今回は手紙形式で書いていますので本文はものすごく短いです。
――拝啓、××××様(カエル先生の本名)。
あたたかな春の日和のような日々が続いております。カエル先生におきましてはますますのご清祥のことと存じます。
この度、こうして御恩あるカエル先生に手紙をお送りいたしましたのは、近況報告も兼ねた大事なお知らせがあったからです。
今を遡る事、十二、三年前。私は絶望の淵にいました。
当時、芸術大学に行くことを夢見て日夜絵を描く日々を送っていた高校生の私に、同級生だったとある男子学生がちょっかいをかけて来て、彼とのいざこざの果てに私は腕を骨折する結果となりました。
担当医師から腕はもう思うように動かす事は出来ないだろうと言われた時の、私の絶望は計り知れませんでした。
進路が潰え、夢が潰え、大好きな絵を描く事もロクにできなくなり、胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感に満ちた私の脳裏に飛来したのは『死』の一文字でした。
もはや何もかもがどうでもよくなり、絶望のどん底にいた私にはそれしか考えられなくなっていたのです。
……ええ、今となっては実に愚かな事を考えていたと思っております。
残していく家族や私の夢を応援してくれた友人たち、そして当時から付き合っていた恋人。その人たちがどれだけ悲しむのかさえ、あの頃の私は全く分かっていなかった。
……でも、そんな時でしたね。私の前にアナタが現れたのは。
担当医師の紹介でここに来たというアナタは、私の腕の怪我を一目見ただけでにっこりと笑い、『大丈夫。僕が必ず治すよ』と、そう言ってくださいました。
その言葉と浮かべた笑顔が、あの時の私にどれだけの希望を持たせてくれたことか。
しかもアナタは、その言葉を違える事無く、瞬く間に私の怪我を治してくれました。
……正直、あの時ほど驚いた事はありません。担当医師ですら匙を投げた私の怪我をアナタは短期間のうちに完治してくださいました。
今でこそ話せるのですが、私はあの時アナタの事を本物の魔法使いなのではないのかと本気でそう思いました。……いや、お恥ずかしい。
ですがそのおかげで、私ははれて望んだ芸術大学へと無事進学することが出来ました。
その後、大学を卒業し数年間の海外での修行を経て、今は私の絵を好んでくれるスポンサーもついて自身のアトリエを持つまでに至りました。
それもこれも全て、先生のおかげです。アナタがいたからこそ、私は今こうして大好きな絵を描きながら日々平穏な日常を送れているのです。
本当に、ありがとうございました。
――さて、前置きが長くなりましたがそろそろ本題へと参ります。
最初の近況報告なのですが、前述した私に怪我を負わせた男子学生――
高校を卒業した後、彼はとある食品メーカーの相談役になっていたらしいのですが、どうやらいくつもの同系列の会社を強引なやり方で乗っ取っていたようなのです。
昔っから彼は気に入らない人間がいればそれを片っ端から潰しにかかる思考を持っていたのですが、社会人になった今でもその考えは変わっていなかったみたいです。
そして今回、彼が標的にしたのは私の高校時代の友人の一人で、今は社長を務めている
少し前にその友人から『会社に針生が来た』と相談してきたのを機に、私たちは他の高校の友人たちにも呼び掛けて集会を開く事にしました。
以前から彼の黒い噂をよく耳にしていた私たちは、今回も悪辣な方法で秋田谷水産を乗っ取るつもりだと気づいていたのです。
彼が本腰を入れて友人の会社を潰しにかかるのは時間の問題。その前に私たちは針生を止める必要がありました。
そうして相談に相談を重ねた私たちは、針生を訴える事にしたのです。
友人たちとお金を出し合い、数人の探偵を雇った私たちは、針生の周囲を調べ始めました。
すると予想以上の収穫を得ることが出来たのです。
なんと針生は会社乗っ取りのために裏社会の人間――主に『半グレ』と呼ばれる者たちの手を使って脅迫や暴力と言った方法で行っていた事が分かったのです。正直、この報告には私たちも戦慄しました。
そしてこのままでは、友人の秋田谷水産も同じ末路を辿ると直感した私たちは、すぐさまその結果報告書や証拠の数々を針生が勤めているという食品メーカーの上層部に匿名で送り付けたのです。
その途端、上層部は火が着いたように大騒ぎとなりました。後から知った話ですが、どうやら針生が勤めている食品メーカーの者たちは彼がそんなとんでもない方法で会社を吸収しているなど寝耳に水だったようなのです。
食品メーカーの上層部はすぐさま針生を本部へと連れ戻すと真偽を確かめるべく調査に乗り出しました。結果は私たちが調べた通りのものとなり、針生は即刻解雇通告を言い渡され、事が事だけに警察にも連れて行かれる事となったのです。
これで秋田谷水産は難を逃れました。これも後から知った話なのですが、私たちが上層部に訴えた数日後には、針生は半グレを秋田谷水産にけしかけるつもりだったようなのです。後数日、訴えが遅れていたらどうなっていた事か……。
これで全てが終わった。……と、最初私たちはそう思っていたのですが、針生の方ではそうもいかなかったようです。
風の噂で聞いたのですが、針生が逮捕されたのをきっかけに、今まで彼に悪辣な方法で会社を乗っ取られたという被害者たちが一斉決起し、彼と彼が勤めていた食品メーカーを訴えたらしいのです。
結果、億単位もの賠償請求が求められ、その被害総額は受けた食品メーカーからそっくりそのまま針生の肩にのしかかる事になったとか。
もはや針生は警察から釈放された後は地獄のような日々を送るのは決定づけられています。億単位の賠償金を背負ってしまった彼は、この先死ぬまで借金地獄で一生を送る事になるでしょう。
――自業自得。そうとしか言いようがありません。
さて、長々と書き綴ってきましたが、最後に大事なお知らせを先生にお伝えしてこの手紙を終わりにしたいと思います。
実は高校時代から長らく交際を続けていた私の恋人――
思えば付き合い始めて既に十年以上。もう私たちは三十歳です。彼女には大いに待たせてしまいました。
私は当初から絵描きとして成功した後、生活を安定させてから彼女を迎え入れるつもりだったのですが……それが予想以上にかかってしまいました。
本当に……彼女には本当に何年も待たせてしまい申し訳なく思い、その事もプロポーズをした後に謝罪したのですが、彼女は笑って許してくれました。
『おばあちゃんになる前に気持ちを聞けて良かった』と冗談めかしに言いながら……。
彼女には一生頭が上がらないかもしれません。
結婚は来年の今頃に挙げる事となりました。恩人であるカエル先生も、是非いらして下さい。
細かな予定が決まり次第、その時は改めて結婚式の招待状をお送りいたします。
末筆ながら、体を壊さぬようご自愛のほどお祈り申し上げます。アナタへの心からの感謝を込めて――。
西暦20××年×月×日
軽いキャラ説明(原作とは違う結末を辿った者たちのみを掲載)。
・本堂和行
アニメオリジナル回、『友情と殺意の関門海峡』に登場する人物たちの、会話の中で登場する故人。
このエピソードの殺人事件の発端にして中心人物であり、容疑者となる野島栄子、
元凶である針生に腕を折られ、芸術大学へ行く夢を断念せざるを得なかった絶望から、薬を飲んで自殺してしまい、それがこのエピソードの事件へと繋がって行く事となった。
しかし今作では冥土帰しによって怪我が完治しており、そのおかげで念願の絵描きの夢をかなえることが出来、その後野島栄子に結婚のプロポーズをするまでに至った。
原作では秋田谷は針生を殺害しており、野島も勘違いとは言え殺人未遂を犯している。後の二人も野島を庇うためにあえて噓のアリバイをでっちあげているため、四人ともそれぞれ何かしらの罪状がつく事となるも、この作品では本堂は生きているため、罪状どころか事件そのものが無くなった。
・針生清治
今作の被害者。原作では野島に殴られた直後に秋田谷に再び殴られて殺害されてしまう。
自分が自殺に追い込んだ本堂に対して反省も後悔もせず、それどころか「誰だったかいのう?」とうそぶいたり、死者である本堂の事を罵倒したりと……はっきり言って恨まれても何もおかしくない人間である。
本作では冥土帰しの手によって本堂の怪我が治り、原作ほど野島たちから恨まれる事は無くなったが、針生が秋田谷の会社を乗っ取ろうとしているのに気づいた本堂たちが、探偵たちを使って針生の悪行の証拠を集めてそれを針生の勤める食品メーカー上層部にリーク。
結果、針生は警察に捕まった上、億単位の賠償金を背負うという生き地獄に落ちる事となった。