とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。


え~と……お待たせいたしました。
前回の投稿から約2か月、一向に筆が進まず難攻していましたが何とか書き上げた次第です。ハイ……orz

前回報告しました通り、今回は日記形式で話を書いていこうと思います。


番外:カエル先生の日記帳

――〇月×日(晴れ)

 

 

今日、新しい日記帳を購入した。

以前使っていた物はページを全て埋めてしまったので今までの日記帳同様、大事に保管しておくことにする。

思えば一日の最後に日記をつけるという私のこの日課は、前世から続いているものであるため、その分も合わせれば確実にギネス認定ものだと思われる。

 

杯戸シティホテルの殺人事件からしばらく経つが、一向に私たちの周りに怪しい動きを見せる人間は現れないため、やはり新一君の言う通り大丈夫だとみて間違いないだろう。

未だに『組織』の目的や正体などが分からないのは少々不安の種ではあるが、これはもはや仕方ないと割り切るしかない。

それに、不安を抱えたままだと明日の仕事にも差し支える。

気持ちを切り替えて明日の仕事の為にも今日はもう寝る事にしよう。

 

 

 

 

――〇月@日(晴れ)

 

 

今日、学校から帰って来たばかりの哀君を診察に呼んで検査を行った。

杯戸シティホテルの殺人事件で『組織』の人間に撃たれて受けた哀君の傷がようやく完治していた。

「全く。一体どうやったらこんな短期間で()()()()()()()()()治すなんて事が出来るのかしら?」と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()肌を見ながら満足している私に、哀君はジト目になりながら呆れた口調でそう問いかけてきたが……私からは『日々の努力の賜物(たまもの)』としか言いようが、ねぇ?

 

また、()()()()()()()()()()()だと思い、哀君と一緒にやって来ていた博士(ひろし)には『毛利君専用の麻酔薬』を渡しておいた。

博士が新一君のために作った『腕時計型麻酔銃』。それに使われる麻酔針に付ける薬だ。

毛利君を使って事件の推理をするためとはいえ、日常茶飯事的に事件に遭遇し、その都度毛利君に麻酔を撃ち込んでいては彼の体に悪影響を及ぼしかねない。

博士が言うには、針は特殊な素材でできており、地球にも優しく使えば後から消えるから体への悪影響も低いらしいが、はっきり言ってそれだけでは安心とは言えない。

『針』の方はそれでいいのかもしれないが、『麻酔薬』の方はそうもいかないだろう。

撃ち込めば即効で眠らせ、しかもしばらくの間は決して起きる事のない強烈な麻酔を毎回毛利君に使うのだ。……うん、確実に彼の体が危うくなる。

 

新一君が麻酔銃を使い始めた当初。私は彼と博士にその事について苦言を呈したが、新一君は私の言葉に難色を示した。

それは私の意見には理解しているものの、現状その方法でしか事件を解決できる手段がないからであった。

書いて失礼だとは思うが、毛利君は新一君とは違い探偵としての素質は低い。

目暮警部に聞いた話だが新一君が探偵事務所に居候してくる前は毛利君のおかげで迷宮入りした事件が多かったと聞く。

ならば新一君に任せるのが得策だが、今の彼は『江戸川コナン』だ。

見た目小学生の彼が事件を解決しようものなら、たちまち周囲は彼を奇異の眼で見始め、調べられればすぐに正体が露見してしまうだろう。

新一君が事件の真相を伝えるために、周囲にさり気なくヒントを与えて真相へと導くという方法もあったが、流石にそれも毎回繰り返せばすぐに怪しまれる。

それ故、やはり事件を解決するためには毛利君を麻酔銃で眠らせ、新一君が変声機で推理をして事件を解決し、その手柄を毛利君に肩代わりさせるのが一番スムーズなやり方であった。

だが、そのために毛利君の身体が危うい状態になるのは医者としてどうしても見過ごせず、かと言って麻酔銃の使用を禁じようものなら事件が迷宮入りしてしまう恐れもある。

毎回、新一君の正体を知る私や博士が居ればその問題は解決なのだろうが、状況によって私たちがその場にいない時はそうもいかなくなる。最近、仲間入りした伊達刑事にしたってそうだ。

 

そうして何度も新一君と博士と議論し合い、私なりの試行錯誤を行った結果、私は『毛利君専用の麻酔薬』を作る事に成功していた。

なにせ毛利君はまだ学生だった頃から何度も良く怪我とかをしてこの病院に足を運んでおり、そしてその都度私が診察して治療していたため、今じゃ彼の体質に関しては完全に熟知していると言っても過言ではなかった。

そのため、彼の体質を考慮した即効性で強力かつ、体にかかる悪影響を極力抑えた『毛利君のための麻酔薬』を調合し完成させるのにそれほど時間はかからなかったのである。

これなら毎回新一君に撃ち込まれても毛利君の健康を害する事は無いだろう。

 

私は心底ホッとした……わけでは無かった。

 

うん……あえて日記で文字に起こしていくと分かるけど、これって完全に違法行為してるよね?

『薬事法』とか、あといきなり他人に麻酔を撃ち込んでるから『傷害』とか……。

でも私自身、患者を治すために何度も違法行為ギリギリな行動をした事もあるから人の事は言えないしねぇ……。

 

でもこのままでいいのかと聞かれれば……むむむむ……――(ここから先は思考の海に浸っているためか文章として成立しておらず、読解できなくなっている)。

 

 

 

 

――〇月●日(晴れのち曇り)

 

 

博士に麻酔薬のストックを渡した翌日。新一君が博士と一緒に病院にやって来て、園子君専用の麻酔薬も作ってほしいと頭を深々と下げて言って来た。

聞けばもう何度か園子君にも麻酔針を撃ち込んで眠らせ、事件解決を行っていたらしい。

 

…………。

 

……………………。

 

………………………………。

 

速攻で作り上げて博士に渡した。何せ園子君も含めて鈴木家の人たちの健康状態は私が見ているからね。朝飯前だよ。

博士に麻酔薬を渡した時についでに状況に応じて腕時計型麻酔銃の針を新一君でも取り換える事が出来るように改造した方が良いと提案した。

 

 

……ああ、こうなったらもう一蓮托生(いちれんたくしょう)だよ。私は一体どんな罪になるのだろうか……。

 

ハァ~ッ(深々)……。

 

 

 

 

 

――〇月△日(晴れ)

 

 

今日、往診の帰りに富所(とみどころ)さん親子に出会い、少し立ち話をした。

この二人と初めて出会ってからそろそろ一年は経とうとしている。

 

出会ったきっかけは私がとあるマンションに住んでいる患者に往診に行ったその帰りがけに起こった。

エレベーターが故障中だったので仕方なく階段で下に降りようとしていた所、偶然屋上の方へ行こうと階段を上っている富所さんの娘さんを見かけたのだ。

まだ小さく、幼い少女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()屋上に上がって行っている事に違和感を覚えた私は、その少女へと声をかけていた。

聞くとここに住んでいるらしく、さっきまで部屋にいたが部屋で遊んでいるのがつまらなくなって外に出てきたのだとか。

私は少女の手を引いて住んでいる部屋を教えてもらい、親御さんの元へと送り届けた。

呼び鈴を鳴らし、応対してきた父親は私が自分の娘を連れて来たことに非常に驚いていた。

どうやら、私が来るまで娘さんが外に出て行ったことに気づいていなかったらしい。

私は先程まであった事を父親に話すと、父親は酷く動揺してぺこぺこと私に平謝りをしてきた。

まだ小さな子供から目を放していたのを見るに、親としての自覚が薄いのかとも思われたが、それでも子供が何事もなく戻って来たことに心底安堵している様子から、この子の事は大事に想っているようではある。

見知らぬ私が実の娘を連れて来た手前、父親が私を幼児誘拐犯だと誤解する恐れもあったが、私の話を聞いて納得して謝罪してきた辺り、直ぐに理解してくれたようで内心ホッとした。

 

……まぁ、そんな事があってからというもの、富所さん親子とはたまに街中で見かけては良く立ち話をするほどの知己(ちき)となっていた。

 

人との出会いは一期一会(いちごいちえ)と言うが、こういった関係はいつ別れがあるか分からないもの。私はこれからもこういった出会いで結ばれる(えにし)は大切にしていきたいと思う。

 

 

 

 

 

――〇月□日(曇り)

 

 

今日、風戸君の手術の執刀を拝見させてもらった。

昨日会った富所さんたち同様、彼がこの病院に来てもう一年近く経つ。

手術が始まってから終了する一部始終をじっくりと見せてもらったが……正直に言って感無量の一言に尽きる。

初めて出会った当時も、彼の腕を間近で拝見させてもらった事があり、その時点でも彼の腕は周囲の外科医たちよりも頭一つ抜きん出ていた。

だが、この病院に来てたった一年でさらに腕に磨きがかかっており、着実に私の腕に近づきつつある。

私が前世での時間を含めて少しずつ医師としての腕を磨き上げた努力家型だとするなら、彼は教えられた技術をスポンジ並みの吸引力ですぐさま自分の物にしてしまう天性の才能型と言えるだろう。

そうして習得した鮮やかな彼の手並みに思わず唸り声をあげてしまう。

もうあと数年、外科医として修業を積めば、間違いなく私と並ぶ医者となるだろう。

今後、私が医者を引退する時が来たとしても、彼ならば私の後継者として据えたとしても誰も文句は言わないはずだ。

しかも今の彼は未だに発展途上。これからの成長が楽しみだ。

 

 

 

 

 

――〇月◎日(雨のち晴れ)

 

 

風戸君の執刀を見せてもらってから今日で一週間。

怒涛のような毎日だったため、日記を書くのがおろそかになっていた。

と言うのも、伊達刑事の為に作った例の『脳機能補助デバイス』の大量生産及び使用認定がおり、ようやく全世界で本格的に実用化が認められる事となったのだ。

作られてからまだ一年という短い歳月だというのに信じられないほどのスピードでここまでこぎつけられたものだ。普通ならもっと臨床実験やらなんやらで年数をかけるはずなのだが。

まあ、これで世界中で起こっている脳障害や同じく脳の病気で苦しんでいる患者たちが救われるのであれば問題ないだろう。

そう言った成果もあって、このデバイスの生みの親たる私はここ最近、あちこちの表彰状の授賞式やらパーティやらの主役として日々引っ張りだこな毎日を送っていた。

必要最低限の参加しなければならない式典やパーティの参加をスケジュールに組み込み、東西南北――それこそ世界中を飛び回っていたため、この一週間は病院の仕事がまるでできなかった。

私の仕事を他の医師やスタッフに負荷させてしまっているのはとても申し訳なく思ってしまう。

事が落ち着いたら慰安旅行を企画してみよう。

 

 

 

 

 

――△月▼日(曇り)

 

 

怒涛のような日々が終わり、ようやく病院でゆっくりできる。……そう思っていたのだが、海外から帰って来て早々、米花私立病院の周辺にある大小さまざまな病院の医院長たちから会食に誘われたのだ。

『脳機能補助デバイス』の実用化を祝いたいかららしく無下に断る事は出来ず、私はそれに了承した。

 

そしてその夜、とある高級料亭でその会食は何事もなく行われたのだが、会食に参加していた米花総合病院の蜷川(にながわ)院長の様子がおかしい事に気づき、私は声をかけていた。

聞けばつい先日、米花総合病院に入院しているとある患者が急死したとの事。

医療に関わる者にとって患者の死は日常的に起こりえる事であるため、尽力を尽くした果ての結果となればもはや仕方の無い事と割り切るしかないが、蜷川院長によるとどうやらその患者は途中までは快方に向かっていたらしく、それがここに来て突然の容体悪化だったのでそのショックも大きかったらしい。

人の体と言うのは未だに未知なる部分が多い。それ故に急激な容体の変化はあり得る話だ。

暗い顔でお酒を飲みながらそう話す蜷川院長に私はそっと労わる言葉をかけながら彼とお酒を酌み交わした。

 

 

 

 

 

――△月▽日(曇りのち晴れ)

 

 

今日、珍しく園子君が帝丹高校の教師だという人物と一緒に病院にやって来た。

どうも帝丹高校の学園祭が近づいているらしく、大々的に行うため簡易的な詰め所を設けてそこに医療にかかわる人間を配備する予定だったのだが、今になって予定していたその人物が当日来れなくなってしまい、急きょその人物に代わる医療の専門家を探しているとの事。

それで、園子君は私が良いんじゃないかと考え、教師と一緒にここに来たのだという。

だがその頼みに私は首を横に振った。

生憎だが学園祭があるその日も色々と仕事が立て込んでいて行けそうにない。

その事を私は申し訳なく話すと二人は見るからにがっくりと肩を落としていたが、それからすぐ別の人物が園子君たちの依頼を引き受ける事となった。

園子君たちが帰った後、何処から聞きつけたのか風戸君が学園祭でのその役目を買って出ると名乗り上げたのだ。

その発言に目を丸くしながら「本当にいいのかい?」と確認する私に、風戸君は小さく笑いながら頷いた。

彼が言うにはその日は特に大事な予定なども無く、今担当している患者さんたちの中にも重篤(じゅうとく)な状態の人はいないため、一日病院を空けてても問題は無いとの事。

そう言う事ならと、私も二つ返事でそれに了承し、すぐさま園子君に連絡を取って学園祭には風戸君が行くことを伝えた。

風戸君がイケメンの部類に入る事もあってか、園子君は電話越しでも分かるほどに大いに喜んでいた。

園子君との通話を終えてやれやれと肩を落とした私だったが、問題が一つ片付いた事に内心ホッと胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

――△月●日(晴れのち曇り)

 

 

病院の地下研究室で明日、奥多摩のキャンプ場へ行く準備をしていた哀君から少し気がかりな事を聞いた。

どうも蘭君が新一君――つまりコナン君の正体に気づいている節があるという。

薄々なのかそれとも確実なのかは分からないが、蘭君のコナン君に対するここ最近の言動が小学生に向けるそれとはどうにも違って見えるらしい。

もし蘭君が確実に彼の正体に気づいているのだとすれば、もはや潔く彼女に真実を伝えるべきだろう。

だがそれを直接伝えるべきなのは他の誰でもなく間違いなく新一君の口からだ。

私たちは事の成り行きをただ静かに見守っているべきだろう。

 

……胸中がざわざわする。何故だろうか?これから就寝しようとしているのに、胸騒ぎが酷くてなかなか寝付けそうにない。

 

 

 

 

 

――△月×日(晴れ)

 

 

大変な事が起きた。新一君が撃たれた。

 

博士と新一君たち少年探偵団で奥多摩へとキャンプに行った先で強盗団と遭遇したらしい。

強盗団は顔割れした仲間の一人を殺して鍾乳洞に捨てようとしている所を新一君たちに見られて銃で発砲し、その弾丸が運悪く新一君に当たったのだという。

だが幸いな事にその後、目暮警部たちが強盗団を取り押さえ少年探偵団は保護されたと聞いた。

撃たれた新一君も米花総合病院に担ぎ込まれ、手術で九死に一生を得たらしい。

その知らせを聞いた私は大きく胸をなでおろした。

詳しい状況を根掘り葉掘り聞きだしたい気持ちでいっぱいだったが、それは新一君が喋れるくらいにまで回復するのを待つとしよう。

 

 

 

 

 

――△月◎日(晴れ)

 

 

新一君が撃たれたと聞いてから十日ほどたった今日、仕事の合間に新一君のお見舞いに米花総合病院へと足を運んだ。

彼の病室に着くと先客が来ていた。

蘭君に園子君……そして以前、シンフォニー号の事件で出会った関西の高校生探偵、服部平次君とその幼なじみだという遠山和葉(とおやまかずは)君だった。

和葉君とは初対面だったため先に自己紹介を軽く済ませると、改めて新一君と対面した。

思っていた以上に元気そうだったので大いにホッとする。

 

そうそう、その時に蘭君たちから聞いた話なのだが、演劇の練習中に園子君が怪我を負ってしまい持ってた役を降板する事になったらしい。

怪我自体は大したことは無さそうであったが、それでも劇本番に影響があるといけないからと演劇を降りる園子君は少し残念そうな顔をしていた。

そして、そんな園子君の代わりに彼女の代役を演じるのは、なんと新出君なのだと言う。

彼が私の元を去ってからしばらくして、帝丹高校の校医になったという話は聞いていたが、まさか演劇の役者に抜擢されるとはねぇ……。

 

その後、私が新一君のお見舞いに来てすぐに蘭君と園子君、そして和葉君は(服部君の策略で)退室し、病室には私と新一君と服部君が残されると、改めて新一君の口から自分の正体が蘭君にバレている事を聞かされた。どうやらもう確実らしい。

新一君がこの病院に運び込まれた際、蘭君がすぐさま彼への輸血に自分の血を使ってくれてと言って来たらしい。

 

――『江戸川コナン』の血液型を彼女は知らないはずなのに、だ。

 

それを聞いて私ももはや確定的だろうと疑う余地が無かった。

新一君はどうする事が最善か思い悩んでいる様子だった。

助力してあげたい所だが、こればっかりは彼自身が決めねばならない。

その後、蘭君たちが病室に戻ってきたタイミングで私は部屋を後にし、米花私立病院へと帰った。

 

そしてその日の夜。突然、私の元に哀君がやって来て『アポトキシン4869』の解毒薬の試作品の使用を許可してほしいと言って来た。

…………。――薄々ではあったがこの時点で彼女が何をしようとしているのかを察した私は、何も聞かずそれに了承し、哀君は研究室からいくつか解毒薬を持って出て行った。

 

……何故か以前、鳥羽君が犬猿の間柄である藤井君をからかうためだけに買ったパーティーグッズのモデルガンも一緒に。

(完全に余談だが、そのモデルガンでからかわれた藤井君が、直後に鳥羽君にヘッドロックをキメてキャットファイト(いつものじゃれ合い)に発展したのはまた別の話である)。

 

 

 

 

 

 

――△月□日(晴れ)

 

 

哀君が試作品を持って行ったその数日後の帝丹高校の学園祭当日。――学園祭で事件が起こった。

私は仕事中だったため、その知らせを聞いたのは全てが終わった後だったのだが、どうやら蘭君たちが学園祭の演劇を公演している最中、観客席にいたお客の一人が突然苦しみだして倒れてしまったらしい。

しかも話を聞くにどうやら青酸カリが混ざったアイスコーヒーを飲んでしまったからだと言う。

何故、そんな事態になったのかはまだ詳細を聞いていないので分からないが、結果として――。

 

――その毒を飲んだというお客は()()()()()()()()()()()()()

 

と言うのも、運が良い事にその時周囲にいた観客たちの中に風戸君もおり、直ぐに応急処置を行ったのだと言う。

どうも園子君に劇を見に来てほしいとせがまれてやって来た所、偶然その事件に遭遇したらしい。

 

『シアン化カリウム』。俗称、『青酸カリ』は確かに毒性の高い危険な薬物ではあるが、()()()()()()()()()()()()

実際、青酸中毒になった場合、その解毒剤となりえる存在として『亜硝酸アミル』という主に心臓疾患に使用される薬品があげられる。

後から風戸君に聞いた話だが、被害者に駆け寄った時にすぐさま毒によるものだと気づいた彼は解毒治療をその場で行うのと並行して毒の成分が青酸中毒によるものだと見抜き、速攻で亜硝酸アミルをそのお客に処方したらしい。

あと一歩遅ければ確実に死んでいたと、風戸君は安堵の笑みを浮かべていた。

それを聞いて私もつられてホッと胸をなでおろした。

学園祭当日に、万が一の事があるかもしれないからと思い、帝丹高校に行く風戸君に私がいつも持ち歩いている医療道具と『携帯型無菌室(緊急手術室)』を渡しておいた事も正解だった。

それを使って風戸君が観客席のど真ん中で解毒治療の手術を始めた時は、周囲は阿鼻叫喚の渦だったらしいが、人の命に比べれば安いモノだ。

これを機に、博士(ひろし)に頼んで風戸君にも私のと同じ『携帯型無菌室』を作ってもらおうのもいいかもしれない。

 

……そうそう、肝心の毒を飲んだ客の事だが、やはり何者かに青酸カリを飲まされたことによる殺人未遂事件だったらしい。

まぁ、その犯人はすぐにその場で特定され、事件そのものは解決したらしいのだが……――。

 

 

 

――解決したのは()()姿()()()()()黒衣の騎士姿の工藤新一君だったらしい。……うん、どういう状況でそうなったのかね?

 

 

 

 

 

 

 

――△月◆日(晴れのち曇り)

 

 

学園祭の事件の翌日。ようやく事件の詳細を聞くことが出来た。

青酸カリを飲まされた被害者は帝丹高校の卒業生であり、現在は米花総合病院で医師をしている蒲田耕平(かまたこうへい)という人物であり、そしてその彼に毒を飲ませた犯人は同じく帝丹高校の卒業生でこれまた同じく米花総合病院で事務員をしている鴻上舞衣(こうがみまい)という女性であった。

彼女がどうやって毒を飲ませたのかはさておき、彼女がどうしてそんな凶行に走ったのかが気になった私は、米花私立病院に運び込まれてきた蒲田君に事情聴取を取りにやって来た目暮警部からその理由を尋ねてみたのだが……。

 

……正直に言ってその内容は医師である私にとって、憤りを感じずにはいられないものであった。

 

聞けば蒲田耕平は、今度開かれる学会で発表しようとしていた学説があったのだが、その学説を覆しかねない例外的な患者が米花総合病院に居たという理由でその患者に間違った薬を投与して病状を悪化させ、殺したのだと言う。自分の自説を守るという、ただそれだけのために。

また、彼は帝丹高校に通う米花総合病院の院長の娘さんと婚約していたのだが、先週その婚約者ととある理由からその婚約が破棄された時も、彼は『人間の命さえも自由にできるこのオレが十代の小娘一人に振り回されるとは、まったくバカげた世の中だ』と暴言も吐いていたのも命を狙われる理由だったらしい。

 

……全くもって実に愚かしい。彼は医師を神様か何かと勘違いしているのではなかろうか。

学説にしたってそれは『個々の自説』であって()()()()()()()()()()()()()()というのに。

思い上がりも甚だしいとしか思えない。自分の思うようにいかなかったからと言ってそれに手をかけたり、(おとし)めるのは医者としてナンセンスな行為だ。

 

彼を殺そうとした鴻上舞衣さんに同調するつもりは無いが、私も彼は医師になるべき人間では無かったと心の底からそう思った。

まあ、そんな彼もこの一件で患者を殺したことが警察の調べで明るみになり、医師免許をはく奪の上、実刑は免れない事になるだろう。正に自業自得である。

 

 

そうそう後日聞いた話だが、その事件を解決した工藤新一君が何故黒衣の騎士に扮していたのかと言うと、やはりというかなんと言うか哀君の策略で解毒薬を飲んで元の姿に戻り、学園祭にやって来た所、園子君の口八丁に乗せられる形で着せられたらしい。

哀君もそうだが、園子君もらしいというかなんと言うか……。

 

まあ、とにもかくにもそのおかげで新一君は蘭君からコナン君の正体が自分だと気づかれるのをギリギリで防ぐ事が出来たらしい。

元の姿に戻った新一君が事件を解決した時、周囲にはお客や生徒たちが多くいたらしいが、それもその場に(何故か)いた服部君が上手く周囲に呼び掛けて情報漏洩を防いでくれたと聞く。

……話を後から聞いた私からでも実にひやひやとした学園祭での事件であったが、これで全てが終わった訳では無い。

『組織』の眼がある以上、ずっと『工藤新一』の姿でいるのは危険すぎるため、いずれ彼は再び『江戸川コナン』に戻らなければならないだろう。

 

……これから新一君はどうするのだろうか?彼の今後の動向に嘱目(しょくもく)していかなければならない。

 

 

 

 

 

 

――△月◇日(晴れ)

 

 

新一君が元の姿に戻って今後どうなるのかと思われたが、意外とその決着があっさりと訪れた。

学園祭の事件の後すぐ、新一君は蘭君を連れて夜に米花センタービルの展望レストラン『アルセーヌ』へと食事にやって来ていたらしいのだが、そこでまたしても殺人事件に遭遇したらしい。

しかも、間の悪い事にその時新一君に投与されていた解毒剤の効き目が切れかかっており、推理中に苦しみ始めたのだとか。

だが幸いな事に、やって来た目暮警部について来る形で伊達刑事もそこにいたため(学園祭の事件でも目暮警部に同行しており、哀君や元の姿に戻った新一君本人から事情を聞いたらしい)、彼の助力で事件を解決すると同時に事件後に人知れず新一君をトイレに連れて行ってくれたおかげで、誰にも新一君が子供(コナン君)に戻る瞬間を見られずに済んだらしい。

 

「あの時、あそこに伊達刑事がいてくれて本当に助かった」と、目の前で私の診察を受ける新一君、もといコナン君がそう零していた。

子供の姿に戻った後も少し紆余曲折はあったようだが、どうにか新一君は蘭君に正体を悟られず、また『江戸川コナン』として彼女と毛利君のいる探偵事務所に居候する日常に戻ったと。……解毒剤の後遺症が無いか私の所に診察を受けに来たコナン(新一)君本人からその話を聞かされる事となった。

 

……やれやれ、奥多摩の事件から本当に波乱万丈の毎日だった。

ほとんど私は関わっていなかったが、それでもどうなってしまうのか分からず正直気が気じゃなかった。

結果的に何とか治まったものの、これで本当に良かったのか悪かったのかははっきりとは断定できない。

いや、『組織』に元の姿に戻った新一君を知られなかったのは良かったとは思うが、それでもこれで全て丸く収まったと聞かれればはっきり言って微妙な所だ。

結局の所、新一君は再び江戸川コナンに戻り、また蘭君のそばで彼女を欺きながら生活して行く事となったのだから。

だがこうなってしまった以上、もはやもう後戻りはできないのだろう。彼がそれを決めた以上、私がそれに口出すつもりも無い。

彼が『本当の意味で』元の姿を取り戻す、その時まで私は……いや、『私たちは』彼と共に諸悪の根源である『組織』を追い続けて行く事だろう。

 

それがいつになるのかは分からないが、どうかそれが近い未来である事を私は密かに願い続ける――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――時に診察後、コナン(新一)君にあの夜、蘭君を連れて米花センタービルに来たのは、本当に食事をするためだけだったのかと軽く問いかけてみると、「そうだよ。結局食いそびれちまったけどな……」と言いながら、何故かそっぽを向いて顔をほんのりと赤らめていた。

 

 

 

 

 

 

――ふ~ん、まぁそう言う事にしとこうじゃないか(笑)。




軽いキャラ説明(原作とは違う結末を辿った者たちのみを掲載)。



・富所親子

『特別編』第1巻収録。アニメでは86話で放送された『誘拐現場特定事件』にて登場する父娘(娘は父親の回想の中だけの登場)。
娘はマンションの屋上から転落して死亡してしまい、残された父親はその屋上の出入り口のドアの鍵が壊れていたのにもかかわらずそこの管理人が一週間もそれを放置していたのを知り、鍵を治していれば娘は死ななかったかもしれないとマンションの管理人を強く恨み、事件を起こす事となった。
本作では、娘が屋上に上がる前にカエル先生に呼び止められ連れ戻されたため事なきを得る。
そのため父親も管理人に恨みを持つことは無くなった。



・蒲田耕平

単行本第25~26巻。テレビアニメでは第188~193話で放送された『命がけの復活シリーズ』に出て来る『帝丹高校学園祭殺人事件』に登場する被害者。
自身の学説を覆しかねないという理由でその患者を殺害した、鴻上曰く医者の風上にも置けない外道。
本作では現場に風戸が居合わせた事により、何とか命を拾うことが出来たものの、犯人である鴻上の証言や警察の調べで後に自身の悪行が明るみとなり、退院後直ぐ鉄格子の中へと送られる事となった。



・鴻上舞衣

原作で蒲田を殺害した犯人。
本作では風戸が居合わせた事により、蒲田の命が取り留められ殺害できなかった。
それでも原作同様に刑罰を受ける事には変わりなかったが、殺人未遂という事で原作よりも刑罰が軽くなった。

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