今回は今まで以上に視点がコロコロと変わっていきます。
SIDE:灰原哀
(じ……ジン……!)
私は今、混乱と絶望の渦中にあった。
つい先ほど、私は下の酒蔵で彼らの目を欺いて逃れたはずであった。
それなのに何故煙突を出た直後にここで彼らと再会してしまうのか。
動揺する私を前に、ジンは銃を構えたまま私に向けて不気味に笑いかけてくる。
「フッ……見ろよ、綺麗じゃねぇか。……闇に舞い散る白い雪。それを染める緋色の鮮血。……我々の目を欺くための、その眼鏡とつなぎは
まるで詩を歌うように、雪が降り続ける闇夜の下でそう私に語り掛けて来るジンに、私は気だるさと肩の傷の痛みで脂汗の噴き出る顔に無理を強いて笑みを作った。
「ハア……ハア……良く分かったわね。私がこの煙突から出て来るって……」
私がそう言うと、ジンは鼻で笑いながらコートのポケットから何かを取り出して私にそれを見せつけるように掲げて見せた。
「……
「――
ジンのその言葉に、私は顔を歪める。
(
私がそんな事を思っている間も、ジンは笑いながら私に銃を向けて言葉を続ける。
「直ぐにあの薄汚れた暖炉の中で
「あら……お礼を言わなきゃいけないわね。こんな寒い中……待っててくれたんだもの」
皮肉をたっぷりと含ませた私のその言葉にも意に介さず、ジンは再び鼻で笑うと口を開いた。
「フン、その唇が動く内に聞いておこうか。……お前が組織の、あのガス室から消え失せたカラクリをな……!」
ジンの眼光が私を射抜く。彼の持つ銃口から逃げる場所も、隠れる場所も、ここには無かった。
文字通りの絶体絶命。
姉や工藤君たちの事を思いながら、私は一人、腹をくくった――。
SIDE:宮野明美
「哀君!返事をしてくれ哀君!!」
工藤君が車を飛び出して直ぐ、志保から連絡が来たらしく博士が通信機に出たのだが、その途中で博士が急に慌てだし、必死になって志保へと声をかけ始めた。
はたから見ていても尋常では無い事が起こった確かで、血相を変えた博士の顔を見て私の中で抑え込んでいた不安が急速に膨らむ。
「博士!志保に何があったんですか!?」
「……!」
そう叫んで詰め寄った私に、博士は直ぐには答えられずグッと言葉を詰まらせる。
それを見た瞬間、私は志保の身に何か良くない事が起こったのだと察してしまった。
「志保!!」
頭の中が一瞬真っ白になり、気づいた時には私は後先考えず車を飛び出していた。
「待ちなさい!明美君!!」
後ろでカエル先生が私を呼び止める声が聞こえたが、私は何かに突き動かされるかのように止まることなくそのままホテルの入り口へと必死に走って行った――。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
「待ちなさい!明美君!!……むぅ、駄目か」
私が呼び止めるのも聞かずに、明美君がホテルの中へと入っていくのを見た私は、
「僕が彼女を連れ戻してくる。
「わ、分かった!」
彼が了承したのを確認した私は、すぐさま明美君を追って車を降りてホテルへと走り出す。
事は一刻を争う。夜の闇の中でそびえ立つ杯戸シティホテルを走りながら見上げ、私はこれから起こる血生臭い最悪の
SIDE:江戸川コナン
俺はホテルの中に入ると、早速
「え?酒蔵?」
「うん。おっきな暖炉がある部屋だと思うんだけど……」
「そんな部屋、このホテルにあったかしら?」
そう言う俺の言葉に、女性従業員は「はて?」と首をかしげながら呟く。
すると、その女性の横に立つもう一人の女性従業員が、思い出したように口を開いた。
「もしかして、もうすぐ改装する
「旧館?」
オウム返しにそう聞いた俺に、その女性従業員が頷く。
「ええ。……何処かの部屋をとりあえず物置にしてるって聞いた事あるわ」
(物置……そこだ!)
灰原が閉じ込められていた部屋がそこだと確信した俺は、すぐさま走り出した。
「あ!ちょっと坊や!?」
呼び止める女性従業員の声を無視し、俺はひたすらに目的地へと向けて必死に走り続ける。
(……恐らく、ピスコもその部屋へ向かっている!……奴が
そんな事を考えながら灰原に迫る最悪の未来を連想し、俺は自然と顔を大きくしかめる。
(くっそぉ……!せめて後5分。警部が奴らを留めていてくれたら……!)
未だに黒服の客たちが多くいるホテルの中を、人ごみをかき分けながら進む。
するとそのさなか、唐突に俺のポケットから着信音が鳴り響く。
(電話……!?)
俺は走りながらポケットから鳴り響くイヤリング型携帯電話を取り出す。
直後、その電話の主である阿笠博士からの報告に、俺は戦慄を抱く事となった――。
SIDE:宮野明美
「あ!ちょっと坊や!?」
ホテルのロビーに入った直後、唐突にそんな声が私の耳に届いた。
見ると受付で走り去って小さくなる工藤君の後姿と、それを呼び止めようとする受付女性の姿があった。
私も工藤君を呼び止めようとするも、直ぐに彼は人込みの中へと消えてしまった。
だがすぐさま私は受付へと駆け寄ると、今し方まで彼と話をしていたと思しき受付の女性に声をかけていた。
「すみません!今の少年が何処に行ったか分かりますか!?」
「え?あ、えっと……恐らく旧館にある物置代わりに使っている部屋の方へ向かったかと――」
「――ありがとうございます!」
彼女が言い終わるよりも先に、私は一言お礼を言い残すとすぐさま工藤君を追いかけた。
こうしている間も、私の中で不安が渦を巻いて激しくなっている。
(志保……どうか無事でいて……!)
心の中で必死にそう懇願しながら、私はひたすら走り続けた――。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
息を乱しながらロビーに付くと、そこには受付で女性の従業員と話す明美君の姿があった。
「待つんだ、あけ――広美君!」
思わず彼女の本名で呼び止めようとしたが、ここが未だに多くの客たちが行き来している事に気づき、直ぐに偽名の方で彼女へと声をかけた。
しかし、私の声が届いていなかったようで、直ぐに彼女は受付から離れると私がいる方とは全く違う方向へと走り去り、そのまま人込みの中へと消えてしまった。
私は、彼女を止めることが出来なかったことに落胆するも、直ぐに気を取り直して受付へと駆けて行く。
そこで呆然と明美君が走り去る姿を見送っていた二人の女性従業員に向けて声をかけた。
「すまない。さっきの女性が何処へ行ったか分かるかい?」
「……へ?あ、旧館の物置代わりにしている部屋かと……」
「どうもありがとう」
ポカンとしながらそう答える女性従業員に向けて一言礼を言い残すと、私は明美君を追って再び走り出した。
(ふぅ……ふぅ……!しんどい!……これは明らかに運動不足だね。……まぁ私ももう50代、しかも毎日のほとんどを病院で過ごしているんだから当然と言えば当然だね……!)
今はそんな事を考えている場合じゃないのは分かっていても、少し走っただけで息切れをする年齢になったことに私は哀愁を感じずにはいられなかった。
だが、それでも私は必死に走り続ける。この先で死者が出る可能性が高い以上、医者である私が出向かなくてはならない。
額に汗を流しながら、私は人込みの中を全力で走り続け――そこで
SIDE:江戸川コナン
「何!?灰原が撃たれた!?」
電話で連絡してきた博士からの知らせは衝撃的なものだった。
灰原が何者かに撃たれたという。
走りながらそれを聞く俺の耳に博士が取り乱した口調でまくし立てる。
『そうじゃ!何処かの屋上で奴らに!それに明美君も――(プツッ、ツー……)』
そこまで叫んでいた博士の声が唐突にぷっつりと途切れ、うんともすんとも言わなくなる。
「オイ、博士!?博士ッ!!……くっそ、電池切れか……!!」
何て運の悪い。いや、この場合電池切れを考慮していなかった自分の落ち度か。
とにかく今は一刻も早く、灰原を助け出さなければならない。
通信が途切れる直前、博士が明美さんの事について何か話そうとしていたみたいだったが、今それを気にする余裕は俺には無かった。
灰原は今、何処かの屋上で奴らに殺されかけていると博士は言った。
なら、灰原が閉じ込められていた例の酒蔵の真上にそれがあるはず。
「灰原ぁぁぁーーーーーーーッ!!!!」
どうか間に合ってくれと、切に願いながら、俺は走りながらあらん限りの声を上げていた――。
SIDE:伊達航
ホテルのロビーで、目暮警部から容疑者を解放してしまったという知らせを聞いた俺は、直ぐにホテル正面入り口に警官を配置してもらうよう警部に頼み込んだ。
(……とりあえず、正面入り口はもうすぐ来る警官らに任せりゃあ大丈夫だろう。とにかくこっちはホテルじゅうをひっくり返してでも『奴』を見つけださねぇと……!)
ピッと携帯の電話を切りながら俺がそう考えていた時だ。
ロビーを行き交う人込みの中から、唐突に
(!……あ、あいつは!!)
それは見間違うはずもない。ほんの少し前まであの会場前の受付で会話をし、人込みに紛れて行方が分からなくなっていた
「お、おい!ちょっと待て!!」
直ぐに俺は坊主に声をかけるも、坊主は俺の存在に気づく事なく人込みの向こうへと行ってしまった。
俺は坊主を追いかけたが
「くっそ!」
俺はその場で悪態をつく。ようやく見つけたと思った途端にこれか。
どうにもうまくいかない現状に、俺は苛立ちを覚える。しかし、その次の瞬間であった――。
――ドン。
「キャッ!」
「うおっ!?」
突然、俺の背中に軽い衝撃が走り。それと同時に響く女性と俺の声。
どうやら俺の背中に誰かがぶつかったらしいことが理解できた。
俺は振り返り、そのぶつかってきた相手を確認する。
――声で聴いた通り、やはり女性であった。
肩まで伸びた短めの髪にそばかすの目立つ頬。そして大きめの丸眼鏡をかけたその女性は、俺にぶつかった反動でよろけていたが、直ぐに体制を整えると俺に一言「ごめんなさい!」とそう言うとそのまま坊主同様、人込みの中へと再び入って行った。
俺はそんな彼女の去って行く姿を見つめながら首をひねる。
(……あの女、どっかで見た事があるような?)
だが何処だったかは思い出せない。
(何だこの妙な感覚……。まるで
そこで俺はハッとなった。それと同時に、以前起こった10億円強奪事件の最重要容疑者の顔写真が脳裏をよぎる。
今もなお行方が分からないその容疑者の女性と、先程ぶつかって来た女性の顔が、俺の頭の中で重なる。
髪が短くなり、眼鏡をかけて『そばかす』まであってだいぶ変わっていたが。あの女は……あの女の顔は……!!
「――広田雅美!?」
それを口に出した瞬間、俺は警部に連絡すべく電話をかけようとし――。
「え?あれッ!?」
――さっきまで手に持っていたはずの携帯電話が無い事に、今になって気づいた。
どうやらさっき広田雅美とぶつかった時に落としてしまったらしい。
慌てて辺りの床を見回すも、俺の携帯電話は影も形も見当たらなかった。この人込みの中だ。落とした直後に誰かに携帯を蹴られてしまい、視界に入らない所にまで行ってしまった可能性が高い。
必死になって目を凝らしながら地面を見渡すも、多くの人が行き交う中ではなかなか携帯を見つけ出すことが出来なかった。
議員殺害の犯人の事もある。こうなったら直接、目暮警部に急いで知らせに行くべきかと考え始めた。その直後であった――。
「おーい!待ってくれー!」
突然、
するとそこには、予想通り。こちらに向かって駆けて来るカエル先生の姿があった。
カエル先生の方も俺の姿に気づき、目を丸くして走っていた足を止めた。
「だ、伊達君!?どうしてキミがここに?」
「……そりゃあこっちの
「え?あ、いや、えっと……」
もう議員の遺体を搬送した救急隊員と一緒にホテルを出たものと思っていたのに、何故カエル先生は未だにこのホテルに留まり続けているのか。
俺の問いかけに頬を指でポリポリとかきながら、しどろもどろになるカエル先生を俺はジッと見据える。
思えば目暮警部から工藤新一の名が出た時から、カエル先生の様子はおかしかった。
工藤新一について何か知っているだけでなく。
それに、紫のハンカチを持っていたあの坊主と一緒にいた灰原哀という少女は、何故か頻繁に米花私立病院に出入りしている事を俺は知っている。
あの坊主と何らかの先生に繋がりがあるのは間違いないだろう。
そして……広田雅美についても、恐らくカエル先生は何かを知っている。
唐突に広田雅美がこのホテルに現れたのもそうだが、今まで姿はおろか足取りすら何一つ掴めなかったのもおかしかった。
強奪事件後に遠くに逃げていたんならまだしも、こんなに近くにいたのに警察は見つけることが出来なかった。
これは、
半ば確信を持った俺は、意を決して一つ、カエル先生にカマをかけてみる事にした。
「カエル先生。さっき先生は
「…………」
「……ひょっとして、小学生くらいの少年ですか?それとも――」
「――広田雅美ですか?」
「――!!」
カエル先生の双眸が、見て分かるほどに大きく見開かれた――。
SIDE:三人称視点(黒の組織)
――パシュッ……!
――パシュッ……!
――パシュッ……!
ジンのサプレッサー付きの銃口からいくつもの凶弾が放たれ、それら全てが一つも外れる事も無く灰原の体を無慈悲に貫く。
しかし撃たれた箇所はどれも致命傷には至らない部分であった。
灰原からの返答を聞き出すため、ジンは笑いながら彼女の拷問を楽しむ。
だがやはり、致命傷には至らずとも体へのダメージは大きく、灰原は風邪と元の体に戻ったことによる体調不良とジンの拷問によって、最後にはその場に膝から崩れ落ちて倒れてしまった。
荒く呼吸をするもなかなか口を割らない灰原を見て、先にしびれを切らしたウォッカがジンへと声をかけた。
「アニキ。この女、吐きませんぜ?」
その言葉にジンも鼻を鳴らすと灰原へと銃口を構えなおし、静かに口を開く。
「……仕方ない。送ってやるか……先に逝かせてやった、姉の元へ」
そうしてジンは倒れた灰原の頭に狙いを定めると、ゆっくりと引き金に力を込め――。
――パシュッ……!
サプレッサーとはまた別の、気の抜けるような音が微かにしたかと思うと、ジンの二の腕にチクリと小さな痛みが走った。
「ん?」
何だ?と思い腕を見ると、二の腕に
(針……?)
怪訝に思いながら目を細めるジン。その次の瞬間、ジンの意識が急速に遠のき始めていた――。
SIDE:江戸川コナン
――間に合った。
全速力で屋上まで駆け上がり、屋上の出入り口のドアの影で荒くなった呼吸を整えながら、俺は内心安堵に包まれていた。
時計型麻酔銃に仕込んだ麻酔針を灰原を撃ち殺そうとするジンに先に撃ち込むことが出来、ジンはその場に膝をつく。
本当にギリギリだった。だがまだ現状は油断のできない状況にあった。
「あ、アニキ!?」
突然、様子がおかしくなったジンを見て、ウォッカが慌ててジンに駆け寄る。
ウォッカと同じく、様子がおかしくなったジンを不審に思ったらしい灰原が僅かに頭を上げた。
それを見た俺は、蝶ネクタイ型変声機で声を変え、灰原に向かって叫ぶ。
『煙突だ!煙突の中に入れ!!』
「ッ!?……だ、誰だてめぇは!?」
その声に反応したウォッカは、慌ててサプレッサー付きの自分の銃を取り出すと、俺のいる屋上の出入り口に向けて発砲してきた。
いくつも飛んで来る弾丸を俺は出入り口のドアを盾にして隠れながら、灰原に向けて叫び続けた――。
『早く!!』
SIDE:三人称視点(黒の組織)
『早く!!』
その声に急き立てられ、灰原は力を振り絞って元来た煙突の中を必死になって這うように入り込んだ。
「!!」
だが、それに気づいたウォッカは、煙突に入ろうとする灰原に向けて発砲する。
弾丸は灰原の背中をかすめ、それと同時に灰原の体は煙突の中へと落ちて行った。
「チッ!!」
灰原を仕留めそこなったウォッカは大きく舌打ちをする。
今すぐにでも彼女を追いかけたい所ではあったが、急に様子がおかしくなったジンを放っては置けず、ウォッカはジンに声をかけ続けた。
「アニキ!どうしたんですか、アニキ!?」
「――ッ!」
ジンはウォッカの声には返答せず、歯を食いしばりながら持っていた拳銃の銃口を針を受けた二の腕に押し当てると、躊躇いなくその引き金を引いていた。
――パシュッ……!
「ぐぅっ……!!」
銃弾が腕を貫き、同時に激痛がジンを襲うと、彼の両目がカッと大きく見開かれた――。
SIDE:灰原哀
屋上の出入り口の方から聞こえた声は、機械で変えられていたが間違いなく工藤君だろう。
私は彼の言う通りに急いで煙突の中へと飛び込んだ。
落ちて暖炉の床まで落下した私は強かに体を打ち付ける。
幸い煙突の長さがそれほど長くなかった事と、落下中に煙突の壁に体をぶつけた事で僅かながらに落下速度を落とすことが出来、骨折はしたかもしれないが内臓の方にはダメージはいっていないようであった。
落下中に両腕で頭も守っていたため、そちらも無事。
だが既に私の体は、度重なるダメージによってもはや一歩も歩くどころか指一本すら動かせない状態になっていた。
意識の方も繋ぎ止めるのは限界に近かった。
混濁する意識の中、荒くなった呼吸を整えていると、突然私に向けて
「志保!」
「……ほう?まさか、ここに戻って来てくれるとはね。……
次回、ようやくピスコの正体が暴かれます。と言っても原作通りですが。
しかし、次から原作とは違ったオリジナル展開を多く入れ込む予定です。