SIDE:江戸川コナン
「何ぃ、覚えてないだと!?アンタ言ってたじゃねぇか上のデッキで!『やっぱり奴は生きてた』ってよ!」
俺と服部、そしてカエル先生がレストランに入って来ると、唐突に鮫崎さんの怒鳴り声が店内に響いた。
見るとテーブルをはさんで鮫崎さんが鯨井さんに尋問している。
周囲には蘭や磯貝さん、そしておっちゃんもおり、遠巻きに鮫崎さんと鯨井さんのやり取りを見ていた。
するとおっちゃんがレストランに入って来た俺たちに気づき、やって来る。
「おいおい、お前ら何処行ってたんだよ?レストランに行っとけって言ったはずだぞ!?」
「すまんすまん。さっきまでこの二人と一緒にそこの便所で連れションしとったんや」
軽い口調でそう言い訳する服部に、俺だけでなく隣で聞いていたカエル先生も「えー……」と言いたげな顔になる。いやそうだろう、あまりにも適当すぎる。
「ほぉ~ん、随分と長い便所じゃねぇか」
服部を見ながら
「そ、そんなこと言いましたか?」
「ふざけるなッ!!」
「ヒッ!?」
バン!と鮫崎さんがテーブルをたたき、それに反応して鯨井さんは小さく悲鳴を上げた。
そんな鯨井さんの顔を覗き込みながら、鮫崎さんは口角を上げて問いただす。
「さぁ……吐いて楽になっちまいな!『奴』ってのは、叶才三の事なんだろ!?」
「し、知らない……私は何も知らない。知らないんです!」
頑として喋らない鯨井さん。これは埒が明かなさそうだ。
隣で会話を聞いていた服部も同じように思ったらしく、ため息を一つついて目の前にいるおっちゃんに話しかけた。
「なぁ、結局蟹江は見つかったんか?」
「ん?……いいや、どこにもいなかったよ。客室だけじゃなく船の中もあちこち探し回ったがな。一応、船員(乗務員)たちにも聞いてみたが、誰も姿を見てないんだとよ」
「船員……そういや、事件前後の船員らのアリバイってどないなってんねん?」
「ああ、そっちの方も話は聞いてみたが全員『シロ』。アリバイは全員完璧だ。……あの爆発が起こった頃、船長をはじめ俺たち乗客を除く船員たちは、全員二人以上で行動していたんだ。……つまり、俺たちがあの銃声のような音を聞いて上のデッキに駆け上がった時に、あの爆発が起こったわけだから、火を付けられる奴は自ずと絞られてくる」
今もなおこの船のどこかに隠れていると思われる……叶才三と蟹江さんの二人、か。
すると、鯨井さんがなかなか口を割らないことに痺れを切らした鮫崎さんが、苛立たし気におっちゃんに声をかける。
「くそっ、話にならねぇ!……仕方ねぇおい毛利、ワシはもう一度叶と蟹江を探しに行く!お前は残ってここにいる乗客全員を見張ってろ、いいな!」
「は、はい!わかりました!」
鮫崎さんの迫力に押されるようにしておっちゃんが頷き、そのまま鮫崎さんはレストランを後にする。
それを見た、俺は隣に立つ服部と視線を合わせ、静かに頷きあった――。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
「ふぃ~、えらく気が立ってたな鮫崎警視」
「うん、ちょっと怖かったね」
毛利君のその呟きに、蘭君も同意するようにそう答える。
すると、蘭君が何かに気づいたようにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
「あ、あれ?服部君とコナン君は?」
「何?」
蘭君の言葉に毛利君も辺りを見渡し始める。
そんな二人に私が声をかけた。
「ああ、あの二人なら鮫崎さんを追って行く形でレストランから出て行ったよ?」
「な、なんですって!?ったくあいつら、またちょろちょろと……!」
頭をガシガシとかきながら悪態をつく毛利君。
「カエル先生も……気づいてたんならどうして止めてくれなかったんですか?」
不安げに顔を曇らせてそう問いかけて来る蘭君に、私は小さく苦笑しながらそれに答えた――。
「止められないよ、僕にも誰にも。……あの好奇心の塊とも呼べる
SIDE:江戸川コナン
レストランを出て数十分。俺たちは手分けして船内を駆けずり回った。
俺の方は機関室に厨房と、人が隠れられそうなところは片っ端から調べまくった。
――それが功を奏し、いくつか手がかりを見つけることが出来た。
機関室から梯子で上まで上がり、天井の蓋を開けたところで別れていた服部と合流した。ちなみに梯子の先は後尾デッキに続いており、そこでお互いが掴んだ情報を交換することにした。
「どや?何か見つけたか?」
そう聞いてきた服部に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、この下の機関室で……床に残った僅かな血痕と、拳銃の空薬きょう。そして、この妙な手紙をな」
そう言って俺はそれぞれハンカチにくるんだ空薬きょうと手紙を服部に見せた。
それを見た服部は一度頷くと――。
「……こっちもどえらい手がかり見つけてきたで」
――真剣な口調でそう言って来た。
「まずはお前の持つその紙きれや。なんて書いてある?」
服部がそう聞いてきたので、俺は折りたたまれたその紙を開いて、中に書いてあるワープロで書かれた文字を口にする。
「……『機関室で待つ。古川大』」
「また古川大か……。血痕と空の薬きょう……っちゅうことは、そこの仏さんを射殺した場所は、その機関室で間違いないようやな」
船尾で黒焦げとなり、今はビニールシートを被せられている遺体を見ながら、服部がそう響く。
「ああ……恐らく亀田さんはこの手紙で機関室に呼び出されたんだろうな。多分、あらかじめ亀田さんの客室のドアの隙間にでも挟んでおくかして」
「ま、そう見て間違いないやろうな。……それに多分、俺がさっきレストランの便所で見つけたこの紙きれも、同じワープロで打たれたもんやろうで」
俺がそう言うと、服部が頷きながらそう答え返し、さっきレストランのトイレで拾った丸まった紙きれを広げてみる。
一度内容を見て覚えていたので、俺は服部の方を見ずにその内容を口にしてみた。
「……『船尾で会おう。古川大』」
「ああ……。こら、誰かがあの鯨井っちゅうおっさんを呼び出した証拠やで」
そこで俺は目を丸くして服部を見上げ声を上げる。
「……!何で鯨井さんだと分かるんだよ?」
「船員が二人見てたんや。0時過ぎにこの船尾で青い顔して……『おーい、来たぞー!』って言うてるそのおっさんをな。……ほんで、その船員がおっさんに声かけたらえらい驚いて、『ここに来たことは誰にも言わんで下さい!』とそう言うて、俺らのいるレストルームの方へ戻って行ったそうや」
そこまで言った服部は、一呼吸置くとその続きを口にし始める。
「……その後、船員たちもここに誰か来るんとちゃうか思て見とったそうやけど……誰も
「ふ~ん……その時、あの箱に火は?」
「もちろん、まだついてへん。……自動発火装置見たいな物も無かったしな」
「……つまり犯人は、上のデッキで銃声を轟かせ、さらに旗に火をつけ、皆が上のデッキに上がってる隙にここに降りて来て火をつけたって訳か……。だとしたら、鯨井さんのあの態度も無理ねぇな」
俺のその言葉に、服部は遺体を包んだシートを見ながらそれに答える。
「ああ。下手したらここで一緒に焼き殺されてたかもしれへんからな」
「……残る問題は、犯人が上のデッキで拳銃を撃った後、誰にも会わずにここに来ることが可能なのか、って事だけど……」
そう、俺が呟いた時だった。隣でそれを聞いていた服部が先程よりも声のトーンを落としながら、先程と同じく真剣な顔つきでそれを口にする。
「……その事やねんけどな、工藤。もしかしたら、この事件――」
「――
「……何!?」
驚く俺を前に服部がそれを話し始めた。
「乗務員――船員の何人かに話聞いて情報収集しとったんやけどな。その中の受付を担当しとった男女の二人組が帽子に丸メガネ、そして首巻で顔を隠して乗船した叶才三を名乗る老人に対応しとったんや。背広姿のその爺さんは一番最初に船に乗ってきたこともあって二人共よう覚えとったらしい。……せやけどその後、その老人は忘れ物をしたとかで一度この船から降りて外に出よったんやと……」
「…………」
船の外――海の波の音に混ざりながら服部の話は続き、俺はそれに黙って耳を傾け続ける。
「……で、その爺さんが戻ってきたんは二人組の船員の片割れ――女性の船員が一人受付で仕事をしとった時や。
「……それだけの話だったなら、まず犯人が叶才三に変装してこの船に乗船し、忘れ物をしたと言って一度船を降りて変装を解き、今度は別の乗客として船に乗り込んだ後再び叶才三に変装し、その受付の女性船員の前に現れたと考えられるな。そうすれば、いつの間にか船に戻って来ていたという証言も裏付けられる……でも、
俺がそう問いかけると、服部が「ああ」と言って強く頷いて見せた。
「……一応、その爺さんが最初に乗船した時と降りて再びここに戻ってっただいたいの時間を、その女性船員に聞いて確認しとった時や。再び受付に戻ってった時間をその女性船員が言った時、そばで聞いとったもう一人の男性船員が明らかに動揺した雰囲気でこう言ったんや――
『えっ!?……何言ってるんだい?僕、その十五分ぐらい後に
――ってな」
「……それ、間違いないんだな?」
確かめるようにそう尋ねる俺に服部は再び強く頷く。
「ああ、嘘ついてる様子なんて微塵も無かったしな。女性船員の方もそれ聞いて酷く驚いとったわ」
「…………」
「……しかも、この話はまだ続きがあってなぁ」
「っ!……まだ、あんのかよ」
驚く俺に、服部は更に話し始めた。
「……その二人組の船員の後にもう一人、興味深い話を聞けた船員がおったんや。……ほら、俺晩飯ん時グースカ寝てたやろ?そん時に晩飯の時間を知らせてきた船員やってん。俺はそん時『もうちょい寝る』言うてその船員と別れたんやけどな。その後その船員、隣の客室にいた叶才三を名乗る老人にも同じように言いに行ったらしいねん」
「で?その時、部屋から人は?」
「……
服部がここまで言った時点で、正直俺は服部が最終的に何を言いたいのか確信してしまっていた。いや、予想できてしまったとも言ってもいい。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、服部はその船員が客室で叶を名乗る老人と出会っていた時刻をはっきりと口にする――。
「――――」
――それを聞いた時、俺は無意識のうちに生唾をごくりと飲み込んでいた。
俺のその様子を見た服部も確信したように呟く。
「……やっぱり俺の想像した通り、まだその時おったんやな?
その問いかけに俺は沈黙で肯定する――。
服部が言ったその時刻……それはまだ、
「それも……時間は間違いないんだな?」
絞り出すようにそう問いかける俺に服部は静かに頷いた。
「ああ……俺がその船員と別れて二度寝しようと思た時に、俺も時間を確認しててな……間違いあらへんで」
俺は俯き、顎に手を当てながら深く考え込む。
「……この事件は共犯者と共に行われた犯行だって言うのか……?いや……
そこまで呟いた俺はハッとなる、そして服部を見上げると、どうやら俺と同じ答えに行き着いたようで目を見開いていた。
「お、オイ工藤!こらあ
「――ああ、だとしたら……
「それやったら、ゆくゆくはあの
「ああ……だが鯨井さんの方は今、レストランでおっちゃんらと一緒にいるから、早々
俺がそう言ってお互い頷きあうと、再び手分けして行動し始めようとし――。
「――おっと、そうや」
何かを思い出したのか服部がそう言って動きを止め、それに合わせて俺の動きも止まる。
「どうした?」
「いやいや、忘れるとこやったわ。……オイ工藤、これお前に預けとくわ!」
そう言って服部はポケットから何かを取り出すと、それを俺の方に向けて放り投げてきた。
「おっとと……!って、これ客室のマスターキーじゃねぇか」
服部が投げ渡してきたのは、おっちゃんと鮫崎さんと一緒に叶才三の客室に踏み込む時、船員が持っていたマスターキーであった。
「一応、俺も叶と亀田、それに蟹江のおっちゃんの客室に何か手がかり無いか調べとこう思て受付から借りてきたんや。結果は空振りやったけどな。んで、お前も何か調べるもんがあって客室に行くこともあるかもしれんから、それをお前に預けとくわ。……まあ、必要無いんやったら俺の代わりに受付に行って
「そりゃあ、ありがてぇけど……ってちょっと待て、『直す』?……お前、どっか折ったり曲げたりして壊したのか?」
そう言ってジロジロとマスターキーを見つめる俺に、服部は手をパタパタと振りながら答える。
「ちゃうちゃう。『元の場所に戻しといてくれ』っちゅう意味や」
「……ははっ、あっそ」
そうして服部は笑いながらその場を後にし、一人残された俺は空笑いを浮かべながらしばらく立ち尽くしていた――。
SIDE:服部平次
工藤と別れてからしばらくして、俺は受付の船員から懐中電灯を借りて船首の方へとやって来ていた。
受付に来た時、ふとさっき工藤に貸したマスターキーの事を思い出し、もし工藤があの鍵を必要としなかったら俺がそのまま受付に返しておくべきだったんじゃないかと考えた。
(もしそうやったら、悪い事したなぁ)
心の中でそう思って脳裏に浮かぶ工藤に手を合わせて謝りながら、俺は夜の暗闇の船首をぶらぶらと懐中電灯の光をさ迷わせながら進む。
(しっかし、なんちゅうか
そんな事を思いながら、俺は船首の手すり越しに外に少し身を乗り出し、暗黒に染まる船外へと懐中電灯の光を向け――。
――図らずも
SIDE:江戸川コナン
服部と別れた俺は歩いていた女性船員を呼び止め、さり気なくこの船に人が隠れられそうな場所がないか探りを入れていた――。
「いい隠れ場所?」
「ほらあるでしょ?いつもは入っちゃいけない所とか……普段は絶対見えない所とか――」
俺がそこまで言った瞬間だった。
――ガァン!!
突然、脳天に衝撃が走り、ほぼ同時に痛みが頭から身体へと駆け巡った。ってか、頭殴った音じゃねぇだろこれ!?
「い゛っだあぁぁぁーーっ!!?」
「ったく!殺人犯が乗ってるってぇのに、ちょろちょろしやがって!!」
俺の悲鳴に混ざって聞き慣れた声が耳に入る。見るとそこにはおっちゃんと蘭が立っていた。
「あ、あれ?おじさんたち、何でここに?レストランにいる人たちは?」
「カエル先生以外好き勝手に出て行っちまったよ。止めたんだが聞いてくれなくてなぁ、クソッ!」
何だって!?じゃあ鯨井さんも今は一人なのか!?
内心焦る俺に、唐突に蘭が問いかけて来たのでその思考がいったん止まる――。
「あれ?……ねぇコナン君、服部君は?」
「――え?会わなかった?」
SIDE:服部平次
(な、何で
(この人が
動揺する胸の内を抑えてそう思いながら、俺は船首にいるその人物に近づこうと手すりを跨ぐ。その瞬間――。
「……!?」
――突然、背後で気配を感じ振り向くと、そこには
「……ぶはぁっ!!」
殴られた衝撃で海に投げ出された俺は、海面から必死になって顔を出した。
幸い、殴られた場所が背中で致命傷にはならず意識も有り、落ちた後も船のスクリューに巻き込まれずに済んだ。
しかし、俺の胸中は混乱の渦にあり、困惑の眼差しで俺のそばを横切っていく船を見つめていた。
(ど、どういうこっちゃ?何で
俺がそんな事を考えていると、ふいに船の上から『何か』が俺のいる方へ向けて落とされてきたのを俺の目がとらえた。
(な、何や?)
バシャン!と、水しぶきを上げて海面に落とされた物が何なのか気になり、俺は手に持ったままの懐中電灯の光を頼りに、暗闇の中でそれを探し、見つける。
「こ、これは……!」
見るとそれは、船に備え付けられていた
(だ、誰や?誰が投げて寄こしたんや!?)
明らかに俺に向けてこれらが投げられて来たことは間違いなかった。
混乱する俺をしり目に、夜の闇に染まる船がこちらに背を向けて、その姿を小さくさせながら静かに去って行った――。
SIDE:???
――よぉ、久しぶりだな。と、言っても
――まさかお前が
――
――……そうだな、
――…………。
――……フッ、いいや、もっと良い手がある。
――
――一緒にやろうぜ?――。
――あいつへの
ついにこの事件も折り返し地点に来ました。
次回から後半へと参ります。