次回は冥土帰し先生が原作コナンの事件に巻き込まれる長編となりますので、分割して書いていくことになると思います。
SIDE:毛利小五郎
(……あー、下手やっちまった)
俺こと毛利小五郎は今、米花私立病院の大部屋の病室に患者として入院している。
事の発端は数日前、とある犯人を捕まえるためそいつともみ合った際、あやまってソイツに足の骨を折られたのが原因だった。
その犯人はその後すぐ俺が預かっているガキンチョの蹴った空き缶が頭に当たって撃沈したが。
犯人逮捕は成功したものの、俺は
もう何度目だろうか、この病院に入院してカエル先生に迷惑をかけるのは。
初めてここにお世話になったのは、俺がまだ高校生の頃だ。
部活の柔道の練習試合で自分よりも経験の深い相手に投げられた際、あやまって受け身を取り損ね腕を骨折したのが始まりだった。
骨がくっついて柔道に復帰できるまで最低一ヶ月はかかると覚悟していたが、カエル先生から「来週までには治って柔道もできるようになるよ?」と言われた時には開いた口が塞がらなかった。
そして、同時に気づいた。この人にかかれば、どんな病気や怪我だってそんなに時間をかけず立ちどころに治ってしまうんだと。
それを知ってからの俺は、多少無理をしながらも柔道の腕を磨き続けた。
そしてその度に骨折やら捻挫やらで怪我を負っては毎回カエル先生に治してもらっていた。
そのかいあってか、柔道の腕はメキメキと上がっていった。上がってはいったのだが……。
(あの頃の俺……馬鹿だろぉホントにぃ……!!)
病室のベッドに寝転がりながら両手で真っ赤になった顔を覆う。
何調子こいて何度もあの人のご厄介になってんの!?短期治療のスペシャリストが近くにいるから無茶なことできるって短絡的に考え過ぎじゃない!?
(しかも、それが高校時代のみならず、大学から若手刑事時代までもずっとその考えで通して色々と無謀なことしてきちゃったし……どんだけこじらせてんだよ俺!そりゃ
一人悶絶しながらベッドの上で頭を抱えていると、ふいに隣のベッドに寝ている同室の患者さんから声がかかった。
「……どうしましたかな?何か悩み事でも?」
「ああ、いえ……!お恥ずかしい所をお見せして申し訳ない」
慌てて身を起こして居住まいを正した俺は、隣のベッドの主に向け一言詫びる。
そこには口ひげを蓄えた恰幅の良い初老の男性が上半身を起こした状態でベッドに寝ており、両手には何かの小説なのか本を開けて持っていた。
――
まさかあの有名な推理小説家がこの病院の――ましてや自分と同じ病室でベッドが隣同士になるとは夢にも思ってなかった。
俺は恥ずかしさに頬をポリポリと指でかきながら、新名氏に向けて口を開く。
「いやぁ、実は。ここの医院長とは私がまだ学生だった時からの付き合いでして、その頃からもう何度も何度も怪我やら何やらでここで入院させてもらったりして迷惑をかけてるしだいで……」
「ははっ!なるほどなるほど。所謂、若気の至りというやつですな?」
「ははは……お恥ずかしい限りで」
「いやいや、若い頃ならそれくらい血気盛んな方がよいでしょうとも。私なんて、
新名氏のその言葉に俺は「と、言いますと?」と聞き返すと、彼は苦笑を浮かべながらぱたんと本を閉じて続きを話し出した。
「……いや実は私、末期癌で余命いくばくもない
「とある計画?」
「ええ……。私の書いた小説の中に暗号文をばらまき、それに気づき私が答えを出す前にそれを私の元までやって来てその暗号の謎を解き明かした、読者の得意満面な顔……それを直に見てみたいという計画です。……この作家人生数十年。まだ一度たりとも味わったことが無かったただ一つの至福。私はそれを求めたのです」
「ははぁ……それはなんとも……」
何と答え返していいのか分からない。作家というのはそういったモノにも幸福を感じる者たちなのだろうか。
困惑気な俺の様子に気づいたのか、新名氏はくすくすと笑う。
「フッフッフ。カエル先生にも同じような顔をされましたよ。……元々私はあの人の治療を受けるつもりは無かったのですが、私の主治医を務めていた医師が私に内緒でカエル先生に連絡を取りましてね。……彼と会った時には既に私は計画を実行に移し始めておりまして……暗号文を載せるにあたって連載が終了した探偵左文字シリーズを復活させた後だったのです」
「…………」
「そのため、私に無断で勝手に先生に連絡をした主治医に最初こそ憤りを感じましたが、カエル先生に言われたとある言葉で私は自分の考えを改める事となりました」
「とある言葉、とは?」
俺がそう問いかけると、新名氏はニッコリと笑いそれを口にする。
『……だったらなおの事、あなたはその病気を治さなければならないね。例え読者の誰かが謎を解いてあなたの元へやって来たとしても、肝心のあなたが既に亡くなっていたとしたら、その答えを伝える事も、ましてや得意満面な顔を浮かべることも出来ない。……あなたが死んでしまえば、あなたが望んだモノは永遠に手に入らなくなるのだから』
「――とね、……いやはや、この歳にして反省させられるとは思いもよりませんでした」
そう言って恥ずかしそうに頭をかく新名氏は言葉を続ける。
「あとは御覧の通りです。二日前に手術が終わりもうすぐ退院なのですが、私の望みの為、このまま探偵左文字シリーズを書き続けていくつもりです。……病気のことは周囲に黙っていたので散々心配をかけさせてしまいました。特にすぐそばにいたのに気づいていなかった娘には相当なショックだったみたいで……あの
「……きっと、分かってくださいますよ。その娘さんも」
俺のその言葉に「はい……」と、目を細めてどこか遠くを見るような顔を浮かべる新名氏。
赤の他人である俺にはどうすることも出来ない。願わくば、彼と娘さんとの間に溝が出来ないことを祈るばかりだ。
……それにしても、カエル先生は相変わらず治療の腕が常識の枠を超えている。
この前も俺と英理の古くからの友人であるソムリエの
どうも車との事故(接触はしていない)による転倒でそうなったらしく、沢木さんは大変なショックを受けていた。
しかし、カエル先生の尽力で短期間で味覚障害を克服し、無事ソムリエの職にも復帰できたらしい。
その後沢木さんから聞いた話なのだが、味覚障害の治療の際――。
『キミには味覚障害の基本治療となる薬物療法と食事療法を受けてもらうよ?それと味覚障害には精神的な問題も関わっている場合もあるからカウンセリングも受けてもらわないとね?……大丈夫。薬物療法には僕特製の薬を処方するから、上手く効けば
――そう言ってニッコリ笑うカエル先生に沢木さんは開いた口が塞がらなかったとか。さもありなん。
ちなみに沢木さんと交通事故を起こした車は現場から逃げていったらしいが、沢木さんが逃げ去る車のナンバーを見ていたため、その車の主が見つかるのに時間はかからなかったらしい。
車の持ち主はどうも人気モデルの女性らしく、今沢木さんはその女性と治療費やら慰謝料やらの問題で法廷で争っているのだとか。
……俺の事と言い沢木さんの事と言い、それに
医術の腕もそうだが、あのひたむきに患者たちと向き合う医師としての人徳も非常に高く、他の医師や患者たちを惹きつけて止まない。
……そう言えば、この間の
あの事件の起こる少し前、食卓で蘭とコナンと一緒に彼と会話している時だ。
俺が調子に乗ってホームズとワトソンのようにコンビを組まないかと聞いた時――。
『……僕は探偵と医者が名コンビだとは思っていません。僕達医者の本来の使命は検死をして殺人者を割り出す事じゃなく、被害者を救命して、殺人者を出さないようにする事なんですから』
――と、そう返してきたのだ。あれには俺だけでなく蘭やコナンもポカンと彼を見つめていたっけなぁ。
無理もない、何せその台詞はカエル先生が口癖のようによく呟く言葉と合致していたんだから。
俺たちの顔があまりに予想外だったのか新出先生も若干戸惑いながら「どうかしましたか?」と聞いてきたっけ。
そして俺がカエル先生の事を新出先生に話した時も、彼は驚愕に目を見開いてそばで料理の支度をしていたお手伝いの
『あの人を知っているのですか!?』と怖いくらいに顔を近づけて来たので俺たち三人そろってブンブンと頭を縦に激しく振ったのも記憶に新しい。
その後、落ち着いた新出先生に聞いてみると、どうもカエル先生は新出先生の恩師だったらしく、研修医時代に米花私立病院でカエル先生に医者としてのイロハを叩きこまれていたのだとか。
『あの人の教えはとても役に立ちました。医療技術もさることながら、患者に対する心構えやひたむきな姿勢、そして信念。どれを取ってもあの人にかなう医者は世界中探してもいないでしょう!そして、そんなあの人に医者の何たるかを教えてもらった僕は医者として誇りに思うべきなのでしょう!』
――そう、ここの院長であり父親でもある
(……まぁ、その後すぐその義輝さんが殺される事件が起こってそれどころじゃなくなったわけだが……。しかもまた俺が解決したらしいが、相変わらずぜんっっっぜん覚えてねぇし!)
深いため息をつきそうになるも、隣に新名氏がいるのを思い出し、また心配されるのも気が引けるのでここは自重する。
――すると、その後すぐ病室の出入り口の扉が開き、そこから担当看護師の藤井さんが顔を覗かせた。
そしてそこから俺の方へと視線を向けるとやや大きめの声で俺を呼んだ。
「毛利さーん。あんたに見舞い客だよー!」
丁寧語に欠けた相変わらずの乱暴口調に俺の顔が呆れて引きつりそうになるも、すぐに「はて?」と首をかしげる。
蘭やコナン、それに英理や目暮警部殿たちは、俺がこの病室にいる事を知っている。
見舞い客がアイツらなら、わざわざ藤井さんが来る必要はない。という事は、初めてここに見舞いに来た俺の知り合いだろうか?
「ほら、この病室だよ。入んな」
「ど、どうも」
誰だろうと考えている間に、藤井さんは廊下にいたその人物を呼んで病室へと招き入れる。
その人物も藤井さんの言動に押されるようにして病室に入ってきた。
それは、短く刈り上げられた髪によれよれの背広とコートを纏った男だった。歳は俺と同じくらいだろう。
見るからにどこにでもいそうな中年男性。だが俺にはその男の顔には嫌というほど見覚えがあった。
「お、お前は……!!」
「……お久しぶりです。毛利さん」
驚く俺の前で深々と頭を下げてそう言う男は、かつて俺が刑事時代に殺人事件の容疑者として逮捕した、元トランプ賭博のディーラーの
10年前、俺が刑事の時に逮捕した最後の犯人。
その殺人犯だった村上丈は、つい昨日模範囚として仮出所したらしい。
出所した足で俺に会いに探偵事務所を訪れたそうだが、あいにく怪我で入院している事を蘭とコナンに聞き、俺がこの病院に入院している事を教えてもらい、やって来たのだそうだ。
最初こそ自分を逮捕した俺に復讐するために来たのだと警戒していたが――どうもその正反対らしい。
聞けば刑務所に入った当初は確かに俺を憎んではいたが、服役生活が続くうちにそんな気持ちも薄れて来たらしい。そして今では自分のしでかした罪を後悔し、俺に対しても悪い事をしたと深く反省してるのだとか。
正直、半信半疑なところではあるが、深く頭を下げて謝罪するこいつを見て俺はひとまずは信じる事にした。
「蘭ちゃん、でしたっけ?……
「……手ぇ出したら今度こそ許さねぇぞ?」
「し、しませんよそんな事」
ホントかぁ?両手をブンブンと振ってそう否定する村上を見て、俺は先程までの信用が自分の中で薄らいでいくのを感じた。
こいつ、本当に改心してんだろうな?
俺が内心訝しんでいると、村上は身を乗り出すようにして話題を変えてきた。
「……時に、毛利さん。
「おいおい、今度は英理にまでちょっかいかける気か?」
「いえ、だからそうじゃありませんて」
目が据わる俺に村上はまたもや慌てて否定すると言葉の続きを語りだす。
「……
「!」
村上の言葉に俺は小さくハッとなる。
10年前、村上を逮捕した後の事だ。所轄署で取り調べ中に隙を見て逃走したこいつは、あろうことか英理を人質にして逃げ延びようとしたのだ。
だが俺は人質となった英理の足に向け銃を発砲した。英理を助けるために。
足に掠った銃弾で英理は倒れ、その隙に俺は村上の左肩を撃って行動不能にし、その場は何とか治まった。
しかし、それが原因で上から責任を問われ、結果俺は刑事を辞める事となった。
だが、今更その件が一体何だというのか。
怪訝な顔で見つめる俺に村上はまたもや頭を下げながら、驚くべきことを口にしだした。
「……奥さんにかかった治療費、俺に返させてもらえませんか?」
「……!」
目を丸くする俺を前に、奴はさらに続ける。
「俺、まだ出所したばっかで持ち金もそんなにないですけど、何とかその治療費だけは働いて返したいと思ってたんです。あの時の償いもしたくて……。ですからどうか……」
「…………」
そう言ってさらに深く頭を下げる村上を俺はジッと見る。
――一分ぐらい、その状態が続いただろうか。俺は大きなため息をつくと村上に返答する。
「いや、いらんよ。今更10年前の事をむし返して、償いたいって言われてもこっちが困るだけだっつーの」
「毛利さん……」
「それに、あいつの傷も、ここの病院にいる腕のいい医院長が痕が残らないように奇麗に消してくれてな。……俺はもうそれで十分満足なんだよ」
本当なら痕が残ってもおかしくない傷だった。助けるためとはいえ、英理にそんな傷をつけてしまった事を後悔した。だがそんな後悔を、傷と一緒に奇麗っさっぱり消してくれたのはあの先生だった。
つくづくあの先生には感謝するしかない。もう一生頭が上がらなくなるだろう。
そんな事を思いながら、俺は目の前にいる村上に向けて一つの提案を出す。
「……村上。もしお前がそれでも俺に償いたいって言うんなら……お前がこれから一生懸命働いた金で、安酒でもいいから俺に一杯おごれ。それで10年前の事はチャラにしてやる。あと、英理にも直接会って謝るこった、いいな?」
「……!……はい……はいっ!ありがとう、ございます……!毛利さん!」
涙ながらにそう絞り出すように響く村上はその後も何度も頭を下げ続けていた――。
やれやれ、カエル先生にまた厄介になった時は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、これなら気分よく退院できそうだ。
そして退院したら今度こそは、もう二度とカエル先生に迷惑をかけないようにしよう――。
――もう、慈愛に満ちた先生のあの笑顔で、「キミはよっぽどこの病院が好きなんだねぇ」って言われねぇようにするために……!
軽いキャラ説明。
・新名任太朗
単行本19巻。アニメでは116~117話放送の『ミステリー作家失踪事件』に登場する、
原作同様に死期を悟り、復活させた『探偵左文字シリーズ』の小説に暗号文をばらまく計画を立てるも、冥土帰しに説得され彼の治療を受ける。
しかし、治療後も小説を書くのを継続し、小説内に散りばめた謎を自分が答えるよりも先に解き明かして伝えに来る読者を待ち続けている。
後に、『探偵左文字シリーズ』は原作同様に娘の
・沢木公平
劇場版第2弾『14番目の
味覚障害のきっかけとなったモデルの
しかし、冥土帰しによって味覚は回復し、ソムリエの仕事も問題なく続けている。
そのため、本編で割る高級ワインは今でも自宅で大事に保管されている。
・新出智明
単行本24巻。アニメでは170~171話放送の『暗闇の中の死角』にて初登場。
それ以降も何度か登場する事となる。
この作品では冥土帰しのかつての教え子の一人で、彼の教えを受けた智明もその教えを今も大事にしている。
その熱意と敬愛は今も揺るぎはなく、実の父親である義輝を差し置いてしまうほど。
・村上丈
劇場版第2弾に登場。
出所後、沢木によって計画のためだけに殺され、その後の殺人事件の罪を着せられた不憫な人。
しかしこの作品では存命のまま毛利と再会する事となる。
・補足説明
この話で毛利が犯人ともみ合って怪我をしたエピソードは、アニオリの『総合病院殺人事件』の中にあった一件と同じである。
その後、退院した毛利は沖野ヨーコのコンサートに向かう途中、あやまって階段から転げ落ち、再び足を骨折する事となる。
救急車内で毛利はもう冥土帰しの迷惑をかけたくない一心で『米花私立病院』以外の病院を希望し『米花総合病院』に入院する事になる。
しかしそこでも再び事件(単行本17巻。アニメ91話。『強盗犯人入院事件』)が起こる事を彼はまだ知らない……。