とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。


番外:『本庁の刑事恋物語4』の後日談

SIDE:佐藤正義

 

 

「はぁ~っ、美和子ったら結局ダメだったってわけね。白鳥さんならあの()にぴったりだと思ったんだけど……」

「ははっ……あの娘自身がそれを拒んだんだから仕方ないさ」

 

水都楼で白鳥君と鴨居さんの二人と別れた私と妻は、その足で水都楼の駐車場に停めてある()()()()()()の元へと向かっていた。

 

今日、水都楼へやって来た時、私と美和子はそれぞれ別々の車でやって来ていたのだ。

 

警察官と言う職業柄、休日中とはいえ事件などで呼び出されることも少なくない。そう、狂言だったとはいえ今回のようにだ。

それ故に何かあった時のために、妻を家に送るための車と仕事場に直行するための車――すなわち私と美和子の車の二台で水都楼へと来ていたわけだ。

そしてついさっき、その内の一台は美和子と高木君を乗せて行ってしまったため、私たちは必然的にもう一台の車へと向かっている。

 

水都楼の駐車場に着くと、設置されている外灯に照らされてぼんやりとだがやけに目立つ赤い色をした車が目に入る。

――()()()()()使()()()()()、美和子の現・愛車――マツダ・RX-7がそこにあった。

 

(……この車に乗るのも久しぶりだなぁ)

 

私はそう思いながら、妻と共に車に歩み寄る。

まさかこの一件の流れで、高木君を水都楼に送るためだけに使った()()()()()使()()()()()()()、そのまま美和子が高木君と一緒に行くとは夢にも思わなかった。と、私は内心苦笑する。

結果的には計画通りの結末にはなったものの、その行程は行き当たりばったりと言われてもおかしくは無い何ともお粗末なモノになってしまった。

 

(……だが、そんなバタバタとした状況でも運転席から乗り換える際、ちゃんと忘れずに()()()()()()()()()()()()のは、流石我が娘だ)

 

でなければ今頃、私は妻と一緒にタクシーを拾って帰り、美和子のこの車は一晩中この駐車場に置きっぱなしになってただろう。

 

私はそんな事をぼんやりと考えながら、車の鍵を開けて妻と一緒に乗り込む。

そうして運転席に座った私は、ハンドルに手をかけた。

 

(……うん、懐かしい乗り心地だ)

 

シートやハンドルの感触に私は懐古の念を抱く。

思えば美和子にこの車を譲ってからどれくらいの時が経ったのだろう。

 

……そう、あれはもう10年以上前になるだろうか。

当時、私は日夜警察官として仕事に勤しんでいる最中、ある日警部から警視へと昇進が決まったのだ。

それを知った妻や娘はもちろんの事、私や妻の両親一同も大いに喜んでくれた。

すると、昇進祝いと称して私の父と母(美和子にとっては父方の祖父母)から一台の車が贈られてきた。

結構値が張ったはずなのに、よくやるなぁと当時は半ば苦笑を浮かべずにはいられなかったものだ。

とは言え、両親から祝いの品として贈られた車である。ぞんざいに扱う訳にもいかない。

それ故、今乗っている車を誰かに譲ろうかと考えていると、それを聞いた美和子が自分にその車を譲ってほしいと懇願してきたのだ。

一人娘の頼みであるため、私もそれにはすんなりと了承出来た。しかし、ここで一つ問題が起こった。

 

当時、美和子は17歳の高校2年生。普通免許が取れるとは18歳からであるため、運転免許など持っているわけがなかった。

また美和子は、18歳で免許を取ったとしても将来警察官になるつもりだからそれまでこの車には乗らないと言う。

 

私の後を追って警察官となり、私のように警察官としてこの車を仕事に使って走らせたいという思いがありありと見て取れた。

娘のその想いに、思わず感涙にむせびそうになったのはここだけの話だ。

だが、問題はそこではない。問題だったのは、自宅で車を置いておくためのスペースだ。

 

――そう、我が家が使っている駐車スペースは一台分しかなかったのである。

 

そのため、必然的に美和子が車に乗るまでそれを何処に置いておくかと言う話になって来る。

どうしたものかと頭を悩ませていたが……意外とその問題は直ぐに解決する事となった。

 

何処からその話を聞きつけたのか、私の後輩であり、今は警察学校の教官を務めている鬼塚八蔵(おにづかはちぞう)君がしばらくの間、車を預かると言って来たのだ。

この申し出に、私は恥ずかしながらすぐさま飛びついてしまった。

 

……こうして、私の愛車だった車は一時的に鬼塚君が所有する事となり、それから数年後に宣言通り警察官となった美和子は鬼塚君から返されて来たその車に乗って現場で活躍するようになった。

 

(……そう言えば預かってもらっている間、一度鬼塚君の教え子たちが何かの事件に巻き込まれたとかで結果、この車を傷物にしてしまったと……鬼塚君が土下座する勢いで平謝りして来たっけ)

 

まぁ、その時の修理費もろもろは全部、鬼塚君が持ってくれたからこちらには何も問題は無かったが。

 

(そんな事に巻き込まれたこの車も、今じゃ塗装を変えて刑事となった娘の良き相棒になってくれてるとは……)

 

紆余曲折の果てに私から美和子へと渡る事になったこの車の軌跡に感慨にふけりながら、私は車のエンジンをかけて家路へと向かう。

もう夕飯時は過ぎてしまっている。このまま緊急の用が無ければ、家で妻の作った茶漬けでも食べるとするか。

運転しながら私がそうぼんやりと考えていると、ふいに助手席に座る妻が口を開いた。

 

「……にしても美和子ったら、まさかこのまま独身を通す気じゃないわよねぇ?」

「それは……どうだろうな」

 

妻の言葉に私は言葉を濁してそう返す。実際、あの子がこれからどうしたいかなど私にも分からない。

私自身も、あの娘には心から決めた相手と連れ添って所帯を持って安心させてほしいと思ってたりもしている。あくまで個人的には、だが。

 

(……まぁ、それでと言うわけでは無いが、半ば強引に婚約とキスをしようとした白鳥君には、明日にでも()()()()()()()()()必要がありそうだがね)

 

水都楼での白鳥君と美和子のやり取りを思い出し、私はこめかみに血管を浮き立たせる。

それに気づいていない妻は物憂げに溜息を吐きながら、窓の外を流れる景色を見つめながら言葉を吐き出す。

 

「せっかく奇麗な容姿で育ったのに、このままじゃあ婚期を逃がしてしまうわ。……せめて職場にいないのかしらねぇ、あの娘が気になる相手とか……」

「…………」

 

私はそれに答える事は出来なかった。

水都楼で園子君が言った言葉が脳裏をよぎる――。

 

『え、知らなかったんですか!?最近、佐藤刑事と高木刑事の二人、結構イイ感じなんですよ?』

 

思えば仕事中でも美和子と高木君は一緒にいる事が多かった。

若い男女故に、恋仲とはいかなくてもお互いを意識しあう関係になっていたとしてもおかしくは無いのかもしれない。だが――。

 

(――美和子はもう、()()()()()()()()()()()()()……)

 

私の脳裏に、()()()()()()()()()()()若手刑事の姿が浮かび上がる。

()()()()()()()に所属していたその男性刑事と美和子は、高木君が来るまで良く仕事で行動を共にしている事が多かった。

まるで子供の精神のまま大人になったかのような彼の言動には、当初は美和子のみならず他の刑事たちからも反感を買ってはいたが、次第に美和子と彼の距離が縮まっているのを私は感じ取っていた。

それは父親としての勘から来るモノなのか、同じ職場で働いているため毎日のように二人を見ていたからそう感じたのかは、今となってはもう私自身分からない。

だが、美和子と彼がお互い意識し合っている事は間違いなかった。それは、私のみならず美和子の友人である由美君や他の刑事たちからも気づかれていた事だったから……。

 

――だが、そんな二人の仲を、()()()()()()()()によって無惨にも引き剥がしてしまう事になった。

 

(……美和子は今もまだ彼の事を引きずっているように、私には見える)

「美和子……」

 

隣に座る妻の耳にも届かないほどの小さな声で、私は一人娘を案じるようにポツリと娘の名を零す。

無意識にハンドルを握る手に力が入り、車のヘッドライトが照らす道の先を見据える私の双眸がスッと細まっていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:伊達航

 

 

「ハァ~ッ……」

 

コンビニ強盗事件と佐藤のお見合い騒動から一夜明けたその日の朝。

俺は警視庁前で大きくため息をつきながら出勤していた。

犯人を突き止め、事件を解決できたのは良かったものの、最後の最後で犯人を逃がしちまうという大ポカをやらかし、高木と千葉に迷惑をかけるハメになっちまった。

 

「あれ?どうしたんですか、伊達さん」

「ん?お、佐藤か」

 

肩を落として警視庁へと入ろうとしていた所、後ろから佐藤に呼び止められた。

昨日の白鳥とのお見合い騒動の事などまるで無かったかのようにいつも通りに出勤してきた佐藤に内心「変わんねぇな」と安堵する。

 

あのコンビニ強盗事件で犯人の手によって行動不能になった俺は、千葉が呼んでくれた救急車に乗せられて『米花私立病院』へと運ばれた。

幸い、命に別状は無くただ単に俺の頭に繋がれていたデバイスが外れかかっただけであったため、入院する必要も無く直ぐに治療が終わった。

 

『いやぁ、キミがまた運ばれて来た時は驚いたけど大したことが無くてよかった。……しかし、またこんな事が起こらないとも限らないから、デバイスはまた改良する必要があるね』

 

診察室でカエル先生からそんな事を言われていると、不意に携帯にメールが届いた。

開いてみると相手は高木からで、無事犯人確保だけでなく佐藤のお見合い阻止も成功したという報告だった。

その知らせを見て俺が大きく胸をなでおろしたのはここだけの話だ。

 

「悪かったな昨日は。最後の最後で足引っ張る形になっちまって」

「何言ってるんですか。伊達さんが来てくれたおかげで事件が解決出来たんですよ?それで白鳥君とのお見合いも無くなりましたし、伊達さんには感謝してます私」

 

俺の言葉にそう答えてくれる佐藤の気づかいに少しだけ心が軽くなる。

そんな会話を佐藤としながら俺は警視庁に入り、職場へと向かう。

すると、部屋の出入り口で何故か高木と千葉が不思議そうな顔で中を覗き込んでいる光景に出くわした。

 

「……?二人とも、おはよう!」

 

首をかしげながら隣に立つ佐藤が高木と千葉に声をかけると、それに気づいた二人は俺たちの方へと駆け寄って来た。

 

「佐藤さん伊達さん、おはようございます!……伊達さん、もう体の方は大丈夫なんですか?」

 

高木にそう聞かれ、俺は問題ないとばかりにニカリと笑って答える。

 

「おう!もうすっかりいつも通りよ。……昨日は悪かったな、二人に押し付ける形になっちまって」

「い、いいえ。気にしないでください」

 

そう言ってブンブンと手を振る高木。そんな高木に俺はふと気になったことを質問してみた。

 

「そう言やぁ、高木。白鳥の奴はまだ出勤してねぇのか?」

 

佐藤が了承した事とはいえ、事件にかこつけて結婚を迫ったことに対し、俺は愛妻を持つ身として一言奴に言ってやりたい気持ちだったのだ。

だがそんな俺の心情など無用だとばかりの言葉が高木の口から出てきた。

 

「……ああ、白鳥警部ならちょっと前に佐藤一課長に腕を掴まれて何処かに連れてかれて行きましたね。……何故か一課長、笑顔を浮かべているのに目だけが全然笑ってなくて正直怖かったです」

 

……どうやら、俺が何か言う必要も無かったみたいだ。

「ははは……」と空笑いを浮かべる俺。すると、千葉がその会話に割り込むようにして口を開いて来た。

 

「そんな事よりも伊達さん、佐藤刑事。今、部屋の中で目暮警部が誰かと話をしているんですが、どうも()()()()らしく話している警部の腰がやたら低いんです。……多分、警部より上の階級の人だと思うんですけど俺も高木刑事も見た事ない人なんで、誰なのかなぁ?って思って……。ひょっとしたら、伊達さんたちなら知ってるんじゃないですか?」

「あぁん?……どれどれ?」

「ん~?」

 

千葉がそう言いながら部屋の中を見てほしそうに促してくるため、俺も佐藤も流れるままに部屋の中を覗き込んだ。

すると確かに、警部のデスクの前で目暮警部と誰かが話をしているのが見える。

こちらに背を向けているため顔は見えないが俺よりもはるかに年上の男だ。

恐らく歳は()()()()、ピンと背中は真っ直ぐに伸びているものの、白の多い頭髪は嫌でも男が老人と呼ばれてもおかしくない年齢であることが伺い知れた。

 

……ん?いや、ちょっと待て。あの後ろ姿どっかで――。

 

「あッ!!」

「……あれ?ちょっと、もしかしてあの人って……!」

 

警部と話している男の正体に思い当たり、思わず声が漏れる。

それと同時に隣で一緒に男を見ていた佐藤も男の正体に気づいたようだった。

俺と佐藤が二人して声を上げると、警部と話していた男が耳ざとく俺たちの声を拾ったらしく直ぐにこちらに顔を向けてきた。

 

「……ん?おおッ!伊達に佐藤、久しぶりじゃねぇか!!」

 

片手を挙げて気さくに話しかけてきた男に、俺と佐藤は同時に男の名前を口にする――。

 

 

 

 

 

「鮫崎のおやっさん!?」

「鮫崎警視!?」

 

 

 

 

「……おいおい、佐藤。俺ァもう警視じゃねぇぜ?」

 

驚く俺たちの前で男――鮫崎のおやっさんは苦笑を浮かべながら佐藤の言葉にそう指摘して返す。

鮫崎のおやっさんは俺たちの『元』上司であり、2年前に定年退職をした『元』警察官だ。

現役時代はまだ刑事として駆け出しだった俺や佐藤に自ら進んで教育係を買って出て、刑事としてのイロハをみっちりと叩きこまれたのは今となっては良い思い出だ。

 

「おお、伊達。事故で不自由な体になったって聞いちゃあいたが、案外元気そうじゃねぇか」

「おやっさん、今日は一体どうしてここに?こんな朝っぱらから散歩がてらに俺らの顔を見に来たって訳じゃねぇんでしょ?」

 

物珍しそうに俺の付けたデバイスを眺めてながらそう言うおやっさんに俺がそう尋ねると、おやっさんは「当たり前だろうが、馬鹿」と言いながら俺たちに向けて敬礼をしながら高らかに宣言した――。

 

 

 

「――鮫崎島治。本日付で警視庁刑事部にて『指導員』として着任する。……ま、今日からまたよろしくたのむぜ!」

 

 

 

「「ええぇっ!!?」」

 

おやっさんの言葉に目を見開いて驚く俺と佐藤。

そんな俺たちを前に、鮫崎のおやっさんはカッカと笑いながら言葉を続けた。

 

「ハッハッハ!まぁ、なんだ。……この前あったシンフォニー号の事件で刑事としての心残りは何一つ無くなったはずだったんだが、どうにも現場の空気が忘れらんなくってなぁ。んで、退職者再雇用制度と上層部にいる知り合いのコネ使ってもう一度『指導員』としてここに復帰させてもらったってわけよ」

 

そう言いながらおやっさんは懐から大きく『指導員』と書かれた腕章を取り出すとそれをもう片方の腕にポンポンと押し付けながら俺たちに見せつける。

俺は突然の事に呆気にとられながらも内心で高揚感を疼かせながら口を開いた。

 

「はぁぁ、まさかおやっさんとまた仕事をする日が来るだなんてなぁ」

「ハッハ!まぁあくまで駆け出し共の育成がメインになるんだがな。……そこにいる若僧(わかぞう)二人なんざぁ、なかなかしごきがいがありそうじゃねぇか」

「「いっ!?」」

 

そう言いながらおやっさんの視線が俺と佐藤からそばで成り行きを見守っていた高木と千葉に移動する。

唐突に視線を向けられた二人は妙な声を漏らして固まってしまった。

そんな高木たちの様子を気にせず、おやっさんは二人の顔を覗き込んで楽し気に口を開く。

 

「ほぉ~、二人ともなかなかの面構えじゃねぇか。こりゃあ、教育のし甲斐が有りそうだぜ」

「……あ~えっと、すみません。一応僕の教育係は伊達さんになっておりまして……」

「そぉかぁ。なら俺は小太りなそこのあんちゃんにすっか!」

「た、高木さぁん!?」

 

ありゃりゃ。おやっさんの言葉に高木は俺をダシに華麗に回避したが、残った千葉が完全にロックオンされちまったみてぇだ。

おやっさんに肩に腕を回されて拘束された千葉の悲鳴がその場に響く中、俺はまた賑やかになりそうだなと、そう笑みを浮かべずにはいられなかった――。




少し遅れましたが、最新話投稿です。
前回、短くなると書いておきながら本文は七千字越えです(笑)。

今回の『本庁の刑事恋物語4』は、佐藤正義と伊達航を介入させただけで原作の流れに変化はありません。
したがって軽いキャラ説明は今回はありません。

そして、最後に登場した鮫崎さんですが、この作品では『踊る大捜査線』の和久平八郎(わくへいはちろう)ポジションで活躍させていきたいと思っています。
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