SIDE:????(ピスコ)
――いない!
この杯戸シティホテルに突然と現れた警察の長い足止めによって、ようやく
しかし、戻って来られたのもつかの間、今度は監禁していた本人がこの部屋から忽然と消え失せる事態に私は直面していた。
慌てて部屋中をくまなく探すも、彼女の姿は何処にも無い。
(何処へ消えた!?ドアにはしっかりと鍵をかけたはず……まさか、あの暖炉の煙突を通って外に……!?)
そう考えた私は、すぐさま暖炉へと駆け寄ろうとし――。
「……?」
――それよりも前に、酒蔵の外から聞こえて来る足音によってその動きを止める。
非常事態とは言え、普段なら気にも留めないであろう足音。
しかし、それが
(何だ?誰だ?まさか、ジンの奴が……いや、奴ならウォッカと一緒にいるはず。
混乱する頭を必死に落ち着かせ、ひとまず私はこの部屋に多く並ぶ棚の一つ……その裏側へと隠れて様子をうかがう事にした。
――やがて酒蔵のドアが開き、そこから
短い髪に眼鏡をかけた頬にそばかすを浮かべるその女は、息を整えながら部屋の中央で辺りを見渡し始める。
それはジンとウォッカはもちろんの事、ましてや
――だが、酒蔵に入って来た彼女を見た瞬間。私は自分の眼が信じられず彼女を凝視して固まってしまった。
『組織』の仲間では無かったがそれは間違いなく、
私たち『組織』の人間を欺くために髪型を変え、眼鏡をかけて変装したつもりなのだろうが、生憎と
だがそれでも、私の胸中は半信半疑の気持ちで渦巻いており、次の行動がとれずにいた。
しかし、その動揺も彼女が
「――志保!何処!?」
――その声を聴いた瞬間、私は自然と口元を吊り上げて笑みを浮かべていた。
SIDE:宮野明美
「――志保!何処!?」
受付で聞いた目的の部屋らしき酒蔵に飛び込んだ私は、開口一番にそう声を上げていた。
しかし、部屋を見渡してみても志保の姿はおろか、先に向かったはずの工藤君の姿も何処にも無い。
そこへ来てようやく私は思い出した。志保がこの部屋から脱出するために煙突の中を登っていた事に。
私が車から飛び出す直前には、博士の様子から妹は煙突から出た後に奴らに襲われたことになるから、今妹がいるのはこの部屋の真上――つまり、屋上にいる事になる。
妹の安否ばかりが気がかりでそれしか頭になく、すっかり失念していた。
慌てて屋上へ向かおうと踵を返し――駆け出そうとした私の脚が強制的に止まった。
「――!?」
息を呑む私。その目と鼻の先で
「……驚いたよ。いやぁ、本当に驚いた。まさか生きていたとはね、
「っ!?」
その人物が言った言葉に、私は目を見開く。
変装して以前の姿からだいぶ変わっているはずだというのに、目の前の人物が一目見ただけで自分の正体を見破ったという事に。
そんな私の心情を察してか、目の前の人物が笑いながら口を開く。
「気づかないとでも思っていたのかね?残念だがいくら顔を変えようと、私の眼は誤魔化せはせんよ。……
その人物の言葉を聞きながら、私は内心
ピスコの
……思えば、工藤君が車を飛び出す直前。彼は警察がピスコを解放したらしいことを電話で聞いていた。
となれば、ピスコが志保を監禁しているこの部屋に戻ってくることも当然だったというのに、私は志保を心配するあまり、それすらも頭から抜け落としてしまっていたのだ。
その結果、私はまんまとピスコのいるこの部屋に飛び込んでしまい、今現在ピスコに銃口を付きつけられている状況に陥っている。
本当にあまりにも迂闊すぎた。たった一人の家族であり、大事な妹を助けたいと思えど、それで周りが見えなくなってこんな状況に追い込まれてしまっては本末転倒ではないか。
自分の浅はかさを呪うも、ふと先程ピスコが口にした言葉の中に気になる内容があったことに気づき、私は無意識にそれを目の前の人物に恐る恐る尋ねていた。
「……あ、あなたは」
「む?」
「あなたは昔の私の事を、知っているとでもいうの?」
私が絞り出すように呟いた質問に、ピスコは一瞬目を丸くするも、すぐに「あぁー」と納得するように声を漏らした。
「まぁ私を覚えていなくても仕方の無い事だろう。あの頃の君はまだ幼かったからね。……それに、君のご両親との交流は深かったが君自身とはその頃に二、三度会っただけの面識だったから当然か」
ピスコの口ぶりからどうやら私は子供の頃に何度かこの人に会った事があるらしいのが分かった。
しかし、あの頃の私は私たち家族を取り巻く者たちの視線に怯える毎日だったため、家族以外の人間の顔を覚えていられるほど、心に余裕を持っててはいなかったのである。
「しかし君が生きていたとはね。あのジンが情けをかけた……わけが無いか。あの冷酷漢が組織の障害となる君を生かしておくわけはないしね。だからと言って『あの方』に忠誠心を持つ奴が裏切るなんてこともあり得ない……」
そう呟きながらピスコは私に銃を突きつけながら詰め寄って来た。
「……殺す前に教えてもらえるかい?一体どうやって奴の魔の手から逃げ延びた?」
射殺すように鋭く研ぎ澄まされたピスコのその眼光に、私は息を呑む。その次の瞬間だった。
――ドサッ!!
突然、私の背後で
「「!?」」
その音で反射的にピスコは視線だけを、私は銃口を突きつけられているため首だけをわずかに動かして背後にある暖炉を見る。
するとそこには煙突から落ちて来たのか、暖炉の中で荒く息を整えながら倒れている
しかも彼女の体には銃で撃たれたと思しき傷があちこちについており、血も滲んでいる。
「志保!」
そんな志保の姿を見た瞬間、私はピスコに銃を突きつけられているのにもかかわらず、反射的に彼女へと駆け寄っていた。
しかしピスコはそんな私を撃とうともせず、何故か
「……ほう?まさか、ここに戻って来てくれるとはね。……志保ちゃん。……戻って来てくれて嬉しい限りだよ。君を取り逃したせいで今の地位を脅かされては洒落にならないからね」
聞いてもいないのに自身の保身の危機が回避されたことにホッとしたと告げるピスコ。
私はそんなピスコの言葉をあえて無視しながら志保を抱き起して声をかける。
「志保、大丈夫!?しっかり……!」
その瞬間だった――。
「はあ……はあ……はあ……!――あ゛ぁっ!?」
必死に呼吸を整えていた志保が突然、苦しみだしたのだ。
「志保!?」
「む!?」
「あぁぁあぁぁっ!!ぐぅぅっ……あ、ぁぁ……!!あ、ああぁぁぁぁーーーーーーッ!!!!」
唖然としながら瞠目する私とピスコの前で、志保は悲痛な叫び声を上げる。それと同時に、私の腕の中で志保の体が瞬く間に小さくなっていき……やがて、『灰原哀』と名乗っていた子供の姿の志保へと変貌していた。
「なんと……!」
体の幼児化が止まり、ぐったりと私に体を預けて息をする志保を見てピスコは感嘆の声を上げた。
そして、驚愕の表情から再び笑みを浮かべると、ピスコは銃を構えながら一歩一歩私たちの方へと近づいて来る。
「おお、おお……!素晴らしい……!先程、明美君にも言った事だが、科学者だった君のご両親と私は親しかったんだ。……まあ、その当時はキミは赤ん坊だったから覚えちゃいないだろうがね。だから、開発中の薬の事はよぉーく聞かされていたんだよ……」
歩きながらピスコがそう私の腕の中の志保に語り掛けて来るも、意識が朦朧としている様子の今の妹の耳にその言葉が届いているかどうか怪しいというのに、構わずピスコは言葉を続けていく。
「でも……まさか……ここまで君が進めていたとは……事故死したご両親もさぞかし、お喜びだろう」
「や、止めて!この子に近づかないで!!」
近づいてくるピスコに私はそう叫ぶも、ピスコの歩みは止まらない。
やがて私たちのすぐ目の前に立つと、ピスコは銃口をピタリと妹の頭に向けて狙いを定める。
「……だが、これは命令なんだ。悪く思わんでくれよ、志保ちゃん」
「止めて!志保を殺さないで!!」
「おね……ちゃ……」
私は叫びながら志保を守る様に彼女に覆いかぶさるように抱きしめ、ピスコの銃口の盾になる。
志保の弱々しい声が私の下から聞こえて来るも、それに構っている余裕は私には無かった。
そんな私たちを見下ろしながら、ピスコは口を開く。
「安心すると良い明美君。君も志保ちゃん共々、あの世に送ってあげよう。……ジンから逃げ延びる事が出来た理由を知りたかったが、私もあまり長く時間をかけるわけにはいかないからね。……あの世でご両親によろしく言っておいてくれ」
そう言いながらピスコはゆっくりと自身の持つ銃の引き金に力を込め始め――。
――直後に背後から現れた人物に腕を掴まれていた。
「……こんな所で女子供相手に銃を振り回して何してるんだ?――
「なっ!?」
背後からピスコを抱きかかえるようにして彼の銃を持つ手首をつかみ、もう片方の腕を後ろ手に捻って拘束する
SIDE:伊達航
時間はほんの少し前に遡る――。
(な……なん、だ……ありゃあ……!?)
俺は、
目的地である酒蔵に向かう道中。俺はカエル先生を問い詰めて事情を聴きだしたが……当初はとてもじゃないが直ぐには信じられる内容じゃあ無かった。
怪しい黒ずくめの組織だの、江戸川コナンって名乗ったあの坊主は実は高校生探偵の工藤新一で、その黒ずくめの組織の奴らに妙な薬を飲まされて小さくなっただの、そしてあの灰原って嬢ちゃんも実は同じように薬で小さくなった存在だの、このホテルで殺害された議員は実は組織と関わりがあって何らかの理由で組織の一員であるコードネームが『ピスコ』って奴に暗殺されただの……こんな半分ほど現実味を帯びない話を聞かされて「はい、そうですか」と直ぐに理解し納得しろという方が無理な話だ。
……だが、いざカエル先生と共に酒蔵に到着し、出入り口のドアの影から中の様子をうかがうと、中では俺の推理した
「……おいおい、俺は変な夢でも見せられてんのか?」
「心配は無い。キミは正常だ。何せ僕の眼にもキミと同じ光景が見えているからね」
半ば現実逃避で呟いた俺の言葉に、一緒に部屋の中の様子をうかがっていたカエル先生がきっぱりとそう断言して来る。
……やべぇ。交通事故で物理的に脳がおかしくなっちまった俺だが、今度は精神的ショックでおかしくなっちまいそうだ。
内心、頭を抱えながら俺は酒蔵にいる三人の中の一人――さっきまでつなぎ姿の『女』だった『少女』を見つめた。
「……ありゃあよく見りゃあ、灰原の嬢ちゃんか……。ってぇ事はマジでカエル先生の話は全部事実なのかよ」
「分かってくれて僕も嬉しいよ」
「あんな光景見せられりゃあ事実として受け止めるしかねぇでしょう?」
「ちなみに、灰原君とキミが言うあの広田雅美君は血のつながった実の姉妹でね。妹である灰原君が『組織』で研究員をやってたらしいんだが、広田君はそんな灰原君を『組織』から解放してあげたくて奴らとの取引であの10億円強奪事件を起こしたらしいよ?」
「……さり気なくあの事件の真相を教えていただき、どうも」
唐突に投入してきたカエル先生の追加情報に、俺はげんなりとした表情で力なくそう返す。
しかしそうこうしているうちに、
それを見た俺は、反射的に首のデバイスのボタンを押して『全力モード』に切り替えると、杖を放り捨て酒蔵へと飛び込んでいった。
人が幼児化するという衝撃的な光景を目にしたが、今はそれどころでは無い。
俺は一刑事として、二人を殺めようとしている議員殺害の容疑者を止めるべく背後から抑え込んだ。
「……こんな所で女子供相手に銃を振り回して何してるんだ?――枡山会長殿」
「なっ!?」
広田雅美と灰原の嬢ちゃんを殺そうとしていた議員殺害の容疑者――枡山憲三が俺を見て目を丸くし、その拍子に
そして同時に、広田雅美の腕の中にいる灰原の嬢ちゃんが俺を見て弱々しく口を開く。
「あなた、は……」
「よう、灰原の嬢ちゃん。無事……ってわけでもなさそうだが、まだ生きてるようで安心したぜ。……カエル先生、早く嬢ちゃんを……!」
「ああ、分かってるよ」
俺が背後にある出入り口へ向けて声をかけると、そこにいたカエル先生が酒蔵に入室し、直ぐに嬢ちゃんたちの方へと駆け寄る。
「ッ!?」
「?」
その途中、俺に拘束されている枡山がカエル先生を見て何故か驚愕に目を見開いているのが見えた。
何だ?と俺がそう思っている間に、カエル先生は灰原の嬢ちゃんを抱えて座り込む広田雅美の元に膝をついてしゃがみ込んでいた。
「カエル先生……」
「全く明美君。妹が心配なのはわかるが、あまりハラハラさせないでほしいね?」
広田雅美とカエル先生がそんな会話を交わす。その会話からどうやら『明美』というのが広田雅美の本名のようだ。
「い、一体何なんだお前たちは!?」
そう叫びながら俺の拘束の中で暴れる枡山憲三。俺は枡山の耳元ではっきりとした口調で口を開いていた。
「警察だ。神妙にしなよ枡山会長。……アンタだろ?
「!……な、何を言って……!」
絶句する枡山に、俺は奴が握っている
「……この
「っ!!」
眼を見開く枡山に、俺は自分の推理を続ける。
「……あらかじめ鎖に蛍光塗料を塗って置いて、いざスライド上映で会場内が暗くなれば、その光が浮かび上がるって寸法だ。……だがそのままそこに発砲しちまえば、銃口から火花が出て周りの人たちに気づかれちまうが……ハンカチをサイレンサーの先に被せれば、発砲と同時にハンカチが吹っ飛び、火花を隠してくれるってわけだ」
「ぐぅっ……!」
「……『酒巻監督を偲ぶ会』のハンカチを使ったのも、後で回収しなくても足が付きにくいと
そこで俺は言葉をいったん止め一拍置くと、再び口を開きその続きを話し始める。
「……シャンデリアの真下にいて、鎖が狙えない俵とクリスの二人はシロ。証拠の鎖を口から吐き出した三瓶と司会で客に注目されていた麦倉も違う。事件直前に抱き合ってた樽見と南条は論外。……つまり、あの会場でこの殺人をやってのける事が出来たのは――」
「――枡山会長。アンタだけってわけだ!」
俺がそうはっきりと断言すると、枡山は悔しそうに顔を歪めた。
そんな枡山の顔を見ながら、俺は言葉を続ける。
「……ちなみに、吞口議員がシャンデリアの下に来たのは、その真下の床にも蛍光塗料を塗っていたからだろ?で、会場が暗くなったらそこに立つように議員を言いくるめたんだ。……まあ、議員が何でアンタのその指示に従ったのかはまだ分からねぇが……」
俺がそこまで言った、その時――。
「……いや。恐らくだが、僕にはその理由が何なのか大方の察しがついたよ」
――
お待たせいたしました。最新話です。
今月に入ってから仕事が急激に忙しくなり、スケジュールもカツカツになっていましたので中々筆が進みませんでした。
半月以上も間を開けてしまい、申し訳ありません。
そして次回もまた投稿が遅れる可能性があります。そのことについても重ね重ねここにお詫びいたします。