SIDE:伊達航
(くそっ、思ったよりも狡猾だな!)
受付の女性に礼を行った後、俺はホテルの廊下で内心悪態をついていた。
まさか犯人の奴、
あの暗闇の中、
だとしたら何とも用心深く、かつ頭の回る犯人なのだろうか。普通、そこまで気が回るものではない。
現に紫のハンカチなど、工藤新一や俺が怪しまなければただの落とし物として警察から見過ごされていた可能性だってある。
それでもわざわざ怪しまれないように受付からくすねる辺り、証拠という証拠を一切残さないように徹底している様子が見受けられる。
(……さてどうする?ハンカチで犯人を割り出せない以上、別の方法で見つけるっきゃねぇ。……恐らくまだあの会場の天井、もしくは現場の周囲を徹底的に調べれば……間違いなく
そこまで考えた俺はチッと舌打ちをする。
(手詰まりか……。せめてあの坊主どもにもう一度会えさえすりゃあ、また新たな手掛かりを得られるかもしれねぇが……。クソッ!あン時、客と報道陣どもの波に飲まれなけりゃあアイツらを見失わずに済――ん?)
思考を巡らせていた俺はそこでふと何かに引っ掛かかる。
(待てよ……
そう思った俺は急ぎ会場内に戻る。
すると、いつの間にかカエル先生の姿や議員の遺体、救急隊員たちの姿が無い事に気が付いた。
どうやら俺があちこち動き回っている間に、カエル先生は役目を終えて早々に引き上げて行ってしまったようだ。
俺が受付に向かう際にはまだいたはずだから、受付の女性にハンカチの事を調べてもらっている間にカエル先生は遺体を運ぶ救急隊員たちと一緒に出入り口から出て行ったのだろう。気が付かなかった。
後から聞いた話だが、俺が目暮警部に許可をもらうと言っていた搬送の件も、カエル先生が直接目暮警部に電話して許可をもらい、遺体を搬送したのだという。
(半端な事をしちまったなぁ。いつかカエル先生にはこの埋め合わせを必ずしねぇと……)
ばつが悪く感じながら俺はそこにいる刑事たちを速やかに全員呼び集めた。
何事かと怪訝な表情を浮かべながらやって来る刑事たちに俺は単刀直入に聞いてみる。
「シャンデリアが落ちる直前、近くでカメラのフラッシュがたかれたんだが……そん時、こン中でそれをやった奴を見たって者はいないか!?」
「あ、それなら俺が見ました」
幸運にも俺の問いかけに答えてくれた奴がすぐに見つかった。
手を上げてそばにいたと主張する一人の刑事に俺は詰め寄る。
「そいつは一体どんな奴だった!?」
「報道関係者のカメラマンでした。……でもその時は議員を探すのに集中しててあまり気にも留めませんでしたが……」
「そいつが何を撮ってたかは分からないか?」
「分かりません。何せ暗かったですし……でも、あの時公開されていた秘蔵フィルムを撮ってたわけではないのは確かです。だって
その刑事の主張に俺は目を見開く。
(なら……そのカメラマンは一体何を撮ってたんだ?)
頭の中で疑問が浮かぶも、その刑事が次に放った一言でその疑問は一時的に俺の頭の隅に追いやられた。
「……あの、そのカメラマンの事が知りたいようでしたら、俺その人がどこに所属しているのか分かりますけど」
「本当か!?」
それは願っても無い朗報だった。
あの暗闇の中だ。カメラマンという事までは分かったかもしれないがそいつがどこの所属のマスコミなのかは分からないだろうから半ば諦めてはいたのだ。
先程よりも更に詰め寄って来た俺に、その刑事は顔を引きつらせながら答える。
「か、カメラのフラッシュが光った時、一瞬見えたんです。……カメラマンの
「でかした!!」
ツキが回って来たかのような高揚感に俺は目の前の刑事を抱きしめたい衝動にかられる。……いや、そんな気分になっただけで実際は絶対にしないが。
とにかく、これで事件解決の道が開けた。
俺はその刑事からカメラマンの所属を聞き出すと、すぐさま次の行動に出ていた――。
SIDE:江戸川コナン
「……それはまた……かなりまずい状況じゃないか」
カエル先生から吞口議員の遺体の下――床に塗られていた蛍光塗料の事を聞き、その直後に車の中に灰原がいない事に気がついたカエル先生に今の灰原の現状を知らせたのがついさっきだった。
深刻な顔でそう呟くカエル先生に俺は小さく頷く。
「ああ。だから灰原にその部屋にあった
そう言いながら俺はマイクで灰原に呼び掛ける。
あの酒を見つけたと報告してきてから少し経つが、ちゃんと飲んだんだろうか?
俺がそんな事を考えていると、スピーカーの向こうで灰原が予想外な質問をかけてきた。
『ねぇ、エルキュール・ポアロのつづりって分かる?』
「はぁ?……おい、何やってんだ?ちゃんと
『……ええ、もちろん飲んだわよ。……おかげで元々体調不良だったのがますます悪化したわ。……
「は?つなぎ?」
怪訝な声を上げる俺に少し具合が悪そうな口調で灰原が答える。
『……さっき言ったでしょ?清掃員のつなぎがあるって。あれに着替えたのよ、お酒を飲む前に』
「え?何で?」
そう問いかけた俺に心底呆れた声で灰原が言う。
『……あのねぇ、当たり前でしょ?子供服のまま元の体に戻ったら服が破けちゃうし、私がこの部屋から逃げた後に奴らが来て、もし私が回収しきれなかった子供服の切れ端とか見つけられでもしたら怪しまれちゃうじゃない。……それとも何?服が破れて素っ裸になった私に期待でもしたの?』
「ば、バーロー!ンなわけねぇだろ!!」
慌てて即座に否定したが、通信機の向こうで灰原がジト目で睨んでくるのが目に浮かぶようだ。
『エッチ。……それよりも早く教えてよ、ポアロのつづり』
「……
『……組織のコンピューターから、あの薬のデータを博士のMOに落とそうと思ったんだけど……パスワードに引っ掛かって……』
そう言いながらカタカタと灰原がキーボードを押す音が通信機の向こうで響くも、その直後に灰原の落胆した声が耳をうった。
『……駄目だわ、ポアロでも開かない』
「なあ、パスワードが『ポアロ』ってどういう事だ?」
首をかしげる俺に灰原が淡々と説明をしだした。
『……試作段階のあの薬を組織の人間がたまにこう呼んでいたのよ。……シリアルナンバーの【4869】をもじって【
ため息交じりにそう呟く灰原の声を聴きながら俺は思考する。出来損ないの名探偵、ねぇ。
「シェリングフォード」
『え?』
唐突に俺が言ったその人名に、灰原は面食らったような声を漏らすも、俺はそれに構わず言葉を続けた。
「つづりは――
『……?そんな探偵いた?』
「いいから、いれてみろ」
俺にそう促され、灰原は言われるがままにカタカタとパスワードを打ち込んでいく。すると、直後に灰原が息を呑むのが分かった。
『開いた……!どうして……?』
戸惑う灰原に俺はニヤリと笑いながら口を開いた。
「シェリングフォードっていうのは……コナン・ドイルが自分の小説の探偵を『シャーロック』と名付ける前に
『へぇ……組織にしては洒落てるじゃない』
そう言いながらも、灰原はキーボードを操作し続ける。どうやら薬のデータをMOに落とし込み始めたみたいだ。
「……それより、そろそろ時間もヤバい。……お前、体は何ともねぇのか?」
『何とも無いわけないでしょう?……さっきから体の調子がはっきりと分かるくらいにおかしくなってきてるもの……』
「どうやら、そろそろみたいだな」
俺がそう呟いた。その次の瞬間だった。
「!!……し、新一!前……!!」
切羽詰まった阿笠博士の声に、俺は何事かと顔を上げ――大きく息を呑んでいた。
博士のビートル前方――十数メートル先に、いつの間にか黒い車が停車していたのだ。
それはとても見覚えのある車だった。見間違えるわけもない。何せ
――そう、それは『黒のポルシェ/356A』。
――黒ずくめの男……ジンの車であった。
カチャリと、車のドアが開き、中から長髪に黒ずくめの服を纏った男――ジンが車から下りてくる。そしておもむろに杯戸シティホテルを静かに見上げ始めた。
「ヒッ!」
ジンの姿を視認するや否や、明美さんが博士の座る運転席のシートの影に隠れながらカタカタと震えて小さな悲鳴を上げる。
無理もない。彼女は一度、ジンに殺されかかっている。
そんな男と遠目からとは言え再会したのだから落ち着いてはいられないだろう。
「…………」
そしてその明美さんの隣で、カエル先生も黙ったまま険しい目つきで俺の座る助手席のシートの影からこっそりとジンの姿を覗き見ていた。
黒ずくめの男たちの登場に車内に緊張が走る。
「や、奴らじゃ!まさか、ピスコとやらと……!」
ゴクリと唾を飲み込んでそう呟く博士に俺は否定する。
「いや、それは無い!あの七人を解放する前に警部からこっちに電話が来るはずだから……!」
俺がそう言った直後、ポルシェからもう一人の黒ずくめの男――ウォッカも出てきた。
ウォッカはホテルを見上げるジンに歩み寄ると、両手に抱えてた『何か』をジンに見せながら会話を交わし始める。
俺は目を凝らしながらウォッカの手に持った物が何なのか見つめる。どうやら小型のノートパソコンのようだが……。
それの正体に気づいた直後、俺はハッとなった。
「ま、まさか!今、灰原が使っているパソコンに
「そうか……!何度電話をかけても繋がらんから、その発信機を頼りに……!」
俺の言葉に得心がいったとばかりに博士がそう呟く。
「し、志保!」
「駄目だ明美君。今出て行ったら彼らに見つかってしまう……!」
後部座席では灰原の身を案じて慌てて車外に出ようとする明美さんをカエル先生が何とか押しとどめていた。
状況は最悪。もはや一刻の猶予も無い。
「おい、灰原やべえぞ!奴らが来る!!とりあえず、暖炉の中にでも――」
慌てて通信機を使って灰原にそう叫ぶも、その言葉が途中で止まる。
イヤホンの向こうから、灰原の激しく乱れた呼吸音が響いて来たからだ。
『ハア……ハア、ハア、ハアッ……!!』
「おい、どうした!?オイッ!!」
『あぁっ、う゛ぐぅっ……!!あ゛ぁっ……!?』
灰原の苦しむ声に
「警部、工藤です……!!――」
その間にも、イヤホンから灰原のもがき苦しむような声が俺の耳に流れて来る。そして――。
『あ゛っ……ぐぅっ……!はっ、ぁっ……あ、ああああああああああーーーーーーーっ!!!!』
――ひときわ大きな灰原の叫び声が通信機の向こうから轟き渡った。
SIDE:伊達航
シャンデリアが落ちる直前、あの会場内で写真を撮ったと思しきカメラマンを特定する事に成功した俺は、そのカメラマンの所属する会社にすぐさま電話をかけた。
すると、電話を取ってくれたその会社の人間から、例のカメラマンはまだこの杯戸シティホテル内にいる事を教えてくれた。
どうやら今もこのホテルに居続け、取材を続けているらしい。
帰っていなくてよかったと、俺はホッと胸をなでおろした。
そしてそのカメラマンは、今はこのホテルのロビーにいる事を聞いた俺は、すぐさまそこへと向かった。
事件発生から時間が経つものの、未だに客や報道陣らが行き交うロビー内。
俺はすぐさま目当てのカメラマンを探し始めた。
キョロキョロと人ごみを見まわしながらその中を隙間を縫うようにして進む――。
――ドン。
ふいに、肩に軽く衝撃が走った。すぐに誰かとぶつかったらしいと気づいた俺は、振り返りながら謝罪しようとし――。
「――!?」
――
俺がぶつかった相手は、
真っ黒いコートに真っ黒い帽子をかぶった黒一色の男。しかし、俺が言葉を詰まらせたのはその男の服装を見たからでは無かった。
帽子の下――長髪の隙間から除く男の眼光。
(……な、何だ?この男の目……!)
本当に人の眼か?と一瞬疑いを覚えるほど、男の眼は異常だった。
「……何か、御用ですかい?」
内心戦慄していると、不意に声がかけられた。
見るとその長髪の男の背後に、もう一人男が立っていた。長髪の男と似たような服装をしている。
「あ……いや、何でもありません。……失礼しました」
ハッと我に返った俺は何とかそれだけを絞り出すように言葉にすると、軽く頭を下げて見せる。
「こっちも先を急いでるんで。それじゃ」
サングラスの男もそう言って頭を下げると、長髪の男と共にその場をそそくさと歩き去って行く。
「…………」
俺は二人のその後姿を少しの間ジッと見つめた。
今夜このホテルでは『酒巻監督を偲ぶ会』とやらが開かれ、客たちが全員黒服姿で参加していた。それ故、黒ずくめのあの二人もその会の出席者という可能性も無きにしも非ずだった。
しかし、それを差し引いたとしても二人の纏う空気は明らかに異様であった。
俺の長年の刑事としての勘が告げる。あの二人は明らかに
恐らく――いや、まず間違いなく、社会の裏側……世界の闇に潜む者たちだ。
そんな事を考えていると、突然俺の懐に入れていた携帯が鳴りだした。
慌てて出るとそれは目暮警部からだった。フゥと小さくため息を吐いた俺は目暮警部からの電話に応対する。
「どうしました目暮警部?………………え?――」
「――
一瞬にして脳裏に先程の二人がフラッシュバックし、反射的に彼らが歩き去った方へ勢い良く振り返る。
しかし、既にそこにはあの黒服の二人組の姿は影も形も見当たらなかった――。
SIDE:三人称視点。(黒の組織)
ホテルの廊下を
「……アニキ。さっきの奴、もしかして『例の
ウォッカのその問いかけに、ジンは冷徹な眼光を前方に向けたまま即座に答えていた――。
「ああ。……間違いねぇ――」
「――
最新話投稿です。
前回、『早めに投稿できるよう頑張る』と書いておきながら、気づけばまた一週間近くたってました。
……すみませんorz