メインで書いている作品が行き詰って、息抜きに書き始めたこの作品ですが……。
なんか、予想以上に破竹の勢いでお気に入り登録やUAがうなぎ上りし、その上一週間もしないうちにランキング2位にまで上り詰めたので恐れ慄いている自分がいます(笑)。
まさかここまで気に入っていただけるとは思いもしませんでした。読者の皆々様にはなんと感謝していいのか分かりません。
今後、どこまで書き続けられるかは分かりませんが、それでも頑張って書いていくしだいです!
――あれは、数年前の事だ。
私こと
しかし私は、後々になってこの黒川病院に夫を入院させたことに深い後悔の念を抱くようになる。
と、言うのも夫の担当医になったのは、黒川病院の院長兼外科医を務める
黒川大造にはひどい飲酒癖があり、仕事中にも関わらず平気で大量のお酒を飲んで泥酔状態になるのが日常茶飯事のようにあったのだ。
その影響が医療仕事に出るのは当然のことで、彼はそれでもう今までに何件もの医療ミスを起こしていたという。
本来なら、そんな事を何度も起こしていたら警察沙汰になっていてもおかしくは無い。
しかし黒川は、自身の院長の権力を盾に医療関係者に圧力をかけ、その不祥事を全て握りつぶしてきていたのだ。
入院当初は噂でしかそれを知らず半信半疑だった私や夫も、病院で何度か黒川医師と会話をするにつれてそれが本当の事だったと確信するようになる。
何故なら会う度に黒川医師は顔を真っ赤に染めてフラフラと体を揺らしていたのだから――。
そして、離れていても彼からこちらに向かって漂ってくるひどいアルコール臭。これはもう『黒』確定であった。
しかし、黒川医師の実態に気づき、夫を別の病院に移そうと考えた頃には、もう既に夫の心臓手術が目前に迫って来ており、転院願いを出そうにも出来ない所まで来てしまっていた。
どうする事もできず、夫の手術の準備が出来たらしく夫の病室にやってくる黒川大造とその取り巻きの医師たち。
「さぁ、手術の準備が出来ました。参りましょうか……(ヒック)」
私は慌てて黒川を止めようとする。
「ま、待ってください。せめで別のお医者様に執刀をお願いできませんか?」
「何を言ってるんです?私はここの院長ですよ?手術の腕もこの病院では一番なんです。私に任せていれば何の問題もありません。ご安心を。……(ヒック!)」
(そんな酔っぱらった姿を見せつけておいて何言ってるのよ!?)
そうこうしているうちに夫は他の医師たちによってストレッチャーに乗せられ、黒川と共にさっさと手術室に向かいだした。慌てて私もその後を追いかける。
ストレッチャーに乗せられた夫の顔は顔面蒼白で、恐怖と不安の混じった目で黒川を見上げている。
明かに怯えている夫に気づいていないのか黒川は夫にニッコリと笑いかける。
「大丈夫です。直ぐ済みますよ……(ヒック)」
黒川は夫を安心させるために言ったつもりなのだろうが、私と夫からしてみればそれは死神の死刑宣告に等しかった。
「真那美!」
「待って!アナタ!アナタぁ!!」
ストレッチャーを囲む医師たちの向こうから私の名を呼ぶ夫の声に、私も思わず夫を呼ぶ。
そうして手術室の前につき、いざ
――救世主が現れた。
「待ちたまえ」
手術室前の廊下にややしわがれた、それでいてはっきりとした声が響き渡り、私を含めた全員が声のした方へと振り向く。
そこにはカエルのような顔をした白衣を纏った男が佇んでいた。
その男を見て黒川は怪訝な顔を浮かべる。
「……?誰だね君は。
「その通り、初めまして、だね。黒川先生。僕はキミと同じく米花私立病院の医院長兼外科医をしている者だよ」
「米花私立病院!?」「あの有名な!?」と、黒川を含む周りの医師たちが途端にざわめき立つ。
――なんだろう?そんなに有名なお医者さんなのだろうか。
未だに状況が呑み込めず、ポカンとなる私の目の前で黒川とそのお医者さんとの会話が続く。
「な、何故よその病院の医院長がうちに?」
「
「何?」
目を丸くする黒川にカエル顔のお医者さんはゆっくりとした足取りで彼に歩み寄る。
その顔はひどく険しく、黒川を射抜くような視線を向けていた。
その視線にたじろく黒川。同時にカエル顔のお医者さんは固い口調で口を開いた。
「……ひどいね。話を聞いた当初はとても信じられなかったが、まさかこんな状態にもかかわらず執刀しようとする医師がいるとはね」
「な、なんだと?」
「今の君は、明らかに
「……ッ!わ、私は失敗など――」
「――今までさんざんやらかしてきたのに、かね?」
「なっ!?」
「何故それを知っている!?」と言わんばかりの黒川の顔を見て、カエル顔の医師はやれやれと肩を落とす。
「……キミの黒い噂は
「なぁっ!?」
黒川は驚き、反射的に周囲に視線を向ける。
と、取り巻きの医師たちの中から黒川から顔をそむける者が。
それもカエル顔のお医者さんが言うような『何人か』ではなく、その場にいる『ほとんどの者が』。
「き……貴様らっ……!」
「やれやれ、まさかこれ程とはね」
周囲のその様子に黒川は歯ぎしりをし、予想以上の人望の無さにカエル顔のお医者さんも呆れてモノも言えないようだった。
そうして再び黒川へ視線を向けたカエル顔のお医者さんは本題へと切り出した。
「単刀直入に言おう。その患者をこちらに渡してほしい。……それが駄目なら、この病院にいるキミ以外の医師に担当を変更し、その者に執刀させるんだ」
「ふ、ふざけるな!いきなり押しかけて来て何を勝手なことを!!
ムキになってそう叫ぶ黒川。それを聞いた瞬間、私の中でブツッと何かが切れる音が聞こえた――。
――今、黒川はなんと言った?私の愛する夫を『これ』だと?この男は夫を何だと思ってるんだ!?
冗談じゃない。こんな男に治してもらうなど、こちらから願い下げだ。いや、それ以上にこの男がいる
怒りで顔を歪める私をよそに、カエル顔のお医者さんは深くため息をつくと口を開いた。
「……それを決めるのはキミじゃない。患者と、その家族たちだよ。……そこの貴女」
突然、カエル顔のお医者さんが私の方へと目を向けて来たので、私は先程までの怒りをいったん引っ込め、そのお医者さんに応える。
「は、はい」
「貴女はそこの患者さんの?」
「つ、妻です」
「そうですか。こちらの揉め事に巻き込むようで真に申し訳ないのですが。貴女の夫をどちらに委ねるか……貴女と旦那さんとで判断してもらってもよろしいでしょうか?誰を選んでもらっても構いません。我々はその判断に従います」
「…………」
真摯にそう言うカエル顔のお医者さん。
――誰に夫を任せるか、か……。そんな事、私はもうとっくに決めている。
私は迷わずカエル顔のお医者さんの前に立ち、深々と頭を下げる。
「どうか……夫を助けてください。先生」
「ぐぅっ!!」
「決まりだね」
顔を大きく歪める黒川と、静かに目を閉じてそう言うカエル顔のお医者さんの対比が、非常に印象的だった――。
そうして直ぐ転院の手続きをし、夫を救急車に乗せ、カエル顔のお医者さんの勤める米花私立病院へと先に送り出した。
私もすぐに夫の荷物をまとめ、カエル顔のお医者さんと一緒に黒川病院を出る。
カエル顔のお医者さんの車に一緒に乗せてもらうため、駐車場を歩いていると、ふいにその場に声が響く。
「待てっ!!」
振り向くと黒川が肩で息をしながら立っているのが見えた。
先程までお酒で赤くなっていたその顔は、今は怒りで赤く染まっている。
わなわなと体を震わせながらカエル顔のお医者さんを指さす黒川。
「貴様……許さんぞ、訴えてやるからな!!私の病院内で舐めた真似をしてタダで済むと思っ――」
「――舐めた真似?」
黒川の怒鳴り声にカエル顔のお医者さんの声が重なる、その声色には僅かながら怒りが込められていた。
カエル顔のお医者さんは黒川に向き直るとはっきりした声で口を開く。
「舐めた事をしているのは果たしてどっちかな?人の命を預かる医者の身でありながら、酒に酔ったまま手術に挑もうなど……キミの方こそ医者を、医療を、随分と舐めてるようじゃないか」
「ぐぅっ!」
グゥの音も出ない黒川に、カエル顔のお医者さんは追撃を続ける。
「……この際だから言わせてもらうよ。医者は患者から命を預かり治療に最善を尽くし、患者は医者を信じてその命を預ける。それが真っ当な医者と患者の信頼関係というモノだ。……だがキミはそれすらも分からず。あまつさえ、医療に私情を持ち込み公私を混同させ患者の命を危険にさらし、あげく自分の立場が危うくなるのを恐れて保身のために権力をかさにそれを黙殺するなど言語道断」
「う……うぅ……!」
「はっきりと言わせてもらうね――」
「――キミは、医師失格だよ」
「――――」
カエル顔のお医者さんのその言葉がよほど効いたのか、黒川は怒り顔から一気に放心状態となり、その場にへなへなと座り込んでしまった。
そんな黒川を哀れな目で見降ろしながら、カエル顔のお医者さんは最後にこう言った。
「訴えるのであれば好きにすると良い。僕の知り合いには優秀な弁護士がいるからね。裁判になっても勝てるだけの証拠も既に僕の所にある。それを踏まえた上で裁判を起こすも起こさないも、キミの自由だ」
そう言い残すとカエル顔のお医者さんは車に乗り込み、私も慌てて同乗する。
車が走り去り、後には魂が抜けたように座り込む黒川だけが残った――。
――あれから一週間と経たずして、夫は
本当に信じられない。あの一件の後、すぐに手術が行われるとまるで魔法にでもかかったかのように夫は見る見るうちに元気になったのだ。
手術による後遺症もなく、夫は毎日のように朝のジョギングに出かけている。
それから間もなくして黒川病院が一斉摘発された。
あの一件の後、カエル顔のお医者さんの説教が効いたのか飲酒に拍車がかかった黒川はついに肝臓を壊してしまい、寝たきりの状態になってしまったのだ。
それを見た黒川病院の医師たちも完全に黒川に愛想をつかし、次々に黒川の悪事を警察やマスコミにリーク。
結果、警察が黒川病院に踏み込むこととなり、あの男の悪事が公の場にさらされる事となったのである。
もはや黒川病院は廃業を免れないだろう。
残された黒川の悪事に加担していなかった医師やスタッフ、患者たちも皆別々の病院へと行くことが決定したらしい。
……まぁ、もう私たちには関係の無い話だ。
「ただいまー、真那美」
「おかえりなさい、アナタ!」
今日もジョギングから帰ってきた夫を、私は笑って出迎える。
――今日も平穏無事な生活が続きそうだ。
◇後日談:某日某所、とある二人の医師の会話。
「今回はありがとうございました、カエル先生」
「いやはや、まさかキミが僕に連絡してくるとは思わなかったよ。……キミ、あの黒川病院に入ったばっかなんだろう?今更だが、良かったのかい?」
「ええ。……あの仲の良い中沢さんたちが黒川の手にかかるのは我慢なりませんでしたし、ああいう医者の風上にも置けない奴って、同じ医者として見逃せませんからね俺」
「キミも奥さんを持つ身だからね。ツネ子さんは元気にしているかい?」
「ええ、もう元気元気!尻に敷かれっぱなしですよ」
「それは良かった。……で、どうするんだいこれから。どこか別の病院に勤務するんだろうが……」
「ええ、もちろんです。でも……」
「……?」
「……いやぁ、ははっ……。実は最初は
「ほぅ……?なら、どこにしたんだい?」
「その事なんですがね、カエル先生……――」
「――どうか、俺を雇っていただけませんか!」
そう言って、カエル顔の医師に向け……医師、
軽いキャラ説明。
・中沢真那美
劇場版第一作、『時計じかけの摩天楼』の冒頭の殺人事件の犯人。
冥土帰しの手によって夫が助け出されたうえ、病気も治った為、黒川を殺す事は無くなった。
今は夫婦水入らずで平穏な生活を送っている。
・黒川大造
冥土帰しに中沢の夫を横取りされた上、彼に
・大和田誠
アニメオリジナル回、『ツイてる男のサスペンス』に登場する米花中央病院の医師。
アニメではとある人物の逆恨みから命を狙われる事となる。
この作品で最初に冥土帰しに助けを求めて連絡したのは彼。
冥土帰しとは以前からの知り合いで、黒川病院に勤務したてだったが、黒川院長の実態を知り早々に辞めようと考えていた。
そうして次に本来勤務する米花中央病院へ行こうと思っていたのだが、黒川に対峙した冥土帰しの活躍する姿を見て、米花私立病院を新たな勤務先に決める。