SIDE:江戸川コナン
「カエル先生、こっち!」
酒蔵から飛び出してきたカエル先生たちに俺はすぐさま声をかけた。
先頭にいたカエル先生がそれに気づき、明美さんと灰原を連れて俺の元へ駆け寄って来る。
「新一君、今までどこに?」
「話は後だ。とにかく今は灰原を博士の車に!」
「あ、ああ。分かった」
そう言ったカエル先生は明美さんと彼女が抱える灰原を連れて俺を追い越し、ホテルの正面玄関へと駆けて行く。
俺は酒蔵で今もピスコと取っ組み合っている伊達刑事の事が気がかりだったが、デバイス頼りとは言え彼は現職の刑事。いざとなれば
――しかしその途中。予期せぬ事態が起こった。
――ジリリリリリリリリリリリリーーーーーッ!!!!
車に向かうために走り出した、その一分もしないうちに――ホテル全体に火災報知器のベルがけたたましく鳴り響いたのだ。
SIDE:伊達航
――ボォゥッ!!!!
「おわぁっ!?」
「ぐぅっ!!」
煙草の火に流れてきたスピリタスが接触した瞬間、小さな火種が瞬く間に大きく燃え広がった。
まるで床を走る様にスピリタスを伝って大きくなった火は、床からスピリタスの入った木箱へと燃え移り、次にその木箱が置かれていた棚へと燃え広がってあっという間に部屋全体を炎が包み込んだ。
それとほぼ同時に火災報知器がジリリリリッ!と鳴りだし、俺と枡山は迫りくる炎の迫力と熱気に押されて絡まったまま床の上を転がった。
その瞬間、俺は枡山を拘束していた手を放してしまっていた。
奴がその好機を逃す訳もなく、すぐさま俺を突き飛ばすと立ち上がってカエル先生たちの後を追うように酒蔵から飛び出して行く。
「待てっ!!……クソッ!!」
悪態をつきながら、俺は立ち上がり部屋のドアまで辿り着くと小さくなっていく枡山の背中に声を張り上げていた。
「オイ!諦めて大人しく投降しろ!!
だが、俺のそんな言葉など戯言だとばかりに、枡山は足を止める事無く俺の視界から小さくなっていく。
チッ!と舌打ちをした俺は酒蔵へと振り返る。炎はいよいよ増して燃え盛り、酒蔵全体を火の海へと変えていた。
直ぐに消火に当たるべきなのだろうが、奴も野放しにはしておけない。
一瞬迷った俺だったが、この部屋にはもう誰もいないのを理由に俺は人命を優先して直ぐに枡山の後を追って部屋を飛び出した。
SIDE:三人称視点。(黒の組織)
伊達が酒蔵を飛び出したのと、煙突からジンが暖炉の中へと降り立ったのがほぼ同時だった。
暖炉から出たジンは火の海となった酒蔵を見渡し、誰もいないことを確認すると小さく舌打ちをする。
そして煙突を登り外へと出たジンは、そこで待機していたウォッカに声をかけられる。
「アニキ、どうでしたか?」
「……
「へ、へい!」
一方的にウォッカに対してそれだけを指示すると、ジンは携帯を取り出し何処かへと電話をかけ始めた。そして電話に出た相手に開口一番に要件を口にする。
「……俺だ。まだホテルの中にいるな?――」
「――
SIDE:江戸川コナン
突然、鳴り響きだした火災報知器のベルに嫌な予感を覚えた俺は、カエル先生たちを先に行かせて俺は酒蔵へと踵を返した。
そして視界に酒蔵の出入り口が見えた途端、そこから飛び出してくる人影があった。
――ピスコだ。
それを認識した俺は思わず廊下に置かれていた大きな観葉植物の物陰に隠れる。
何とかピスコを捕らえたい所ではあったが、麻酔銃はジンに使ってしまってもう弾切れ。キック力増強シューズを使おうとも考えるも、その場に俺が蹴り飛ばせそうな物は見当たらなかった。
ピスコを捕らえる方法が見つからずその場でヤキモキとしていると、ピスコは俺の存在に気づく事なく、俺が隠れている観葉植物の脇を通り過ぎて、そのまま
そして少し遅れてピスコを追いかけて伊達刑事も酒蔵から飛び出し同じように俺の横を通り過ぎて行く。
俺もまた、それにつられる形で伊達刑事の後を追いかけ始めた――。
SIDE:枡山憲三(ピスコ)
私を捕まえていた刑事から逃げおおせた私は、酒蔵を飛び出すと拳銃を持ったまま息を切らせて廊下を走っていた。
刑事に逃がされたあの医者と宮野姉妹を今から追っても人目に付く恐れがある。もしかしたら、既にこのホテルにいる警官たちに保護されているのかもしれない。
だとしたら連絡手段を持たない現状、あの姉妹を殺す事はもはや不可能だ。
そう考えた私は宮野姉妹の抹殺を諦め、一刻も早くジンたちと合流する方向へと目的を変えた。
今からでも彼らと合流して『あの方』とコンタクトをとり、私の権力と『組織』の力でどうにかこの一件をもみ消すのだ。
あの医者が宮野明美を匿っていた事、そしてシェリーの作った例の薬の効果を『あの方』に報告すれば、うまくすれば私のこの失態を帳消しにしてくれるやもしれん。
それに私には『あの方』に
人気のない廊下を選びながら走り、私がそんな事を考えていたその時。
「こぉらぁ、待てぇぇぇーーーーッ!!」
「!?」
後ろから聞き覚えのある声が耳に入り、走りながら反射的に振り向く。
するとそこには先程のあの刑事が全速力で私を追いかけてきている姿があった。
しかも驚く私の視界の中で、奴は着実に私との距離を縮めて来ている。
『組織』の幹部とは言え、70代を越えた私とまだ若手の彼とでは体力や走る速さに雲泥の差があるのは当たり前の事であった。
必死に逃げる私の背中に向けて、奴は手を伸ばした。
捕まる。そう思った瞬間、私は振り返りざまに奴に銃口を向けようとし――。
――フッ。
――唐突に目の前が真っ暗になり、私が銃を構えるのと奴の手が空を切るのがほぼ同時だった。
SIDE:伊達航
「なぁっ!??」
もう少しで枡山の背中に手が届くと思われたが、突然目の前が真っ暗になり俺の手は空を掴んでいた。
クソッ!!っと悪態をつこうとした次の瞬間、パシュッ!!という気の抜けた音と共に俺の頬を何かがかすめて後方へと飛んで行った。
それが枡山の持っていた銃口から放たれた弾丸だと気づいた瞬間、俺は反射的に廊下にしゃがみ込む。
何で真っ暗になったかは知らねぇが、この闇の中じゃ迂闊に動くことができねぇ。
だが、それは
ズキズキと
すると、枡山は俺を殺す事を諦めたのかなんとこの暗闇の廊下の中で走り出したようであった。
一寸先さえ見えない状況だというのに何とも無茶をする。
段々と遠ざかっていく枡山の足音を聞いて俺は慌てて立ち上がる。
「待てっ!!」
俺は去って行く枡山にそう叫ぶも、その場から一歩も動けずにいた。
この暗闇の中じゃあ迂闊に走れば何かにぶつかったり転倒したりするのは目に見えていたからだ。
(なのに何で奴はそれでもこの闇の中で走れんだ?)
怪訝な顔で俺がそう思った時だ。
「伊達刑事!」
「!」
唐突に聞き慣れた声が俺の背後から聞こえ、振り返る。
その瞬間、眩しい光が俺の視界を遮った。
「うぉっ、まぶしっ!」
「ああ、ごめんね伊達刑事」
かざした手の陰から目を細めてその人物を見る。そこにはあの
光の発生源は坊主の腕から出ており、どうやら坊主の付けた腕時計の文字盤が光っているようであった。
(あの腕時計、懐中電灯の機能でもついてんのか?)
俺がそんなどうでもいい事を思いながら、坊主に声をかける。
「坊主、何でこんな所に?」
「走る伊達刑事と枡山会長を見つけたから追って来たんだよ。そんな事よりも枡山会長は?」
「逃げられちまったよ、クソッ。真っ暗にならなけりゃあ、捕まえられたかもしれねぇってのに……何が起こったんだ一体?」
「分からない。でも、どうやらこのホテル全体が停電しちゃったみたいだよ?」
このホテル全体が停電?このタイミングでか?……何か作為的なモノを感じるが。
まさか、これも例の『組織』とやらの仕業なのか?
「この暗闇の中じゃあ恐らく目暮警部たちの方もてんやわんやしてんだろうなぁ。これじゃあ枡山の奴にまんまと逃げられちまう……!」
「枡山会長、この廊下の先に逃げて行ったんだよね?携帯で他の刑事さんたちに連絡して包囲網を張ってもらうのは?」
「悪ぃが、携帯は今持ってねぇ。酒蔵に突入する前に落として無くしてそれっきりだ」
「……マジで?」
俺の言葉に呆気にとられる坊主を前に俺は考える。
(どうにかして枡山の行く場所を突き止められないものか……!)
むぅぅ、と唸る俺の眼の前で、坊主も顎に手を置きながら考える仕草をしていた。
年相応の子供とはかけ離れた、大人びた表情で真剣に考え込む坊主。カエル先生からこの坊主の正体が工藤新一だと聞かされた当初は流石に半信半疑だった俺だが、先程の灰原の嬢ちゃんの一件でもはや疑う余地がなくなっていた。
(元『組織』の人間だって言う灰原の嬢ちゃんはまだしも、この坊主は一体どういった経緯で『組織』の存在を知ってこんな体にされちまったんだ?)
枡山を追っている最中だというのに、俺がそんな事を思っていた次の瞬間、坊主はハッと顔を上げて腕時計の光で暗闇の廊下の奥を照らしだした。
「……待てよ?確かこの先には……
坊主がそんな独り言をポツリポツリと零した瞬間だった。
「っ!」
「あ!おい!」
突然、坊主が何かに気づいたかのように勢いよく走りだした。
それに遅れて俺も慌てて坊主の後を追う。
そして走りながら坊主の背中に向けて声をかけた。
「おい、どうしたんだ一体!?」
「もしかしたら分かったかもしれない!枡山会長の行き先!!」
「本当か!?」
「確証は無い!確証は無いけど、多分間違いないと思う!」
坊主は俺にそう叫びながら走るスピードを上げて、闇に染まる廊下の中を懐中電灯の光で照らしながら全速力で駆け抜けて行った――。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
「
「ああ、分かった」
酒蔵を出て博士と合流した私は、明美君たちをビートルに乗せると博士にそう言い、了承した博士はそのままビートルを米花私立病院へと向かって行った。
それを見送った私は背後にある杯戸シティホテルへと振り返る。
ホテルの中は未だに闇で覆われており、中からは突然の停電に戸惑いパニックになっている人々の声がここまで届いて来ていた。
ホテルを出る直前に起こったこの停電は未だに明かりがつく様子が見られない。
ふと、ホテルの旧館がある方向へと目を向ける。雪の降りしきる分厚い雲で覆われた夜ではあったが、暗がりに慣れた私の肉眼は、そこから立ち上る大量の煙をとらえていた。
どうやらさっきの火災報知器のベル、その火元はあそこから出たらしい。しかも恐らくはあの酒蔵から。
私たちがあの酒蔵から脱出した後に何かあったのだろうか?
伊達刑事と枡山会長。二人の安否が私には気がかりだった。それに、途中で別れた新一君の事も。
(火事に続いてこの停電……もしかしたら、多くの怪我人が出てしまう恐れがあるね)
鳴り響いた火災報知機に続いてこの停電だ。しかも、普通ならホテルなどの施設の場合こんな時のために予備電源が作動して直ぐに明かりがつくはずだというのにそれすらも起こる様子がない。
これはホテルの中の人々のパニックもひとしおだろう。
下手すれば集団パニックが起こり、負傷者が多数出てもおかしくはない。
ならば、そうなった時のために医者である私が
幸いにも、哀君の怪我は命にかかわるほどのモノでもなく、応急処置も済んでいる。
今後の彼女の事は米花私立病院のスタッフに任せても問題は無いだろう。
そう判断した私は、自身の車に積み込んである医療器具を取りに行くため、ホテルを迂回して裏側にある駐車場へと足を向けた――。
SIDE:枡山憲三(ピスコ)
息を切らせてあの刑事から逃げ切った私は、ホテルの裏側にある駐車場へと来ていた。
……念のためにこのホテルの見取り図を頭の中に叩き込んでいてよかった。それに、あの議員を殺すのに前もって何度も調べにここへ足を運んでいた事も功を奏した。
一応、万が一にも犯行がバレてしまう事を恐れ、このホテルを脱出するための逃走経路なども確保していた。
そのおかげであの暗闇の中でも何度か壁にぶつかったり転倒しかけたりしたものの何とか
ここまで来る間にようやく暗闇の中に慣れた私の眼は、多くの車が停まる駐車場内を一瞥した後、フッとホテルの方へと視線を向ける。
旧館の方は未だに煙が立ち込め、ホテルの中は真っ暗だ。しかも未だに予備電源が作動していない所を見るに、この停電は作為的に――恐らくはジンたちが何かやったのだろう事が容易に想像がついた。
(……おかげで警察もこの非常事態に混乱し、容易く包囲網を潜り抜けることが出来た)
そうしてほくそ笑んだ私はここまで走ってきたために乱れた呼吸を整えながら、フラフラとした足取りで
携帯を失い、連絡手段を失った私は車の中に置いてある予備の携帯を取りにここに来たのだ。
(……それに、もしかしたら連絡が取れなくなった私を探しに
そう思いながら私は自身の車が停まっている駐車スペースへとやって来ていた。
周囲を確認する。誰もいない。
鍵を開け、扉を開き、ダッシュボードの中にある予備の携帯を取るために蓋を開けた――。
「っ!……無い!?」
私は驚愕に目を見開く。ダッシュボードの中に入れていたはずの予備の携帯電話が影も形も無かったのだ。
そんな馬鹿な。確かにここに入れて置いたはず……!
「……探し物は、これかしら?」
「!?」
背後から唐突に響かれた冷たい女の声に、私は反射的に振り返った。
「なぁっ……!?」
そこにいた人物を視界に収めた瞬間、私は更に驚愕し目を丸くする。
――そこには女が立っていた。
――私がこの車で待っているかもしれないと思っていた『件の彼女』がそこにいた。
――
――もう片方の手に、サプレッサー付きの拳銃を握りしめ、その銃口を私の頭に標準をピタリとつけて構えながら。
それを目にした私は動揺を隠しきれず、つい反射的に叫んでいた。
「な、何の真似だ――」
「――ベルモット!!」
だが、私のそんな叫びは彼女の冷笑で一蹴される。
「
「か、カメラマン?フィルム?……何の事だ?」
まるで訳が分らない。てっきり最初はシェリーを逃がした事への失態が原因かと思ったが、カメラマンやフィルムとは一体何の事を言っているのだ?
そんな私の様子を見てベルモットは「ハッ!」と私を小馬鹿にするように声を上げた。
「やっぱり、まだ気づいていないようね。
「大……失態……???」
動揺しながらそう聞き返す私に、ベルモットは丁寧な口調で静かに説明し始める。
「……知ってた?あの暗闇の中、とある報道カメラマンが会場にいた著名人男女の密会現場のスクープ写真を撮ってたって事を。……その男女はアナタも知ってる、樽見と南条の二人よ」
「そ、それが一体何だと言うのだ!?」
「その熱愛報道が、明日の朝刊で差し替えられるそうよ――」
「――その二人の背後で、
「――ッ!!??」
思考が、一瞬停止する。
馬鹿な。そんな馬鹿な!?そんな凡ミスを私がしてしまったというのか!?
呆然とする私に失笑を浮かべながらベルモットはまくし立てる。
「全く。本当につまらない幕切れね。長年『組織』に仕えていたベテランがこんなミスを犯すなんて。……あのハンカチにしたって、機転を利かせて
心底落胆したとばかりにやれやれと肩を落とすベルモット。
そんなベルモットに私は声を震わせながらも何とか言葉を絞り出す。
「よ、よせ!止めろベルモット!私を殺すと、シェリーを探せなくなるぞ!?私には見当がついている!……そ、それに、『あの方』に長年仕えた私を殺すと、いくら『あの方』の
だが、そんな私の言葉にもベルモットは鼻で笑って見せると、
「――悪いわね。……これはついさっき、ジン経由で受けた『
「なっ……!?」
ベルモットのその言葉に、今度こそ私は放心状態になる。
そんな私に、ベルモットは淡々とした口調で言葉を続ける。
「もう既にそのスクープ写真はネットにも上げられているそうよ。『アナタの失態』が全世界に拡散されるのも時間の問題。こうなってしまってはもう『組織』もアナタをかばい切れないわ。もはやアナタは『組織』に不要な存在……『組織』にとって害なす存在でしかないのよ」
そこでふと、私の脳裏に酒蔵で逃走する際にあの刑事――伊達航が私に放った言葉が飛来する。
『オイ!諦めて大人しく投降しろ!!
あの時は、私を少しでも足止めするために言った言葉だと思っていたが、今思えば奴は私にこの事実を伝えたかったのではないだろうか?
だがそんな事に今更気づいても、もう既に後の祭りだった。
立ち尽くす私に、ベルモットは最後の別れだとばかりに静かに呟く。
「『組織』の力を借りて、ここまで上り詰めることが出来たのでしょう?もう充分いい夢は見れたわよね?――」
「ん、ぐぅ……!」
冷や汗をびっしょにとかきながらゴクリと生唾を飲み込む私に、目の前の『魔女』は感情の籠らない声で締めくくる。
「――続きは
そうして私の目の前で、彼女は自身の持つ拳銃の引き金に力を込めた――。
最新話投稿です。
季節の移り変わりの影響か、仕事疲れが溜まりやすくなっておりまたもや遅くなってしまいました。
ですがその分、今回も一万字越えと相成りましたのでそれでご勘弁のほどw