とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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軽いジャブ回、その6です。


ちょっとストーリーがマンネリ化し始めてきたと感じてきましたので、次回は原作コナンの本筋の方へ行ってみようと思います。
まだまだ助けたいと思うキャラはいるのですが、それは後々という事で。


カルテ7:堀田文子

――これは、5年前の出来事である。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「け、健太郎(けんたろう)さん!?」

 

最愛の恋人の断末魔を聞きながら、私――堀田文子(ほったふみこ)は、自分の目の前で起こっている光景が信じられずにいた。

この日、私と恋人の山内(やまうち)健太郎さんは、堀田重工(ほったじゅうこう)の会長である私の父――堀田耕作(ほったこうさく)に彼との結婚の許しを貰いに実家にやって来ていた。

健太郎さんはしがないピアニストの卵だったのだが、そのために金銭面的に私を幸せにしてあげる事が出来ないと判断し、長い間結婚の話が先送りにされていた。

だが健太郎さんを愛していた私はそれでも彼のそばで彼を応援し続けた。

そして努力の甲斐あって、健太郎さんはとあるコンクールで優勝し、やっとその才能を世に見てもらうことが出来たのだった。

その優勝でようやく決心がついた健太郎さんは直ぐに私に結婚を申し込んでくれたのだ。……とても、嬉しかった。

 

――だが、嬉しかったのはここまでだった。

 

床に両手をついて土下座をし、どうにか私との結婚を認めてほしいと頼む健太郎さんに対し、父は怒りの形相でそれを突っぱねた。

そこまでならまだよくある光景だ。だが父は、その直後にとんでもない行動を起こした。

 

――なんと父は、床についた健太郎さんの右手を足で踏みつぶしたのだ!

 

骨が砕ける音と健太郎さんの絶叫が部屋の中に響き渡り、私の頭も一瞬真っ白になる。

だが直ぐに正気を取り戻した私は慌てて健太郎さんに駆け寄った。

見ると健太郎さんの右手は、見るも無残な姿となっていた。

 

「な、何て事を……!!お父さん、健太郎さんに何を……!!」

「文子!お前こそ何を考えている!!どこの馬の骨とも知れない若造なんかに引っ掛かりおって、お前は堀田の名に泥を塗る気か!?」

「だからってこんな……!!ひどい、ひどすぎるわッ!!」

「うるさい!!さっさとそいつをこの屋敷から追い出せ!!見るのも汚らわしいわ!!」

 

そう捨て台詞を残し、父は部屋を出て行った。

その場には痛みで蹲る健太郎さんとそれを抱きしめる私だけが残る。

 

「ぐっ……!うぅぅ……っ!!」

「健太郎さん!!は、早く病院に……!!」

 

私は健太郎さんを支えながらその足で近くの病院へと向かった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院へと着いた私たちは、医師から残酷な事実を突きつけられる事となった。

 

「これはひどい……。骨だけでなく神経まで潰れてしまっている……。これではもう、右手を元のように動かすのは、ほぼ不可能だ」

「そ、そんな……!!」

 

レントゲンを睨みつけながらそう響く医師の言葉に、右手を包帯でぐるぐる巻きにした健太郎さんは絶望に満ちた表情で力なく項垂れた。

それは私とて同じで、呆然とその場に立ち尽くしている事しかできなかった。

どうしてこんなことに。ピアニストである健太郎さんにとって手は自分の命同然だというのに。

しかも、それを奪ったのはあろう事か私の実の父。

腹立たしさと、悔しさと、申し訳なさで私の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

「ごめん、なさい……!健太郎さん……!父が……父が……とんでもない事を……!!」

「文子さん……」

 

何度も何度も私は健太郎さんに謝り続ける。こんな事しか出来ない自分自身がほとほと情けない。

健太郎さんは絶望と悲しみが混ざったような顔で私を見上げる。私はボロボロと涙をこぼしながらそれを見つめ返す事しかできなかった。

 

 

――だがここで、思いもよらぬ救いの手が差し伸べられる事となる。

 

 

「いや……まだ諦めるのは早いかもしれません」

 

俯きながら思案顔でそう響いた医師に、私と健太郎さんは同時に顔を向けた。

その視線を受けて、医師は私たちに向けて顔を上げそれを口にする。

 

「……私も噂でしか聞いた事が無いのですが、米花私立病院という所にカエルのような顔をした医師がいるらしいのです……。その人は何でも世界的な凄腕の名医らしく、今までいくつもの難病や完治不可能な怪我を治してきたとか……」

「……!!じゃ、じゃあ、その人なら……!」

 

健太郎さんの顔に生気が戻り、医師に詰め寄る。

そんな健太郎さんに医師は力強く頷いた。

 

「ええ、可能性はあります。直ぐに診断書を作成しますので、このレントゲンと一緒に持ってその人の所に向かってください。連絡はこちらがしておきますので」

「はいっ……!行こう、文子さん!」

「健太郎さん……!はいっ!」

 

私たちは手を取り合ってすぐさま、その医師の元へと向かった。

同時に、希望はまだ残っていた事に私は心から安堵していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。治せるよ」

 

米花私立病院の診察室で、話に聞いた通りのカエルのような顔をした医師が私たち二人にそう言った。

あっさりと、本当にあっさりとそう言ったカエル顔のその医師の言葉に、私たちは一瞬キョトンとするも、直ぐに二人してその医師に詰め寄った。

 

「「ほ、本当ですか!?」」

「う、うん本当さ。僕に任せてもらえれば、また以前のようにピアノを弾く事だって出来るようになるよ?」

 

顔を近づけて確認してくる私たちに、そのカエル顔の医師は面食らいながらもはっきりとそう言い、私たちは体の力が全て抜けていくような安心感に包まれた。

しかしカエル顔の医師は、「ただ……」と一言前置きすると、私たちから渡された診断書をやや険しい顔で見つめながら、私たちに問いかけてきた。

 

「一つ気になったんだがねぇ?この右手の怪我、一体どうしてこうなったんだい?ボウリングの玉とか上から落っことしちゃったのかな?」

「ああ、いえ……。それが……」

 

身内の恥ではありながらも、私は事のあらましをそのカエル顔の医師に包み隠さず話した。

すると、やや険しかった医師の顔がさらに険しくなった。

 

「それはキミ……父親とは言え立派な傷害罪だよ?警察に訴えてもおかしくないレベルだね?」

「はい……今回の事でつくづく私はあの人に愛想が尽きました。私の愛する人をこんな目に遭わせて許すつもりなど毛頭ありません」

「文子さん……一体どうするつもりなんだい?」

 

不安げにそう聞いてくる健太郎さんに、私は一つの決意を口にする。

 

「父を訴えるわ。そして、あの人から健太郎さんの怪我の治療費と慰謝料をたんまりとふんだくってやる!」

 

私のその言葉に、聞いていたカエル顔の医師も頷いて見せる。

 

「それが良いね。僕も協力するよ。こっちにはレントゲンと診断書、そしてキミたちの証言がある。いくら相手が堀田重工の会長さんと言えど、無碍(むげ)には出来ないと思うよ?」

「でも……それでも確実に勝てるかどうか……」

 

健太郎さんのその言葉に、カエル顔の医師は「ふ~む……」と考え込むと、もう一つ提案をしてくる。

 

「なら僕が優秀な弁護士を紹介してあげるよ?何せ()()()()()()()()()()()()だからね。裁判になったとしても確実に勝てると思うよ?」

「「あ、ありがとうございます!!」」

 

私と健太郎さんは同時にその医師に向けて頭を下げていた。

本当に心強い。まさかこんなに凄いお医者様がこの世にいるなんて夢にも思わなかった。

そこへ健太郎さんは何か思う所があったのか小さくハッとなると、机の電話の受話器を取ろうとしていた医師に向けて質問を投げかけていた。

 

「あの……。一つお聞きしたいのですが……ボクの右手ってどれくらいで治りますか?」

 

それを聞いたカエル顔の医師は何でもないかのようににこやかに口を開いた。

 

「ああ、()()()()()()手術すれば三日で治るよ?」

「「は?」」

 

私たちは二人同時に文字通り目が点になった。

最初に診断してくれた医師には治る事はほぼ不可能と言われていたほど重傷だったのに、それが三日で治ると言われればこうなるのも無理はないと思う。

呆然とする私たちを置いて、カエル顔の医師は電話の受話器を取って誰かと連絡を取り始めた。

 

「――もしもし、()()かい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――三日後、カエル顔の医師の言う通り、健太郎さんの右手は完治した。

試しに健太郎さんの実家に置いてあるピアノを弾いてみた所、ここ数日間のブランクをまるで感じないかのように見事な演奏をこなして見せたのだ。

これには演奏した本人である健太郎さんや私だけでなく、健太郎さんの父親である山内正弘(やまうちまさひろ)さんも大いに喜んだ。

 

そして――健太郎さんの手を潰した私の父、堀田耕作に対する訴えなのだが。

結論から言うと治療費と慰謝料を手に入れる事が出来たが、父を傷害罪で起訴する事は出来なかった。

カエル顔の医師の紹介で来た妃弁護士がうまく立ち回ってくれたおかげで、私たちは父に勝つことが出来たのだが、父の方から予定の倍の金額を出すから訴えを取り下げて示談(じだん)という形に持っていってほしいという要請があったのだ。

このまま警察へ被害届が出されれば、世間的に有名な堀田重工に大きな傷がつく。それを恐れた父は、そう言って私たちに泣きついてきたのだった。

最初は突っぱねようと思ったが、私たち家族の事に堀田重工の社員たちを巻き込むのは心苦しく思い、健太郎さんと相談した結果、その要請を飲む事となった。

後から知った話だが、その上乗せされた大金には私と父との手切れ金が含まれていたらしい。はっきり言って、清々する。

 

そうして私たちは、父から搾り取ったお金を使って海外へと移住をし、そこで小さいながらも結婚式を挙げた。

正弘お義父様(おとうさま)も、初孫が見たいからと今の勤めている会社を辞め、私たちと一緒に海外へと移住し、そこで今は三人仲睦まじく暮らしている。

海外へと向かう前日、私たちはカエル顔の医師に約束の治療費を渡しに行ったのだが、彼はその治療費をやんわりとこちらに返し、こう言った。

 

 

 

 

「これは、キミたちにあげるよ。僕からの結婚のお祝い金だよ?」

 

 

 

……本当に、この人には一生私たちは頭が上がらない。心からそう思った。




軽いキャラ説明。


・堀田文子

アニメオリジナル回、『堀田三兄弟殺人事件』に登場する女性。
アニメでは健太郎を捨てたと誤解した正弘に殺されかける。
恋人の健太郎が冥土帰しによって怪我が治されたものの、アニメ通り耕作とは親子の縁を切って健太郎とともに海外へと渡り、式を挙げた。


・山内健太郎

アニメでは回想だけの登場。耕作に手を潰されて自殺してしまう。
しかしこの作品では冥土帰しによって怪我が治され、文子と共に海外に渡り、結婚して幸せな日々を過ごしている。



・堀田耕作

アニメでの被害者。自殺した健太郎の復讐で正弘に殺される。
しかしこの作品では正弘に殺されることは無くなった代わりにでかい出費をする事となる。



・山内正弘

アニメでは犯人だったが、この作品では名前だけの登場となってしまった……。



・その後のコナン一行

アニメ通り、山道で耕作を拾い、彼の別荘へお邪魔する。
別荘の管理人が別人な事以外、特にアニメと変わりなく兄弟のケンカやら色々と見て、何事も無く翌日別荘を後にしていった。

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