とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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軽いジャブ回、その5です。



つ……ついに、ランキング第1位に……!?
この作品を読んでくださっている読者の皆々様。
本当に、ほんっっっとうにありがとうございます!!


カルテ6:白井光雄

私こと白井光雄(しらいみつお)があの先生と出会ったのは、私が医大の受験に失敗して、人生初の浪人生活を送っていた時だ。

人生初の挫折を味わい、そのショック故か私は受験勉強に身が入らない日々が続いていた。

食事をとって寝て、起きてまた食事をとるというその繰り返し以外で何かをやろうという気力すらわかない、そんな無気力で怠惰な毎日。勉強をしようと机に向かってもそこから先に一歩たりとも進めない。

そんな鬱屈した日常を私は苛立ちと諦観の間でもがき苦しみ続けていた。

そうして日に日に近づいてくる次の受験日。

私は一向に身が入らない勉学と近づいてくるタイムリミットに追い詰められ、いつしかこう考えるようになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

――何とか大金を積んで入学できないモノか、と。

 

 

 

 

 

 

 

自慢ではないが私の実家は裕福な方だ。

勉強に身が入らなくなっていた私にも、両親は「バイトをしろ」「働け」などと言った小言を言う事は無かった。

自由にさせていてくれていたし、娯楽にふけるためのお金も文句一つ言わずにポンと出してもくれていた。

私が両親に頼めば医大の教授を買収してくれるかもしれない。そうすれば私も医大に入学できいずれは医者として成功するだろう。

だが、流石の両親も最初は協力してくれないだろう。何せ分かりきっている事だが、これは明らかな犯罪だ。

そんな事に実の息子の頼みとは言え直ぐに頷いてくれるわけがない。

それから私は、どうやって両親を説き伏せようか考えるようになっていた――。

 

――それで罰が当たってしまったのだろうか。

 

気分転換に外出し、そんなことを考えながら歩いていたせいで、私は後ろから走って来る車に気づくことが出来なかった――。

 

 

 

 

 

 

――気づいた時には遅く、私の体は宙を舞い、地面に仰向けに寝転がる形となった。

 

 

 

 

 

 

――痛い。

全身に激痛が走り、断末魔を上げている。

意識が朦朧とし、視界が真っ赤に染まっている。

……私は、ここで死ぬのだろうか。そう、ぼんやりと思っていると、不意に私に向けて声がかかった。

 

「君!大丈夫かい?しっかりするんだ!」

 

その声の主が真っ赤に彩られた私の視界に映る。

30代くらいの男性だった。それも、何とも特徴的な顔をしている。――カエルのような顔だった。

そこで私は意識を失い――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気が付けば私は、病院のベッドの上に寝ていた。

そばには私の両親と先程のカエル顔の男性が立っており、両親の話では私が車にはねられた時、たまたまその現場に居合わせていたのだとか。

運がいい事にその男性は医者だったようで、その場で私に応急処置を施すとそのまま自分の勤める病院に救急車で運んで来たらしい。

 

(……さすが、現職のお医者さんは手際が良い)

 

私は素直に感心していたが、そんな私に彼は思わぬ爆弾を投下してくる。

 

「全身複雑骨折の重傷でしたが大丈夫です。()()()()退院できるでしょう」

 

その言葉に私も両親も開いた口が塞がらなかった。

受験生の身分である私にもわかる。

全身複雑骨折の重傷などたった数日で完治出来るわけがない。少なくとも何ヶ月かの入院が必要だ。

しかし他の医師や看護師に聞いたところ確かな事実らしく、今自分の全身をミイラのように巻かれているこの包帯も明後日には取れるのだという。

それを知った瞬間、私はこのカエル顔の医者に強い興味を抱かずにはいられなかった――。

 

 

 

 

 

 

――それから退院するまで、毎日のように私はカエル顔の先生と会話を重ねた。

先生との会話は医者を目指す私にはとても楽しく、また先生が話してくれる医学知識も興味を欠かないモノばかりで時間が過ぎるのも忘れて先生の話にのめり込んでいった。

 

だが、そんな楽しい時間もあっという間に過ぎ、気が付けば私の退院日は明日へと差し迫っていた。

その日、私は意を決してカエル顔の先生とある質問を投げかけてみた。

 

「……先生、あの……。先生って今まで何人も手術とかで患者を治しているんですよね?」

「ああ、そうだね。もうこの歳でも数えきれない人たちを治してきたよ?」

「あの……とても聞きにくい事をお聞きしますが……先生も一人の人間ですからその……医療で失敗することとかはあったんですか……?」

「……本当に聞きにくい事を聞くね」

 

苦笑するカエル顔の先生に私は慌てて言う。

 

「す、すみません。私も医者を志している者ですからその……どうしても気になってしまって……」

「キミは、医者を目指しているんだったね?」

「はい……。今は浪人の身ですけど」

 

カエル顔の先生の問いかけに、私は俯いて小さく答えた。

少しの沈黙の後、カエル顔の先生は静かに私の質問に答えた。

 

「……あったよ。もっとも今はもう無いが、駆け出しの頃(前世)は小さいながらもミスを連発したものだね。その度に先輩たちからどやされたりしたものさぁ」

 

私はその答えに驚いた。先生のような凄腕の医者でもそう言った失敗をしている事に意外だと感じずにはいられなかった。

それが顔に出ていたのに気づいたのかカエル顔の先生は真摯な姿勢で私に語り掛ける。

 

「失敗しない人間なんてこの世にはいないよ?誰しも長い人生、生きていれば必ずそういった事にも遭遇するモノだからね?」

「…………」

「失敗をしないよう努力する。……それは大事な事だが、もう一つ大事なのは――」

 

 

 

 

 

「――自分が失敗したそれから何を学ぶのか、だね」

 

 

 

 

 

「……失敗から、学ぶ?」

 

オウム返しに聞く私に、カエル顔の先生は静かに頷く。

 

「その失敗から『何が悪かったのか』『何がいけなかったのか』……そういった事を見つめなおし、自分なりの答えを出す事で、人は成長していくんだよ。学ぶことが多ければ多いほど、人は今より一回りも二回りも大きく成長し、強くなることが出来るのさぁ。……まぁもっとも、それだと『失敗をたくさんしろ』って意味に聞こえちゃうかもだけどね?」

「…………」

「キミはまだ学生の身だ。何度だって失敗できるし、何度だって挑戦できる。……患者の命を預かる身になって、そういったミスが許されない立場になった僕とは違ってね?」

「先生……」

 

何故か眩しいモノでも見るかのようにカエル顔の先生は目を細めて私を見据える。

私はそんなカエル顔の先生に何と声をかけるべきなのかまるで分らなかった。

だがそんな私に構わず、今度はカエル顔の先生から私に質問がかけられた。

 

「……キミは、医者を目指していると言ったが、何故、()()()()()()()()()()()()()()?」

「……え?」

「職種なら他にいくらでもある。だがキミは、その中から医者という職業をあえて選んだ。……お金持ちになりたい、有名になりたいとかそんな理由なのであれば、わざわざ浪人までして医者を目指そうとは思わなかったはずだよ?」

「…………」

「だがキミは、それでも医者になる事を諦めなかった。それはキミが医者という職業に対して、何か特別な思い入れ――キミの『原点』とも呼べる理由があったんじゃないのかい?」

 

…………。私の、医者を目指そうと思った原点……。

医者になろうと思ったきっかけ……。

 

……………………………………。

 

……………………。

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ。

 

 

 

 

思い出す。思い出した。

私が医者になろうと思った、そのきっかけ。

ふいに私の肩に手が添えられる。

視界一杯に、カエル顔の先生が微笑んでいるのが見えた。

 

「今、キミが思い出したその『原点』……。大切にするんだよ?」

 

そう言い残すと呆然とする私を置いて、カエル顔の先生は病室を去って行った――。

 

――そして、それと同時に私の中にあった医大に裏口入学しようという企みは、奇麗さっぱり消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あれから十年の時が経ち、私は医者になっていた。

あの年の医大受験には残念ながら落ちてしまったが、その後私は自分でも分かるほどにメキメキと勉強に打ち込むことが出来、その次の年の受験には見事合格することが出来たのだった。

二浪したのは痛手だったが、それでもその失敗で学ぶことは多かった。

だからこそ私は、今の自分に何も恥じるモノは無い。

 

――私は今、一人前の医者となって米花私立病院を訪れている。

今日から私もここで働くのだ。そしてここには……私を諭してくれたあの先生も働いている。

 

十年間会う事の無かった先生はその分、老けてはいたが特徴的なカエル顔は未だ健在だった。

私は込み上げてくる嬉しさを押し込めて先生に声をかけようとし、それよりも先に私を見た先生が笑って口を開いていた――。

 

「ああ、久しぶりだね?元気だったかい?」

 

――驚いた。十年も会わなかったというのに、この人は患者の一人でしかなかった私の顔を覚えていてくれたのだ。

そんな私に、カエル顔の先生は笑って答える。

 

「ハハッ、僕は人の顔を覚えるのが得意でね。特に自分の患者だった人たちは今でも全員覚えているんだよ」

 

そう言ってカエル顔の先生は、あの時のように私の肩にそっと手を置いた。そして、真っ直ぐな瞳で私を見据えて言う――。

 

 

 

 

 

 

 

「――おめでとう、医者になれたんだね。……よく、頑張った」

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……」

 

小さく声が漏れる。気づくと私の目からボロボロと涙がこぼれだしていた。

とても……とても嬉しかった。この10年の努力が、苦労が、ようやく報われたような気がして――。

そしてそれを、一番認めてほしかった人に言ってもらえて――。

静かに泣き続ける私の背中を、カエル顔の先生はポンポンと叩く。

 

「さ、涙を拭きなさい。患者たちが僕たちを待っている。……キミにはこれから覚えてもらいたい事、やってもらいたい事が山ほどあるんだ。最初は辛いかもしれないが、なぁに、直ぐに慣れて来るよ?」

 

その言葉に私は強く頷く。辛い事なら今までだって何度もあった今更ここでへこたれるつもりはない。

それに……今日から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の背中が目の前にあるのだ。だから、この先何があったって折れる事は無い。そう思える。

 

目元を拭っていると先に歩き出したカエル顔の先生が、肩越しに振り返りながら口を開く。

 

「さぁ、行こうか。白井先生?」

「はいっ!」

 

私は強く頷くと、その背中に向けて駆け出していた――。




軽いキャラ説明。



・白井光雄

アニメオリジナル回、『総合病院殺人事件』の犯人。
交通事故で冥土帰しに怪我を治してもらった上、彼に悩みを打ち明け諭されたおかげで裏口入学を企てず、自力で医大に受かり医者になった。
一人前の医者になってからは、アニメでの『米花東総合病院(べいかひがしそうごうびょういん)』ではなく、冥土帰しのいる米花私立病院へと勤務する。

そのため、被害者だった江藤勝利(えとうかつとし)にゆすられる事も無いどころか、彼との面識も全く無くなった。

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