前回のあとがきに書いた通り、今回も伊達刑事視点をメインにストーリーが進行します。
SIDE:伊達航
前回あった『郵便局強盗事件』から二週間後の今日――11月7日の日に、俺は休暇を取った。
毎年この日は、大きな事件などの重要案件が無ければ必ず休暇を取るようにしている。
昼飯の時間までナタリーと一緒に家で過ごした俺は、昼過ぎ辺りに一人外出した。
ナタリーは今日、特に予定は無いらしく一日家にいると言っていた。
少し前に妊娠が発覚したナタリーのお腹は、小さいながらも目立つほどぽっこりと膨らんでいる。しかし産婦人科の医師の話では臨月はまだ少し先になるだろうという話だった。
カツカツと、杖をつきながら俺は町中を歩き続ける。
目的地は決まっている、だがその前に……寄らなくてはならない所があった。
俺は家からほど近い商店街に立つ花屋へと入り――。
「……失礼するぜ。花をいくつか見繕ってほしい。……
――店員に向けて、そう口を開いていた。
――花屋を出て数時間後、俺は街のとある一角にある共同墓地へとやって来ていた。
片手に
墓の表面には『松田之墓』と大きく刻み込まれている。
そう――俺の警察学校時代の仲間、
11月7日の今日は、三年前に亡くなった松田陣平と七年前に亡くなった
警察学校時代は二人と同じ班で一緒に行動しており、彼らと共に学び、共に同じ釜の飯を食い、そして……共にトラブルに巻き込まれてはバカやって危機を乗り越えていった戦友でもあった。
……だがそんな二人も、警察学校を卒業してから立て続けにこの世を去る事となった――。
――同じ爆弾魔の手によって。
「……今年も来てやったぞ松田。嬉しいだろ?
そう松田の墓石に語り掛けながら、俺は墓の手入れを終えると
線香と蝋燭の煙が墓石にまとわりつくようにゆらゆらと漂い、それを見つめながら俺は静かに松田の墓に向けて目を閉じ両手を合わせる。
「……
そんな事を呟きながら、俺は松田たちとの思い出を振り返えろうとし――。
――ブーッ!ブーッ!
「?」
――不意にポケットの中にある携帯電話がマナーモードで震え、俺は思考を止めて閉じていた目を見開く。
誰だ?と思い携帯を取り出し、液晶画面に表示された相手が『目暮警部』からだと視認すると――。
――ドクンッ!
――と、唐突に心臓が大きく脈打った。
「――ッ!」
途端に胸中に嫌な予感が渦巻き始め顔から汗がジワリと噴き出て来る。
突然の事に最初こそ戸惑いが生まれるもすぐに冷静さを取り戻す。考えてみれば今日この日は
そして、その友人二人の命を奪った犯人は未だに捕まっておらず、今現在は休日だと言うのに目暮警部からの突然の連絡と来た。
――
「もしや」という不安と「まさか」という疑心が俺の中でせめぎ合う中、俺は未だ鳴り続ける目暮警部からの電話に出た――。
目暮警部からの連絡を受け、ナタリーに一言連絡を入れると急ぎ警視庁へと駆けつける。するとそこは既に戦場と化していた――。
ひっきりなしに鳴りやまぬ無数の電話のコール音の嵐。固定電話やコピー機などのFAXから『何かしらの文字』が書かれた紙が休む間もなく吐き出されている。
そして、その異常事態に多くの刑事たちが右往左往しながら対応に追われていた。
そんな光景に一瞬気おされた俺だったが、すぐに周囲を見渡して目当ての人物の姿を見つけるとその人の下に急ぎ歩み寄る。
「目暮警部!」
「おお、伊達!すまんな、休暇中に」
「いえ……それよりもこれは……!」
「うむ、大変な事になった。……しかもFAXはここだけじゃなく、警視庁管轄内の全ての警察署に送られてきているらしい。大騒ぎになっているよ」
そこまで言った目暮警部は眉間に深くシワを作りながら険しい顔で更に驚愕の知らせを続けざまに俺に言って聞かせた。
「……しかも、ついさっき佐藤君からの連絡で、白鳥君が爆弾に吹き飛ばされて重傷を負ったらしい」
「なんですって!!白鳥が!?」
聞けば白鳥は今日、高木と一緒にとあるレストランに爆弾を仕掛けたというタレコミがありその店に駆けつけてきたのだが、店内にはなんの異常も無かったので引き上げようとした所、乗って来た車が突然爆発したらしい。
高木は車の外にいたので運よく免れたが、白鳥は車内にいて爆発から回避できなかったらしい。
……おまけに何故かその場に阿笠博士と少年探偵団を連れた佐藤たちまで居合わせたのだとか。
白鳥は何とか車から脱出したものの頭部に大けがを負ってしまい、ついさっき佐藤が呼んだ救急車で『米花私立病院』へと運ばれて行ったのだと言う。
『米花私立病院』に運ばれたのなら白鳥の事はカエル先生に任せておけば大丈夫だろう……。だが、今問題なのは……。
「……そのタレコミ……間違いなく犯人の仕組んだ罠ですね。店の中に爆弾を仕掛けたって言う嘘の知らせで警察をおびき出し、警察が店内を捜索している間に彼らが乗って来た車に本物の爆弾を仕掛けたんですよ」
警部からの話を聞いて苦虫を噛み潰した顔でそう言う俺に、目暮警部も頷き口を開く。
「ああ、恐らくそうだろうな。……しかも、車が爆発した状況から、どうやら爆弾の起爆装置は車のドアを閉めたら安全ピンが外れ、もう一度外に出ようとしたら爆発する仕組みになっていたようだ」
「……?ちょっと待ってください警部。白鳥は引き上げるために車に乗り込んだんですよね?」
「ああ……だが、
「……どういう事ですか?何で白鳥は直ぐにまた車から出ようと……?」
俺の問いかけに警部は直ぐには答えず、代わりに現在進行形で動き、送られ続けているFAXから一枚だけ手に取ると、それを俺に差し出しながら静かに口を開いた。
「……話を聞くに、白鳥君はこの
真剣な眼差しで俺に気を使うような口調でそう言う警部を前に、俺はそのFAXの紙を受け取るとそこに連なる文字をゆっくりと読み進めていった――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は剛球豪打の
メジャーリーガー
さあ延長戦の始まりだ
試合開始の合図は明日の正午
終了は午後3時
出来のいいストッパーを用意しても無駄だ
最後は俺が逆転する
試合を中止したくば俺の元へ来い
血塗られたマウンドに
貴様ら警察が登るのを
鋼のバッターボックスで待っている
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………」
「だ、伊達……?」
FAXを読んで沈黙する俺の様子に警部はやや
しかし、今の俺はそれどころでは無かった。
「……く、クククッ……!くくくふぁはははは、あはははははは……ッ!!」
小さくもはっきりとした忍び笑いが、俺の口から漏れだす。
周りで忙しなく動いていた刑事たちもその声が聞こえたのか足を止めて何事かと俺の方へと視線を向けてきた。
だが、それに気づく事なかった俺は……俺の口は、笑い声を止める事が無かった。――出来なかった。
――長かった。どれだけ待った事か。この日が来るのを……!
この予告文は間違いない。前回の郵便局強盗の奴とはまるで違う、これは……
三年前に起こった爆弾事件。そして七年前のも含めて俺もそれらの予告文を見た事がある。
事件後にあの予告文が世間に公開されたのは
模倣犯にここまで似通った予告文はまず書けねぇ……!
おまけにこの予告文には三年前と七年前の予告文と
警察をおちょくり、手玉に取り、そして玩具のように弄び破壊するクソガキのような思考を持つ
……あれから三年、正直もう現れないんじゃないかと少し諦めかけていたが……またやって来てくれるなんてなぁ……!
嬉しい。嬉しくってしょうがねぇ……!冷静になろうにも興奮が冷めやらねぇわ。
同時に、三年前と七年前に抱いたあの時の怒りや、無念が……腹の奥底からグツグツとぶり返して来る。
――逃がさねぇぞ、今度こそ絶対……!!
「伊達!気をしっかり持て!!」
不意に警部の声とともに両肩をがっしりと掴まれたことで俺は現実へと引き戻される。
見ると目の前には不安気に俺を見上げる警部の姿が。
それを見た俺は周りからの視線で醜態をさらしてしまった事に気づき、直ぐに深呼吸を一つして冷静さを取り戻すと努めて正常に警部へと口を開いた。
「すいませんでした目暮警部。もう大丈夫です。……どうにも、年甲斐もなく興奮しちまったみたいで」
「そのようだな。……もし歯止めが利かないようなら悪い事は言わん、お前はこの捜査から外れて――」
「――いえ、やります!やらせてください警部……!このまま何もしないまま終わっちまったら、俺はきっと後悔する……!」
正直なところ、爆弾魔に対して恨みや憎しみが無いと言えば嘘になる。
犯人を前にしたら、俺は冷静でいられるのかも分からない。
……だが、それでも逃げるわけにはいかない。俺は日本の警察官だ。今まさにこの街が大変な時だって言うのにここで動かずして何が治安維持を務める刑事か。
爆弾魔の好き勝手にはさせない。市民や仲間を守るため、今度こそ奴の凶行を止めなきゃならねぇ……。
三年前と七年前。俺は大事な仲間を二人も失った……。その仲間を失いながらも俺はその時情けない事に何もできなかった……。もうあんな思いをするのはごめんだ。……ケリを着けなきゃならねぇ、今度こそ、全てに……!
「だから警部、俺をこの件から外さないでください!私怨なんぞで動くつもりはありません。俺は一警察官として、この事件の捜査に当たりたいんです……!」
必死な想いで俺の意思を吐露すると、警部は一度瞠目するとゆっくりと目を閉じ……そして次に見開いた時に真剣な眼差しで俺を見据えるとしっかりとした力のある口調で口を開いた。
「……ホントにもう、大丈夫なんだな?」
念を押すようにそう聞いて来る目暮警部に、俺もしっかりと頷いて見せる。
「はい。任せて下さい!」
かくして俺も、この事件の捜査に本格的に乗り出す事となった――。
これから松本管理官に会いに行くという目暮警部と別れた俺は、事件の影響で忙しなく人が行き交う廊下を杖をつきながら静かに歩いて行く。
そうして辿り着いたのは男子トイレだった。
俺はトイレに入り、個室に閉じこもると、ポケットから携帯を取り出して
例の爆弾魔が再び現れたとなれば、
SIDE:???
「ふぅ~っ、やっと終わった……」
『
この任務が終わった後は緊急の要件が出ない限りしばらくは何もないという事なので、少ししたら
(『組織』の任務は終わったばかりだが、日本に帰れば帰ったで『
俺はそう思いながら、ホテルのルームサービスで運ばれて来たコーヒーをゆっくりと味わい、ホテルの窓からのぞく
今俺がいるここは日本から見てほぼ裏側に位置する国だ。空に昇る太陽の位置や現在時刻から見て、今頃日本は日が沈んで夜になった時間帯だろう。
(……そう言えば、今日本の日付は11月7日だったな……)
その日は松田と萩原の命日だ。毎年必ず墓参りには行っているが、今回は少し遅くなりそうだ。
今いるこの国の時刻では既にその日は過ぎているものの、これから日本に帰ったとしても到着する頃には向こうの日付も変わっているかもしれない。
やれやれと肩を落としながらもう一口コーヒーを飲もうとしたその時、不意にポケットに入れていたプライベート用の携帯電話の着信音が鳴った。
誰だ?と思いつつ携帯を開くと、メールが一通届いている。
(送り主は……伊達からか。また『何処で何をしているんだ?』ってメールだったら悪いがスルーして――)
そんな事を考えていた俺の思考がピタリと止まる。
伊達から送られて来たメール――その件名の部分に【緊急】の二文字が記されていたからだ。
いつものアイツなら、大した用事の無い内容のメールにこの文字は絶対に使わない。
だがそれが記されたという事は、アイツの方で何か切羽詰まった……それこそ一刻を争うような大事が起こったことを意味していた。
(……まさか!)
思い当たる節があり、俺はハッとなってソファの背もたれから思わず体を起こす。
今、日本の日付は11月7日。松田、そして萩原の命日にして、二人の命を奪った爆弾魔が現れた日――。
俺の心臓が早鐘のようにバクン!バクン!と脈動し、額からじっとりと嫌な汗がにじんだ。
心を落ち着けるように一度小さく深呼吸をすると、震える指先で携帯のボタンを押し、メールの本文を開いた――。
「――ッ!」
――そうして、予想通りと言えるメールの内容に俺は自然と息を呑んでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(やはり……!)
メールの内容に目をカッと見開き、携帯を持つ手に無意識に力が入る。
萩原を吹っ飛ばし、松田に
カッと頭に血が上りそうになるも、ここで感情を爆発させても無意味だと悟り、俺は再び深呼吸をして冷静さを取り戻す。
そうして頭の芯が冷めていくのを確認すると、再び伊達からのメールを読みながら、俺こと
(『力を貸してくれ』か……。そんな事、言われずとも答えならとっくに決まっているだろ……!!)
SIDE:伊達航
(頼む、応答してくれ。ゼロ……!)
携帯の液晶画面に
まだメールを送ってから数分と経っていないはずなのに、俺の中では永遠とも呼べる時間が流れたように感じた。
今まで長年音信不通だった上、メール一つ返してこなかった
――その俺の願いが通じたのか次の瞬間、手に持った携帯電話がブーッ!ブーッ!とマナーモードで唐突に震え出した。
「!」
俺は慌てて携帯を確認する。するとそこにはメールが一通届いており、俺はすぐさま中身を開いた――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
写メでも何でもいい。送られて来たというその予告文の内容を直ぐに俺の携帯へと転送してくれ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――久しぶりに見る、アイツからの返信だった。
今までずっと連絡一つ寄こして来ず、最近では生きているのかすら不安を覚え始めていたのだが、ようやく返ってきた親友からのメールに、安堵と共に生存報告を聞かされたような気分になり、自然と泣きそうになった。
「――ったく、心配ばっかかけさせやがって……!」
自分の実力をどこか過信している奴だったから、もしかしたらそれが原因で何処かでくたばっているんじゃないかと内心冷や冷やしたが……元気そうで本当に良かった。
「……しっかし、『時間がかかる』って……ゼロの奴、今遠出でもしてんのか?」
送られてきたメールの一部分に妙な違和感を覚えながらも、俺はメールの内容通りに今回送られて来た予告文の全文を一字一句
・お詫び。
一つここでお詫びとお知らせを。
今年上映された劇場版名探偵コナンの『ハロウィンの花嫁』なのですが、実は……
様々な諸事情が重なり、見に行ける余裕が無かったのです。
そのためつい最近、伊達が捜査一課に配属になったのは
と、いうのも、前回書き上げた『悪意と聖者の行進』のエピソードでは、伊達はとうに捜査一課におり、松田がそこに配属されたという状況で書いていたからです。
いや、これには本当に驚きました。
原作のどの話だったのかは忘れましたが、高木と佐藤の会話で佐藤が松田を「君付け」、伊達を「さん付け」で呼んでいたという場面があったので、てっきり捜査一課に配属されたのは伊達→佐藤→松田の順だと思っていたのですが、まさか佐藤→松田→伊達だったとは思いもしませんでした(おまけに松田が殉職した当時、伊達はまだ所轄署所属だったらしいです)。
そう言った事もあり、前回書いた『悪意と聖者の行進』を一度見直し、修正し直すことにいたしますので、次回の投稿はそれが終わり次第とりかかろうと思います。
毎回読んでくださる読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒宜しくお願い致します。