お待たせしました『後編』です。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
――深夜。日付が変わって一時間もしない時刻。
武田家の屋敷の一角にある智恵さんの部屋に、私と鳥羽君、そして部屋の主の智恵さんと、
――信一さんの妻の絹代さん。次男夫婦の龍二さんに陽子さん。そして家政婦の深雪さんの四人であった。
それ以外の人物は呼び出されていない。信一さんと根岸さんはもちろんの事、紗栄ちゃん絵未ちゃんは美沙さんと一緒に寝室で寝てもらっている。部外者のロバートもその隣の部屋で寝てもらっていた。
美沙さんには事前に智恵さんから双子ちゃんの面倒を見てもらってほしいと言われていたが、それはぶっちゃけ建前であった。
今回の一件は、確実に彼女の今までの人生を揺るがしかねない案件故、彼女の心痛もかねておいそれとこの場に居させるわけにはいかなかったのだ。
私と鳥羽君の口から美沙さんの出生。そして信一さんと根岸さんが麻薬に手を出していた事実を語ると、その場にいる全員が一人ひとり別々の反応を見せた。
深雪さんは純粋に驚愕し、陽子さんは美沙さんの
美沙さんの出生が暴かれただけでなく、愛する夫が犯罪に手を染めていたのを知ったのだから無理もないのかもしれない。
――だが、ただ一人。智恵さんだけは微動だにせず黙って私たちの話に耳を傾けていた。
私たち二人の話が終わると、智恵さんは深々とため息をつきながら口を開いた。
「正直なところ、いつかはこげぇな日が来ると覚悟しておったが……」
「……!智恵さん、もしかして全部知っていたんですか?」
驚きながらそう尋ねる私に、智恵さんは小さく首を振った。
「いんや。信一の悪行の方ならぁ今初めて知ったけぇ、こんでも動揺しとるがね」
智恵さんのその言葉を聞いた瞬間、龍二さんと絹代さんが同時にハッと顔を上げた。
「えっ!?……そ、それじゃあ母さん。母さんは知ってたんですか?美沙ちゃんの事……」
龍二さんがそう言った瞬間、智恵さんが彼に険しい目を向ける。
「……年寄りを馬鹿にするじゃないでぇ?絹代さんが、病院から赤子を連れ帰った時のお前ら二人の仕草を見とったら、一目瞭然だったがな。……だからこそ、お前のために
「「……っ!」」
最初から智恵さんに気づかれていた事に呆然となる龍二さんと絹代さん。
そんな二人を見ながら、美沙さんたちの名前にはそんな意味があったのかと、私は一人納得していた。
――それからすぐ、龍二さんと絹代さんから美沙さんの出生の経緯、その全てを教えてもらった。
元々、子供の出来ない体の信一さんは、それを知らずに子供を強く欲しがっていたという。
それを見かねた絹代さんは、信一さんの夢を叶えたいがため当時まだ陽子さんと出会う前だった龍二さんに涙ながらにせがみ、
だが、それを聞いて私は呆れ果てて言葉も出なかった。
いくら信一さんのためとはいえ、一体どう考えたらその夫の弟と関係を持って作ろうという発想に至れるのか。
信一さんの事を本当に愛していたのなら、最初の内に子供が出来ない体だという事を本人に伝えていた方が余程堅実だったろうに。
そうすれば、今になってからこんな最悪な状況にはならなかったはずだ。
そしてそれは、最終的に絹代さんの懇願に根負けしてしまった龍二さんにも言える事であった。
陽子さんと出会う前とは言え、実の兄を絹代さんと共に騙していた事には変わりなく、まるっきり非が無いとは言えなかった。
「……あれっきりの事だったし、兄とも血液型は一緒だったから絶対バレないはずでした。……でもまさか、20年たった今になって兄にバレてしまうなんて……!そのせいで、美沙ちゃんにもあんな傷を……!」
「アナタ……」
頭を抱えて後悔に苛まれる龍二さんを、陽子さんは心配しながら寄り添う。
その様子を見て、陽子さんの龍二さんに対する想いは事実を知った今でも薄れてはいないのだと知り、私は少しホッとする。今回の一件では陽子さんもある意味被害者だというのにも関わらずだ。
――だが、陽子さん以上にこの一件で一番の被害を受けたのは、間違いなく美沙さんだろう。
何せ、実の母には
今まで生んで育ててくれた両親が共に重い十字架を背負っているのを知ったら、美沙さんのショックは計り知れないだろう。なんにせよロクな結末にならないことだけは間違いなかった。
「……智恵さん。美沙さんの出生の件だけなら、家庭内の
「……当然だがね」
私の言葉に、ため息交じりに智恵さんがそう答え、そして目を細めて俯きがちに続きを言葉にする。
「腹ぁ括る時だがね。こん屋敷から罪人が出る事になんのは、もはやどうする事もできん。美沙の件はワシも気づいてて黙っとったけぇなぁ、その
智恵さんにそう言われ、龍二さんは俯きながらも「はい」と短く返事はしたものの、絹代さんは納得しきれていないのか渋る様に口を開閉するものの、結局は何も言えず龍二さん同様に俯いて沈黙することとなった。
それを確認した智恵さんは再び私に視線を合わせると、畳の床に両手をゆっくりと添えた。
「……それでなんだが、先生ぇ。なんならこの屋敷で滞在していた費用を全て帳消しにしてもかまわねぇ、老い先短いワシの最初で最後の頼みばぁ聞いてもらえんかね?」
真剣な目で私を射抜くように見つめて来る智恵さんに、私も真摯な顔で受けて答えた――。
「
――武田家の人たちとの会談を終えたその二日後の昼頃。私と鳥羽君は鳥取から東京へ向かう道中にある、とあるドライブインにいた。
そばには私たち同様に東京へ帰る龍二さんたち次男一家とほとんど回復したロバート。そして――。
――大きなカバンを抱えた美沙さんの姿があった。
「……
「分かりました、任せてください。必要な根回しは僕の方でもやっておきますので」
智恵さんからのその頼みに私は直ぐに了承し、それからすぐ行動が開始された。
信一さんと根岸さんが人形制作を行っているのを見計らって、私は鳥羽君と一緒に
実は信一さんにDNA鑑定の依頼で呼ばれたその翌日に、私は美沙さんの顔の傷の治療を終えていた。
そして治療後は包帯を取るだけになっていたのだが、まさかそのタイミングで気が重くなる真実も私の口から彼女に伝えるはめになるとは思いもしなかった。
顔の傷が消えて最初は喜んでいた美沙さんだったが、その直後に聞かされた両親の犯罪に静かに泣き始める。
そして、ひとしきり泣いた後の彼女に、私と智恵さんが自分を東京に連れて行く計画を立てている事を伝えた。
「……その計画の準備は既にできている。後はキミの決断次第なのだが……どうする?」
私のその問いかけに、両目を赤くはらした美沙さんは悲しい顔を浮かべながらもおずおずとだが小さく頷いて見せた。
――そこから先の行動は早かった。
信一さんと根岸さんに気づかれないうちに、
もちろん、東京に着いた後の美沙さんのための住居などの手続きも忘れてはいない。
そして密かに智恵さんたちによってロバートと双子ちゃんたちに明日東京へ帰る事が伝えられ、その日の仕事は終了となった。
――そして迎えた翌日の朝。予定通り信一さんと根岸さんは人形制作の材料を買いに近場の街へと車で向かった。
出発直前に信一さんが私に「まだ、結果は出んのか?」と催促の言葉を耳打ちしてきたが、それに私は「今日中に出ますのでもう少し待ってください」と嘘をついて答えた。
それを真に受けたのか、信一さんは気を良くしながら車に乗り込み街へと出発していった。
……だが残念ながら、彼が私の口からそれを聞く事は決して無い。何故なら彼が街から帰って来た時、最初に見るのはそれとは全くの『別モノ』であるからだ。
――私がそれを『確認』する事になるのは、信一さんらが屋敷を出てすぐ、龍二さん一家とロバート、美沙さんと鳥羽君と共に屋敷を出てしばらくしてからの事であった。
私と龍二さんが運転する二台の車が東京へと向かう道中。
昼時となったので立ち寄ったドライブインのレストランで皆と共に昼食を取っている時であった。
不意に私の携帯が鳴りメールが届いていた。席を立った私は、トイレでそのメールを開封する。
送り主は深雪さんからだった。
――『たった今、信一さんと根岸さんが警察に逮捕されました』
メールにはその一文だけが添えられており、それを見た私は小さくため息を吐いた。
トイレから戻った私はチラリとレストランの席に座る美沙さんを見る。
美沙さんは未だに暗い顔を浮かべたまま食事を静かに進めていた。それを龍二さん夫婦だけでなく、事情をよく知らないロバートや双子ちゃんたちも心配するかのように彼女を見つめていた。
思えば屋敷を発つ時も、美沙さんは母である絹代さんと一言も会話を交わさなかった。
そして、それはすぐそばに座っている龍二さんとも。
彼女の心の整理がつくのはまだしばらくかかる事になるだろう。
それがいつになるのかは分からないが、またロバート達と会話していたように楽しく笑える日が来てほしいと、私はそう願わずにはいられなかった――。
SIDE:三人称視点。(ロバート・テイラー)
東京に戻ってきて数日後、ロバートは一度アメリカへ帰郷する事となり、彼は空港へと来ていた。
見送りにはお世話になったカエル先生に鳥羽。そして龍二一家に美沙の姿があった。
東京に着いた直後は色々とバタバタしてはいた美沙だったが、今は落ち着いた様子を見せている。
出発時刻を確認したロバートは、紗栄と絵未の双子と会話するそんな美沙を見つめた。
東京に戻って来てからすぐ、ロバートはカエル先生から美沙に起こった事の経緯を全て聞かされていた。
突然、美沙も東京に来ることになったと聞いて疑問に思っていた彼だったが、事情を知って納得すると同時に屋敷を出る前から美沙が暗くなっている理由も分かり、ロバートは彼女の身を案じずにはいられなかった。
今の美沙は屋敷を出た時よりは幾分明るくなったが、やはりまだ表情は所々ぎこちなく陰りを残している。
――自分は一度故郷に戻らなければならないが、近い内に必ず日本に戻ってきて彼女の支えになろう。
ロバートはそう一人決意を新たにする。
すると、そんなロバートに紗栄と絵未がコトコトとやって来た。
「?……二人ともどうしたんだい?」
「あのねー。美沙お姉ちゃんがロバートに自分の事どう思ってるのか聞いて来てほしいってー」
「うん。ロバートが帰る前に知りたいんだってー」
ロバートの問いに紗栄と絵未がそう答える。
チラリとロバートが美沙の方を見ると、彼女は期待と不安が入り混じったかのような顔をしながらこちらの様子をうかがっていた。
(ボクの気持ち、か……)
……さて、どうしようか。自分の答えはとうに決まっている。
少し言葉にするのは恥ずかしいから、ここは
ロバートがそうやって思案していると、不意に誰かがポンポンと彼の肩を叩いた。
見るといつの間にかロバートの隣に鳥羽が立っていた。
驚くロバートに鳥羽はやれやれと肩をすくめると、ロバートにさりげなく耳打ちをする。
「……全く、女心が分かっちゃいないねぇアンタは」
「と、鳥羽さん?」
いつもの礼儀正しく大人しい雰囲気はどこへやら、始めて見る粗暴さを含んだ彼女の口調に一瞬気おされるロバートだったが、次に出た彼女の言葉で直ぐに冷静さを取り戻した。
「……こういう時は、紙に書くんじゃなく直接自分の口で気持ちをぶつけてやるんだよ。……まだ出発まで時間はあるんだ。美沙に思いのたけを全部伝えてきな。そうすりゃ、アイツだってきっと喜ぶさ!」
「っ!……は、はい!!」
鳥羽の言葉に後押しされ、ロバートは自然と美沙の元へ駆け出す。
「あれー?ロバート何処に行くのー?」
「どうしちゃったのー?」
突然駆け出したロバートに紗栄と絵未が不思議そうな顔で彼を見みつめる。
そんな二人に鳥羽は後ろからニヤリと笑みを浮かべると一言呟いた。
「
――大勢のお客が行き交う広い広い空港内。
――その一角で今、大輪の花が密かに咲いた。
軽いキャラ説明。
・ロバート・テイラー
単行本25巻に収録。アニメでは166話~168話で放送された『鳥取クモ屋敷の怪』の犯人。
原作では死に追いやられた美沙の仇を取るために信一と根岸を殺害するも、美沙の自殺の本当の原因(仮説の域を出てはいないが)が自分が送ったメッセージの誤解によるものだと指摘され、茫然自失となり逮捕される。
コナン原作の中でも悲しい結末を辿る事となる犯人。
しかしこの作品では、鳥羽の後押しもあって美沙に直接告白したことで晴れて彼女と恋仲となった。
・武田美沙
原作の時系列では既に故人。
ロバートから紗栄と絵未伝いに届けられた紙のメッセージを誤解し(『
しかしこの作品では鳥羽の後押しによってロバートの気持ちを誤解することなく受け止めることが出来、彼と恋仲になった。
・龍二と陽子
過去の龍二と絹代の関係と美沙の出生を知って一度はショックを受ける陽子であったが、龍二の事を心の底から愛していた事や紗栄と絵未のためもあって最終的に龍二を許す事となり、元の鞘に収まった。
・武田絹代
原作では美沙の後を追うように自殺するも、この作品では存命。
しかし、夫の信一が逮捕され娘も東京へと去って行ったことでショックが重なり、屋敷では日々抜け殻のような生活を送っている。
・智恵と深雪
信一と根岸が逮捕されたことで結果的に絹代を含んだ女性のみの三人が屋敷に残る事となったが、直ぐに末の弟の勇三が帰って来たことで屋敷の活気も戻ってくる事となる。
・信一と根岸
街に出かけている間に智恵の連絡で駆けつけてきた警察に作業場の麻薬を発見され、帰宅した瞬間にあえなく御用となった。
連行される直前、「騙されたぁ!」と叫ぶ信一の姿があったとかなかったとか……。