SIDE:江戸川コナン
俺がトイレを飛び出したとほぼ同時に、おっちゃんと鮫崎さんもレストランを飛び出してくるのが見えた。
「今のどっからだ!?」
「船尾の方からだと……!」
鮫崎さんの言葉におっちゃんがすぐさま答える。
そして、二人は発砲の主を左右からそれぞれ分かれて回り込み、挟み撃ちにすべく駆け出す。
俺も、蘭が止めるのも聞かずにおっちゃんたちの後を追って走り出した――。
――そして、おっちゃんたちから一足遅れて俺も船尾へとたどり着く。
背後から蘭たちも駆けつけて来る足音が聞こえた。
――船尾には誰もいなかった。
おっちゃんたちが二手に分かれて挟み撃ちにする形で船尾にやって来たものの、発砲した犯人は影も形も無かったのだ。
「い、いません!」
「そんなはずはない!探せ!!」
汗をびっしょりと掻き、息を切らしながらおっちゃんと鮫崎さんが言葉を交わす。
俺は発砲した犯人の事も気になったが、それ以上に気になる事もあった。
(どうした服部……。何故出てこない!?……いつものお前なら、この音聞いて飛んで来るはずじゃねぇか……!!)
あれだけの大きな音、しかも四発。この船に乗っているのなら間違いなくアイツも聞いて駆けつけて来るはず。
(一体、どうしちまったって言うんだよ?……服部!)
俺がそんな事を思っている間にも、目の前でおっちゃんと鮫崎さんの捜索が続いていた。
ふとおっちゃんが床に付けられた扉を開いて見せる。それはさっき俺が服部と船を調べていた時に俺が出てきた、機関室に続く扉だった。
「警視殿。まさか、奴はここを通ってまた船内に……!」
「叶だ……。犯人は叶に間違いない!……あちこちで発砲して、ワシらをかく乱しているんだ……!!」
鮫崎さんがそう叫び、おっちゃんが「でも……一体、何のために?」と言って床の扉を閉めて立ち上がる。
すると同時に、俺たちの一番後ろから声が上がった。
「わ、私だ……!!」
振り返ってみると、そこには
「わ、私を……私を、殺す気なんだ……!!私を……!し、死にたくない!私はまだ……死にたくない!!」
その姿勢のままへなへなと座り込み、蹲る鯨井さん。そこへゆっくりとした足取りで鮫崎さんが近づき、彼に声をかけようとした瞬間、鯨井さんが顔を上げて涙目のまま鮫崎さんに懇願する――。
「お、お願いします!私を守ってください!何もかも全て話しますから……!!」
レストランへと再び戻った俺たちは、怯える鯨井さんから様々な事を打ち明けられた。
――やはり鯨井さんは、20年前の事件で叶才三が率いていた仲間の一人であった。
この船に乗ったのは、20年間逃げ通した喜びを
ある時、仲間の一人から「船が出てしまえば時効が明けるまで捕まる事は無いから」と書かれた手紙と、古い一万円札が同封された封筒を受け取りこの船に乗り込んだものの、会うのは久しぶりな上、お互い名前や顔を変えていたため最初は乗客の誰が仲間だったのか分からなかったらしい。蟹江さんに声をかけられるまでは。
そしてその蟹江さんから、もう一人の仲間が亀田さんだと聞かされたのだという。
そこまでをはたから聞いた俺は、ふと思い出す。
初めてこの船に乗り込んだ時、蘭が拾った判子――『
(あの時、最初は亀田さんが古川大だと思っていたんだっけ……)
しかし後々、磯貝さんから亀田さんの名前を聞かされ、それが違っていたのだと理解したのだ。
(……でも、だったら何であの判子を亀田さんが持ってたんだ?それにあの判子を落とす直前、亀田さんも蟹江さんが鯨井さんにしたように、おっちゃんや鮫崎さんに向けて
俺がそこまで考えた時、おっちゃんが鯨井さんに向けて声を上げた。
「で?誰なんだ?……アンタの命を狙ってる奴ってのは?」
「ぅ……そ、それが……
腕を組んだまま項垂れてそう呟く鯨井さんに、今度は鮫崎さんが声をかける。
「ふん!とぼけんなよ。……お前らに裏切られた叶才三じゃねぇのか?」
「そんなはずありません!!あの人は20年前に
ダン!とテーブルに掌を叩きつけて座っていた椅子から立ち上がる鯨井さん。
と、そこへ今まで黙っていたカエル先生が唐突に口を開いた。どうやら、先程言った鯨井さんの言葉の中に聞き捨てならない部分があったようだ。
「銃弾を浴びて……。それは本当なのかい?」
「!……ええ、そうです!あの人は仲間に
突然おっちゃんたち以外から質問を投げかけられ、少し面食らった鯨井さんだったが、それでもちゃんとカエル先生の問いに答えた。
鯨井さんからのその返答に、カエル先生はそれ以上何も言わず沈黙するも……俺にはカエル先生の心境が手に取るように分かった。
……恐らく、カエル先生は今、こう思っているのだろう――。
(
すると、再びおっちゃんが鯨井さんに向けて口を開いた。
「叶じゃねぇってんなら、蟹江の奴じゃねぇのか?金を独り占めにするために。……まだあの金、使ってねぇんだろ?」
目を細めて見据えて来るおっちゃんに、鯨井さんはグッとのどを鳴らしておずおずとそれに答え始める――。
「……私も最初はそう思いました。……でも、何かおかしいんです。……
鯨井さんがそこまで言った、次の瞬間であった――。
ダァンッ!!
「――ぐぅぉっ、あぁっ!!?」
「何っ!?」
突然の発砲音と共に鯨井さんが床に崩れ落ち、鮫崎さんが反射的にレストランの窓へと視線を向ける。
「ぐぅぁぁぁっ!!!」
「皆、伏せろぉっ!!」
腕を抑えて床を転げる鯨井さんの呻き声と、おっちゃんの声が同時にレストラン内に響き渡る。
その場は混乱しながらも全員がおっちゃんの指示に従って床に伏せた。
身を低くしながら鮫崎さんとカエル先生が鮫崎さんに駆け寄る。
「大丈夫か!?鯨井!!」
「どれ、見せてみなさい!」
鮫崎さんとカエル先生は二人がかりで痛みで呻く鯨井さんから上着を脱がせる。
「ぐぅぉぉ……っ!」
「動くな、鯨井!どこだ?どこを撃たれたんだ!?」
「ジッとするんだ。……ん、ここか!」
あまりの痛さからか呻きながら暴れ始める鯨井さんを、鮫崎さんとカエル先生が抑えながら撃たれた所を探す。
すると、鯨井さんが腕を抑えているのを見つけたカエル先生が、強引に彼の抑えている方の腕をどかしてその部分のシャツをビリビリと引き裂く。
その下には赤黒い血を溢れさせた小さな穴がくっきりと腕に出来ていた。
「じゅ、
「……どうやら、弾は貫通しているようだ。不幸中の幸いだね」
緊迫した表情でそう呟く鮫崎さんと、鯨井さんの容体を確認してホッとするカエル先生の声が重なる。
「くそぉ、一体どこから……!?」
そう言いながら鮫崎さんが顔を上げた時、呻く鯨井さんから声がかかった。
「ぐぅ……ッ!い、今、
「何ッ!?」
鮫崎さんが驚きながらそう声を上げた瞬間だった――。
ダァンッ!!
『!!』
再び轟く破裂音。場は騒然となる。俺はレストランの窓のそばに駆け寄ると、物陰から外の様子をうかがう。
そんな俺に、テーブルの陰に隠れていた鮫崎さんが声をかけてきた。
「おい、坊主!伏せてろ!」
「…………」
だが、俺は鮫崎さんの言葉をあえて無視して、弾丸が飛んできたと思しき方向――真っ暗な夜の船首の方へと目を凝らした。しかし――。
「……
「何ぃ!?」
俺の背後でおっちゃんの素っ頓狂な声が上がる。
どれだけ目を凝らして辺りを見回しても、銃撃したと思しき犯人の姿が影も形も見当たらなかったのである。
「野郎……!逃がしてたまるかぁ!!」
「け、警視殿ぉ!!」
そう叫ぶとおっちゃんが止めるのも聞かず、鮫崎さんはレストランから船首の方へと飛び出して行った――。
SIDE:三人称視点。
鮫崎は外に飛び出すとレストランと船首を繋ぐ出入り口の物陰に隠れながら、辺りの様子をうかがった。
夜の船首は暗く、聞こえるのは波と風の音ぐらいで人の気配は全くなかった。
「おぉい!どこだ!!どこにいる!?」
そう鮫崎が叫ぶも、夜の闇から帰って来る声は無い。
鮫崎がふと上を見ると、そこにはこの出入り口を照らすためのサーチライトが取り付けられており、触れてみるとある程度動かすことが出来るようになっているみたいであった。
それに気づいた鮫崎は、サーチライトを手を使って動かし、辺りを照らし出してみる。
いつ奇襲を受けるかも分からないため、入念に辺りを警戒しながら慎重に辺りに目を凝らしていく。
「叶!お前、叶才三なんだろ!?どこにいる、出て来い!!」
そう叫びながら鮫崎はサーチライトの明かりを頼りに船首をくまなく見まわしていく――。
ふと、
「……?」
気になった鮫崎は舳先の方へとサーチライトを向ける。するとそこには――。
「な、に……?」
それを目にした鮫崎は呆然とそう響く。
――船の舳先の床。そこには波しぶきを受けながら、
SIDE:江戸川コナン
鯨井さんを撃った犯人が船首にいないことを確認した鮫崎さんは、レストランにいたおっちゃんを呼んで実況見分に移り、俺もちゃっかりとその場に入り込む。
舳先近くの床に落ちている拳銃と紙マッチを見ながら、鮫崎さんは呟く。
「拳銃に紙マッチ……。それに、
「ええ。そして……」
おっちゃんはそう響きながらとある方向に視線を向ける。
鮫崎さんと俺も同じように、おっちゃんと同じ方向を向き、
そこには舳先から少し離れた手すりのそばに、『救命ボート』と書かれた大きな箱が置かれており、その箱の蓋が乱暴に開けられ、
俺は再び視線を舳先の床に戻すと、そこに落ちている紙マッチを見ながら呟く。
「……この紙マッチ、蟹江さんのだよ。僕、レストランで蟹江さんが鯨井さんに貸してる所見てたもん」
「なるほど。……ってぇことは、さっき鯨井を撃ったのは蟹江の線が高いってわけか」
「そうでしょうね。しかも銃声がした時、蟹江と叶の二人以外は、全員あのレストランの中に居ました」
腕を組んでそう響く鮫崎さんに同意するように、おっちゃんもそう言った。
うむ、と何かを考えるように鮫崎さんがそう唸ると口を開く。
「……つまりは、こういう事か?……この船の舳先に潜んでいた蟹江が、レストラン内でペラペラと20年前の事件のことを話す昔の仲間を見かねて……射殺しようと発砲したが、命は取れず……。直ぐさまワシらが追ってくると危惧した奴は、そばに設置されていた救命ボートを慌てて引っ張り出し、それを海に投げ入れて直ぐに自分も海へと飛び込んで逃走したって所だろうな……。だとしたら、撃たれた鯨井が聞いたっていう海に何か落ちる音は蟹江が海に救命ボートを落とす音。そしてその直後に轟いた二発目の銃声は、逃走の時間稼ぎのために、ワシらに警戒心を起こさせて足止めさせるための
そこでいったん言葉を止めた鮫崎さんは、自身の後頭部をガシガシと掻きながら落ちている拳銃のそばにしゃがみ込むと、手袋をした手でそれを拾い上げた。
「……しかし、その威嚇射撃で全弾使い切っちまったらしいな。見ろよ毛利、
鮫崎さんの言葉どおり、拳銃のスライド部分が後退したままになっていた。
オートマチックの拳銃の場合、弾切れになるとスライド部分は元に戻らず、引かれたままの状態になるのだ。
「……ああ、確かに。だから蟹江は銃をここに捨てて行ったんですかね?弾が無いんじゃ荷物になるだけだと思って」
「かもしれねぇな」
おっちゃんの言葉に鮫崎さんがそう短く答え返す。
するとおっちゃんは、今度は首をかしげながら眉根を寄せて疑問をポツリと口にする。
「しかし、犯人が蟹江なら何で亀田を殺したんでしょうね?わざわざ自分の服を着せてまで……」
「……動機があるとすれば、20年前の事件で手に入れたあの金を独り占めにするためだろうよ。だからこそ亀田に自分の服を着せて燃やし、最初に死んだのが自分だったと周りにそう思い込ませて容疑者から外れ、次に鯨井を殺す算段だったのやもしれん。……まぁ、そうやって苦労して行った偽装工作も、あのカエル先生にすぐさま看破されちまって水の泡になっちまったがな」
ふぅ、と一息吐いた鮫崎さんは目を細めながら言葉を続ける。
「……まぁ、とにかく。亀田の件とこの現状から察して、やったのは蟹江で間違いなさそうだ。亀田を殺し、最後に鯨井を殺そうとしたが仕留めきれず、止む無く逃走した。……その間奴がどうやってワシらの捜索をかいくぐって船首に身を潜めていたのかも、この舳先に括り付けられた縄バシゴを見りゃあ自ずと察しはつく」
そう言いながら鮫崎さんは舳先の手すりから身を乗り出し、舳先の外に括り付けられ垂れ下がる縄バシゴを見下ろした。
おっちゃんと俺も同じように縄梯子を見下ろす。
「……恐らくこの縄バシゴは、亀田の遺体が入れられていたあの箱に元々入っていたモンだろう。蟹江はそれを舳先に括り付け、垂れさがる縄バシゴにしがみ付きながらずっとここで息を殺して隠れていたんだろうよ」
鮫崎さんの推理を聞きながら、俺は顎に手を当て目の前にある舳先の現状を見つめながら思考し始める。
(……確かに、この現場を見れば鮫崎さんの推理もうなずける。……でもこの状況、まるで蟹江さんが救命ボートで逃げたんだと、周りにそう
俺は目を細めて更に思考を巡らせていく。
(……わざわざ蟹江さんが逃走したという偽装をしなくても、まだこの船に潜んでいると周りに思わせていた方が手間がかからずに済むのに……。もしかしてこの現状は、真犯人にとって
そこまで考えた所で、おっちゃんと鮫崎さんがレストラン内へと戻り始め、俺も思考を止めて慌てて二人の後を追った。
レストランの中に戻ると、丁度カエル先生が鯨井さんの腕の治療を終えた所であった。
いつの間にかカエル先生の傍らには先生がいつも持ち歩いている医療セットの入ったカバンが置かれていた。恐らく俺たちが船首に行っている間にカエル先生が客室に置いておいたのを取って来たのだろう。
「どうですかカエル先生。鯨井さんの怪我の具合は?」
「心配ないよ。動脈も少しやられてはいたが、
おっちゃんの言葉にカエル先生は笑ってそう答えると、鯨井さんの包帯で巻かれた腕をポンポンと軽く叩いて見せた。
「それにしてもアナタ本当に運が良いわね。……背広と腕に穴が開いただけで済んだんだから」
「ぐぅ……ッ!」
鯨井さんが来ていた背広の袖――周囲に血がにじんだ小さな穴に自分の指を通しながらからかうようにしてそう呟く磯貝さんに、鯨井さんは苦虫を潰したような顔で睨みつけた。
すると、いつの間にかレストランの窓際にいた鮫崎さんから声がかかった。
「おい毛利、あったぞ!弾が通った跡だ」
見るとレストランの窓ガラスに弾丸が撃ち込まれたと思われる小さな穴が開いていた。
その穴から外を覗いてみると、そこから船首の舳先が見えた。
「……どうやら蟹江が舳先からこの窓ガラス越しに発砲したのは確かなようだな」
「ええ……。あとは、何処かにめり込んだ弾が見つかれば――」
鮫崎さんの言葉におっちゃんが頷きながらそう話していると、唐突にカエル先生から声がかかった。
「……その弾っていうのは、もしかしてこれの事じゃないのかい?」
視線を向けてみると、丁度窓ガラスに開いた穴の真正面――レストランの反対側の壁際にカエル先生がしゃがんでおり、更に先生のそばの壁には小さな穴が開いているのが見て取れた。
おっちゃんと鮫崎さんがすぐさまカエル先生のもとに歩み寄ると、壁に開いた穴を確認する。
それが弾丸のめり込んだ
「おお、間違いねぇ。こいつだ!」
「しかし凄い腕ですな。急所には当たらなかったが、拳銃であんな遠くから狙撃するたぁ……」
そうおっちゃんが驚嘆の声を漏らしながら、窓ガラスに開いた穴の方へと振り返る。
確かに舳先から窓ガラス、そしてこの壁までかなりの距離があり、それを拳銃で意図してやってのけたのならかなりの腕前と言ってもいいだろう。
だがそう言ったおっちゃんに鮫崎さんは呆れた顔を浮かべながら口を開いた。
「……忘れたのか?あの事件で叶が組んだ仲間の一人が妙に銃器を使い慣れていた事をよ」
それにおっちゃんも思い出したようにハッとなる。
「そう言やぁ、何処かの国の外人部隊に所属していた男かも、って所まで突き止めましたっけ」
「ああ、それがあの蟹江だったってわけだ」
おっちゃんの言葉に鮫崎さんも頷いてそう肯定する。
その会話を横で聞きながら、俺は再び考え込んでいた。
(……もし、蟹江さんの逃走が偽装なら、蟹江さん本人の生死が怪しくなってくるな……。もし、すでに蟹江さんがどこかで殺されているのだとすれば、やはりそれをやったのは
いらぬ不安を振り払うように俺は一度頭を振ると、意を決しておっちゃんたちの目を盗んでレストランを抜け出し、服部の捜索と事件の手掛かりを求めて再び船内を探索し始めていた――。