とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、ならびに感想ありがとうございます。

今回から解決編に入ります。
カエル先生の介入で、コナンの推理が大幅に改変されております。


カルテ20:叶才三【解決編・1】

SIDE:江戸川コナン

 

 

 

夜の大海原――星々が照らす黒一色の世界を一隻の船がゆっくりと航行する。

その船の船首で今、おっちゃんと鮫崎さんが会話をしていた。

二人は船尾の亀田さんの遺体を今一度調べて船首へと戻って来たばかりであった。

 

「……毛利、やはり蟹江は救命ボートを使ってこの船から逃走した可能性が高いようだな。亀田を殺し、鯨井を打ち損じたのが奴なら、次は何をするのか分からん。……直ぐにでも海上保安庁に連絡を取ってこの付近の海域を捜索し、奴を見つけるぞ」

 

そう言った鮫崎さんにおっちゃんが強く頷き返答しようと口を開きかける。しかしそれよりも先に俺が腕に付けた『腕時計型麻酔銃(うでどけいがたますいじゅう)』を使い、おっちゃんのうなじに狙いを定めるとプシュッ!という小さく空気が抜けるような音と共にそこに麻酔針を打ち込んでいた。

 

「――ぅんごぉあぁっ……!?」

 

気の抜けるような声がおっちゃんの口から洩れ、それからすぐにおっちゃんの両目の瞼がトロンと垂れ下がっていく。

そうしてふらりふらりとレストランの方向へ千鳥足を踏みながら後退していった。

 

「ん?」

「お父さん?」

 

鮫崎さんと船首にやって来たばかりの蘭の声が重なる。

俺はと言うと、後退するおっちゃんが向かう方向に、船首に置かれていた椅子をさり気なく移動させ、膝裏に椅子が当たった拍子におっちゃんが座るのを確認すると、何食わぬ顔で「おじさん?どうしたの?おじさん!」と声をかけながらおっちゃんの背広の襟の裏に今度は『ボタン型スピーカー』を張り付けた。これで離れていても『蝶ネクタイ型変声機(へんせいき)』で変えた声をスピーカー越しに発することが出来る。

 

「何してんだ?」

「お父さん?」

 

怪訝な顔を浮かべて鮫崎さんと蘭が近寄って来るのを見て、俺は直ぐに変声機を使い蘭へと指示を飛ばした。

 

「蘭。直ぐに客の皆をここに集めてくれ」

「え?」

「事件が解けたんだよ。……さぁ早く!」

「何ぃ!?」

 

キョトンとしている蘭に俺がおっちゃんの声でそう言うと、蘭だけでなく鮫崎さんも同時にそう言って驚いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうして俺からの指示で、船首には今回の事件の重要人物たちが集められた。

 

――鮫崎さん。

 

――磯貝さん。

 

――鯨井さん。

 

――そして、カエル先生。

 

蘭や数人の船員が遠巻きに見守る中――眠りの小五郎の推理ショーが幕を開けた。

 

「……本当なの?事件が解けたって」

 

最初に口を開いたのは磯貝さんだった。船首に設置されたテーブルの一つに、腕に包帯を巻いて首から吊っている鯨井さんと共に、煙草を吸いながら椅子に座り、おっちゃん()にそう問いかけてきた。

俺は少し離れた物陰から変声機を使ってそれに答える。

 

「ええ……何もかも解けましたよ。この事件の真相がね」

「まさか、この船から逃走した蟹江が犯人じゃねぇって言うんじゃねぇだろうな?」

 

立ったままの鮫崎さんが船首の舳先を指さしながらそう言ってきた。

それに俺は間髪入れずに返答する。

 

 

 

 

「――ええ。犯人は蟹江さんじゃありません」

 

 

 

 

「何っ!?」

 

鮫崎さんが驚きに声を上げる。そして周りにいる人たちも一様に驚きを顔に浮かべていた。

俺は言葉を続ける。

 

「真犯人は蟹江さんに罪を擦り付けるため、殺害した亀田さんに蟹江さんの服を着せ、船内に潜んでいた蟹江さんが鯨井さんを射殺し損ねた果てに、救命ボートでこの船から逃走したと、()()()()()()()()()()()んですよ――」

 

そこでいったん言葉を区切り、瞑目(めいもく)した俺は静かに言葉を続けた。

 

「だが……真犯人の()()()計画では、恐らく()()()()()()()()()()()()()……」

「?……どういうことだ毛利」

 

眉をひそめながらそう尋ねて来る鮫崎さんに、俺は静かに返答する。

 

「正直な所、私の想像の域を出ていない部分が一部ありますが……恐らく真犯人の本来の計画では――蟹江さんが亀田さんを射殺し、その遺体をあの非常用のハシゴの箱に隠して服を着せ変えた後、上のサンデッキの旗を燃やし銃声を轟かせて周囲をかく乱し、その隙に蟹江さんは遺体の入った箱に火をつけた。そして船内に身を隠していた蟹江さんは再び銃を乱射し、鯨井さんを殺そうとするも失敗……追い詰められた蟹江さんは()()()()()()()()()()()()。……それが、真犯人の考えた本来の筋書きだった」

「お、おいおい毛利。じゃあ何か?元々その真犯人ってのは、ここで蟹江を自殺に見せかけて殺すつもりだったってぇのか!?」

 

驚いてそう叫ぶ鮫崎さんに俺は肯定する。

 

「ええ。……しかも、その蟹江さんの自殺の偽装には、もう一つの目的があった――」

 

 

 

 

 

 

「――それは蟹江さんを、20年前に消えた影の計画師、叶才三に仕立て上げること……!」

 

 

 

 

 

「何だと!?」

「なん、ですって……?」

 

今度は鮫崎さんだけでなく、そばで聞いていた磯貝さんも驚きに声を漏らしていた。

 

「……真犯人の計画ではそもそも、乗船してきた叶を名乗る()()()老人の存在も、亀田さんの遺体に蟹江さんの服を着せ、火をつける前に船尾に鯨井さんを呼び出しあわよくば犯人に仕立て上げようとしたのも、全ては蟹江さんが次の標的である鯨井さんの前に姿を現し、彼に恐怖心を植え付けるさせるためのものだったと、周囲にそう思い込ませようとした――」

 

 

 

 

 

「――あたかも蟹江さんの正体が叶才三で、この船での惨劇が20年前に自分を裏切った仲間に対する復讐劇という筋書きでね」

 

 

 

 

 

 

「……だ、だが毛利、それだけで蟹江の正体が叶だったと思わせるってぇのは少し無理があるんじゃねぇか?」

 

鮫崎さんのその疑問に俺は淡々と返答する。

 

「先程、レストランで鯨井さんが言ってましたよね?『叶は20年前に仲間の銃弾を浴びた』と、そしてかつて叶の仲間の一人が、何処かの外人部隊だったのではないかと……。もし、その部隊に所属していたのが蟹江さんで、その当時()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

その言葉で鮫崎さんはハッとしたような顔を浮かべる。

 

「ま、まさか……!」

「ええ……。もしそうなら、あるはずですよ蟹江さんにも、体の何処かに()()()()()が……!そして、真犯人の目論見通りに、もしそこの舳先で蟹江さんが殺されていた場合、鯨井さんの証言とその古傷から我々がどんな推理を組み立てるのかもね」

「うぅむ……」

 

俺がそう言い、それに鮫崎さんが唸った、その時だった。

 

「あっははははははははは!!」

 

突然、磯貝さんが大きく笑いだし、その場にいる全員の視線が彼女へと向けられた。

 

「な、渚さん……?」

 

いきなり笑いだした磯貝さんに戸惑いながら蘭が声をかける。

すると磯貝さんがゆっくりと嘲笑を鎮めると、目尻に溜まった涙を指で拭きながら口を開いた。

 

「……なるほどね。それが真犯人がやろうとしていた本来の計画だったわけね。確かにそれなら蟹江が叶だったと周りに思わせる事も出来なくはないかもしれないわ。でも――」

 

そこまで言って磯貝さんは目を細めると、その言葉の続きを口にする。

 

「――その目論見は無駄だったみたいね。だって私、最初から気づいてたもの――」

 

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『!!?』

 

俺とおっちゃん以外のその場にいた全員が驚きに目を見開いた。

 

「お、おい!そりゃ一体どういう――」

「――やはり、そうでしたか」

 

慌てて磯貝さんに声を上げる鮫崎さんのその言葉に被せるようにして、俺は静かに言葉を続けた。

 

「……予想はしていましたが、磯貝渚さん。やはり貴女は――」

 

 

 

 

 

「――叶才三の娘ですね?」

 

 

 

 

 

「なぁっ!?」

 

今度は鯨井さんが驚きの声を上げた。他の人たちも信じられないモノを見るかのように磯貝さんに視線を向ける。

その視線に押されてか、磯貝さんは観念したかのように小さくため息をつきながら答えた。

 

「……ええ、そうよ。影の計画師、叶才三は……私の実の父親」

 

磯貝さんはそう言いながら椅子から立ち上がると、服の中に仕舞っていた首のペンダントを取り出し、それを両手でギュッと握りしめながら言葉を続ける。

 

「……このツアーに参加したのは、20年前に仲間に殺されたと言われている父を探すため。……もしかしたら、まだ生きてるかもしれないってね」

 

そうして磯貝さんはペンダントの蓋を開けると、そこにある古い写真を寂しげな笑みを浮かべながら見下ろす。

そんな彼女に鮫崎さんが声をかけた。

 

「……だが、あんたも奴とは20年も会ってねぇんだろ?しかも奴が顔を変えてたとしたらアンタだって――」

 

そこまで言った鮫崎さんに磯貝さんは顔を上げると顔をしかめながら睨みつけた。

 

「馬鹿にしないでくれる?例え顔が変わったって、()()()()()()()()()()()?……父だってそうよ。私を見たら()()()()()()()()()()()()()よ。……例え、あれから20年たってたとしてもね」

 

磯貝さんのその言葉を聞きながら俺は納得する。

 

――()()()()()()()()見せた彼女の反応が、まさにそうであったことに。

 

(これも()()()()から来るものなんだろうか……)

 

そう思いながら俺は再びおっちゃんの声で話を戻そうと口を開きかけ、それよりも先に蘭が俺に向けて問いかけてきた。

 

「それじゃあ、お父さん。結局真犯人って一体……」

「おお、そうだぞ毛利。犯人が蟹江じゃねぇってんなら、誰が亀田を殺し、鯨井を狙撃したっていうんだ?船尾であの爆発があった時、ここにいる乗客は皆、上のデッキにいたし、他の船員たちにもアリバイがある。()()()()()()みたいなのがありゃあ話は別だが、それらしきモンも何処にも――」

 

蘭の言葉に鮫崎さんも同調するようにそう言い、俺は鮫崎さんの問いに間髪入れず答えた。

 

「いいえ、警視殿。実はあったんですよ……その自動発火装置が」

「あったぁ?あの中に!?」

 

鮫崎さんが目を見開いて素っ頓狂な声を上げ、俺はその種明かし(トリック)を話し始めた。

 

()()()、ですよ。……あの箱の中のガソリン缶、その上に来るように箱の隙間に火のついたタバコを挟んで、糸で止めておけば、10分ぐらいで糸は焼け切れて煙草は中に落ち、自動的に火を付けられる」

「……いやしかし、船尾で四発、舳先で二発聞こえた銃声のような音はどう説明する?……あの時もここにいる乗客は全員レストランにいただろ?」

 

唖然としながらもさらにそう問いかけて来る鮫崎さんに、俺は淡々と答えていく。

 

「あれもタバコです。……恐らく、爆竹(ばくちく)を取り付けたタバコを手すりにテープで軽く貼り付けていたんでしょう。爆発したら、証拠の品が海に消えてしまうように。……その証拠に、船のあちこちに残っていますよ。焦げ跡とペンキが剥がれた跡がね」

 

そこで俺は一拍置くと再び言葉を続ける。

 

「……ちなみに、上のデッキで音がして旗が燃えていたのは、ガソリンで濡らした旗に、同じくタバコと爆竹を取り付けていたため。つまり、そのタバコを使えば、誰にでも犯行は可能になるというわけですよ」

「じゃあ誰だ?一体誰だっていうんだ!?」

 

じれったそうにそう叫ぶ鮫崎さん。……ここからだ。犯人の正体に踏み込むため、俺は口調に少し力を入れながら語り始める。

 

「……前にも言いましたが、この殺人は元々、蟹江さんの正体が叶才三であり、全ては20年前の復讐劇だと思わせるために仕組まれた事件。……真犯人が老人に変装して乗船し、いったん外に出て変装を解き、再び乗船して叶才三という存在を作ったのも、上のデッキに叶を匂わす文字を書いた札を残したのも、全て裏切った仲間への叶の恐怖の演出と思わせるためのもの。……それもこれも、蟹江さんの体にある、外人部隊時代に受けた銃弾の古い傷跡を20年前に叶が仲間に撃たれた時の傷だと錯覚させるための計画だった」

「……体に出来た古い銃創の傷を利用して同一人物だと思わせようとしたわけだよな?……!待てよ、それじゃあ……!」

 

俺の推理を聞いて鮫崎さんはハッと目を大きく見開いた。どうやらこの人も気づいたみたいだ。この事件の犯人の正体に。

 

「……そう。そんな事を考え付けるのは、蟹江さんの体に古い弾傷がある事を()()()()()()()()()()()()()()……!」

「まさか……!」

 

俺の言葉で驚愕を露にする鮫崎さんの視線が、()()()()()へと向けられ、周囲もそれに同調するかのように()()()()へと一点に集中する。

俺は()()()()へ向けてひときわ力強く言い放った――。

 

()()()()()()()――」

 

 

 

 

 

 

 

「――鯨井さん。アナタしかいませんよね?」

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!!」

 

脂汗をかいた鯨井さんが大きく絶句し、その場に一瞬時が止まってしまったのではないかと錯覚してしまうほどの静寂が訪れる。

周囲の海の波音と風の音がやけに大きく聞こえ、その場にいるほとんどの者たちが呆然としたまま鯨井さんの方を見つめていた。

だがやがてその静寂を破ったのは、俺が犯人だと指摘した本人だった。

 

「は、ははっ……な、何を……あはははっ……!」

 

大きく目を見開いて引きつった笑みを浮かべながらこっちに目を向けてそう呟く鯨井さんに、俺はこの事件で鯨井さんがどういった行動を起こしたのか一から話し始めた。

 

「……まずアナタは、レストランで亀田さんが席を立つのを見て、叶才三の名を出し、その騒ぎに乗じて機関室に行き、呼び出しておいた亀田さんを射殺。……その遺体を船尾の箱の中に隠した」

「機関室だと!?」

 

驚いてそう言う鮫崎さんに俺は肯定する。

 

「ええ。その時の血痕も空薬きょうも、呼び出しに使った手紙も機関室から発見済み。手紙は恐らく、部屋のドアに挟んでおいたんでしょう。……レストルームに戻った鯨井さんは、警視殿が叶探しを諦める頃合いを計って蟹江さんと落ち合った。場所は恐らく、レストラン脇のトイレでしょう。すでにその時は、蟹江さんは薬か何かで眠らされていたはず。……彼の服と時計を奪い、それを箱の中の亀田さんに着せ、『例のタバコ(自動発火装置)』を仕掛ける。その時、わざと大声を出して船員に目撃させたのは、まだ遺体の箱に火がついていないのを確認させるためでもあり、『自分は誰かに呼び出された』というのを強調するため」

 

俺の推理を聞きながら鯨井さんは汗まみれの顔をヒクヒクと震わせながら視線をさ迷わせる。

それを見ながら俺は更に続けた。

 

「……呼び出しのメモをトイレのごみ箱に残したのも、叶の名前に震え上がるふりをして蟹江さんの方から自分に近寄るように仕向けたのもそのため。……メモの事は、きっと後で『あの紙マッチに挟んであった』とでも言うつもりだったんでしょうなぁ。あたかも呼び出されたのは自分の方で、全ては蟹江さんの仕業と見せるためにね」

 

推理が進むにつれ、鯨井さんの顔もどんどん険しさが増していく。

 

「……上のデッキの旗に『例のタバコと爆竹』を仕掛けたのは、遺体に服を着せる前。そうしておけば、音を聞いて皆と上のデッキに上がり、船尾で爆発が起これば自分は一緒に居たというアリバイができますからね……」

 

そこでいったん言葉を止めた俺は、チラリと鯨井さんの様子を覗き見る。

鯨井さんは真相が暴かれるにつれて、夜でも分かるほどに顔が真っ青になって来ていた。

俺はそんな鯨井さんを静かに見据えながら、心の中で呟く。

 

(……ここからだ――)

 

 

 

 

 

 

(――ここから()()()()介入して来たために、この人の本来の計画が()()()()()()()()()()()()()()()んだ)

 

 

 

 

 

 

鯨井さんから視線を戻し、俺は再び変声機を口元に寄せると推理ショーを再開する。

 

「……眠らせた蟹江さんをトイレから舳先に移動させ、前もって舳先に括り付けていた縄バシゴに彼を縛り付けたのは、船尾の焼死体に皆が集まっている時。……そして、時間をおいて我々の動きを見ていたアナタは、船尾に『例の仕掛け(タバコと爆竹の自動発砲音装置)』を施し、その音を聞いて我々が駆けつけている隙に再び舳先に戻り、蟹江さんを引き上げて、()()()()()()()()()()……」

 

ここで俺は今一度瞑目するとその続きを口にした。

 

「……だが、ここで鯨井さんの計画を大きく狂わせる不測の事態が起こってしまった」

「不測の事態?」

 

蘭がそう問いかけ、俺はそれにすぐさま答えた。

 

 

 

 

 

「――消えちまったんだよ、蟹江さんが。舳先に縛られていた縄バシゴから!」

 

 

 

 

 

「何だと!?」

「――ッ!」

 

鮫崎さんが驚きに声を上げ、それと同時に俺の話を聞いていた鯨井さんも目を見開いて口を真一文字にギュッと引く。

その顔は痛恨の痛手であった事をまざまざと物語っていた。

 

「お、おいおい毛利、消えたってそりゃどういう――」

「――言葉通りの意味ですよ鮫崎警視。鯨井さんは船尾での四発の音が鳴った後、直ぐに消音機付きの拳銃を持ってこの船首にやって来た。しかしそこにいるはずの蟹江さんの姿は影も形も無く消え失せ、縄バシゴだけが揺れているだけの状態だったのでしょう」

 

そう言いながら俺は物陰から鯨井さんを見据える。

 

「……非常に焦ったでしょうね鯨井さん。肝心の蟹江さんがいなければ自殺に見せかけて殺す事なんてできっこない。唐突に訪れたアクシデントにアナタは急きょ方針を変えざるを得なくなった。急いで蟹江さんを探し出そうにも船尾の『銃声装置』が発動した今、時間は限られてくる。ならいっそ、何食わぬ顔で自身も今から船尾に向かうというのが一番の最善手だが、せめて『犯人は蟹江で、自分はその蟹江に命を狙われた被害者』だという事実だけは確立させたい。……思い悩んだ末、アナタは苦肉の策として舳先のあの逃走現場を作り出したわけです」

「ぐぅっ……!」

 

悔しそうに鯨井さんがそう呻く。俺はそんな鯨井さんを見ながら言葉を続けた。

 

「……アナタはまず、近くに設置されていた救命ボートの箱から中身のボートを引っ張り出し、それを海に捨てると、レストランの窓ガラスに自分の腕を押し付け、弾倉に一発だけ弾を残した銃で腕を貫いて窓ガラスからレストラン内に銃弾を撃ち込んだ。そして、船尾に設置したのと同じタバコの銃声装置を二つ、舳先の手すりに取りつけ、その床に弾倉が空になった銃とレストランで蟹江さんから借りたままになっていた紙マッチを置いた。蟹江さんに返すのを忘れていたのかは分かりませんが、結果それが功を奏しました。中身が抜き出されたボートの箱に拳銃と紙マッチ。これらが鯨井さんを仕留めそこなった蟹江さんが、舳先からボートに乗って逃走したという状況を強調する結果となったのです」

 

そこまで言った俺は一拍置いて更に言葉を続ける。

 

「……そして、舳先でのその準備を終えた後の鯨井さんの行動は、皆さんも知っての通りです。船尾に来たアナタは、『全てを白状するから』と皆をレストランに集め、舳先の爆竹が破裂するのを待った。……一発目の音と共に倒れたら、まるで舳先から狙撃されたかのように見えるというわけです」

「ちょ、ちょっと待てよ毛利。ワシは鯨井が倒れた直後に傷口を見たんだぞ?あらかじめ腕を撃っていたんなら、もっと血が――」

 

そう言って鮫崎さんが待ったをかけてきたが、俺はその疑問にもすぐに答えて見せた。

 

「――テニスボールですよ、鮫崎警視。彼は腕を撃つ前から、(わき)にテニスボールを挟んで動脈を圧迫し、血の流れを止めていたんですよ。爆竹の音がするまでずーっとね。……そのボールは、レストランのテーブルの下に落ちていたのを蘭が見つけています。皆が二発目の音に気を取られている隙に、放り投げたんでしょう。……ちなみにその時、鯨井さんが『今、海に何か落ちる音が』と叫んだのも、蟹江さんが救命ボートを()()()()()()()()()()()ものと我々にそう思い込ませるため」

「……でも何で最初、蟹江さんを舳先に連れてった時に殺さなかったの?」

 

鮫崎さんに引き続き磯貝さんがそう疑問を口にしてきたが、これも俺はすぐさま答えて見せる。

 

「焼死体発見直後に蟹江さんが自殺してしまうと、トリックが不自然に見えてしまうからですよ。……蟹江さんが遺体に自分の服を着せたという偽装トリックがね。遺体の両手を上げたのも、時計のベルトを外したのもそう推理させるためのフェイク。大阪から探偵役として服部平次を呼んだのもそのため。……もっとも、焼死体が亀田さんという事はカエル先生がすぐさま見破り、探偵役の方も服部平次でなくても我々にも務まると鯨井さんはそう踏んだようですがね。……大阪の探偵を呼んだのは、アナタが関西在住だからでしょう?」

 

俺がそう尋ねるように鯨井さんに言うと、彼は俺に――というより、俺に眠らされたおっちゃんに向けて何か言いたそうに口をパクパクと開閉するも、結局言いたい言葉が見つからなかったのかすぐに口を閉じて悔しそうに俯いた。

俺はそれを見ながら、何故鯨井さんが関西在住だと分かったのか、その理由を口にし始めた。

 

「……我々関東の人間は、カードをケースに仕舞う時、『直す』とは言いませんから」

 

レストルームで鯨井さんがトランプを片付ける時、磯貝さんに向けて言った言葉を思い出しながら俺がそう言うと、同時に鮫崎さんが歩み出て来た。

 

「そういう事か。……後は、証拠だな」

「クッ!」

 

鯨井さんを見据えながらそう言う鮫崎さんに、鯨井さんは唸るようにそう声を漏らす。

……もちろん、証拠の方もちゃんと用意できていた。

 

「ああ、それなら後でレストランの窓ガラスに出来たその弾痕の周りを調べればきっと出るはずです。……ルミノール反応が。僅かでしょうが、腕を撃った時に飛び散った自分の血を、拭き取った跡もね……」

 

俺がそう言った次の瞬間だった。いきなり鯨井さんが座っていた椅子を倒しながら勢い良く立ち上がったのだ。

 

「ち、違う!私じゃないッ!!これは罠だ!!誰かが私をハメるために仕掛けた罠だぁッ!!」

 

そう叫びながら鯨井さんは弾痕のついた窓ガラスまで後退すると、腕を吊っていた三角巾を首からひっぺがし、その下にあった包帯を巻いた腕を窓ガラスの弾痕の周りに擦り付けたのだ。

悪あがきにも、自分の腕の傷の血をつけて誤魔化そうという算段なのだろう。

 

「なっ!?貴様、舐めた真似をっ!!」

 

それを見た鮫崎さんが激昂して鯨井さんに掴みかかろうとするも、それよりも先に別の声がその場に響いた。

 

「――無駄だよ、鯨井さん」

 

見るとそれは今の今まで俺の推理を黙って静聴していたカエル先生だった。

カエル先生は鯨井さんの包帯の巻かれた腕を指さしながら続けて口を開く。

 

「よく見てみなさい。包帯に少しも血が(にじ)んでいないだろう?処置は完璧にしてあるからね」

 

その言葉に慌てて鯨井さんが腕を見ると、そこにはカエル先生の言う通り、一滴の血どころか汚れすら一つも無い、真っ白な包帯が巻かれていた。

 

「なっ……くそぉっ……!」

 

心底悔しそうにそう呟く鯨井さんに、俺は声をかける。

 

「往生際が悪いですなぁ鯨井さん。……ですがどの道、窓ガラスに血を付着させていたとしても、証拠は()()()()()()()()()()ので意味はなかったですがね」

「な、何ッ!?」

 

驚く鯨井さんに向けて、俺は今度はとぼけたような口調で口を開いた。

 

「おやぁ?何でしょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

俺がそう言った瞬間、船の左舷後方から(まばゆ)い一筋の光が、船を大きく照らし出した――。




最新話投稿です。

原作だとここまでで大半の謎解きは終わっていますが、オリジナル展開がありますので次回も推理ショーは続きます。
鯨井ですら知らなかった別の真実を暴きにかかりますので、次回を今しばしお待ちください。

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