とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。


カルテ31:大葉悦敏

SIDE:大葉悦敏

 

 

――あれは今から、一年前の事である。

僕こと大葉悦敏(おおばえつとし)の双子の弟が、ある日の夜に急に頭を押さえて苦しみだしたのだ。

直ぐに救急車を呼び、病院へと運ばれた弟に待っていたのは最悪の宣告だった――。

 

 

――頭蓋骨陥没による脳内出血。

 

 

それが医師からもたらされた弟の診断結果であった。

意識不明に陥っている弟はもはや手の施しようもないと無念そうに医師は首を振ったのを見て、僕の視界は一瞬真っ暗闇に染まった。

それは両親も同じだったらしく、特に母は意識を失って膝から崩れ落ちそうになり、それを父は必至で支えていた。

 

一体どうしてこんな事になった?

……そう言えば今日の夕方、弟は全身()()()()()姿()で帰って来た。

プロサッカーチーム『ノワール東京』のサポーターをしていた弟は、今日行われる試合を見に出かけていたのだ。

傷だらけになって帰って来たのを見て驚いて問い詰めた時、弟は「スタジアムの階段で転んだ」と言っていたが、まさかそれが原因だったのか……?

だが今更どうこう考えた所でもはや後の祭りだった。

 

絶望に打ちひしがれる僕と両親。

しかし、そこで思わぬ提案が医師の口から飛び出してきた。

 

「……いえ、まだあきらめるのは速いかもしれません。実は米花私立病院という所に世界でも一二を争うほどの凄腕の名医がいらっしゃるのです。その方ならあるいは……」

 

医師のその言葉にすぐさま光明を見出した僕たちは、即行でその名医を紹介してもらうように頼んだのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気が遠くなるような長い時間を経て、手術室のランプがフッと消える。

 

手術室の扉が開き、そこからマスクを外しながら手術着を纏ったカエルのような顔をした医師の先生が現れると、僕と両親はすぐさまその先生に詰め寄っていた。

 

「先生!弟は、弟は助かったんですか!?」

 

僕の問いかけに、カエル顔の先生は一息つきながら口を開いた。

 

「手術自体は……とりあえず成功だよ」

 

その言葉に僕たちは安堵の笑みを浮かべるも、先生の次の言葉でその表情が凍り付いた。

 

「……しかし、頭蓋骨の陥没によって一部脳細胞が損傷してしまっている。このままでは植物人間状態で一生を過ごす事になるだろうね」

「そ、そんな……!?」

 

いくら弟の命が助かってもそれではあまり変わりないではないか!

悲嘆にくれそうになる僕と両親だったが、次の先生の言葉でその感情がピタリと止まった。

 

「……そこでキミたちに一つ、提案なんだがね?()()()()()()()()()()()()()()をやってみる気はないかい?」

「……え?はい?ど、どういうことですか?」

 

いまいち言っている意味が分からず、僕は先生に問いかけると先生はすぐさま話し始めた。

 

「実は今、僕の方で『脳機能補助デバイス』という脳の損傷や病気などで脳の機能の低下を補助する医療器具を開発していてね。その臨床実験に協力してくれる被験者を募集している最中だったのさ」

「『脳機能補助デバイス』……それを使えば弟は助かるんですか?」

 

僕の質問に先生は力強く頷いて見せた。

 

「もちろん。……もう既に一人、そのデバイスを付けたおかげで日常生活が普通に送れるほどに回復した患者がいるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()なんだけどね?」

 

聞けば少し前に交通事故で頭部を強打して、弟のような状態になった人がいたのだという。

刑事さんだというその男性は、その医療器具を付けた事で今は少々不自由ながらもいつも通りの日常を送っているのだとカエル顔の先生は笑顔でそう話してくれた。

そうして最後に、先生は僕たちに向けて静かに問いかける――。

 

「……さて、後はキミたちの決断次第なのだが……どうかね?」

 

――無論、僕たちの答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そうして、それから数日も経たずに弟は元気になった。

弟に『脳機能補助デバイス』を取り付けて直ぐに弟は急速的に回復へと向かい、あっという間に退院の日を間近に迎える事となった。

……いや、本当にあっという間だった。今更ながら何なのだろうかこの超スピード展開は?

あの機械を付けた直後、弟の意識が回復しただけでなくその次の日には杖有りとは言え立って歩けるようにもなり、それから三日間のリハビリを経て退院の許可が下りたのだ。

これには僕や両親、そして最初に弟を診てくれた医師全員が揃ってあんぐりと口を開けてしまっていた。

当初は死の宣告を受けたのにもかかわらず、一週間もしない内にコレなのだ。気持ちは察してほしい。

……だがその反面、僕たち全員が弟の元気な姿を再び見ることが出来てとても嬉しかった事もまた事実であった。

 

 

 

退院の日を明日に控えたその日。僕は弟のお見舞いに病室を訪れていた。

部屋に入ると、弟がベッドの上でノートパソコンを開いてカタカタとキーボードを打ち何かを行っている光景が目に入る。

僕が部屋に入って来たのに気づいた弟は、いったん手を止めて「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。

そんな弟に僕が「何をしているんだ?」と尋ねると、弟は「サポーター仲間たちにメールを打ってるんだ」と答えてくれた。

聞けば明日退院だから、心配してくれたノワール東京のサポーター仲間たちにメールでその報告をしていたらしい。

その後、メールの送信を終えた弟はそのままネットサーフィンを始めたので僕はそれを横目にベッドの脇にある小さな箪笥に、持って来た弟の着替えを入れ始めた。

だが衣服を全て入れ終え、いざ引き出しを閉じようとした時、弟の方から「えっ……?」という、小さいながらも驚きを多分に含んだ声が聞こえた。

見ると、弟はノートパソコンの画面を凝視しながら驚いた表情で固まっている。

不思議に思い僕も弟の横から画面をのぞき込む。

そこには『東京フーリガン』という見るからに悪趣味な作りのなされたホームページが表示されており、弟が見ているのはどうやらそのホームページを作った作者の日記(ブログ)ページのようであった。

弟の視線の先を追ってブログに書かれている文章を読み進めていた僕は……次の瞬間、弟同様固まってしまう。

そこにはこう書かれていた――。

 

 

 

 

 

 

――今日の試合後、オレのホームページにいちゃもんをつけて来たふざけた野郎を()()()()()()()()()()()()()。ザマーミロ!!

 

 

 

 

 

その文章を見た瞬間、僕はこのホームページは誰のかと反射的に弟に聞いていた。

弟は半分放心状態でそれに答えてくれた。

ホームページの作者は赤野角武(あかのかどたけ)という、弟と同じ『ノワール東京』のサポーターなのだという。

しかし、自らをフーリガンと称している悪質なサポーターらしく、酔って他の客と大喧嘩をするのはザラで、スタジアムによっては締め出される事もあるという悪評の高い人物だと、弟は教えてくれた。

そして、このブログに書かれている『いちゃもん』についても、弟が赤野のその悪質さから彼のこのブログに注意を促す返信を送ったという事も。

僕はその話を聞きながらブログが掲載された日を確認する。するとその日は正しく弟がスタジアムから傷だらけで帰って来てすぐ、頭を押さえて病院に担ぎ込まれた日と一致していた。その上、弟が怪我をしたのはスタジアムの階段から転落したのが原因。偶然にしては少し出来過ぎている。

それを確認した僕は、次に弟に「ここに書いてある通り、奴に落とされたのか」と問い詰める。だが返って来た答えは「分からない」の一言だけだった。

詳しく聞いてみた所、階段から落ちたのは確かなようなのだが、落ちたショックからかその前後の記憶があいまいで、自分で階段から足を踏み外したのか誰かに落とされたのか分からないのだという。

だが仮に人為的なものだったにせよ、その時は試合が終わった直後であり、自分の周りには家路へと急ぐ人たちがたくさんいた事からふとしたはずみで押されてしまった可能性も否めなくは無かったと弟は言っていた。

だがこのブログと弟の状況から察するに、弟は故意で奴に階段から落とされた可能性が高いと僕は睨んでいる。

しかし、これは状況証拠に過ぎず確証は無い。

少し考えた末、僕はこの赤野というサポーターに直接会ってみる事にした。

その事を弟に話して病室を出ようとした時、弟から「無茶な事だけはしないでよ?」と念を押されてしまったが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤野のブログに記載されている内容から、奴がよく行く場所を割り出してそこで張り込んでいるとあっさりと赤野を見つけることが出来た。

()()()()()()()()()()()をギュッと握りしめ、いざ赤野の前に立ちふさがる。

そうして声をかけようとした瞬間、それよりも先に赤野の方が僕に気づくとニヤついた顔を浮かべながら不躾に口を開いて来たのだ。

 

 

 

 

「――お前、まだ生きていたのか」

 

 

 

 

その言葉が……全てを物語っていた。

双子故、僕を弟と勘違いしているのか、赤野は目を見開いて絶句する僕を前にニヤニヤ笑いながら「ノロノロ歩いていて隙だらけだったぜ?」とか「大した怪我じゃなかったみたいだな?残念だ」など言いたい放題まくし立てて来る。

それを聞きながら僕の中でグツグツと怒りが込み上げて来るのが分かった。

 

何で……何でこの男は弟をひどい目に遭わせておきながらこんなにもヘラヘラと笑っていられるんだ?

 

何で、笑いながら弟を蹴り落とした時の事をまるで武勇伝のようにこうも自慢げに話せるんだ?

 

この男は……この男には、罪悪感というモノがないのか?

 

こんな……こんな最低な男に、弟は殺されかけたというのか?

 

お前のせいで、弟は死にかけたんだぞ?本当なら死んでもおかしくない重傷を負ったんだぞ?あのカエル顔の先生が居なかったら確実に死んでたんだぞ?お前の――。

 

 

 

 

――お前のその軽はずみな行為のせいで……弟はあの機械(デバイス)を一生身に着けていなければ生きていけない体になったんだぞ……!!

 

 

 

 

激しい怒りと悔しさで頭が沸騰し、今にも目の前の男に掴みかかりそうになる。

しかし手が動くよりも先に自身の中にある『理性』を総動員して必死に湧き上がる怒りを抑えた。

その間も、赤野は僕を相手に延々と暴言を浴びせて来るも僕はそれを歯を食いしばって耐え続ける。

だがやがて、赤野は言いたい事を言って清々したのかスッキリとした顔をしてその場に僕を一人残しサッサと立ち去って行った。

どうにか地獄のような時間を耐え抜き、僕は胸の奥に溜まった怒りをため息と同時にゆっくりと吐いた。

そうしてしばらくその場で棒立ちになり、荒れた気性をゆっくりと静めると、僕はおもむろにポケットに手を入れてそこにあったモノを取り出す。

 

「……せいぜい今は気を良くしているが良い……。弟が世話になった礼に、フーリガン気取りのお前に僕が特別なプレゼントを送ってやるよ。――」

 

 

 

 

 

 

「――お前の一生に永遠に刻まれる、『()()()()()()』をな……!」

 

 

 

 

 

 

そう一人呟く僕の手の中には、今までの音声が記録された()()()()()()()()が収まっていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それから数日と経たない内に、赤野は警察によって逮捕された。

 

赤野と会ったその日の内に、僕は赤野と別れたその足で警察署へとやって来ていた。

そして、事の仔細を伝えると、僕は赤野が弟を階段から突き落としたその証拠となる奴との会話(というより一方的な奴の暴言)を録音したボイスレコーダーを提出する。

録音内容を聞いた警察はそれを十分な証拠とし、弟の事件を捜査すべく動き出してくれたのだ。

そうしてその捜査の途中で、あの日弟が怪我をしたスタジアムの監視カメラを調べてもらった所、帰りで人がごった返していたのにもかかわらず、弟を階段から突き落とす赤野の姿がばっちりと映っており、僕が録音した証拠と相まって即行で赤野の手に手錠がかかる事となったのである。

 

その結果、裁判に出廷された赤野は、弟に手をかけた動機が非常に悪質だったことと、奴自身が今までフーリガン気取りで様々な悪行を重ねていた事も相まって、奴には実刑がついてしばらくの間、牢屋生活を送るハメになった――。

 

その判決を受けて呆然と項垂れる赤野の背中を傍聴席で見つめる僕は一人ほくそ笑みながら、心の中で奴に向けて小さく問いかける――。

 

 

 

 

 

 

(――赤野、僕からの特別プレゼント……『前科』(人生のレッドカード)は気に入ってもらえたかい?)




軽いキャラ説明。


・大葉悦敏

単行本、第34巻。テレビアニメでは279話~280話で放送された『迷宮のフーリガン』に登場した犯人。
双子の弟を階段から落として結果死に追いやった赤野に復讐し、彼を殺害する。
しかしこの作品では、弟は冥土帰しの手によって『デバイス』つきとは言え救命されているため、彼を殺害する事は無くなった。
しかし、それでも弟をひどい目に合わせた事が許せず、彼の隠そうともしない犯行証明の言質(げんち)をボイスレコーダーに録音し、それを警察に提出する事で赤野を刑務所送りにすることに成功する。






・赤野角武

原作での被害者。ブログにいちゃもんを付けて来たとして大葉の弟を階段から突き落とした。その結果、彼の弟を殺害してしまう事となり、大葉から恨みを買う事となって殺される末路を辿る。
しかし今作では、大葉が会話を録音している事にも気づかず自身が不利になる証言をペラペラと喋ってしまった事で、それがきっかけで彼の犯行が明るみになる事となった。
そうして、その一件と今までの悪行が重なた事で実刑判決を受けてしまい、結果彼には『前科』という人生のペナルティ(レッドカード)が与えられる事となった。

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