とある探偵世界の冥土帰し   作:綾辻真

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毎回の誤字報告、及び感想ありがとうございます。

今回も短めのエピソードとなっております。次回辺りから再び長編話になりそうですので、この話はそれに力を入れるためのちょっとした箸休め回だと思ってください。


カルテ35:近藤英一郎

SIDE:カエル顔の医者(冥土帰し)

 

 

今日も今日とて、私の所にまた新たな患者が運ばれて来た。

それも時刻は深夜。日が変わるか変わらないかの時間帯にである。

消防防災ヘリが米花私立病院のヘリポートに降り立ち、そこから担架に乗って運ばれてきたのは作業服を着た若い女性であった。

どこかから転落でもしたのか服がボロボロになり全身が傷だらけである。頭部からも大量の血を流しており、内臓にもダメージを受けている可能性があった。

 

藤井君から彼女の素性が伝えられる。

 

「患者は新八王子駅から郊外にある小天狗山(こてんぐやま)の小天狗山公園で管理人をしている女性職員です。……その山の崖から転落してしまってこうなったという話なのですが……」

「……彼女、こんな深夜に真っ暗な山の中に入っていたのかい?」

 

彼女の言葉に私がそう問いかけると、途端に藤井君は首をかしげる。

 

「さぁ……?どういうわけか、そこら辺の状況があまり要領を得なくて……。当時、彼女と一緒に居たという同じ管理人の男性二人にも救急隊員が事情を聴いたらしいのですが、その二人も話を聞ける状態では無いのです」

「……まぁいい。とりあえず今は彼女の救命が最優先だ。もう既に虫の息だからね、一刻も早くオペを開始するよ!」

「はい!」

 

藤井君が強く頷いたと同時に、私は重傷の彼女を手術へと運び、すぐさま手術にとりかかった――。

 

 

 

 

 

――その結果は……これもいつも通りだ。私は死の淵にいた彼女の命を救い出す事に成功する。

あともう少し、救急隊員たちが彼女をここへ運び込むのが遅かったら手遅れになっていただろう。

 

 

 

 

手術を終えた私が一段落着いて手術室から出て来ると、手術室前の廊下には一人の男性が立っているのが見えた。

患者の女性と同じ作業着を纏っている。恐らく一緒に居たという管理人の一人だろう。

男性は手術室から出てきた私の姿を見るや否や、足早に私へと駆け寄って来る。

 

「先生……あの……彼女はどうなりましたか?」

 

恐る恐るそう尋ねて来る男性に私は笑って口を開く。

 

「大丈夫。彼女は一命を取り留めましたよ」

 

――毎回手術を終えた後、患者の関係者の人たちに言う決まり文句と化したセリフを、私は言う。

いつもならこの言葉を聞けば、皆安堵や喜びの表情を顔に浮かべるのだが……――。

 

 

――彼の場合は全く違っていた。

 

 

「――ッ、そう……ですか……」

「……?」

 

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼の顔が深く歪む。

苛立ち、悔しさ、動揺、そういった感情が彼の顔にありありを浮かんでいたのだ。

全く予想だにしていなかった彼のその反応に、私も少々の混乱と同時に疑問が浮かび、彼に向けて口を開こうとする。

しかし、それよりも前に私は()()()()()()()、質問を変えて彼に問いかけていた。

 

「……そう言えばもう一人、彼女の同僚の男性が来ていると聞いたんだが……その人は何処に?」

 

彼女が転落した時、その場にはもう一人、男性職員がいたと聞く。その人は何処に行ったのだろうか?まさか、彼女の生死を聞く前に帰ったとは思えないが……。

 

「……近藤(こんどう)なら看護師に部屋を借りてそこで休んでますよ。大分気分悪そうだったんでね」

 

先程とはガラリと雰囲気を変えて何故か投げやりにそう答える男性。

そんな彼の態度に私はますます怪訝な表情を浮かべるも、男性はそれに気づいていないのか私に向けて質問をしてきた。

 

「……彼女は今、何処にいるんスか?」

「まだ手術室だけどこの後すぐ、集中治療室に運ぶことになっているよ?」

「そっすか」

 

私の返答に男性は再びそう素っ気なく返すと、踵を返して歩き出した。

それを見た私は慌てて声をかける。

 

「何処に行くんだい?」

「トイレだよ」

 

吐き捨てるようにして男性はそう言い残すと足早に廊下の奥へと消えて行った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――彼の態度に腑に落ちない部分が多々あったものの、いつまでも廊下に突っ立っているわけにもいかない。

とりあえず彼の事はいったん保留にしようと決めた私は、手術着からいつもの白衣へと着替えるために、更衣室へと入った。

手術着を脱ぎ、白衣を纏って一息つく。

そうして、この後休憩所で缶コーヒーでも買って休憩を入れようかと考えていた矢先――。

 

――またしても事件が起こった。

 

 

 

 

 

 

「ギィヤアァァァァァァーーーーーーーッッッ!!!???」

 

 

 

 

 

「!?」

 

突如、病院全体に響き渡る()()()()

何事かと更衣室から廊下へと飛び出すと、そこには私同様何が起こったのか分からず混乱して病室から顔を覗かせる患者や医師、スタッフの姿が。

そして直ぐに、先程の悲鳴が集中治療室の方から響いた事に気づいた私は慌ててそこへと駆け出していく。

やがて集中治療室の前までやって来ると何故かドアが開いており、それを見た私は反射的に部屋の中へと飛び込み――。

 

――部屋の中の光景を目の当たりにして絶句した。

 

 

 

 

 

――そこには、この集中治療室に運び込まれたばかりの例の女性職員患者の横たわるベッドを前に、何故か肩で息を整えながら鬼の形相で仁王立ちになっている鳥羽君と……――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その鳥羽君が見下ろす視線の先で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、鳥羽君、一体どうしたんだい、この状況は……?」

 

何とも異様なその光景に私は一瞬呆気にとられるも、直ぐにハッとなって鳥羽君に声をかけていた。

私に声をかけられた鳥羽君は呼吸を整えながらも、それでも男性から視線をそらさず声を荒げながら口を開いた。

 

「ハァ……ハァ……!どうしたもこうしたも無いですよ先生!このクソ野郎、あろうことかこの病院で()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

その返答に私は再び絶句する。

聞けば、夜勤の見回りをしていた鳥羽君が偶然、集中治療室に人目を忍んでこそこそと入って行く彼を目撃し、それを怪しんだ鳥羽君が部屋を覗くと、何と彼が女性職員の口から人工呼吸器を取り外して更に枕を彼女の顔に押し付けようとしていたというのだ。

それを見た鳥羽君が慌てて部屋の中に飛び込むと、その姿を見た彼がパニックになり、部屋に置いてあった丸椅子を持ち上げて彼女(鳥羽君)に向けて振り下ろそうとしてきたのだと言う。

だがそれよりも早く、鳥羽君が彼の股間を思いっきり蹴り上げてノックアウトし、今の惨状になったという訳であった――。

 

あまりの出来事に呆然と立ち尽くす私を前に、未だに股間を抑えて蹲る男性が苦し気に反論を吐き出した。

 

「……ぐぅ……ッ!……ちが、う……!俺は、彼女の事が心配、で様子を、見に来ただけ、だ……!……それなのに、こんな目に、あわせ……やがって……!訴えてやるからな、この、暴力女……!!」

 

途切れ途切れながらも何とかそこまで言い切った男性は鳥羽君を睨み上げる。

対してその視線を受けた鳥羽君は鼻で笑ってそれを一蹴してみせる。

 

「ハッ!この期に及んで開き直りか!……だが、今更誤魔化そうったってそうはいかないよ!何せこの部屋には()()()()()()()()()()()ね、さっきまでのこの部屋の様子はばっちり撮られてんのさ!」

「な、にぃ……ッ!?」

 

鳥羽君の言葉に男性はカッと眼を見開いて顔を上げる。クイックイッと親指で鳥羽君が指し示す先――天井の隅に小さな小型カメラが確かに吊るされており、部屋の中をジッと見降ろしている姿があったのだ。

この病院にはいろいろと訳アリの患者が多い。そのためセキュリティの方も他の病院以上に強化されている。

その一環でこの集中治療室にも監視カメラが取り付けられており、常に異常が無いかそこにいる患者たちを見守っているのだ。

 

「く……そぉ……ッ!」

 

その事実を知った男性は悔しそうにそう呟きながら、股間の激痛に負けてそのまま意識を手放していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――後日、女性職員を殺そうとした男性……平井高也(ひらいたかや)は、殺人未遂ならびに()()()()()()()()()()の罪で警察に逮捕された。

 

後で聞いた話だが、平井は小天狗山に生息する採種禁止の植物や保護動物を密かに獲って売りさばいていたらしい。

あの夜も、密売目的で山に入り植物や動物を乱獲していたのだが、彼の事を怪しんで調べていた女性職員ともう一人の男性職員――近藤英一郎(こんどうえいいちろう)氏にその現場を見られてしまったのだ。

犯行現場を見られた平井は近藤氏と激しくもみ合う。しかしその時、運悪く()()()()腕が女性職員に当たってしまい、その反動で彼女が崖下へと転落してしまったというのが事の全容であった。

近藤氏が意図せずして彼女を突き落とす結果となってしまったのを見た平井はそれをチャンスととらえ、それをネタに近藤氏をゆすって乱獲の件を黙認させ、更には多額の金を要求しようと画策したのだ――。

 

――だが、その計画は私が彼女を助けた事で大きく狂ってしまう事となった。

 

素人目でも死亡は間違いないと踏んでいたのに、このまま彼女が助かってしまったら、近藤氏をゆするネタが無くなり、自分はすぐにでも乱獲の罪で警察に突き出される事になってしまう。

追い詰められた平井は、集中治療室で眠る彼女を枕で窒息死させるという暴挙に出たのだ。

平井にとって幸いな事に、あの時点ではまだ近藤氏の耳に彼女が助かった事実は入って来ていない。その事に気づいた平井は彼女を殺害することで近藤氏に伝える情報を操作し、『手術はしたが助からなかった』という偽りの事実を彼に刷り込ませようとしたのであった。

そうすることで当初考えていた計画通りに事が進み、自身の首は繋がる。平井はそう考えていたのだ。

 

……まぁ、その計画も鳥羽君の妨害で結局とん挫する事になってしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

平井が警察に逮捕された後、近藤氏は目を覚ました女性職員のベットの前で涙ながらに土下座をして何度も謝っていた。

意図しない不運が招いた事故とは言え、近藤氏が彼女を崖から落とした結果に変わりはなく、彼には過失傷害罪がつくものと思われたが……彼女は近藤氏を起訴しなかった。

突き落とされたのが故意じゃなかった事と、懇親的な彼の謝罪で彼女は近藤氏を許す事にしたのだと言う。

だが流石にこれまで通り、一緒に仕事をする事は出来そうにないので、退院しだい彼女は転職するつもりなのだとか。

 

 

今回の一件で近藤氏と彼女に刻み込まれた心の傷は大きなモノだろう。

流石の私でも傷心を完治させることは不可能故、むやみに踏み込む事は出来ない。

しかし、いずれ時が経てば、また再び面と向かって話し合える日がきっと必ず来るはずだと……。

 

今はそう信じて待つとしようと、私は二人を見ながらそんな事を考えていた――。




軽いキャラ説明。


・近藤英一郎

アニメオリジナル回『壊れた柵の展望台』に登場した犯人。
同じ管理人仲間の平井が採種禁止の植物や保護動物を売りさばいているのに気づき、女性職員と一緒に彼を追い詰めるも、もみ合っている内に女性職員を突き飛ばしてしまい、彼女を崖下へと転落死させてしまう。
そして、それをネタに平井にゆすらせることにもなり、結果平井殺害へと走る事となってしまった。
しかし今作では彼女は冥土帰しの手によって助かっており、平井を殺す事も彼女から起訴される事も無くなった。




・平井高也

原作で近藤に殺害される被害者。
しかし今作で女性職員が冥土帰しの手によって助かったことにより、計画が頓挫しかけてしまい、思い余って女性職員を殺そうとするもそれを目撃した鳥羽によって股間を蹴られるという醜態をさらしてしまう結果となった。
その後、警察に逮捕され、女性職員を殺そうとした動機が悪質だったことと、保護動物や採種禁止の植物の乱獲の罪が重なり、実刑が言い渡される事となった。









・お詫び(加筆)。

申し訳ありません。
どうやら時系列順ではかなり後になるエピソードを間違えて執筆し、投稿してしまったようです。
以前でも何度か順番がシャッフルした事はありましたが、今回は投稿した後になってそれに初めて気づきました。いや、本当にすみません。
次回からはちゃんと時系列順にエピソードを進めていきますのでご容赦のほどよろしくお願いいたします。

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