SIDE:江戸川コナン
レストランを抜け出した俺は、手始めに
「え?関西弁の少年かい?……懐中電灯を借りに来たっきり、この操舵室にも来てないけど?」
「おかしいなぁ……。何処行っちゃったんだろう?……ねぇ、一応皆の部屋を探してみてくれない?」
俺のその言葉に、船員は困った顔をしながら口を開く。
「いいけど、いないと思うよ?」
「そうそう。さっき蟹江って人を鮫崎さんと一緒に探していた時、他の部屋も全部調べたんだから」
操舵室の奥からまた別の船員が顔を出し、俺と最初に会話をしていた船員に同調するようにそう言った。
俺はその船員の方へを視線を向け、質問を投げかける。
「じゃあ、どっかの部屋に探し物した様子無かった?あのおにいちゃん探偵だから」
船員は「う~ん」を首をひねって唸りながら考えるもすぐに首を振った。
「……そんなの無かったよ。亀田さんの部屋以外は全部鍵がかかっていたし」
「…………」
その返答に俺は俯き沈黙する。
(くそ……なら、服部は何処に……)
俺がそんな事を思っている間に、目の前に立つ二人の船員が会話をし始める。
「しっかし、えらい事になったなぁ」
「ああ。こりゃ後々仕事が増えそうだな。……全てが終わったらさっさと家に帰って
その会話を耳にした瞬間、俺の脳裏で何かが引っかかる。
(一杯……。いや待てよ?……確か
そこまで考えた直後、俺はハッとなり顔を上げると、二人の船員に向けて
俺のその質問に二人は一瞬怪訝な表情を浮かべるも、直ぐに二人とも「そう言えば」とばかりにお互い顔を見合わせる。
「……そう言えば確かに、
「ああ。……あ、いや、でも待てよ……確かちょっと前に
片方の船員のその言葉に俺はすぐさま食いつく。
「ほんと!?何処で見たの!?」
「ほら、さっき鮫崎さんと一緒に探したって言っただろ?その後、鮫崎さんと別れてからすぐ、別の船員と見回りを始めた時、
「(非常用ハシゴの箱……)その人、その箱のそばで何してたの?」
「ビニールシートを固定しているロープが緩んでいるのを見かけたんで直していた、って言ってたよ」
船員のその証言に俺は目を大きく見開く。
(まさか……まさか、それって……!)
俺の中で『一つの仮説』が組み立てられていく。
舳先の縄バシゴ。懐中電灯を持って消えた服部。蟹江さんが逃走したと思しき現場。そして……船首近くの非常用ハシゴの箱のそばにいたという、
それらが順番に脳内にフラッシュバックした瞬間。俺は船員に向けて叫ぶように声を上げていた。
「その非常用ハシゴの箱って何処にあるの!?」
話を聞いた俺は、船員から
箱に触れる前に、俺は周囲に誰かいないか念入りに辺りをキョロキョロと見渡す。誰もいない。
次に俺は、目の前の箱をジッと見据えるとゴクリと一つつばを飲み込んだ。
そしてゆっくりと両手を持ち上げて箱を包むビニールシートを固定する縄の結び目に手をかける。
丁寧に、慎重に、縄の結び目を解きほぐし、緩めていく。
やがて完全に結び目が無くなり、固定していたロープの張りが完全に緩み、ロープが地面に落ちる。
そしてビニールシートを少しずらし、箱の蓋が見えた所で再び俺はつばを飲み込んだ。
(さて……鬼が出るか、蛇が出るか……!)
険しい顔で口元だけを三日月形に笑みを浮かべる俺。その頬には一筋の汗が流れ落ちた。
俺は両手でその蓋へと手をかける。その手元は若干震えていた。
バックバックと、自身の心臓がうるさく脈動する音だけが耳に届く。
「――ッ!」
やがて、一度深呼吸した俺は意を決してその箱の蓋を大きく開け放っていた。
そして――。
――そして数分後、俺はその非常用ハシゴの箱からかなり離れた船の外通路にいた。
手すりに片手を、もう片方の手も膝について荒くなった呼吸を必死に整える。
(ち、違う……!亀田さんを殺した犯人は、
仮に
そして、蟹江さんもまた……亀田さんを殺した犯人じゃない。
蟹江さんと亀田さんは乗船直後にはお互いの正体を知り、意気投合している。
そんな相手をわざわざ『古川大』の名前の入った手紙を使って機関室におびき寄せるといった回りくどい方法を使う必要性が見当たらない。
ちょっと話があるからとか適当な理由を付けて人気のない所に連れて来て犯行に及べば済む話だ。
……そして、あの舳先にあった『逃走現場』。あれも蟹江さんが鯨井さんを殺すために作り出した偽装工作という考えもあった。
自分が海へ逃げたと鯨井さんにそう思わせ、警戒心が緩んだ所を確実に仕留める算段だったのだと。
――だが、
(クッソ!だったら犯人は一体誰なんだ!?)
頭をガシガシと掻きながら、俺は膝に手をついてかがみ状態だった姿勢を正す。
その時ふと、手すりを持った手に妙な違和感があるのに気が付いた。
「……?」
手に伝わるその感覚が気になった俺は手すりの手に触れている部分を覗き込み――
(これは……
手すりに出来た焦げ跡と剥がれたペンキの跡を発見した俺は、再び全速力でその場を駆け出していた――。
SIDE:???
――
あの少年は確か、この船に乗船している名探偵の……毛利小五郎とかいう男の連れだったはずだ。
少年がここに来たのはあの探偵の指示だったのだろうか?だとすると、この船で起きている事件の全容が暴かれるのも時間の問題と見て間違いないだろう。
そうだとすれば……それは俺にとって
どんな形であれ、ようやく20年前のあの事件の因縁に決着がつけられそうなのだから。
ならばこれから先は、もう
真実が明るみになる、その時まで。
――しかし……。
と、俺は再び声を漏らす。そして続けて
――
SIDE:江戸川コナン
俺はその後、船をあちこち駆けずり回って最初に見つけたペンキの剥がれと焦げた跡と同じようなものが数か所、別々の場所の手すりについているのを発見した。
それを見た俺は自然とほくそ笑む。
(そうか……これなら
――それは服部がこの船に呼ばれた理由であった。
確かに服部は関西では有名な探偵だろうが、それでもわざわざ
眉間にシワを寄せて考え込む。すると、脳裏に
(待てよ……確か
俺がそこまで考えた瞬間だった。唐突に俺のポケットの中からピピッ、ピピッ!と『着信音』が鳴る。イヤリング型携帯電話の着信音だ。
突然の事に俺は一瞬驚くも、直ぐに電話を取り出し応答する。
相手はやはりというか、阿笠博士だ。
『もしもし新一か?
「サンキュー博士。で、どうだったんだ?」
『うむ。毛利君の名前を使って高木刑事にそれとなく聞いてみた所、確かにキミの言う通りじゃったよ。……堤無津港でキミたちが乗る船が出航してから数時間後、そこの古びた倉庫内で
阿笠博士からの報告に俺は内心「やっぱり」と呟く。
そんな俺の心境に気づく事なく、博士は言葉を続けた。
『……じゃが監禁されていた時間が長かったせいか酷く
「そうか……。なら、一つだけ聞きたいんだけどさ。その男の人の身元はもう判明してるんだろ?もしかして、その人の
そうして俺は、その監禁されていた男性の職業を半ば確信をもって口にして見せる。
すると、電話の向こうで博士が明らかに驚いた声を上げた。
『お、おおそうじゃとも新一!何故分かったんじゃ!?』
(ビンゴ……!)
狼狽えながらそう問いかけて来る博士の声を耳にしながら、俺は内心ほくそ笑んだ。
――これで、どうやって
それでもまだいくつか謎が残ってはいるが、それはこっちで調べて確かめることが出来るだろう。
「ありがとな博士、助かったぜ。……じゃあまた何かあったら連絡すっから――」
『――ああ待て新一。
「?」
早々に電話を切ろうとした俺に博士が待ったをかけ、俺はその『知らせ』の内容に耳を傾けた。
「――っ!それホントか!?」
『ああ、じゃから安心してキミはキミの役目を全うするといい。それではのぅ』
そう言い残し博士からの電話は切れる。俺はポケットにイヤリング型携帯電話をしまうと、
――これで、胸中の大半を占めていた不安は一気に解消されたわけだ。
いつの間にか俺の心身は共に安堵に包まれていた。これで心置きなく捜査に専念できる。
俺は次の行動に移ろうと一歩歩き出そうとし――。
――コンッ!
「あたっ!?」
唐突に俺の後頭部に軽い衝撃が走り、俺は頭を押さえながら振り返った。
するとそこには険しい顔でこちらを睨む蘭が立っていた。
「もう!うろちょろうろちょろと、いっつもいっつも心配ばっかりかけて……!」
そう言いながら蘭はズカズカと大股で俺の方へ歩いてくる。肩を怒らせてやって来るその姿で結構怒っている見て取れた。
「あ……今戻ろうかなぁって……だ、だからね?」
しどろもどろになりながらも俺は言葉を絞り出そうとする。
(……この状況、どうやって弁解しよう)
俺がそんな事を考えている間に、蘭は俺の目の前までやって来るとゆっくりと口を開いた。
「……お願いだから――」
「え……?」
思考が、止まる――。
さっきまで顔をしかめて怒っていた蘭の顔が崩れ、今は寂しそうな、それでいて縋るような眼で俺を見つめていた。
一陣の風が俺と蘭の間を駆け抜ける。辺りは風と波の音しか聞こえず。俺たちを見つめるのは天上に輝く星々のみ――。
しかし、俺と蘭の二人がいる空間だけが、何故か時間が止まったかのような静寂を纏っていた――。
やがて風が止むと同時に、蘭の纏う空気が変化した。
「……コナン君、私が怖がりなの知ってるでしょ?……コナン君がいなくなったら、こんな怖い船の中、一人で探し回らなきゃいけないのよ?」
そう言って蘭は優しく俺の手を取ると、そのままレストランの方へと俺と連れて歩き出した。
「あ……ご、ごめんなさい……」
蘭の雰囲気に引っ掛かりを覚えたものの、俺は素直に蘭に謝った。
その時ふと足元を見ると、この場には場違いじゃないかと思えるものが転がっているのに気が付いた。
――それは
恐らくさっき蘭が俺の頭に向けて投げてきたのはこれだったのだろう。しかし、何で蘭がこんな物を?
不思議に思いながら蘭に手をひかれたまま、俺は床に転がるそれを拾い上げて蘭に尋ねてみる。
「……それよりなんなの?このテニスボール」
「……?――ああ、さっきレストランでコナン君を探してた時、テーブルの下で拾ったの」
「え?」
「誰のか聞いたけど『知らない』って皆言うし……」
立ち止まってそう答える蘭に、俺は更に質問を重ねる。
「ねぇ、鮫崎のおじさん、ボール見て何か言ってた?」
「ううん。……見る前にお父さんとまた船首の方へ行っちゃったの。何でも事件を整理するためにもう一度現場を見て回るんだって」
「ふぅん……それじゃあさ、最初に叶って人を探しに、毛利のおじさんたちがレストランから出た時、他の皆は?」
「カエル先生以外、皆バラバラに出てったよ?……その後、服部君たちと戻った時は皆も戻って来てたけど……」
そう言って再び歩き出した蘭の背中を見ながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
(なるほど……読めたぜ、何もかも……!
ギュッと手に持ったテニスボールを強く握ると、俺は少し距離の空いた蘭の背中を追った。
そして蘭に追いついて横を歩いていると、おもむろに蘭がポツリと呟く。
「……それにしても、服部君何処行っちゃたんだろうね?これだけ探してるのに見つからないなんて……」
天を仰ぎ見ながらそう呟く蘭に俺は
「平次にいちゃん?平次にいちゃんならどっかでお魚さんと一緒に泳いでるんじゃないの~?」
「……?」
不思議そうに首をかしげて見つめて来る蘭を横目に、俺は正面に視線を戻しながら
(――さぁ、始めるぜ。『眠りの小五郎』の推理ショーの開幕だ……!!)
『事件編』はこれにて終了。次回から『解決編』に移ります。