今回は、原作『本庁の刑事恋物語4』を冥土帰しの手で救済された二人の警察官の視点を中心に書いていきたいと思います。
それ故、今回の話ではカエル先生は一切登場しませんのでご注意を。
SIDE:佐藤正義
――私の名は佐藤正義。警視庁捜査一課課長を務めている警察官だ。階級は警視正。
日々警察官として多忙な生活を歩んでいる私であるが、今日は非番であるため自宅でゆっくりとくつろいている。
私が妻の淹れたお茶を飲んでくつろいでいる目の前では、私と同じく警察官であり、同じように非番でのんびりと家で過ごしている一人娘の美和子の姿があった。
目に入れても痛くないほどに可愛がり、手塩にかけて育て上げた娘が、私と同じ警察官の道へと進み、私の部下の一人として警部補まで昇級し、今じゃ一人前の警察官として活躍しているさまは、感無量の一言に尽きる。……尽きる、のだが。
「……ちょっと美和子。天下の警視庁捜査一課の刑事が、昼間っからミカン頬張ってゴロゴロテレビ見てるなんてぇ」
……うん、妻よ。感謝する。私の言いたかった事をそっくりそのまま代弁してくれて。
妻の言う通り、畳の上にだらしなく寝転がり、気だるげにミカンを食べながらテレビのバラエティ番組を見ていた美和子は、少し煩わしそうに目を細めながら妻を一瞥する。
「んー?……いいじゃない、非番の日ぐらいのんびりさせてよ」
……娘よ。その気持ちは同じ警察官として重々理解できるのだが、流石にそのだらしない姿を私の前でさらすのは止めてほしい。10歳くらい老け込んで何処かの主婦のおばさんに見えてしまう。……少し涙が出そうだ。
妻もテレビを見て笑う美和子に何か思う所があったようだ。険しい顔で目を細めると持っていた掃除機をかたずけて隣の部屋へと行くと、そこから薄い本がいくつも束になったような物を持ってきて、それを美和子のそばにドンッと置いた。
「じゃあこれ」
「ん?」
そう言って妻が置いたその本の束を見て、美和子がゲェッと言いたげな顔を浮かべる。
美和子のその様子から私もその束の正体を自ずと察することが出来た。
妻が腰に手を当てて美和子に言う。
「暇ならちゃんとこの
(やはりお見合い写真だったか)
その言葉を聞いて私はそう思いながら目を伏せながらお茶をすする。
美和子は年齢的にも結婚しててもおかしくない年頃だ。それ故、最近じゃあ妻が何かにつけてあの子にお見合い話を進めて来るのだ。
こういう時、私は二人の争いに我関せずを通す。
二人の事はどちらも大切に思っている。だからこそどちらの味方でもありたいしどちらの敵にもなりたくない。だからあえて干渉なんかせず、成り行きをただ見守るだけなのだ。
……決してどちらか片方に肩入れすると後々面倒くさい事になるのが分かり切ってるから口出しをしないわけではない。うん、決して。
妻からお見合い写真をつき透けられた美和子はめんどくさそうに口を開く。
「嫌よぉ、写真ならいつも血まみれの検死写真で見飽きてるし」
娘よ、何も見合い写真に対してそんな写真を引き合いに出さなくても。
私が呆れた目を美和子に向けると、途端に妻が着ていたエプロンで自身の顔を覆う。
「うぅぅぅ……どうしてこんな色気も無い男勝りな子になっちゃったの?」
ああ妻よ。美和子にお見合いをする意思がないから泣き落としにかかったか。
「うぅぅぅぅ……私がいけないんだわ!貴女を自由に育てすぎたから……!こんなんじゃ草葉の陰から見守っているお父さんにも顔向けできないわぁ~~~!」
おい妻よ。私は生きてるんだが?二人のそばでお茶を飲んでるんだが!?
しかし、そんな妻の姿に根負けしたのか美和子は小さくため息をつくとお見合い写真目を向けて…………ってちょっと待った娘よ。いくら面倒だからと言って流石にそれは、
だが美和子は私のそんな視線に気づいていないようで、お見合い写真の束から適当に一枚抜き出すと、それを妻に差し出した。
「じゃあそれ。……その代わり会うだけだからね」
美和子がそう言った瞬間、妻は泣き落としを止めてその見合い写真を手に取り、表紙を開く。
すると途端にパッと何故か妻の顔が輝いた。
「あらぁ♪さっすが私の娘!選ぶ男の趣味も一緒ね♪」
「?」
そんな妻の様子に美和子が怪訝な顔を向ける。私も妻の様子が気になったので、立ち上がって妻の後ろからお見合い写真を覗き込んでみる。
――……え?何故『
それから数日後。私たち一家は杯戸町にある日本料亭、『
「……ちょっとちょっとぉ!約束の時間からもう十分は経ってるわよ!」
料亭の一室で腕時計で時間を見ながら、美和子がそう毒き、私はそれに苦笑を浮かべた。
今日の美和子はお見合いという事で着物を着ており、化粧で軽くめかし込んでいた。
……う~む。いつも私服かスーツ姿の美和子しか見た事ないからこれは正直、新鮮だ。いや、久しぶりと言った方がよいか。
前に見たのは美和子の成人式の日だったからあれからもう何年も経っているため、目新しく感じるのも無理はないだろう。
「全く……レディを待たせるなんて、どうせロクな男じゃないわ。――私、帰る」
「十分ぐらいで何言ってんのよ」
「まぁ、待ちなさい美和子。もうすぐ来るかもしれないし、もう少し待ってみよう。……もし、向こうさんの都合が悪くなったのであれば、連絡くらい来るはずだしな」
待ちくたびれた美和子がそう言って座椅子から立ち上がったのを、妻と私がそう言って宥める。
「でもお父さん――」
困り顔で美和子が私に何か言おうとするも、それよりも先に外の廊下から声がかかった。
「佐藤様。お待たせして申し訳ございません。――」
姿を見せたのは、頭髪は黒々としているものの、その顔に刻まれたシワは深く、ぱっと見て5、60代くらいの初老の男性だった。
「――
そう続けて自己紹介をした初老の男性――鴨井さんの姿に、美和子は目を大きく見開き彼に指をさしながら素っ頓狂な声を上げた。
「な、な、なに、何ぃ!?こんなお爺さんなの!?私の見合い相手!!」
「こら美和子。人に指をさしちゃいけないだろう?」
「それに、この人は執事さん。お見合い相手の人じゃないわよ」
初対面での美和子のその失礼な態度に、私と妻はそう窘める。
それと同時に私はその美和子の様子から、この子がお見合い相手の写真をちゃんと見ていない事に気づいた。
お見合いの準備を取り付けてから妻と私は再三美和子にお見合い相手の写真を確認しておくように言って来たのだが……この様子からどうやら一度も目は通さなかったようだ。
(全く……相変わらず興味の無い事にはとことん無頓着な娘だ)
そう思いながら内心大きなため息をついていると、鴨井さんの口が開いた。
「何分、急なお話。旦那様と奥様は海外旅行中でしたので、代わりに私めに同席をと……
「……坊ちゃん?」
鴨井さんのその言葉に、美和子は怪訝な目でオウム返しにそう聞き返す。
(うん、まあ……
苦笑を浮かべながら私がそう思っていると、ようやく
「……いやぁ失礼。佐藤さんに見合う花を選ぶのに、手間取ってしまって。……いや、今日は佐藤さんではなく――美和子さんとお呼びした方が、よろしいですか?」
「――し……
客室に現れた
やれやれと小さく首を振る私と妻に、両手いっぱいに花束を抱えた白鳥君があいさつをする。
「今日はよろしくお願いします、佐藤一課長。お母様も、お久しぶりです」
「ああ。今日はよろしく頼む」
「いいえ~、こちらこそ♪」
白鳥君の言葉に私と妻もそう言って会釈をした――。
――
私の部下の一人でもあり……そして今日は美和子のお見合い相手でもある。
「……な、何で!?どうしてぇ!??」
ここでようやく白鳥君が今回のお見合い相手だと理解したのか、美和子は驚きでその場に座り込む。
するとすかさず、妻が美和子に口を開いた。
「何言ってんのよ。
「へ……?」
「刑事に惹かれるなんて、やっぱり貴女は私の娘ね♪」
ニヤニヤと笑いながらそう言う妻に、美和子は終始ポカンとした顔を浮かべている。
……まぁ、その気持ちも分からないわけでもない。適当に選んだはずのお見合い相手が、まさかの見知った相手だったとはどんな運命の巡り会わせなのだろうか。
美和子はきっと今、狐につままれた面持ちなのだろう。
……しかし適当だろうと選んだのが美和子本人なため、全然同情なんてできないが。
美和子にとっては青天の霹靂ともいえる状況ではあったが、それでも美和子と白鳥君のお見合いは(多少の時間の誤差はあれど)予定通りスタートを切る事となった。
「……しかし、光栄ですよ。数ある貴女の見合い相手の中から、この僕を選んでくれるとは」
机を挟んで白鳥君と鴨井さんと相対して座ると、早速白鳥君の口からそんな言葉が出て来る。
それに美和子は愛想笑いを浮かべながら手を振って答える。
「あ、あはは……悪いけどそれ、偶然よ偶然。中身も見ずに適当に選んだ写真が――あいだぁッ!?」
そう言って否定しようとする美和子の顔が唐突に歪む。
チラリと横を見ると、後ろから妻が美和子の尻をつねっていた。
「もう、美和子ったら照れちゃって♪」
にこやかに笑いながら美和子を黙らせる妻に、私は「あはは……」と空笑いを浮かべるしかない。
だが白鳥君は美和子のその言葉にはまるで気にしていないという風に涼しい顔で口を開く。
「いや……むしろ偶然の方が僕には喜ばしい。何故なら、僕の写真が貴女の美しい指に誘われたのは神の啓示。……運命的なモノを感じますからねぇ」
……白鳥君。流石にその口説き文句は少しくさくないだろうか?
妻も流石に「で、ですわよねぇ」と言いながらも若干引き気味だぞ?
「見事です坊ちゃん!」
……鴨井さんはそうは思わなかったみたいだが。
それと、もう一つ突っこませてもらえれば、美和子が選んだと言っても白鳥君……君の写真を取り上げた『美しい指』は『手』の指の方じゃなく『
……うん、でもそれは口が裂けても言えはしない。流石にそれを口にしたら白鳥君が不憫すぎる。
ハァ、と小さく息を吐いた私はチラリと自分の腕時計を見る。
(……もうすぐ昼時か。……いつ来るんだろうか、
腕時計が示す時間を確認しながら私は心の中でそう思った。
実は、この見合いが始まる少し前、美和子が妻に内緒で私に
何でも、美和子の大学時代からの友人であり、今は警視庁の交通部に所属している女性警察官の
それを聞いた時、私は驚きに目を見開いたが、それと同時に私の目の前で美和子は深々と頭を下げながら両手を合わせて懇願して来た。
『ごめんお父さん、私からの一生のお願い!この事、お母さんには黙っていて!お父さんだって、私が好きでもない相手と一緒になるのは嫌でしょう!?』
そう言って目をウルウルと潤ませて(父親ゆえに演技だと直ぐに見抜いたが)縋りついてくる美和子に私は二の句が継げなくなっていた。
確かに、妻にこの計画を暴露すれば妨害行動に出るやもしれないし、父親として美和子には心に決めた人と一緒になってほしいと思うのもまた事実であった。
美和子が私だけにその計画を打ち明けてくれたのも、見合いに乗り気な妻に対してどちらかと言えば消極的でかつ中立を取ろうとする私の方が味方として信用できると思ったからだろう。
しかし……――。
(――一人娘の頼みとは言え、私もまだまだ甘いなぁ……)
お見合いをバックレる気満々の娘の計画を知ってあえて黙認しようとする、自身の親馬鹿さに内心呆れながらそう思った。
そうしてお見合いは、昼食の時間へと移行する――。
「まぁ、美味しいお料理ですこと♪」
机の上に並べられた見るからに高そうな料理に舌鼓を打ちながら妻が上機嫌でそう口にする。
それに恐縮しながら鴨井さんが料理の話をし始めた。
「白鳥家の味をご賞味いただくために、ウチの料理人を
……ああ、たぶんそれはフレンチそのものが苦手という訳じゃないのだと思う。
確か前に『行儀を良くしていなければいけない、肩が凝るような店が苦手』と言っていたからな。
料理、では無く美和子はその料理を出す店の環境が好きじゃないのだ。
だが妻はその事に気づいていない様子で首をかしげながら美和子に問いかける。
「あら、貴女嫌いなものなんてあったの?」
「…………」
しかし美和子は直ぐには答えなかった。さっきから自分の携帯とにらめっこをしている。
恐らく、宮本君か迎える来ると言う刑事からの連絡を待っているのだろう。
私がそんな事を考えていると、妻が怪訝な顔で美和子に再び声をかけた。
「……ちょっと、美和子?」
「え?……ああ……うん」
呆けたような声であいまいにそう返答する美和子。
その様子を懐石料理を口にしながら見ていた私は、今度は白鳥君の方へと目を向ける。彼の方もさっきからだんまりを決め込んでいたので気にはなっていたのだ。
白鳥君は一切喋ることなく黙々と料理を口にしていた。
しかし、その視線は料理にではなく美和子の方にガッチリと固定している。
(……ああ、これは……まさか…………
白鳥君のその様子を見ながら私ははっきりとはしないながらも何となくそう感じてしまった――。
美味しい懐石料理の昼食を味わった私は、食べ終わって早々席を立った。
「……ちょっと、トイレに行って来る」
そう、妻と美和子に一言伝えると、私は客室を後にする。
私はトイレに向かう途中、美和子の様子を少し気にしていた。
白鳥君があの子の計画に気づいたのかも気になる所ではあったが、それ以上に私は昼食時のあの子の様子が気になっていた。
食事中、美和子はひっきりなしに携帯の方を見ていた。
それはつまり、あの時間帯に何かしらの連絡が宮本君から来る手はずになっていたからではないだろうか?
だが、それなのに予定の時間になってもその連絡がかかってくることは無かった……。
(……携帯を見る美和子の顔には明らかな焦りが見て取れたのがその証拠だろう。……しかし一体何が……何かのトラブルが宮本君の方で起きたのだろうか?)
むぅぅ、と首をひねりながら私はトイレでの用を済ませると廊下へと出る。
私が美和子から頼まれたのはこの計画を他言しない事だけだ。
だから例えこの計画が破綻してしまったとしても、私が独自に動くわけにもいかないだろう。
親としてはあの子から助けを求められない限りは見守る事に徹した方が良いのかも知らないが、しかし……。
廊下の隅で一分間散々悩みぬいた私は、とりあえず美和子が次にどんな行動を起こすのか様子を見てみようと考えた。
ポケットから携帯を取り出し、妻の携帯へとメールを送る。
「え~と、『私は先にこのまま席を外す。お前も予定通り、後で鴨井さんと一緒に別室に行って待っていてくれ』と……」
元々これは美和子と白鳥君のお見合いなため、私たちは途中で二人を部屋に残して退室する予定になっていた。予定より先に私が退室する形となってしまったが、問題は無いだろう。
「さて、後は……」
この店の人に頼んで、美和子と白鳥君の二人の様子を見るためにあの部屋の隣の客室を使わせてもらう事にしよう。
完全に覗き見をするため、警察官としてあるまじき所業ではあるが、これも一人娘の身を心配する父親の
意を決した私はちょうど廊下を横切ろうとしていた仲居さんへと声をかける。
「すみません」
「あ、はい。何でしょうか?」
私に声をかけられて営業スマイルを浮かべながらそう尋ねてきた仲居さんに私は言葉を続けた。
「実は鶴の間(美和子たちがいる客室)のお見合い中の二人にサプライズプレゼントを用意していましてね。準備が出来次第、二人をちょっと驚かせたいのでそこの隣の部屋を少しの間だけ貸してほしいのですが……」
……うん。とっさに考えた言い訳にしては良い出来だ。
私がそんな事を思っていると、次の瞬間仲居さんから予想外な言葉が飛び出してきた――。
「――ああ!という事は、
「…………………………。へ?」
――そうして、私は理解が追い付かないままに仲居さんに案内されて美和子たちのいる客室の隣の部屋へと連れて来られ、そこで
「「「「…………」」」」
「……………………。君たち、一体ここで何をしてるんだい?」
今回は切りが良いのでここで、投稿させていただきます。