共同使用』という形で無償同然で公表、提供しているのだとか。

そのため今現在、米花私立病院を中心に波紋が広がるように、周囲の病院の医療技術がウナギ登り状態だという。

 

だが今はそんな事はどうでもいい。一刻も早くあの男を消さなければ。

 

はやる気持ちを抑えながら私はバスを降りると、駐車場を通過し、真っ直ぐ米花私立病院の正面玄関へと向かう。

 

(まずは、あの男のいる病室を探し出して、それから――)

 

そこまで考えた次の瞬間、私は思考と共に歩みも止めていた。

私が向かう病院の正面玄関前に誰かが立っているのが見えたからだ。

夜に病院から漏れる灯りで逆光になり、薄っすらとしかその姿は確認できないが、どうも白衣を着た医者らしき人物であることだけは何とか見て取ることが出来た。

しかも、明らかにこちらを見据えており、まるで私の行く手を阻むかのように軽く仁王立ちになっている。

目を見張る私にその人影から声がかけられた。

 

「……こんな夜分に、どちらさんかな?」

「あ、あなたは?」

 

私がそう問いかけると、人影は「おっと、うっかりしてた」と小さく呟くと、私の方へと歩み寄ってくる。

すると、駐車場に設置してあった外灯の一つ――その灯りに人影の姿が露になった。

見るからにカエルのような顔をした白衣を纏うその人は、私の数歩手前で立ち止まると改めて口を開いた。

 

「驚かせてしまったかな?……僕はこの病院に勤務するしがない医者でね。ちょっと外の空気を吸いにふらりと外に出たらキミがこちらに向かってくるのが見えてね、つい声をかけてしまったんだよ?」

 

柔らかく笑いながらそう言うカエル顔の先生に、私は少しずつ警戒を解く。

 

「……そ、そうですか。実は私の知り合いにこの病院で入院している人がいるんでそのお見舞いに……」

「へぇ……。夜にお見舞いという事は、仕事帰りに来たのかな?」

「まぁ、そんな所です」

 

顎を撫でるカエル顔の先生のたわいの無いその問いかけに、私は軽く受け流すように答える。

すると、カエル顔の先生はやや目を細めると私にさらに問いかけてきた。

 

「……それで?そのお見舞いに行くという患者さんはどこの誰なのかね?もしよければ、僕がその人の病室へ案内するけど?」

「あ、いいえ結構です。病室は分かってますので」

 

先生の提案に私は手を振ってそれを断った。

この人についてこられるとこちらが困る。何せあの男の病室には恐らく警察が張り込んでおり面会謝絶にもなっているはずなのだ。そんな所についてこられると最悪な事態になるのは目に見えている。

自力で警察が見張っている病室を特定し、何かしらの騒ぎを起こして警官をその場から遠ざけ、その隙にあの男を殺すしかないのだ。

私の断りの言葉に、カエル顔の先生は少し残念そうな顔を浮かべる。

 

「そうかい……なら、仕方ないね。それじゃあ最後に()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……?」

 

何故か頼みごとをしてきた先生に、私が怪訝な顔を浮かべた瞬間だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そのポシェットの中にある凶器、僕に預からせてもらえるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

「……?…………ッ!!?」

 

そう言って、手を差し出してきた先生に私は驚かずにはいられなかった。

絶句する私に向けて、先生は淡々とした口調で口を開く。

 

「ここは病院なんだ。人の病気や怪我を治す医療の場だ。そんな所にそんな物騒なモノを持ち込ませるわけにはいかないからね?」

「な……なに、を……!?」

 

混乱しながらも私はポシェットを背中に隠しながら先生から距離を置くように後ずさる。一体この人は何を知っているのか。

するとその直後、真横から別の声が私にかけられてきた。

 

「もう、そこまでにしましょう、西谷美帆さん」

 

その声につられ横を見ると、そこには先日アパートにやって来た毛利小五郎と目暮と名乗った警部とその部下の刑事の姿があったのだ。

しかも毛利小五郎は今有名な『眠りの小五郎』の姿勢となって駐車場に設置されているベンチに俯きがちに座っていた。

 

「も、毛利さんに警部さんたちまで……何故、ここに?」

「恐らく、今晩当たり貴女がこの病院に来ると毛利君が予想して待ち構えていたのですよ」

 

呆然と呟く私に目暮警部はそう答え、それに続くように毛利小五郎が言葉を発した。

 

「……あなたですよね?永井さんに毒を盛って殺そうとした犯人は」

「……ッ!!」

 

 

 

 

――そこから先は毛利小五郎の独擅場だった。

私が使った、ガッツマンのすり替えと、ストーカーである永井の収集癖と私への好意を利用した、封を開けた状態での毒の入ったガッツマンを飲ませるトリック。指紋を付けないために前もって両手に接着剤を塗っていた事。そして自動販売機にガッツマンを残したのは、無差別殺人に見せかけるためだったことも。

 

 

 

「す、推理するのは勝手ですけど、証拠がないんじゃないですか?」

「証拠ならありますよ。コナン!」

 

私の言葉に毛利小五郎がそう声を上げると、ベンチの後ろから先日毛利小五郎と一緒についてきていた眼鏡をかけた少年が現れた。

 

「西谷さん、これ見てくれる?」

 

そう言って少年はポケットから写真の束を取り出し、私に見せるように掲げて見せると一枚一枚めくっていく。

するとそこには、接着剤を指に塗った後の公衆トイレから毒入りのガッツマンを塀の上に置くまでの私の姿が写っていたのだ!

驚く私に毛利小五郎は話を続ける。

 

「永井さんが盗み撮りをしていた事には気づかなかったみたいですね?無理もありません、彼は特殊な手製のカメラを使っていたんですから」

「手製の、カメラ……?」

 

呆然と響く私の言葉に答えたのは、私の横にいるカエル顔の先生であった。

 

「彼の持ち物の中に()()()()()()オイルライターがあってね。そこに小型のカメラが仕込まれていたんだよ。……彼の父親は鉄工所の技術者らしかったから、その人に似て手先が器用だったんだろうね?」

「ええ。……そして、この写真には貴女が塀の上に置いたガッツマンには3日ほど前に締め切られた、プレゼント応募用のシールが貼ってあるのが写っています。あの例の自動販売機のガッツマンは全て、事件の前日の昼過ぎにシールの張られていない新しい日付のモノに入れ替えてありました。つまり……()()()()()()()()()()()()()()()()()という証拠なのですよ、西谷さん」

 

毛利小五郎の指摘に私はもはや反論も出来ず、その場にへたり込んでしまった。

そして私は、観念してその場でポツリポツリと全て話し始める。

 

――1週間前に駅の階段で永井に突き落とされた事、その時に見た自分を睨みつける永井の目で、3週間前に警察に通報した自分を逆恨みで殺しに来るのではと考え、殺される前に殺そうと考えた事を全て打ち明けたのであった。

 

動機を全て話した直後、横に立つカエル顔の先生の口から驚きの言葉が飛び出す。

 

「西谷さん、実は毒を飲んだ直後に通りかかった医者と言うのは僕のことなんだ」

「……なんですって!?……なぜ、何故あんな男を助けたりしたのよ!?あの男さえいなければ、私はここまで苦しむ事も無かったし、今だって――」

 

怒りに任せてカエル顔の先生に噛みつく私に、毛利小五郎は待ったをかける。

 

「――西谷さんそれは違う。仮に永井さんが毒で死んでたとしても、私たちは貴女が犯人であることを突き止めてたでしょう。……そして貴方は逮捕され、()()()になっていた」

「……あ」

 

毛利小五郎が何を言いたいのか理解した私はハッとなる。それに続けるように目暮警部も口を開いた。

 

「カエル先生は永井さんの命を救う事で、貴女も救おうとしたんです。……貴女を殺人罪という重い罪から守るために」

 

その事実を知った私は呆然と横に立つお医者さんを見上げる、するとその人は優しく笑って見せた。

 

「……僕ら医者と言う存在は被害者の命を救うと同時に、加害者を殺人者にしないようにするのも使命の内としているからね?」

「……それに西谷さん、貴女が言った動機――その予想は、()()()()()()()()()()

「え……!?」

 

毛利小五郎のその言葉に、私は驚いて視線を先生から彼らの方へと戻す。

すると、目暮警部の横に立っていた刑事が小さなバッグを取り出して見せた。

刑事がバックを開けると、そこにはガラス切りと大きめのナイフが入っていた。

それを見た私に毛利小五郎が口を開く。

 

「事件当時、永井さんの服の肩口についていた緑色のペンキがどうにも気になり、調べましたところ。貴女のアパートの直ぐ近くにあるペンキ塗りたての外灯の物陰に隠してありました。……永井さんは、西谷さんが帰宅したら、そのバッグを取ってきて西谷さんの隙を狙い……ガラス切りで窓に穴を開けて侵入し、そのナイフで……殺すつもりだったのでしょう」

「じゃ……じゃあ、私はもう少しで……?」

 

呆然とそう響く私に、毛利小五郎は優しい声で語り掛ける。

 

「カエル先生のおかげで、目が覚めた永井さんからの証言が取れれば、情状酌量が認められる事となるでしょう」

「彼もこの一件が明るみになれば実家の方できついお灸をすえられる事になるだろうね。上手くすればもう二度とキミの前に現れはしないだろう」

「……で、でも私、ここには永井を殺すつもりで――」

 

先生の言葉に私が不安げにそう返すと、カエル顔の先生はキョトンとした顔で再び口を開いた。

 

「何を言ってるんだい?キミは()()()()()()()()()()()()()()()ここに来たんだろう?」

「――あ」

 

とぼけたような口調でそう言った先生に私は思わず呆気にとられた。

そして最後に、毛利小五郎は諭すように私に言葉を送る――。

 

「西谷さん……一日も早く立ち直って、自分の洋菓子店を持つという素晴らしい夢に向かって歩んでください。貴女はまだ……十分に若いんですから」

 

 

 

 

 

「…………。ありがとう、ございます……っ!」

 

心の枷が外れたかのような感覚を覚えながら、私は目から一筋の涙をこぼすと、その場にいる全員に向けて深々とした礼と感謝の言葉を呟いていた――。




軽いキャラ説明。


・西谷美帆

アニメオリジナル回、『ストーカー殺人事件』の犯人。
永井に殺されそうになっており、それより先に先手を打って彼を毒殺する。
しかし、冥土帰しが永井を助けた事で、彼の証言から彼女の情状酌量が認められ、罪を償って自身の夢へと再び歩み始める。



・永井達也

西谷のストーカーにしてこの事件の被害者。
冥土帰しのおかげで九死に一生を得るも、その行いが実家にばれてしまい、退院後に強制的に実家へと連れ戻され、家族の監視のもと、父親の経営する鉄工所で働かされている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。