とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

63 / 95
誤字報告、及び感想ありがとうございます。


番外:『本庁の刑事恋物語4』(収束編)

SIDE:伊達航

 

 

時間は事件が解決し、高木が佐藤に犯人確保の知らせを伝えるために電話をかけた所まで(さかのぼ)る――。

 

「……あっちの方も何とかなりそうだな」

 

被疑者が紙枝と特定した後、その報告をするためにいったん車から降り高木は、携帯で佐藤へと電話をかける。俺はその後姿を静かに見据えてポツリとそう呟いていた。

事件も解決し、佐藤のお見合い騒動も終止符が打たれると思うと俺は内心ほっと胸をなでおろす。

ぶっちゃけ俺もまた、事件を捜査している間も内心ではずっと美和子のお見合いの行く末を気にしてはいたのだ。

俺には直接関係無いにせよ、佐藤(アイツ)は俺にとって大事な後輩であり仲間であることには変わりないし、それに相手が白鳥であるにせよ俺も愛する妻を持つ身であるため、こんな勝負事で佐藤(アイツ)の未来が決定しちまうのはどうにも釈然としなかった。

だからこそ、時間内に事件が解決できた今の状況に心底安堵している。

 

(おっと、ヤベヤベ。ぼんやりしてる暇はねぇ。さっさと紙枝に手錠(ワッパ)をかけて連行しねぇとな)

 

ハッとしてそう思った俺は未だに俺に腕を掴まれて項垂れたまま後部座席に座る紙枝を見下ろす。

その反対側では、千葉が後部座席のドアを開けて「ご協力、ありがとうございました」と言いながら座間と水越の二人を車から降ろして解放しようとしていた。

俺はそれをチラリと見た後、紙枝を捕まえている方とは反対側の腕で手錠を取り出そうとする。

しかし、その手は杖で塞がれているため、俺はいったん杖を車体に立てかけて改めて手錠を取り出そうとし――その瞬間、またもやトラブルが起こった。

 

「ッ!!」

「あッ!?てめッ!!」

 

手錠を取り出そうとした俺の一瞬の隙を突き、紙枝が俺の腕を振りほどき、続けざまに腹部に蹴りを入れてきたのだ。

 

「ごはっ!!」

 

突然の出来事に防御する余裕も無く、俺はその蹴りをもろに食らって後方へとよろける。

杖を持っていなかったため踏ん張りがきかず倒れそうになるも、直ぐにデバイスのスイッチを『全力モード』に切り替えて再度踏ん張りを取り、倒れそうになる体を正す。

そしてすぐさま視線を紙枝のいる車の方へ戻すと、奴はそのまま車を降りて逃走しようとはせず、なんと座間と水越が降りた反対側から二人と一緒に出ると、先に出ていた水越を背後から羽交い絞めにしたのだ。

 

「きゃあッ!!?」

 

突然の事に思わず悲鳴を上げる水越。

 

「なっ!?」

「オイ、お前!何をやっている!?」

 

それをそばで見た座間は目を見開き、千葉も驚愕と動揺を入り混ぜた表情をしながらも紙枝に向かってそう叫ぶ。

俺は千葉達のいる車の背後へとすぐさま回り込むと、水越を羽交い絞めにする紙枝へと近づく。

 

「クッ!!」

 

しかし、それに気づいた紙枝は俺に向けて水越を思いっきり突き飛ばしてきた。

 

「ああッ!?」

「クソッ!!」

 

突き飛ばされて大きくよろける水越を俺は悪態をつきながらとっさに支える。

だがその瞬間、またもや非常事態が起こる――。

よろめいて何とか無意識にバランスを取ろうとする水越の両腕が空を切り、その内の一方の手の指先が、運悪く俺のデバイスのコードに絡まったのだ。

そして、俺が水越を支えた瞬間、それが引っ張られる形となり――。

 

「ガッッ!!?」

 

ほぼ同時に耳の後ろのコードと頭部が繋がっていた部分に痛みが走り、あっという間に俺の意識の大半が吹っ飛ぶ。

 

「――あ、ああッ!!……だ、伊達さぁん!!!???」

 

視界が霞み、ぼやけていく中、やけに遠くの方から高木の驚愕に叫ぶ声が微かに耳に入った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:高木渉

 

 

突然起こったその光景に僕は一瞬呆然となる。

 

伊達さんの手を振りほどき水越さんを羽交い絞めにした紙枝さんは、近寄って来た伊達さんに向けて水越さんを突き飛ばした。

すると、水越さんとぶつかった伊達さんは何故か予想以上のダメージを受けたかのように驚愕に表情を凍らせると、そのまま水越さんに押し倒される形で地面へと倒れ込んでしまった。

突然の事に何が起こったのか理解しきれないままその場に立ち尽くす僕と千葉と座間さん。

そんな状況にもかかわらず逃走を図ろうと走り去って行く紙枝さんの後姿が僅かに視界に入った。

 

「ッ!待てッ!!……ッ、クソッ!伊達さん……!!」

 

同じように逃げていく紙枝さんに気づいた千葉も慌てて追おうとするも、伊達さんの事も気になりそちらへと駆け寄る。

僕もそれにつられる形で伊達さんへと駆け寄った。

顔を覗き込むと伊達さんは顔じゅうから脂汗を垂れ流しており、今にも意識を失いそうな表情をしているものの、何とか気力のみで意識を繋ぎとめていると言った様子であった。

 

「伊達さん!一体、どうしたんですか!?」

 

そう問いかけた僕の声に答えたのは、伊達さんでは無く伊達さんに覆いかぶさっていた水越さんだった。

 

「……わ、私、突き飛ばされた時、この刑事さんの耳から垂れているコードに指が絡まっちゃって……」

「何ですって!?」

 

伊達さんから体を起こした水越さんがおろおろとしながらそう呟き、それを聞いた僕は慌てて伊達さんの耳へと視線を向けた。

すると伊達さんの左耳の後ろからぽたぽたと血が数滴落ちてきているのが目に入る。

 

――それを見て、僕は伊達さんからデバイスが外れてしまった事にすぐさま気がついた。

 

『脳機能補助デバイス』は伊達さんの命の綱だ。損傷してしまった脳の機能を助ける機械。それは伊達さんにとって脳や心臓と同じように大事な体の一部に違いは無い。

今まで現場に出る度に、伊達さんはデバイスが壊れないようにと心掛けてはいたが、まさかこんな形でそれが起こってしまうとは。

 

「と、とにかく早く『米花私立病院』に……!」

「それは俺がやっときます!高木さん、早くしないと犯人が……!」

 

慌ててそう言いながらカエル先生に電話をしようとする僕に、千葉がそう言って携帯を取り出す。

その言葉に僕は紙枝さんの方へと振り向くと、奴はもう既に米粒大の大きさに見えるまでに小さくなっていた。

 

「あっ……で、でも……!(時間が……ッ!!)」

 

犯人と佐藤さんと伊達さん。この三人の間に板挟みにされる形となり、どうすればいいのか分からず僕の脳内はパニックをしかける。

しかしその時、僕の手に持った()()()()()()()()から冷静かつ芯の通った女性の声が響いた。

 

『……高木君』

「……え、さ、佐藤さん?」

 

佐藤さんの声を聞いた瞬間、僕は無意識に携帯を耳に当てていた。

そしてそれとほぼ同時に、目の前に倒れる伊達さんの口が唐突に動き始める。

 

――電話口の佐藤さんの声と伊達さんの声が僕の耳の中で重なり合った。

 

『……アンタねぇ――』

「タカ、ギ……チバ……ッ――」

『――あたしとコンビニ強盗……どっちが大事なのよ?――』

「――オレ、ニ……カマ、ウナッ……!――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『追えッ!高木ッッ!!』

「追エッ!……テメェラッ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「は、はいッ!!」」

 

電話口の佐藤さんと必死に口を動かして片言ながらも必死に声を上げる伊達さん。

二人に発破をかけられ僕と『米花私立病院』に連絡を入れ終えた千葉は同時に立ち上がる。

 

そして冷めやらぬ激昂に押されるがままに紙枝を追って全力で駆け出していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:江戸川コナン

 

 

『はぁ~っ』

 

襖の向こうで佐藤刑事の大きなため息と携帯を切る音が俺たちの耳に届く。

会話の内容から、どうやら犯人は特定できたもののその犯人が逃走したらしい事が理解できた。

それを知って俺を含めたその場にいる全員が落胆に肩を落とす。

すると突然、そばで一緒にその会話を聞いていた佐藤一課長がすっくと立ちあがり、足早に部屋の外へと向かい出した。

 

「……え?佐藤一課長さん、何処へ……?」

 

それに気づいた蘭がすぐさま佐藤一課長へ声をかけるも、それに気づいていないのか佐藤一課長は歩みを止める事無くそのまま部屋を出て行く。

突然の事に残された俺たち四人はポカンとなって佐藤一課長が出て行った廊下を見つめる。

すると今度は襖の向こうの白鳥警部の声が俺たちの耳に入って来た。

 

『良いんですか?今から被疑者を追跡していたんじゃ、とても……』

『ま。こうなる運命だったと諦めるわ。……勝手に高木君を賭けの対象にした(バチ)が当たったのかもしれないし』

 

佐藤刑事がそこまで言った直後、畳から立ち上がる音が聞こえると、再び佐藤刑事の声が力強く響いて来た――。

 

『……でも、賭けは賭け。さっさとおっぱじめましょうか。……その、誓いの何とやらを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:高木渉

 

 

「どりゃあーッ!!」

「うあぁぁぁッ!!」

 

空の茜色が深まる中、僕は現場からだいぶ離れた河川敷でようやく紙枝を取り押さえることが出来た。

紙枝の後ろから覆いかぶさるように捕まえ、そのまま押し倒すと、僕と紙枝は仲良くそろって河川敷の土手を転げ落ちる。

そうして土手の下まで転げた所で、僕は手錠を取り出して紙枝の両手にそれをしっかりとかけた。

 

「ハア……ハア……!16時56分、被疑者確保。はぁ……」

 

上がっていた息を整えながら腕時計で時間を確認すると、僕は紙枝の上からどいてその横へとへたり込んでいた。

そうして大きくため息をついた時、うつ伏せで倒れたままの紙枝がすすり泣きながら呟き始めた。

 

「うぅ……か、金が……金が欲しかったんだ。……しつこく付きまとう、女に渡す手切れ金が……!」

「ったく……。(泣きたいのはこっちだよ……)」

 

そんな紙枝を一瞥して小さく悪態をついた僕は、日が沈み落ちて朱に染まるだけとなった空をぼんやりと仰ぎ見る。

 

「あーあ……。随分離れちゃったなぁ……。水都楼から……」

 

もう今から急ぎ向かった所で間に合わないだろう。

僕は諦観と無力感に打ちひしがれながら「もう、無理か……」と一人寂しく朱から宵闇へと変わっていく空を眺め続けた。

するとそこへ、ようやく息を荒げながら千葉が走って追いついて来る。

 

「高木さん!ハア、ハア、ハア……!やりましたね、高木さん!」

 

息を整えながら犯人確保に称賛の声を上げる千葉だったが、僕はそれに対して切なく否定する。

 

「いんや……。逃げられちゃったよ。……本当に確保したかった、大切なホシにはな……」

 

そう寂しく響いた僕の言葉が空へと溶けて消える。

さぁ、さっさと紙枝を連行しよう。そう、気持ちを切り替えようとした瞬間、千葉が僕に向けて予想外な言葉を放って来た。

 

「……高木さん。署には僕が連れて行きますから、高木さんは行ってください……!」

「……千葉?」

「アンタ刑事だろ!?刑事なら刑事らしく、時効ギリギリまでホシを追い続けろよ!高木!!」

 

予想だにしなかった千葉からの突然の激励に、僕は驚きに目を丸くする。

それと同時に諦めかけていた『想い』が自分の中で沸々と再燃していくのを僕は確かに感じ取った。

 

「千葉、お前……」

 

僕が千葉に向けて声をかけようとした丁度その時、僕たちの元に向けて遠くから()()()()()()()が近づいてくるのが耳に入った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:三人称視点。

 

 

「ほら、どうしたの?さっさとやっちゃいなさいよ。……こっちはとっくに準備OKよ!」

「OKって……(顔が、嫌がってる)」

 

向かい合ったまま微動だにしない白鳥に、美和子は強気にそう声を上げるも、それに対する白鳥からは美和子の両目に大粒の涙が溜まっているのがありありと見て取れていた。

そんな顔を見たせいか白鳥はそのままキスをする事はせず、彼女をそっと抱きしめる。

 

「……大丈夫ですよ、美和子さん。しばらくこうして、気を落ち着けてください。……もう、僕たちを遮るものは何も無いんですから」

「あ……」

 

白鳥からの思いもよらぬ抱擁(ほうよう)に、美和子は戸惑いの声を上げる。

 

そんな二人の姿を襖の隙間からコナン、蘭、園子、新出の四人は静かに見守っていた。

 

「……いよいよチューよ、チュー!」

「……あ、アタシ止めて来る」

「え?ちょっ、何言ってんのよぉ!?」

 

やや高揚した面持ちで顔を赤らめてそう言う園子に対し、蘭が顔を険しくさせながら美和子と白鳥を止めようと腰を浮かせる。

それを見た園子は慌てて蘭の肩を抑えてそれを止めようとしているのを横目に、コナンは隣に立つ新出に声をかける。

 

「ねぇ、新出先生」

「ん?」

「ちょとちょっと……」

「???」

 

手招きをして部屋の外へと向かうコナンに、新出は首をかしげながら付いて行く。

そして廊下に出ると新出はしゃがんでコナンと目線を合わせると声をかけた。

 

「何だい?コナン君」

「うん、あのね……」

 

そう言いながらコナンは新出に何かを耳打ちしようとするそぶりを見せ、それを見た新出も流れるままにコナンへと耳を傾ける。

しかしコナンは新出の耳に何事かを囁こうとし――その隙を突いて新出から眼鏡を奪い取っていた。

 

「えっ?あっ!こ、コラッ!待ちなさい……!」

 

一瞬遅れて眼鏡を取られたことに気づいた新出は、眼鏡を持ったまま走り出すコナンを慌てて追いかける。

そうして新出に追いかけながら美和子と白鳥のいる部屋までやって来たコナンは、自分を捕まえようとする新出の手をひらりと回避する。

回避された新出はそのままバランスを崩し廊下に手をついて蹲る格好となる。

それを見たコナンは上を向く形となった新出の背中に素早く足を乗せ、そのまま新出を台替わりに力を入れて大きくジャンプすると、障子の上の欄間(らんま)に新出の眼鏡をひょいっと置く。

 

「……え?」

 

その突然の行動に、新出は廊下へと静かに着地するコナンを終始ポカンと見つめていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:佐藤美和子

 

 

「さぁ、間もなく日没です。……落ち着きましたか?」

「ええ……」

 

私を抱擁から解放すると白鳥君は優しくそう語り掛け、それに私は静かに頷く。

そうして白鳥君の顔を見つめながら、私は()への『想い』にようやく気付けたことを実感していた。

 

(気づかなかったなぁ……。私の中でいつの間にか、(高木君)がこんなに……大きくなってたなんて……)

 

……でも、気づくのが遅すぎた。状況はもう、後戻りできない所まで来ている。

 

(……こんな事に今頃気づくなんて……刑事失格ね……)

 

覚悟を決めた私はそっと目を瞑る。

 

「…………」

 

それを見て何かを察したのか、白鳥君の方は何も言ってくることは無く、代わりに私の両肩にそっと手を置く。

私は目を閉じたままであったが、直後に彼の顔がゆっくりと私に近づいてくるのを気配で感じた。

 

(止めるのに丁度いいわ……)

 

諦観(ていかん)の念を抱きながら、その流れに身を任す。

やがて私の唇に白鳥君の吐息がかかる。()()()()()()()()()()()

 

(バイバイ……高木君……)

 

目尻に涙を浮かべて思考すらも止めようとした――。

 

 

 

 

 

 

――その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――佐藤美和子警部補!」

「「!!」」

 

力強く響いたその声に、私も白鳥君も驚き、どちらともなく反射的に体を放して声のした廊下側の障子戸へと目を向ける。

 

――するとそこには、今か今かとずっと待ちわびていた(高木君)()()()()()シルエットが障子戸にくっきりと映し出されていたのだ。

 

「休暇中の所、申し訳ありませんが!事件です!応援に来ていただけませんか!」

「た、高木君!?」

 

障子越しにはきはきとそう声を上げる彼に私も思わず声を上げる。

もう絶対に間に合わないと思っていた高木君の登場に、私も白鳥君も唖然となっていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:三人称視点。

 

 

唐突な高木の登場に反応したのは、何も美和子と白鳥の二人だけではなかった。

隣の部屋の陰から様子をうかがっていた、蘭と園子もまた然りでる。

 

(来たー!高木刑事……!)

(チッ!いい所だったのに……)

 

高木が間に合った事に蘭は心からホッと胸をなでおろし、反対に園子はつまらなそうに顔をしかめた。

そんな彼女たちが見ている事に最後まで気づない美和子は、慌てて高木のいる廊下の障子に手をかけて開ける――。

 

「高木君!……え?」

 

――しかし、そこにいたのは高木では無く、()()()()()()()新出と蝶ネクタイを持って()()()()()()()()()()()()()()()()()()コナンの二人であった。

 

「……え?……えぇ???」

 

高木では無く何故かこの料亭にいる二人が立っていた事に理解が追い付かず、美和子は視線をコナンと新出へ交互に交わし続ける。

何が起こっているのかまるで分らなかったが、とりあえず美和子は二人の内、比較的面識の深いコナンへと声をかける事にした。

 

「こ、コナン君?」

「……あ、えと……高木刑事なら……」

 

美和子に声をかけられ、ハッとなったコナンは慌てて答えようとするも、それに答えたのはコナンではなく新出だった。

 

「高木刑事ならたった今、そこの廊下を走って玄関の方へ行かれましたけど」

「もう!なんなのよぉ……!」

 

さっきまでとは一転して落ち着いた口調でそう言った新出の返答に、高木に置いて行かれてしまったと思った美和子は悪態をつき、急ぎ玄関へと走りだす。

 

「……あら、美和子」

「あっ、お嬢様?」

 

丁度その時、美和子の母と鴨居が待機していた部屋から戻って来るも、美和子は二人の存在に気づく事なくすれ違い、玄関の方へと消えて行った。

 

――そうして、それを見届けたコナンは、振り返ってそこに立つ新出を見上げる。

少々、複雑そうな視線を向けて来るコナンに、新出は何も答えず代わりに二ッと笑いかけてウィンクを彼にして見せていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:高木渉

 

 

「はい……はい……。分かりました。ありがとうございます、()()()()()

 

僕がカエル先生との電話を終えて携帯を切った瞬間、()()()()()声がかかった。

 

「伊達君の容体は何と?」

「大丈夫です、命に別状はありません。デバイスが外れかかっただけですので翌日には普通に仕事復帰できるとおっしゃってました」

「そうか、それはよかった」

 

報告を僕から聞いた()()()()()()、ハンドルを握ったままホッと胸をなでおろした。

それを見た僕もつられて安堵の笑みを浮かべる。

 

(……しっかし、まさか佐藤さんの父親である一課長が直々に僕を車で迎えに来るとは夢にも思わなかったなぁ)

 

――あの時、千葉からの激励を聞いた直後に、一課長が車に乗ってやって来たのには本当に驚いた。

突然の事に理解が追い付かずにいる僕を「いいから早く乗りなさい!」と、怒鳴りながら一課長が無理矢理僕を車に押し込んだのも記憶に新しい。

車を水都楼まで飛ばしている最中(さなか)に一課長から聞いた話だが、紙枝を追いかける際に僕と千葉に置いてけぼりを食らわされた座間さんと水越さんは、一課長が電話で近くにいた警官たちを応援に向かわせ、責任を持って二人を家へと送り届けてくれたらしい。

あの二人には千葉と一緒に、後日お詫びに行かないとなぁ。と思うと同時に、()()()()()()()()()()()()()へと意識を集中させる。

 

――そう、佐藤さんのお見合い話だ。

 

「……お見合いの方、どうなってるんでしょう?」

「分からん。もうすぐ着くが、時間がギリ過ぎてしまっている……。まだ間に合う事を祈るしか……ん?」

 

不安げに呟く僕の言葉に、一課長も曇り顔でそう呟く。しかしその途中、『何か』に気が付いた一課長が目を見開き、同時に車のスピードを落とし始めた。

何事かと、僕も一課長の視線の先を追うと、目視できるくらいにまで見えてきた水都楼の玄関から、誰かが飛び出してくるのが見えた。

目を凝らしてその人物を凝視した瞬間、僕は驚いて声を上げていた。

 

「さ、佐藤さん!?」

 

僕がそう言った直後に、一課長はブレーキを踏んで車のスピードを急速に落とす。車は佐藤さんの真ん前に停車した。

僕が助手席にいる事に真っ先に気づいた着物姿の佐藤さんは助手席側に回って来る。それを見た一課長は直ぐに助手席側の窓を開けた。

 

「高木君、車を取りに行ってくれてたのね!感心感心……って、なんで運転席にお父さんが座ってるのよ?」

 

開口一番に弾んだ声でそう言って来た佐藤さんだったが、運転席に座る父親である一課長の姿を目にした瞬間、今更ながらに「何で?」とばかりに首を大きくかしげる。

一課長の方も同様に自身の娘を見ながら「はぁ?」と言わんばかりに首を大きくかしげた。

仕草がまるで一緒。やっぱり親娘(おやこ)だ。

 

「まぁいいわ!それよりも……高木渉巡査部長!

「……へ?あ、はい!?」

 

突然、佐藤さんから真剣な口調で名前を呼ばれ、僕は混乱しながらもそれに返答する。

そして、それを聞いた佐藤さんは――。

 

「……『事件』なんでしょう?さっさと行くわよ!」

 

――さっきとは打って変わって口調を和らげながら続けてそう言って来た。

『事件』、という単語を聞いて僕はハッとする。

 

それは当初、佐藤さんをこの料亭から連れ出す時に、その口実として使おうとしていた言葉だ。

 

僕は安堵の笑みを浮かべながら、運転席に座る佐藤一課長と目を合わせる。

一課長も佐藤さんの言葉を聞いて全てを察したようで、僕と一緒で安堵の笑みを浮かべていた。

そんな僕たちを佐藤さんは不思議そうな目で見つめる。

 

「ちょっと、二人して何顔を見合わせてるのよ?」

「へ?あ、いやぁ……」

「それよりも早く行きましょう?……お父さんはどうする?一緒に行く?」

 

僕が何か言うよりも先に、佐藤さんは父親である一課長に向けてそう尋ねる。一課長は少し考えるそぶりを見せた後、小さく首を振った。

 

「いいや。私は母さんを家に送らなければならないからね。……お前たちだけで先に行っててくれ」

「そう?分かったわ。んじゃ、行きましょうか高木君!」

「は、はい!」

 

佐藤さんの言葉に僕は強く頷く。

そうして、一課長と入れ違いに振り袖姿の佐藤さんが運転席に座るとすぐさまアクセルを吹かして車を発進させる。

 

――僕と佐藤さんを乗せた車は見送る一課長を後に夜の街へと瞬く間に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:江戸川コナン

 

 

高木刑事と佐藤刑事を乗せた車が夜の街へと消えていくのを、それを見送る佐藤一課長の背後で俺も静かに見つめていた。

 

(ついつい……肩入れしたくなっちまうんだよなぁ。……この手の事に、奥手で不器用な二人を見てると……()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

去って行った高木刑事と佐藤刑事の二人を、()()()()に重ね合わせながら、俺はそんな風に物思いにふける。

すると、背後にある水都楼の玄関から大きく肩を落として出て来る白鳥警部と警部を支えるように付き人らしき老人が出てきた。

 

「はぁ~っ……」

「坊ちゃん……」

 

結局、佐藤刑事に逃げられる形となったため、白鳥警部は盛大に大きなため息をつき、付き人の老人はその傷心を労わるように白鳥警部に優しく声をかける。

 

(……ハハッ……白鳥警部には悪いけどな……)

 

俺はそんな二人を見ながら、少々申し訳なく苦笑を浮かべた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:毛利蘭

 

 

トイレに行った新出先生を残して、私と園子は一足先に水都楼から出て来る。

玄関先では大きく肩を落とした白鳥警部とそれを労わるようにして声をかけている付き人らしきお爺さん。そして、佐藤一課長さんとコナン君が立っていた。

その場に高木刑事や佐藤刑事がいない事と、ついさっき車のエンジン音が遠のいていくのが聞こえていた事から、あの二人は一緒に車に乗って出て行ったのだと自ずと察しがついた。

未だに「もうちょっとだったのに……」と隣でぼやく園子に苦笑を浮かべながら、私はこのお見合いが破談になった事に心底安心する。

 

(それはよかったけど……結構、遅い時間になっちゃったなぁ……。お父さん、お腹すかせて待ってるよね?)

 

すっかり暗くなった空を見上げながら、私はぼんやりとそんな事を思う。

帰ったら絶対お父さんから文句を言われるなぁ。

そんな事を考えながら視線を空から下した時、視界の端で何かが僅かに動くのを捉える。

 

「?」

 

何だろう?と思い、半分無意識にその動くモノへと視線を送っていた。

私たちがいる水都楼の玄関先――そこから少し離れた路地の曲がり角付近に誰かが立っているのが見えた。

もう辺りは薄暗くなっており、その人の姿は見えにくくなってはいたが、それでも私は目を凝らしてその人をジッと見てみる。

 

(――え?あの人……)

 

その人の姿をおぼろげに認識した瞬間、私は僅かに目を見開いた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……その人が路地の陰から私たちのいる水都楼へとジッと視線を向けていたのだ。

一瞬、不審者だと思ったが、私はその男性から目を離せずにいた。

というのも、その人を見た瞬間、何故だが私の中で()()()()()()()()()()()()

 

(……あの人確か……確か前に……()()()()()()……)

 

私がそこまで考えた瞬間、ふいにその男性と視線が合ったような気がした。

反射的に小さく息を呑む私。すると突然、隣に立っていた園子が私に向けて声をかけていた。

 

「ちょっと、どうしたのよ蘭?ボーっとしちゃって」

「え?あ、うん。ちょっと……」

 

曖昧な言葉で濁しながら、私は園子に向けた視線をもう一度男性のいる方へと向ける。

 

しかしその時には男性の姿は影も形も無く、人気のない静かな路地の風景だけがそこにあるだけだった――。




最新話投稿です。

すみません。前回、今回の話が最終話と書きましたが、この話の後日談的な話を次回書こうと思っております。
文章が短めになるとは思いますがそれが終わり次第、次のエピソードを書いていく予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。