とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。

最近、一万字前後まで書くのが連続しているため、ここら辺で手短なショートストーリー(一話完結方式)へと立ち戻って行こうかと思います。



カルテ30:平澤剛

SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)

 

 

――ある日の夕刻頃。米花私立病院に緊急の連絡が入った。

 

「……何だって?子供が階段から転げ落ちて重傷?……分かった直ぐに準備するよ」

 

小学生の子供が重傷を負ったという一報が入り、私はすぐさま救急車で運ばれてきたその子供の治療に当たった。

子供は頭に大怪我を負っており、いつ死んでもおかしくはない状態だったが、それでも私は全力で救命にとりかかった。

そのかいあって子供は死の淵から生還し、駆けつけてきた親族の方たちと共に集中治療室へと運ばれて行く。

それを見届けた私はふぅっと一息ついて肩の力を抜いていた。

そして小休憩に自販機から缶コーヒーを買って備え付けの長椅子に座ってくつろいでいると、警察官の服装に身を包んだ男性がこちらにやって来る。

話を聞いてみるとどうやら例の子供が階段から落ちた際に一番先に現場に駆けつけて来た警官らしい。

私は子供が一命を取り留めた事を伝えると見て分かるほどにその警官は安堵の笑みを浮かべていた。

そんな彼に、私はあの子に一体何があったのかと問いかけると、その警官は眉間にしわを寄せながらポツリポツリと話してくれた。

 

――なんと子供が公園の階段を下りている際に、後ろから酔っぱらったサラリーマンの男に蹴り落とされたのだという。

 

それを聞いて私は思わず憤慨した。

酔っていたとはいえ、子供を階段から蹴り落とすなどどうかしている。

しかも時間はまだ日が出ている時刻だ。そんな時間からお酒をのむなど……ましてやまだ仕事中の時間なのではないのか。

私が警官にそう問いかけると警官はそれに素直に答えてくれた。

 

「仕事が早く終わったので、その足で飲みに出たようなのです。何件かハシゴして公園で休憩しようとしていた所、あの子供が目の前で歩いていたので邪魔に思い、思わず蹴ってしまったと……」

「……信じられない動機だね」

 

私がそう感想を述べると警官も「同感です」と言わんばかりに強く頷いて見せる。

 

「ですがご心配なく。その男は既に現行犯逮捕しており、今は最寄りの警察署で事情聴取中です」

「それは良かったけど……。それにしてもそんな理不尽な事をした男は一体どんな奴なんだい?悪い意味で一度顔を見てみたいよ」

 

そう私が言うと、警官はおもむろに警察手帳を出してパラパラと(ページ)をめくりながら口を開く。

 

「加害者の男はどこにでもいる一般企業に勤める会社員で、名前はえ~と……――」

 

 

 

 

 

「――平澤剛(ひらさわつよし)と言っていました」

 

 

 

 

 

「……何だって!平澤剛!?」

 

警察官の口から聞かされた加害者の男の名前に私は思わず声を上げてしまう。

それに驚いた警官は目を丸くしながら私に問いかけてきた。

 

「ど、どうしたんですか先生?……ひょっとしてその男の事を何か知っているんですか?」

 

警察官のその問いかけに、私は苦虫をかみつぶしたような顔でそれに答えた――。

 

「……知っているも何も、彼とは三年前にも一度会ってるんだよ――」

 

 

 

 

 

「――しかも今回と全く同じく……酔って子供を階段から突き落とした、その現場でね……!」

 

 

 

 

 

「な、何ですって!!?」

 

私の言葉を聞いて、今度は警官が声を上げていた。

 

その声を聞きながら、私は当時の事を振り返る――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――三年前のその日。私は夕方の帰宅ラッシュの人の波に流されながら駅の舎内を家路へと向けて歩いていた。

米花町から二つほど隣にある町で自宅療養をしている患者の往診の帰りだった。

その日は運悪くいつも使っている愛車を車検に出しており、その患者の家が駅から近かったこともあって私は病院との往復に電車を使う事にしたのだ。

周りにいる誰もが仕事での体の疲れを引きずり、家路へと足早に歩いて行く。

私もその一人であり、何事も無ければそのまま病院へと帰れる……はずだった。

 

「ーーーーーーーーッ!!!」

 

唐突に女性の声にならない悲鳴が響き渡り、何事かと悲鳴のした方へと目を向けた。

すると、そこには人だかりが出来ており、嫌な予感を覚えた私は急ぎその人だかりへと駆け寄るとかき分けてその奥へと進んで行った。

するとそこには駅舎とホームを繋ぐ階段の下で、小さな子供が頭から血を流して倒れていたのだ。

驚きながらもすぐさまその子に駆け寄る私。

すると階段の上の方から騒がしくがなり立てる声が響いて来た。

 

「放せ!放せよぉ!!あのガキがトロトロと歩いてんのが悪いんだろうがぁ!!」

 

その声につられて階段の上を見ると、一人のサラリーマン風の男が顔を真っ赤にしながら数人の駅員に羽交い絞めにされわめき立てている光景が目に入ったのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それが平澤剛だったんだ。その時、怪我をしたのは宇佐美柾樹(うさみまさき)君という当時5歳の少年でね。母親も一緒に居たんだが、何せ突然の事だったために反応が遅れてしまい、対処が出来なかったらしい。……僕がその子の応急処置をしている間も、その母親はすぐそばで半狂乱になっていたよ」

「それでその、宇佐美柾樹君と言う少年はその後どうなったんですか?」

 

警察官の不安げなその問いかけに対し、私はニコリと笑いながら答えた。

 

「大丈夫。今はもうすっかり元気にしてるよ。一刻を争うほどの重傷だったけど、直ぐに治療したのが功を奏したんだ」

 

私のその言葉に警察官は「良かった」とホッとして見せる。しかし私は反対に笑みを消して険しい顔で言葉を続けた。

 

「……しかし、まさか平澤が二度も同じ過ちを繰り返すとはね。……でもこれではっきりしたよ。彼が全くこりていないって事が。反省も学ぶこともせず、三年前と全然変わっていない……。あの一件の後に柾樹君のご両親から多くの慰謝料と治療費を請求されたと聞いたが、それでも『改心』にまでは届かなかったようだ。……残念な事にね」

 

そう言ってやれやれと肩を落とす私を前に警察官もやりきれないといった風の顔で俯いていた。

 

すると、そのタイミングで公園で怪我をした少年の親族たちが集中治療室から出てこちらへと戻って来るのが見えた。

それを見た警察官は()()()()()()()()()()()()、来て早々()()()()()()を口にした親族たちに更に驚く事となった。

 

「な、何ですって!?――」

 

 

 

 

「――加害者(平澤剛)を起訴せず、示談で済ませたいですって!?」

 

 

 

 

少年の親族たちから思いもよらぬ提案を突きつけられ、警察官は口をポカンと開けたまま棒立ちとなる。

それを警察官の隣で聞いていた私も、「おやおや」と呟きながらそれなりに驚いていた。

普通、この申し出は加害者側からして見ればメリットがあり、喜べる部分もあるのだが――。

 

(これはまた……どうやら()()()()()()()ようだねぇ)

 

脳裏に()()()()を思い浮かべながら私はしみじみとそう思った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:三人称視点。

 

 

――事件から数日後。

被害者親族から起訴を免れた平澤は示談で済ませてくれるという少年の親族が来る喫茶店で一人待っていた。

これには警察から釈放されたばかりの彼は大いに喜んだ。

何せ前科がつくことが無くなっただけでなく、示談にしてくれる事で今回の一件が自身の勤める会社側に伝わるのを防げると考えたからだ。

そして今日は、その示談金について詳しい説明がされる日であった。

示談金がどれくらいになるのかは想像できないが、せいぜい数百万程度だろうと平澤はそう考える。

それくらいなら自分の稼ぎでなら少し節約すれば数年で返済できるだろうと、そう続けて勘ぐっていた。

 

――それが大きな勘違いであると知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――「おめぇさんかい?ワシの可愛い孫を蹴り飛ばしたってぇ奴は?」

 

喫茶店に現れた少年の親族を前に、平澤は顔面を蒼白させて体をカタカタと震わせていた。

テーブルを挟んで対面の席に座るその人物は長い髪と髭を生やした羽織袴の老人だった。

見るからに高そうな着物を纏ったその見た目は、何処かの大金持ちを思わせる印象だったが、彼の纏う空気は明らかに――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

そして、その老人と平澤の座る席をぐるりと囲む()()()()()()()()()もまた、明らかにカタギの空気を纏っていなかった。

 

 

 

 

 

 

複数の眼光で自身の体に穴が開くような錯覚に陥りながら、平澤は針の(むしろ)状態で縮こまる。

そんな彼に目の前に座る『ヤ』のつく職業の(おさ)である老人は、不気味に笑いかけながら言葉を続けた。

 

「そんなに固くならんでもええ。これから長い話をするんじゃからのぅ、気楽にやって行こうじゃないか、なぁ?……じゃがその前に、場所を変えるとするかのぅ。ここじゃと周りの客や従業員のご迷惑になる。……ワシらの()()()に行くとしようか、あそこにはお抱えの弁護士も待たせているからのぅ」

 

冷や汗を滝のように流しながら口を魚のようにパクパクとさせる平澤は、老人と周りの男たちに睨まれて拒絶の言葉を言うどころか抗うことも出来ない。

 

そんな平澤に反抗なんてさせないとでも言うかのように、男たちの中の一人が老人と同じく不気味な笑みを浮かべながらそのがっしりとした手をそっと平澤の肩に置いていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)

 

 

「……おや、元気にやっているようだねぇ。安心したよ」

 

ある日、私宛に一枚の写真付きで手紙が届いた。

宛先は三年前、平澤に駅の階段から落とされた宇佐美柾樹君とそのご両親からだった。

手紙の内容は近況報告となっており、特に特筆すべき内容は無かったが――。

 

 

同封されていた仲睦まじく笑い合う家族の団欒が写された写真を見て、私は自然と笑みを零していた――。




軽いキャラ説明。



・平澤剛

アニメオリジナル回、『法廷の対決 妃VS小五郎』に登場する被害者であり、同時に三年前に宇佐美柾樹を殺害した加害者。
酒に酔った勢いで柾樹を駅の階段から突き落としてしまうも、酔っていた事を理由に裁判では執行猶予付きの過失致死罪を言い渡された。
しかしそれから三年後、柾樹の母親が経営する店『美升(みます)』にやって来たことがきっかけとなり、その母親に殺害されてしまう事となる。

しかしこの作品では、冥土帰しの手によって柾樹は助かり、その分原作よりも罪は軽くはなって慰謝料や治療費を払わされることにはなったものの、柾樹の両親から狙われる事は無くなった……のだが。
再びまた同じことをやらかしてしまい、しかも今度は怪我をさせた子供の祖父が()()()()()だったことも相まって、前回よりも莫大な(それこそ法外とも呼べる)慰謝料と治療費を請求される事となった。





・宇佐美柾樹

三年前に酔った平澤に駅の階段から突き落とされ亡くなった少年。
しかし今作では、冥土帰しの手によって命を救われ、現在では両親と共に平穏な生活を送っている。

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