とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。


カルテ29:加藤祐司/片桐真帆【2】

SIDE:江戸川コナン

 

 

「ひ、人が燃えてんで!!」

 

隣で服部がそう叫ぶのを耳にしながら、俺はその光景に釘付けになっていた。

たった今、爆発音らしき音が響いたかと思うと次の瞬間には大阪城の屋根の上で人間が火ダルマになっているのだから思考が停止するのも当たり前だ。

しかし、火ダルマになったその人物が大阪城の屋根瓦の上を転がり落ち始めるのを見ると俺はようやく正気を取り戻し、我先にとその人物が落ちて来るであろう落下地点へと急ぐ。

一足遅れて服部と服部本部長も俺の後に続く。

 

「毛利君!キミは救急車と警察に連絡を!吉野君は病院に戻って預けてある()()()()()()()()()を持って来るんだ!出来るだけ急いでほしい!」

「「わ、分かりました!」」

 

背後で雨音に混じって俺たち同様現場に向かおうとしていたおっちゃんをカエル先生が呼び止め、おっちゃんと吉野さんに指示を出すのを耳にしながら急ぐ足を速めた。

そうこうしている内に、火ダルマになった人物は屋根から落下し、石垣の茂みの中へと落ちた。

すぐさま俺と服部が駆け寄ると上着を脱いでその人を包む火を消しにかかる。

そして火が消えたのを確認すると、服部は後からやって来た服部本部長へと叫んだ。

 

「親父!救急車は!?」

「心配すんな!カエル先生らがもう連絡しとる!それよりもその人はどうなんや!?」

 

本部長の言葉に俺と服部は視線を火ダルマになっていた人物へと戻す。

全身が焼けただれたその人物は、髪をオールバックにした30代半ばくらいの男性だった。

 

「オイ!何や!?何があってんや!!?」

「あ゛……う゛ぁ……あぁ……!」

 

服部がそう呼びかけるも、男性は口を開閉するばかりで声が出ないようであった。

どうやら火に包まれた時、喉をやられたようだ。

 

すると次の瞬間、男性は震える手で何故か服部が持つ蘭から借りた傘――()()()()()()()()()()のだ。

 

「「「!?」」」

 

その行動に目を見開く俺と服部と本部長。するとその直後にカエル先生が大きめのカバンを抱えて現場に駆けつけてきた。

 

「服部君!彼の容体は!?」

「あ、カエル先生!結構ヤバい状態やで!!」

 

カエル先生の言葉に服部がそう返しながら先生と立ち位置を交代する。

服部と入れ替わるようにして倒れる男性のそばに屈んだカエル先生は急ぎカバンから緊急治療キッドを取り出す。

 

「あ……あ……ぁ……――」

 

だがその間にも男性は小さく声を上げながらガクリと意識を手放していた。

 

「!!……オイ!しっかりせぇ!!オイ!!」

 

それを見た服部が慌てて声を上げる。しかしそれをカエル先生がやんわりとした声で制した。

 

「心配ない。まだ間に合うよ」

「!……ほ、ホンマか先生!?」

 

驚きながらカエル先生を見る服部に、カエル先生は力強く頷いた。

そうして手早く上着を脱いでシャツの袖をまくり、手術用マスクと手袋をつけるとカエル先生はそばに立つ服部と本部長へと声をかける。

 

「すまないが、今降っている雨が治療の邪魔になる。君たちの持つ傘で少しの間雨よけをしてほしい」

「わ、分かった!」

「分かりました」

 

二人は直ぐに傘をカエル先生と男性の上に差し、雨が濡れないようにする。

その間にもカエル先生は手早く注射での薬品投与を男性に済ませると、男性の上半身の服を手早く鋏で切り、鋏からメスへと持ち替えた。

 

「ま、まさか。ここで手術するつもりなんか!?」

 

それを見た服部が驚きにそう声を漏らし、横で見ていた本部長も細い目を僅かに見開く。

 

(……そう言やぁ服部がカエル先生の手術を見るのはこれが初めてだったな)

 

俺がそんな事をぼんやりと思った直後――。

 

 

 

 

 

――カエル先生が持つメスが、男性の体の上で電光石火の勢いで動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その場にいた全員が皆一様に言葉を失った。

 

服部や服部本部長のみならず、遠巻きに様子をうかがっていた旅行客などの通行人たちも。

俺はもう見慣れた光景だったからそこまで驚きはしなかったが、相変わらずカエル先生の腕は「凄い」の一言に尽きる。

神速の勢いでまるで魚を捌くように動き続けるメス。しかもその動きに一分の隙もミスも無い――と言うか、それ以前にあまりにも早すぎて今先生が何をやっているのかすら分かり難かった。

 

「――……かはぁッ……!」

『!!』

 

唐突に男性が息を吹き返す。どうやらいつの間にかカエル先生は心肺蘇生を済ませていたようだ。

全員が唖然とする中。連絡を受けた大阪府警に救急隊員たちやおっちゃん、そして吉野さんがカエル先生が頼んでいたボストンバッグを持って駆けつけて来る。

 

「先生。バッグを持ってきました!」

「よし!吉野君に他のみんなも、手伝ってくれ!」

 

カエル先生のその一声で、俺を含むこれからやる事を理解していた人たちはすぐさま行動を開始した。

バッグの中にある携帯型無菌室を膨らませ、その中に患者である男性を入れる。

その間に、カエル先生が私服から手術着へと着替えを済ませ、無菌室に入ると再び患者(男性)を前に手術を再開した。

無菌室に入れる前よりもさらに鋭さを増した先生のメスさばきは、火傷まみれの男性の体を繊細に、そして大胆に荒らしていく。

その常人離れした巧みな技術に皆言葉を飲み込み、ただただカエル先生の手術に目を見張っていた。

遠巻きに見ている通りすがりの人たちでさえ、普通なら男性の体がメスで切られて体内が見えている状態だと言うのに、誰も目を背けようとしない。それどころか、携帯を取り出して写真や動画を撮る人たちがいるくらいだ。

 

それ程までにカエル先生の巧みな治療技術は、体内が露出してグロテスクな状態をさらしている男性よりも圧倒的な存在感を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やがてカエル先生の治療がひと段落着き、手術が終わる。

 

全身に包帯を巻いてミイラ男と化した男性は、先程一度、呼吸が止まったのが嘘のように安定した寝息を立てながらスヤスヤと眠りについていた。

 

「術式終了。峠は越えたから、彼を病院へと運んで集中治療室(ICU)に」

「わ、分かりました」

 

カエル先生にそう言われた救急隊員の一人が、半ば放心状態のままそう答え、男性を救急車へと運んで行った。

その瞬間、遠巻きに見ていた旅行客の人たちからワッ!!っと拍手喝采が起こる。

まぁ、気持ちは分からないわけじゃない。こんな事、早々立ち会える機会なんて無いだろうしな。

周りが騒々しく騒ぐ中、俺は隣で未だに呆然と佇む服部に向けて声をかけた。

 

「どうだ?とんでもねぇだろ?カエル先生は」

「……は、ハハッ……あの先生、大国主命(オオクニヌシ)の神さん(医療をつかさどる神)の化身なんとちゃうか?」

 

引きつった笑みを浮かべながら服部はカエル先生を凝視する。

すると手術用のマスクを外しているカエル先生のもとに、服部本部長が先生に拍手を送りながら歩み寄って来た。

 

「いやぁ、お見事でした。神の領域とうたわれる先生の執刀、しかと拝見させてもらいましたわ」

 

心底感服したと言わんばかりの本部長のその言葉に、カエル先生は一瞬苦笑を浮かべると直ぐに真剣な顔になって口を開く。

 

「医者として僕が出来るのはここまでです。……後の事は頼みましたよ?」

「ええ、お任せください」

 

カエル先生のその言葉に、本部長さんはしっかりとそう頷いて見せた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:????

 

 

――……何だ?

 

――何なんだ、あの医者は!?

 

――仕留めたと思った。確実に息の根を止められたと思った!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

――だから、たとえ周りの人間に救急車を呼ばれようと助かるはずがない。そう確信していた……!!

 

――その……はずだったのにぃッ……!!

 

――たまたま居合わせたカエル顔のあの男のせいで全て台無しになった……!!

 

――どうする?奴が救急車で病院へ運ばれた以上、警察が見張りに着くのは必然。もう死にぞこなったアイツを仕留める事は出来ない……!

 

――……ならば仕方ない。悔しいが、このまま()()()()()()計画を移行するしかない!

 

――……今度は絶対に失敗しない。確実に仕留める……!

 

――もう、あの妙な医者に横槍を入れられないためにも……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:江戸川コナン

 

 

救急車が男性を乗せて走り去るのとほぼ同時に、近くで待機していた大阪府警が現場を保存しにかかる――。

俺と服部はそれを横目に、本部長さんが警察としての仕事をするためにカエル先生から離れたのを見計らって先生へと声をかけた。

 

「相変わらずスゲェな、カエル先生は」

「医者としては死の淵に瀕した人間に全力を尽くすのは当り前だよ。……でも、分かってるとは思うけど、あの患者から何が起こったのか事情を聴くのはまだしばらく先になるね?何せ重度の火傷の上、あの高さから落ちたんだ。全身複雑骨折もしてたから話を聞けるのは三日くらい先になるだろうね?」

「み、三日て……そらあいくら何でも早すぎやしませんか先生?」

 

カエル先生のその言葉に、口元を引きつらせながら服部がそう尋ねると、先生はキョトンとした顔で続けた。

 

「……?僕の診断が信用できないのかい?先の手術で火傷による呼吸困難を気道確保で治した流れで、骨折している中で重傷だと思える個所を全て補強、復元して治療したからそれくらいの期間が妥当だと判断したんだが……」

「…………」

 

まさか、あの短時間での手術でそこまでの事を行っていたとは思っていなかったのか、カエル先生のその言葉に服部はあんぐりと口を開いたまま沈黙する。

 

……まぁ、俺はもう慣れちゃってるからそれ程驚きはしねぇけど。

 

ハァ、とため息と一つ付いた俺は未だに呆然と佇む服部の(すね)目がけて軽く蹴りを入れる。

 

「オイ、いつまで呆けてるつもりだよ。……調べんだろ?大阪城の屋根の上」

「……お、おお、そうやな!」

「気を付けるんだよ?僕はあの患者(男性)を診にこれから病院へと向かうから」

 

俺の言葉にハッとなった服部はすぐに返事をし、それを見ていたカエル先生がそう言ってその場を去ろうと歩き始める。

が、直ぐに何かを思い出したらしく立ち止まると、俺たちの方へと振り返り言葉を続けた。

 

「……そうだ。言い忘れてたけど、あの患者(男性)の所持品は全部、服部本部長に渡しておいたから、気になる様なら彼に頼んでみると良い」

「ゲッ……親父にか?ったく……」

「ほら、行くぞ?」

 

悪態をつく服部を引っ張りながら、俺は大阪城内へと入って行く。その背後でカエル先生は俺たちの姿を静かに見送っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:三人称視点。

 

 

「……そうそう、これやこれ!私の財布!」

 

大阪城近くの土産物屋。先程、蘭を連れて入ったその店の中で和葉は探していた財布が見つかり、歓喜の声を上げる。

大喜びする和葉を見ながら、土産物屋のおばさんは笑いながら口を開いた。

 

「感謝しいや。きっとアンタが直ぐに取りに戻って来る思て、警察に届けんととっといてあげたんやから。……大事な財布やったんやろ?ぎょーさんお守り入ってたし」

「うん!ありがと、おばちゃん!」

 

おばさんに感謝する和葉の横で、蘭が不思議そうに首をかしげる。

 

「あれ?お守りって一つだけじゃなかったの?」

「魔除けのお守りも買い足しといてん。前みたいに事件におおて、大阪見物が台無しにならんように!」

「へぇ~」

 

蘭がそう相づちを打ったその時だった。

今し方まで一緒に話していたおばちゃんが、知り合いらしき中年のおじさんと何やら話をした途端、素っ頓狂な声を上げたのだ。

 

「ええッ!?火ぃついた男が天守閣から落ちてきたぁ!?ホンマかそれ!?」

「ああ!今、警察と救急車来てえらい騒ぎになってんで!」

 

おじさんがそう言って頷く傍ら、蘭と和葉は沈黙したままその会話に耳を傾ける。

やがて和葉が「はぁ~っ」と大きくため息をつくと、手に持った財布の口を開け、そこから大量のお守りを取り出していた――。

 

「……効かへんやん、コレ」

「……だね」




遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

最新話投稿です。

短めですが切りが良いので、ここで区切りをつけて投稿とさせていただきます。
ここから先は、まだ構成がしっかりと出来ていないので次回の投稿はしばらく時間がかかるかもしれません。

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