再びの『???』表記と『奴ら』との対決です。
今回は群像劇チックに視点がコロコロと代わっていきます。
あと、原作の時間軸としては、コナン一行が『奴ら』を追って杯戸シティホテルに着いた時から話は始まります。
SIDE:宮野明美
「ねぇ誰かぁー!カエル院長どこ行ったか知らないー?」
雪の降る、日が沈む少し前の時刻。
米花私立病院のナースステーションにいる私と数名の看護師の所にやって来た藤井さんが、開口一番にそう言って来た。
「カエル先生なら、今日はとある集会に出席するとかで杯戸シティホテルへ向かいましたけど」
私がそう言うと、藤井さんは「あっちゃあ」と言いたげに顔に手をやる。
それを見た私が「どうしたんですか?」と尋ねると、藤井さんはポケットから
「いやぁね。カエル院長ったら仕事用の携帯を院長室に置き忘れてったみたいなのよ。急患が入るもしもの時のために肌身離さず持ち歩いてるってのに」
聞けば患者の経過記録をつづった書類を届けに藤井さんは院長室を訪れたのだが、その時には既にカエル先生は外出した後だったらしい。
まぁ、書類の内容に関しては大して重要な事が書かれていたわけでは無かったので、別段急ぎの用というわけでもなく藤井さんは先生のデスクに書類を置いて退室しようとしたのだが、ふとデスクの上にその携帯が置いてあるのに気づき慌てて私たちの元までやって来たのだという。
「参ったねぇ、私今日は結婚記念日だから旦那と豪勢な晩飯食いに行こうって約束してんのよ。今から先生に届けに行ったら店の予約の時間に間に合わないし……。ねぇ、悪いんだけど誰か先生に届けに行ってくんない?」
藤井さんが私たちにそう尋ねるも、その場にいる
どうやら運が悪い事に皆も藤井さん同様、外せない用がこの後にあるようだ。
皆のその反応をチラリと見た私は、直ぐに藤井さんに向けて手を上げ、名乗りを上げた。
「藤井さん、私が届けに行きますよ」
「雅田が?いいの?頼んじゃって」
私の言葉に藤井さんがそう尋ねて来る。
問題はない。私はこの後大した用事もないから時間もたっぷりある。
カエル先生や志保たちからはあまり病院の外に出歩かないように口を酸っぱくして言われているが、今は『雅田広美』として姿と名前を変えているから私の正体が組織に露見するという事はそうそう無いと思うし、カエル先生のいる杯戸シティホテルはこの病院からバスで乗って行けばすぐだ。
ホテルに行って先生に携帯を渡して、直ぐにバスでこの病院に戻ってくれば大丈夫だろう。
そう考えた私は藤井さんに強く頷いて見せる。
「大丈夫です。先生に渡したら直ぐに病院に帰ってきますから」
「そうかい?んじゃあ頼むわ」
藤井さんは気軽にそう言いながら私にカエル先生の携帯を渡し、それを受け取った私は早速杯戸シティホテルへと向かう準備を始めた――。
――まさか、直ぐに帰れると思って軽い考えで受けたこのお使いが、私だけでなく
SIDE:江戸川コナン
――思いもよらなかった。
まさか――下校途中で
俺や灰原の体を小さくした毒薬、『
――
きっかけは本当に偶然だった。
そこで灰原からジンの愛車もこの車だという事実を聞かされ、急きょ博士を呼んで合流すると、博士の手を借りて車の鍵を開けて忍び込み、発信機と盗聴器を仕込んだ。
その時はまだ奴らの車かどうかはっきりはしていなかったが、直後に車道の向こうからやって来る奴らを見つけ確信に変わった。
その後、車に乗り込んだジンとウォッカは、隠れている俺たちに気づく事なく車に乗り込んで発進させた。
そして、博士の車で奴らを追跡している途中、俺は盗聴器から奴らが仲間の『ピスコ』という人物とコンタクトを取り、
だが残念ながらその直後にジンに車に仕掛けた盗聴器と発信機を発見され、その場で壊されてしまった。
それ以上の情報を手に入れる事は出来なくなったが、それでも収穫は大きかった。
これから奴らが行う暗殺計画を阻止するため、そして奴らが持っていると思われる『例の薬』を手に入れるため、俺たちは杯戸シティホテルへとやって来る。
丁度そこでは、映画監督で有名だった《
黒服の人波をかき分けながら、この中では目立つ方である普通の子供服を纏った俺と灰原は会場内をさ迷い歩く。
「……ねぇ、本当にこの会場で良いの?」
「ああ」
後ろをついて来る灰原に、俺は短く返答する。そして続けて言った。
「……ピスコとの電話で、ジンは『別れの会』って言ってたからな。ピスコって奴も、そいつが狙うターゲットもここに来てるはず」
そう言いながら俺は周りを見渡しながら歩き続ける。見える人たちは『偲ぶ会』だけあって全員黒一色の服装。どいつもこいつも怪しく見えてしまっていた。
その時ふと、背後に灰原の気配が無い事に気づき、俺は振り返る。
見ると灰原は、このホテルの従業員らしき女性に呼び止められていた。
「どうしたのお嬢ちゃん?パパやママとはぐれたの?」
「あ、ぁ……」
女性従業員にそう尋ねられた灰原は、何故か言葉を詰まらせて体をわずかに振るわせていた。その瞳にも何故か怯えの色を浮かばせて。
俺はさり気なく二人に近づくと、灰原をかばうようにして女性従業員に言った。
「うん!今二人で探してるとこ!行こっ、花ちゃん!」
見た目通りの子供っぽい言動でさり気なく灰原を連れて従業員から離れた俺は、ある程度歩いた所で後ろにいる灰原に声をかけた。
「……ったく、どうしたんだよ?お前らしくねぇな。……一緒に行くって言ったのはお前だろ?」
俺の言葉に、灰原は俯いていた顔をゆっくりと上げる。
その顔は暗く、何か観念したかのような、諦観の笑みを張り付けていた。
「……見たのよ。嫌な夢……」
「夢?」
ポツリと響いた灰原のその言葉に、俺は首をかしげる。
俺のそんな様子を前に、灰原はその続きを口にする。
「……下校途中でジンに見つかって……路地裏に、追い込まれて……。真っ先に撃たれたのはアナタ。そして……ピストルの乾いた音と共に次々と……!そう……皆、私に関わったばっかりに……!」
「…………」
灰原の話を、俺は黙って耳を傾けて聞いていた。
そして同時に気づく。今日の朝から灰原の様子がおかしかった訳を。
「……フッ。私……あのまま組織に処刑されてた方が、楽だったかもしれないわね……」
そう呟く灰原に俺は黙って自分の顔にかけている眼鏡をはずすと、それを灰原の顔にかけてやった。
不意に眼鏡をかけられて驚く灰原に、俺は
「その言葉、もう二度と口にすんじゃねぇよ。じゃねぇと、何とか組織の目を欺いて生き延びた、おめぇの姉さんが泣いちまうだろうが」
「!」
俺の言葉に灰原はハッとなる。
そうだ。少なくともコイツはもう一人なんかじゃない。
俺や少年探偵団の皆、博士にカエル先生、そして明美さんだってそばにいるんだ。
組織に怯えるコイツの支えになれる奴らならいっぱいいる。
「それに知ってっか?
「……あら?じゃあ眼鏡を取ったアナタは、スーパーマン?」
おどけてそう言って見せる俺に、灰原は小さく笑いながら冗談めかしにそう返してきた。
ようやく調子が戻って来たみてぇだな。
灰原の様子を見て内心安堵を浮かべながら俺はそれに答える。
「空は飛べねぇけどな?」
「まぁ、気休め程度にはなるわね。ありがと」
「お前……可愛くねぇな。マジで」
眼鏡の真ん中を指で押し上げながらそう言う灰原に、俺は呆れ交じりにそう返していた――。
少々足止めを食らったが、俺たちは直ぐに行動を再開した。
改めて会場内にいる黒服を纏う人々を見渡しながら、俺は口を開く。
「……流石、巨匠を偲ぶ会だな」
「ええ……。そうそうたる顔ぶれね」
そう同意してくる灰原を横目に、俺は目に付いた著名人を片っ端から確認していった。
「……直本賞受賞の女流作家にプロ野球の球団オーナー。敏腕音楽プロデューサーにアメリカの人気女優……。有名大学教授に……おっと、経済界の大物まで来てる」
「それで、分かったの?ピスコが狙ってるターゲット」
そう尋ねて来た灰原に俺は「ああ」と確信をもって頷く。
「……ジンがピスコとの会話で言ってた、『6時前後』にここへ来て、尚且つ『明日にも警察に捕まりそう』な人物は……今、入り口でレポーターに囲まれてる
俺は視線を会場の入り口付近にいる『とある黒服の男』へと向けた。
その男は複数のレポーターに質問攻めにあい、四苦八苦しながら顔から噴き出る汗をハンカチで拭い、それに答えている。
その男を見た灰原も得心が行ったとばかりに口を開いた。
「なるほど……。今、
そう……。確か名前は政治家の
「ジンが電話で、『捕まる前に口を封じる』って言ってたが……あの政治家も組織の一員なのか?」
「さぁ、どうかしら?捕まれば分かるんじゃないの?」
俺の質問に、灰原は素っ気なくそう答える。とぼけている様子が無いからコイツは本当に知らないのだろう。
その返答を聞いて俺が灰原から再びあの政治家へと視線を戻そうとした。その時――。
「……おや?キミたち、どうしてここにいるんだい?」
背後からの
SIDE:黒の組織
――時間は少しばかり
車内で盗聴器と発信機を発見したジンは、車を人気のない車道の脇に停めると、ウォッカにまだ発信機と盗聴器が無いか隅々まで車を調べさせる。
ウォッカが探知機で車を調べているその横で、ジンは煙草を咥えながら再びピスコに電話をしていた。
「……ああ、そうだ。シェリーだ。組織を裏切ったあの女が、今そっちに向かっているはずだ」
ジンははっきりとした確信をもって電話の向こうにいるピスコへとそう断言する。
盗聴器と発信機を見つける直前、ジンは車内に自分たちのモノとは明らかに違う、
それはコナンが車内に盗聴器と発信機を付ける際、一緒に車に入った灰原から落ちたものだったが、コナンや持ち主の灰原はそれをすっかり見落としていたのだ。
その結果、ジンは灰原(シェリー)が車内に忍び込んだと予想し、その後見つけた盗聴器と発信機で確信に至る事となった。
「……
灰原(シェリー)が現れた事に、密かに喜色を浮かべながらジンは電話の向こうのピスコとの会話を続ける。
「……ああ、間違いない。あの女は来るさ。『例の薬』の事を匂わしたからな。……もちろん、その『
ピスコと話している最中、ジンが浮かべるその笑みは消える処か笑みが増していく。
早く会いたくてたまらない。それを訴えかけるかのような不気味な笑みであった。
「……とにかく、女を見つけ次第とっ捕まえて面を拝ませろ。……ああ、問題はない――」
「――例え、首から下が無くてもな」
――そう言ってジンは静かにクックと声を漏らした。
数秒間の間、ジンはそうやって笑っていたが、次の瞬間その笑みがフッと消え、いつもの冷徹な表情に戻るとピスコに向けて
「……だが気を付けろよピスコ。シェリーもそうだが、『別れの会』には
「――ぬかるなよ?ピスコ……!」
最後にピスコに向けてそう釘をさすと、ジンは静かにピスコとの通信を終えた――。
SIDE:江戸川コナン
「か、カエル先生!?」
振り返って声をかけてきた主を視界にとらえた瞬間、俺はそう叫んでいた。
俺と灰原の目の前には、俺たちと同じように驚きに目を丸くする周囲と同じ黒服姿のカエル先生が佇んでいた。
「先生こそ……どうしてここにいるの?」
俺の横で同じように驚いていた灰原が、カエル先生にそう問いかけていた。
その質問にカエル先生は何とでもないかのように答える。
「どうしてって……見ての通り、僕はこの会の参加者だよ。この《偲ぶ会》の主役である酒巻監督は、生前、僕が肺がん治療を施した患者でね。彼とは医師と患者という関係だけじゃなく友人としても親しくしていたからこの会にも迷うことなく出席させてもらったんだよ」
「なるほど、それで……」
それを聞いて俺は一人納得する。基本仕事人間でパーティーなどのイベントの参加にはあまり興味を示さないこの先生でも、『元』であろうと自身の患者関係の事だけは見過ごせないようであった。
「気さくで良い人だったよ酒巻監督は。欲を言えば、もっと長生きしてほしかったけど『老衰』じゃあ仕方ないさ。……流石の僕でも、寿命まではどうにも出来ないからね?」
肩を落としながら悲しそうな笑みでそう呟くカエル先生。
カエル先生の心中を察したい所だが、悪いが今はそれどころじゃない。
人の命がかかってるんだ。ここで会った以上は、この人にも協力してもらわねぇと……!
「悪いなカエル先生。こんな状況だが、どうしても先生にも協力してほしいんだ」
「……やっぱりキミたちは、何か訳があってここに来たんだね?」
真剣な顔で言う俺に、カエル先生も哀愁を含んだ顔からすぐに真剣な顔つきへと変わって、俺の話に耳を傾けてきた――。