今回は短めです。
SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)
――ある日のいつもの診察室で、私は見慣れた若い夫婦を相手に健康診断を行っていた。
「……はい、これにて今回の健康診断は終了。二人とも、今まで通り体調は良好だよ。お疲れ様」
一通りの健康診断を終え、診断書に二人の体調を記入しながら私はその夫婦に声をかけた。
「いやぁ、今回もありがとうございました。何も不調な点が無くてよかったです」
「ホントーに、夫共々カエル先生には感謝しかありません。ありがとうございまぁす♪」
眼鏡をかけてちょび髭を生やした夫の方は真摯に、そして大きな巻髪が特徴的なロングヘア―の妻の方はややキャピキャピした口調でそう感謝の言葉を述べた。
――この二人の名前は
この二人との付き合いも毛利君や妃君と同じくらいに長い。
毛利君ほどではないにせよ、二人は昔、僕の治療を受けた事があった。以来、健康管理を徹底して定期的に僕の病院を訪れ、こうして健康診断を受けるようになっていた。
「……しかし、遠路はるばる今住んでいるロサンゼルスからここまで健康診断を受けに来るだなんて、マメというか律義というか……」
「ハハッ、今まで出会ってきた医師の中でアナタが一番信頼のおける人でしたからね。医療面でこれほど頼りになる人はそうそういませんよ」
私の言葉に優作君は結構私を持ち上げた言葉を返す。
それに私は苦笑を零しながら、彼に忠告をかねて言葉を続けた。
「そう言えば優作君は仕事上、パーティーやらなんやらでお酒を飲む機会が多いと聞くよ?仕事上の付き合いだから仕方ないけれど、健康状態を維持したいのなら、飲み過ぎだけは出来るだけ注意するようにね?」
「ええ、分かっていますよ。
そう言って優作君も苦笑を浮かべながらそう答えた。
――彼がまだ人気が出る前……駆け出しの小説家だった頃の事だ。
この頃は何事にも余裕を崩さない今と違い、まだ社会の事をあまり分かっていない青年だった彼は小説家としての業界の荒波に翻弄されていた。
最初こそ彼は戸惑うも、それでも持ち前の高い才能と若さ故の吸収力でその荒波を自分なりのやり方で乗りこなし、自身をその環境に短期間で適応させ、その上で自分の作品を世に送り出すのを繰り返し続けた。
その努力が世に認められ彼は一躍時の人となるのだが、それに熱中するあまり、彼は自身の生活環境を悪化させている事にまるで気づいていなかった。
期日までに小説を完成させないといけないからと連日連夜徹夜明けをするのはもちろんの事、編集者たちや自身を支援してくれている人たちとのお酒の付き合い。作品が大ヒットを記録すればその祝賀会の主役として出なければいけず、そこでの初対面の人やファンの人たちの粘質な質疑応答に飲まれてストレスを抱えることもしばしば。
そんな事を繰り返していた彼は、やがて自身の生活リズムを完全に崩してしまい、健康管理もままならない状況にまで追い詰められてしまっていた。
仕事に追われる日々による過労とストレス、若さゆえに飲みなれないお酒の多量摂取でとうとう彼は肝臓を壊してしまったのだ。
「いやはやお恥ずかしい。あの時は本当にカエル先生にはご迷惑をおかけしました」
「若さゆえに無茶をするのも仕方ないかもしれないが、自分の事はもっと大事にしないとね?」
「この病院に搬送されたのは本当に幸運でした。おかげで一週間と経たずして退院出来ましたし、前よりも元気に仕事に打ち込むことが出来ましたよ。……まあ、もうあんな目に遭うのはごめんでしたから、先生の言いつけ通り、その後は健康管理を徹底しましたし、仕事量にも気を付けるようになりましたけど」
「うんうん。よく肝に銘じているようで大変よろしいね」
私と優作君がそんな会話をしていると、横から有希子君が話に入って来た。
「ンフフフッ♪優作ってば、昔は結構無茶する性格してたのねぇ~。初めて聞いたわ♪」
「若気の至りと言うやつだよ」
口元に手を当ててムフフと笑う有希子君に指先で頬をポリポリとかきながらそう返す優作君。
そんな有希子君に私はやや呆れた表情を浮かべながら口を開いた。
「……と言うか有希子君。キミだって優作君と似たり寄ったりな事をしているの、忘れてないかい?」
「な、何の事でしょうか先生?」
そう返す有希子君だったが、その目は明らかにザッパンザッパンと大きく泳いでいる。
私はやれやれと肩をすくめながら言葉を続けた。
「……君がまだ高校を卒業して間もない頃。舞台での練習中に調子に乗って脚本には無い派手なパフォーマンスを行おうとして誤って足を踏み外し舞台上から転落、お尻を強打して尾てい骨を骨せ――」
「――キャー!!キャー!?言わないでください先生―!!」
両手で顔を覆って「いやんいやん」と首を激しく振る有希子君。その両手からはみ出て見える彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
それを見た私と優作君は同時に空笑いを浮かべる。
「うぅ……私の人生の中でもあれは記憶から抹消したい数少ない失敗と恥辱よぉ~。優作がカエル先生を紹介してくれたおかげで数日もしない内に治ったけれど今でも鮮明に覚えてるわ。うつ伏せに診察台に寝かされた私は、カエル先生に向けて痛みにひりつくお尻、を……あぁ……!」
「ちょっと有希子君。その言い方だとまるで僕がキミにいかがわしい事をしたかのように聞こえるから止めてくれないかい!?」
両頬に両手を添えて赤裸々と言わんばかりにそう言う有希子君に対して私は思わずそう突っ込む。
誤解を招くようなことは言わないでほしい。私はただ医師としての使命を全うしただけだからね!?
触れてほしくない過去を蒸し返した私への仕返しのつもりだろうか?
そんな私と彼女のやり取りを今度は優作君が傍からくすくすと笑って見せる。
「フフフッ……大丈夫、分かっていますよカエル先生。先生はただ自身の責務を果たしているにすぎません。事実、私たちは先生に心から感謝しているんです。昔の事も……
「……はて?この前と言うと……?」
優作君の言う『この前の件』と言うのが何なのか直ぐには分からず、私は首をかしげる。
そんな私に優作君は直ぐに答えて見せる。
「ほら。前に私たちが帰国し、阿笠博士に新一が幼児化したと聞いた時に私たちが仕組んだ
「……ああ、あの時の。……でも、あの時僕は結局何もしなかったけどね?」
――それは、新一君が『組織』によって幼児化されてまだ間もない頃。
日本に一時帰国した優作君たちは、
私は直接かかわった訳じゃないが、後から博士に聞いたところ、何でも優作君たちは
だが、前述にも示した通り、私はその件に関してはほとんど関与していない。
せいぜい新一君が一時、江戸川文代(有希子君)から逃げ出した時に、優作君から「新一がそちらの病院に助けを求めに来る可能性がありますから、来たらすぐに連絡をください」と一報が来てそれに了承したくらいである。
結局、新一君はその後、博士の方に助けを求めに行ったみたいなのでそれから後の事はノータッチだ。
「ええ。ですがもしあの時
「必要ないよ?結局はキミの計画通りに上手くいったわけだしね?」
軽く両手を合わせてそう言う優作君に私はやんわりとそう返して見せた。
そうして健康診断を終えた優作君たちは、帰り支度をして診察室を後にする。
去り際に二人は振り返り、椅子に座る私に向けてそれぞれ口を開いた。
「何か困ったことがありましたらいつでもご連絡ください。先生の頼みであればどんなことでもご協力いたしますよ」
「私も♪……ですから先生?く・れ・ぐ・れ・も!『お尻の一件』はご内密にお願いしますね?も・ち・ろ・ん!新ちゃんにも!ですよ~?」
優作君はいつも通り真摯に、有希子君は怖い顔で力強く念押しの言葉を残してその場を去って行った――。
「はぁ~やれやれ。あの二人に頼むような特大案件が私の所に転がり込むような事なんてあるのかねぇ?」
誰もいなくなった診察室で私はぼんやりとそう呟きながら、次の患者を迎えるべくすぐに準備に取り掛かる――。
――それから間もなくして、私の思っている事とは裏腹に、思いがけない一件に私は遭遇する事となる。
その一件の内容から、私一人の力ではどうにもできないと判断し、二人に助力を求める事になるのだが……。
――それはまた別の話。
今回は工藤夫妻登場回なため、軽いキャラ説明はありません。