とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。


番外:『本庁の刑事恋物語4』(伊達航編)【2】

SIDE:佐藤正義

 

 

『大分、日が傾いてきましたね』

『え?ああ……そうね……』

 

襖越しに聞こえる白鳥君の言葉とそれに答え返す美和子の声を聞きながら、私は自身の腕時計にチラリと視線を送る。

日没までとうに一時間を切っている。このままでは……!どうするんだ美和子……!?

焦りを顔に浮かべながら私が落ち着きなくハラハラしている間も、襖の向こうで白鳥君と美和子の会話が続く。

 

『……佐藤さん。貴女を信用しないわけではありませんが……もしも高木君が間に合わず、僕が賭けに勝ったなら、()()()()()()()()()()

『え?証って……?』

 

美和子のその問いかけに私のみならず、隣で同じく聞いていた毛利君たちも同時に耳をそばだてる。

すると次の瞬間、白鳥君の口からとんでもない爆弾発言が放たれた。

 

 

 

『証として……誓いの口づけを』

 

 

 

(な゛ぁっ!?)

 

思わず声を張り上げそうになった。

毛利君たちも同様に驚愕し、美和子もまた驚いている様子だった。

 

『ち、誓いの口づけって……私と白鳥君が……?』

 

明らかに動揺している(ふう)の美和子の声が響き、それに続けて白鳥君の声が耳に入って来る。

 

『ええ。構わないでしょ?日没までに高木君がここに来なければ、我々は夫婦になるんですから。……確か、女に二言は無いんでしたよね?』

『え、ええ……。もちろん』

 

二人の会話を聞きながら、私は心の中で半ば絶叫に近い声を張り上げていた。

 

(高木君ンンンンッ!!一体、何をしているんだぁ!?このままでは結婚よりも先に美和子の貞操がぁぁぁぁッ!!!)

 

美和子が白鳥君の賭けに乗った手前、私にそれを口出しする権限は無い。しかし納得がいくかと問われればもちろん『否』だ。

こんな形でたった一人の愛娘が夫婦となる事が決定し、あまつさえそれよりも先に目の前で娘の唇を奪われる光景を見せつけられるなど誰が認められようか。

無意識に拳をわなわなと震わせながら、今はここにいない最後の綱の若手刑事に向けて私は内心で叫び声を上げる。

 

(高木君ンンンンンンンンッ!!もし美和子が勝負に負けてしまったら、更に君の減給処分を追加してやるぅぅぅぅッ!!!)

 

職権乱用とも言える暴言だが、大目に見てほしい。

私自身、怒りと焦りで冷静さを欠いてしまっているのだ。例え実際に美和子が白鳥君と結婚する事になったとしても高木君を責めるのは筋違いであるのは分かっているので私が彼に鉄槌を降ろす事は断じてない。……ああ、無いとも。

しかし、しかしだ。警察官としてではなく一人の父親として美和子を唯一助けられる彼がなかなかここに現れない事にしびれを切らし始めているのもまた事実であり、仕方のない事だろう。

 

襖と腕時計を交互に視線をせわしなく移動させながら、私は高木君の時間内での到着を心の底から念じ続けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:高木渉

 

 

「はぁ~っ」

 

赤くなり始めた空の下、僕はため息と肩を落としながら千葉達が待つ車へと乗り込む。

 

「あ、高木さん。何か分かりましたか?」

 

運転席に深々と腰を下ろすと同時に、助手席に座っていた千葉が僕にそう声をかけてきた。

ちなみに伊達さんは車の外で車体に背中を預けながら、口元に咥えたトレードマークである爪楊枝を指先でいじりだしている。

尋ねてきた千葉に僕は力なく返答する。

 

「……いや、全然。相変わらず目撃者が証言した犯人像は食い違ったままだ。……青い服を着た女性だったり、緑の服を着た180以上の男だったり、黒い服の170の奴だったり……」

「それじゃあ無理ですね……。後ろの容疑者三人から、被疑者一人を絞り込むのは……」

 

そう言いながら千葉は後部座席に座る三人に向けてチラリと視線を送る。

そんな千葉の言葉を耳にしながら僕は腕時計に視線を向けて口を開く。

 

「ああ……ま、気長にやるよ。()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

僕が腕時計を見ながら力なくそう呟いた……その瞬間、唐突に後部座席に座る三人がそれぞれ反応を見せてきたのだ。

 

「おいおい、何言ってんだ?」

「アンタの時計、壊れてんじゃないの?」

 

座間さんと水越さんが自身の腕時計を見ながら立て続けにそう声を上げ――。

 

「もう4時半を回って――」

 

――それに続く形で紙枝さんも自身の腕時計を見ながら声を上げた。次の瞬間だった――。

 

 

――ガシッ!!

 

 

唐突に紙枝さんのすぐ横にあるドアが大きく開き、そこから伸びてきた手に紙枝さんの腕時計が巻かれた腕がむんずと捕まえたのだ。

 

「!?」

 

突然の事に何が起こったのか分からず、紙枝さんは目を見開いたまま固まり、無意識に自身の腕をつかむ手の持ち主へと視線が向かう。

 

そこにいたのは今し方まで車に寄りかかっていた伊達さんだった。

 

伊達さんは紙枝さんの腕時計を見ながら不敵な笑みを浮かべて口を開く。

 

「やっぱ、アンタだったんだな?」

「え……?へ……?」

「だ、伊達さん?」

 

未だに状況を理解していないのか紙枝さんは呆けた声を上げる。

それは千葉も同じだったらしく、伊達さんに向けてポカンとした表情を浮かべていた。

僕はそんな千葉に、一から淡々と説明をし始める。

 

「……喫茶店のマスターが黒い服と言ったのは、変色した調光レンズのサングラスで強盗犯を見たからなんだ。……そして女の子が180以上と言ったのは、強盗犯が人込みを避けて縁石の上を走ったから。……黒い服と180以上という証言を除いて、その二人が見た強盗犯の特徴を照らし合わせると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!!」

 

そこまで僕が言った瞬間、紙枝さんの眼は大きく見開かれ、顔じゅうから汗がダラダラと流れだしてきたのが見えた。

そんな紙枝さんに向けて伊達さんがニヤリと笑いながら口を開く。

 

「つまり、紙枝さん。……アンタの特徴とぴったり一致すんだよ」

「で、でも伊達さん……。公園前で強盗犯とぶつかった老人の証言では、青い服の女だったと……」

 

千葉が伊達さんにそう言うも、伊達さんは毅然とした態度でそれに答えた。

 

「ああ、だがな千葉。忘れちゃいねぇか?その証言をしたのが『老人』だってことを」

「……?」

 

伊達さんの言っている意味がいまいち理解できていないらしく、千葉は首をかしげると俯きながら考える仕草をする。

しかし、すぐに()()に気が付いたのかハッと顔を上げた。

 

「そ、そうか!『老人』か!……確かに老人なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ああ。昔の人は、藍色も水色も緑も……ひっくるめて『青』と言ってたからな!」

 

僕が千葉の言葉にそう答え返すと、今度は紙枝さんの腕をつかんでいる伊達さんが彼を見ながら口を開いた。

 

「そういうこった。そんで、塾の先生をやってるっつーアンタの事を高木から聞いて直ぐにピンと来たぜ。……授業中、生徒に時間を気にさせない工夫をしているのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってな。……でなきゃ自分もいつ、授業を終わらせればいいか分かんなくなっちまうしよ」

 

そう言いながら、伊達さんは紙枝さんの顔から自身が掴んでいる彼の腕へと視線を移す。

そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

伊達さん同様にそれを見た千葉は思わず声を上げる。

 

「なるほど!あの老人は、強盗犯が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ああ!……恐らく授業を行う度に付けかえるのが煩わしくなっちまって、そんで普段からそう付けるようになっちまったんだろうなぁ」

 

千葉にそう答える伊達さんの言葉を耳にしながら、僕は紙枝さんを見据えながら言葉を紡ぐ。

 

「……つまり、あの目撃者三人の証言は全て、アナタがコンビニ強盗犯だと言っているんですよ。紙枝さん……!」

「――ッ!!」

 

ぴしゃりとそう断言した僕の言葉に、紙枝さんは返す言葉も出ないようであった――。

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:三人称視点。

 

 

「残り、十分を切りました。……どうやら、賭けは僕の勝ちのようですね」

「…………」

 

視線を腕時計から美和子へと移動させた白鳥がそう言いうも、美和子はそれに答えず自身の携帯に無表情で視線を落として俯いたままであった。

しかし、白鳥は黙ったままの美和子に穏やかな口調で言葉を続ける。

 

「そんな怖い顔しないでください。直ぐに結婚しろとは言いません。貴女の気持ちの整理がつくまでずっと待ち続けるつもりです」

「え……?」

 

白鳥のその言葉が予想外だったのか、美和子は顔を上げて驚いて白鳥を見上げる。

そんな美和子に対し、白鳥は美和子に真っ直ぐに視線を向けて真摯に言葉を吐き続ける。

 

「僕はいつでも、貴女の味方ですから」

「白鳥君……」

 

そう言ってニッコリと微笑む白鳥に美和子はどう答えていいか分からず、ただ彼の名を響くだけで終わる。

 

――すると、唐突に美和子に携帯から着信音が鳴り響いた。

 

「「!」」

 

それに反応して美和子と白鳥が同時に目を見開く。

驚いた美和子だったが慌てて直ぐにその電話へと出る。予想通り、その電話の主は高木であった。

 

『――ああ、佐藤さん?高木です!たった今、コンビニ強盗犯を確保しました!……水都楼、でしたっけ?その料亭、ここからわりと近いんで今から五分くらいでそっちに――』

「――だったらさっさと迎えに来なさいよ!全くもう!!」

 

わりと呑気な口調で喋る高木に苛立ちを覚えた美和子が彼に向けてそう怒鳴る。

すると、高木はさっきとは一変して不思議そうな口調で美和子に向けて電話で尋ねてきた。

 

『あ、あの……行く前に一つ聞いてもいいですか?』

 

「何よ?」と、まだ少し苛立ちが残る口調で美和子がそう聞き返すと、高木は意を決して彼女に問いかけた。

 

『……どうして、僕なんですか?』

「え?」

『どうして僕なんかを信じて、そんな大事な賭けにOKしたんですか?』

 

高木のその問いかけに美和子は一瞬言葉を詰まらせる。

正直な所、それについては美和子自身も良く分からないのだ。

ただ『今』の美和子にとって、お見合いを破断にさせ、この窮地を助けてくれる相手に一番最初に思い浮かんだのが他でもない、高木だったからとしか言いようがなかった。

 

それが()()()()()から来るモノだということに美和子自身が気づくのは、もう少し先の事である――。

 

「あ、アナタならきっと……迎えに来てくれると思ったからよ。悪い?」

 

自分自身、良く分かっていない気持ちを誤魔化すように美和子がそう答えると、電話の向こうで高木がぎこちなく声を震わせる。

 

『あ、あのぅ……つまり、それは、その……も、もし、もしかして、さ、佐藤さん、は……あの……つ、つまり、その……ご、の…………――』

「…………」

 

緊張しているのが丸分かりな高木のそのたどたどしい言葉に、美和子は黙って耳を傾け続ける。

いつもならはっきりと言いたい事も言えない相手には苛立ちを覚える彼女であったが、今回に限っては珍しくそのような感情は湧き上がる様子が無かった。それどころかむしろ、高木の言葉の続きに『何か』を期待しているという節が彼女の中にチラついていたのである。

 

『――……ぼ、僕の事を――』

 

意を決して『それ』を言おうとする高木に、美和子の期待はより一層膨らむ――。

 

――だが、それよりも先に思いもよらないアクシデントが起こった。

 

『きゃあッ!!?』

「!?」

 

電話の向こうで唐突に女性の悲鳴が響き渡り、直後に()()()()()()や聞き慣れない声の怒号が交互に美和子の鼓膜を打ち震わせた。

 

「ちょっと!どうし――」

 

向こうで何が起こったのか理解が追い付かず、電話越しに高木に向けて声を上げようとする美和子。

だがそれよりも前に、携帯から発された叫び声に、美和子の顔が瞬時に凍り付く――。

 

『ガッッ!!?』

『――あ、ああッ!!……だ、伊達さぁん!!!???

 

電話の向こうで伊達の短い悲鳴と高木の驚愕の声がほぼ同時に重なって轟いた――。




最新話投稿です。

すみません。遅くなりました。
次回が『本庁の刑事恋物語4』の最終話となります。

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