SIDE:降谷零
「……すまない。もう少し急いでくれるか?」
「分かりました」
タクシーの運転手に俺がそう言うと、運転手は頷いた次の瞬間にアクセルを踏んで少し速度を速めてくれた。
それを確認した俺は次にチラリと自分の足元へと視線を向ける。
先程、何の前触れもなく音を立てて千切れてしまった革靴の靴紐は、簡単に応急処置をした状態で未だにそこに存在していた。
思えばこの靴ひもが切れた時から俺はどういう訳か落ち着かなくなっていた。
靴ひもが切れるのは不吉の前兆と言われている、しかも切れた直後に何故か伊達の顔が浮かんだのだ。運転手に急ぐよう催促したのもそれに起因していると言える。
(まさか……アイツの身に何かあったのか?)
そう考えおもむろに携帯を取り出す。
しかし、数秒ジッとその携帯を見つめて、俺は再び携帯をポケットにしまっていた。
(……馬鹿な。いくらなんでも非科学的すぎるだろう。こんな事でいちいちアイツに連絡なんて取っていたら笑われるのがオチだ)
基本、自分はそういったオカルトじみた事象は信じない主義だ。
この目で、耳で、感覚で……見て聞いて感じたモノしか信じないようにしている。しかし――。
(
これが『虫の知らせ』というヤツなのだろうか……?
一度や二度だけなら『偶然』で片付く話だが、これが何度も続くようならもはや『必然』と言わざるを得ない。
やはり一度、伊達に連絡を入れるべきか?そう考えていた矢先――。
「……お客さん、どうかされましたか?さっきから凄い顔で考え込んでるみたいですけど」
運転手から声がかかり、俺はハッとなっていつの間にか俯いていた顔を上げる。
「……大丈夫だ。何でもない」
「そうですかい?なら、良いんですが……」
俺の言葉に運転手がそう返してくると、再び運転に集中し始めた。
それを見た俺は冷静さを取り戻すために小さく深呼吸をする。
(……落ち着け。第一の爆破予告までまだ時間がある。アイツが爆弾魔の魔の手にかかったと思うのは流石に考え過ぎだろう)
――そう、自分に言い聞かせるようにして心の中で呟くと、俺は懐のポケットから折りたたまれた紙を取り出し、そっとそれを広げてみる。
それは『例の予告文』を紙に起こした物だった。
俺はそこに連なる文字を一字一句見落とさないような真剣な目つきで見据える。
(……それよりも今は、こっちの問題を解決しなければならない。
気ばかり焦ってしまっては本末転倒だ。それ故、今は別の事に集中した方が得策だと考えたのだ。
(一応解いた一つ目の爆弾の在りかの文章と予告時間の部分を省いても……やはりぱっと見だけではどこにあるのかは分からないな……。しかし――)
そこでいったん思考を止めた俺は、予告文章にある一部分に焦点を合わせ固定する。
俺の視線の先にあるその文章……そこは予告文の初めの部分につづられた文章だった。
(――それでも、妙に思えるのはこの一文章……『俺は剛球豪打のメジャーリーガー』の部分だ。……
普通なら別段気にも留めない単語ではあるが、どうにもこの部分だけが俺の脳内で引っかかっていた。
――少しの間考えた末、俺は
(待てよ?……
そう思いながら俺は再度、予告文を一から読み進めていく。
……すると
(――……!!そうか!!分かったぞ、二つ目の爆弾のある場所が……!!いや、だがこれは……!!)
――俺は暗号の全てを解く事は出来たものの。同時に
(何てことだ……!!
思わず予告文を書いた紙をグシャリと握り潰してしまう。
――これは……この暗号文の内容は、
暗号文にはあえて
(だとしたら三年前同様、爆弾魔は今回も警察官の誰かの命を奪おうとするのは必定。急がなくては――)
――そう思った次の瞬間、俺の乗るタクシーが突然急ブレーキで止まり、俺は僅かに体を前のめりに投げ出された。何事かと顔を上げた瞬間、運転手のやや慌てた声が耳に入る。
「ありゃあ!?ダメだお客さん。何でか知らないが、お客さんが指定した
「何だと!?」
俺は慌てて後部座席から身を乗り出して前方を見る。するとそこには運転手の言った通り、道のはるか向こうにまでぎっしりと並ぶ無数車の列が出来上がっているのが見えた。
それを見た俺は「クソッ!」と悪態を一つつくと時刻を確認する。
「(……今から
「え?あ!お客さん!?」
運転手が止める間もなく、俺は
――胸騒ぎが酷い。
東都タワーへと全力で走っている最中、俺の中の不安が徐々に膨らんでいっているのが感じられた。
そして同時に、時たま脳内で伊達の顔がちらつき、より一層不安が搔き立てられていった。
三年前に起こった松田の悲劇。東都タワー。そして頭の中でチラつく伊達の顔。
それらが、否応なしに俺の中で
それらを必死で頭の中で振り払い、否定する事で自身を落ち着かせながら、俺はただひたすらに東都タワーへと走るしかなかった――。
SIDE:伊達航
「ゆ~っくり下せよ?そ~っと……そ~っと……」
「オーライ!オーライ!……っと!」
「大丈夫か?」
「OK!受け取ったよ!」
天井の向こうで坊主が上のエレベーター口にいる機動隊員たちから爆弾処理の道具が詰まったバックを受け取っている様子を、エレベーター内から四角く開けられた救出口越しに見上げる。
そんな俺の横では、高木が
今回エレベーターの上で見つかった爆弾は、三年前に米花中央病院で発見された爆弾の構造とほぼ一緒であることが分かり、対策本部は最初に無線機と、
高木が無線機越しに対策本部にいる人間から
そこから漏れ聞こえる内容は、「お前(高木)が動揺すれば、少年も不安になってつまらないミスを起こしかねない。だから落ち着け」というモノだったが……。
ぶっちゃけ坊主の正体を知っている俺からしてみれば、そんな心配は杞憂以外の何ものでもない。
だから坊主なら落ち着いて爆弾処理に当たれるだろうと考えていたのだが……それからすぐに、俺は坊主の
(おいおい、マジかよ。坊主の奴……爆弾処理の
高木が対策本部の人間と爆弾処理の手順を慎重にゆっくりと進めているのをよそに、天井越しで見えないまでも坊主がテキパキと爆弾解体をズンズンと推し進めて行っているようであったのだ。
(ここからじゃあよく見えねぇが、坊主の奴……間違いなく今、高木たちが行おうとしている作業よりもさらに先の方まで作業を終わらせていやがる……!あの様子だと三年前の爆弾の構造を知らずともそれなりの知識を持っているみたいだな……。っつーか、それでも実年齢はまだ高校生のはずだよな!?何でそこまで熟知してんだコイツ……!?)
一体何処でそんな技術を習得したんだと激しく
チラリと高木の方を見ると、まだ奴は自分たちが伝えている解体作業の指示よりもはるか先に坊主が行っているのに気づいてはいない様子であった。正にウサギと亀である。
それを確認した俺は小さく息を吐くと、エレベーターの床にそっと腰を下ろす。
そして、ポケットからと
(爆弾の方は、とりあえず坊主に任せとけば大丈夫だろう。……なら俺は、今できる事をやらねぇとな)
そう考えながら、俺はその紙きれ――予告文が記された紙を睨みつけていた。
(予告文にある爆破時刻と一つ目の爆弾の在りかの部分を除いた文章……それらを省いた残りの文章にもう一つの爆弾の在りかが記されているのは間違いない。……だが、一体何処にあるんだ?)
むぅ……。と唸りながら予告文と何度目かのにらめっこをする俺。
その横で高木が坊主に向けて爆弾処理の手順を懇切丁寧にゆっくりと説明している声が耳に入って来る。
「……コナン君。カウントダウンが刻まれている液晶パネルをずらしたら、最初に見える黄色いコードを迂回させて切るんだ。電気が通っている可能性があるから、プラスチックの
(ストッパー……。そう言えば、この予告文にも書いてあるな。『出来のいいストッパーを用意しても無駄だ』と……)
高木の言葉に俺は手元の予告文にあるその一文をジッと見たまま思考にふけって行く。
(出来がいいって事は……
俺は予告文の『最初の部分』へと視線を移動させる。
(――何でメジャーリーガーなんだ?ここは日本だから、プロ野球選手と書いても通るはずだろうに…………いや、ちょっと待てよ……?)
そこまで考えた俺は、
そして俺の推理があっているのを確認するかのように今一度、予告文の文章をゆっくりと読み進めていく。
(……『延長戦』……『防御率』……『逆転』……そして『メジャーリーガ』……!)
予告文の重要な単語が俺の中でパズルのピースのように変化し、それらが繋ぎ合わされて一つの答えとなって集束していく……そして――。
――カチリ。
と、俺の中で全てが組み合わさった瞬間、大きく目を見開いていた。
(……オイオイオイオイ、マジかよ……!まさか……もう一つの爆弾の場所は……!!)
予告文の『答え』に行きついた俺はすぐさま自身の腕時計で現在時刻を確認する。
(爆破時刻まで一時間を切っちゃいるが、まだ余裕はある。……だが、
クソッ!と、内心悪態をつきながら俺は苛立たし気にガシガシと頭をかく。
(……間違いねぇ、コイツは三年前の松田の時と全く一緒だ……!予告文に爆弾の在りかを『半分しか』記してねぇのがその証拠……!そして……俺の読みが正しけりゃあ残り半分の答えは、恐らくもうすぐ――)
俺がそこまで考えた、その次の瞬間だった。
「――……ねぇ、高木刑事、伊達刑事……」
「……?何だい、コナン君?」
唐突に天井裏にいる坊主から声がかかり、高木は資料を見ていた目を天井に移して坊主へと声をかける。
俺も沈黙を保ったまま、天井を見上げた。
「ちょっと……相談があるんだけど……」
俺と高木が天井の向こうにいる坊主を見上げている中、その視線を一身に受けた坊主は
SIDE:降谷零
「ハア……ハア……ハア……!」
両ひざに手を置いて呼吸を整えながら、俺は顔から流れ出る汗をグッと手で拭った。
俺の目の前には今、今回の騒動の中心であり、数多くの警官や機動隊に取り囲まれるような形となっている東都タワーがそびえ立っていた。
タクシーを降りて全力疾走でここまで来たため、今俺の全身は滝のような汗が流れ出てて止まらない。
その汗が染み込んだ服はぴったりと肌に張り付くものの、そんな事を気にする余裕は俺には無かった。
東都タワーと周囲の様子から、一つ目の爆弾の在りかがここにあると言う俺の推理が間違っていなかった事を嫌と言うほど実感させられたからだ。
東都タワー周辺にいるのは警察関係者らしき人物ばかりで一般人らしき人間は人っ子一人いない。既に警察によって避難されたようであった。
しかし、遠巻きながらも現場見たさで警察の手が届かない安全圏から東都タワーの様子を見る人間は数多くいた。
俺も今現在、その野次馬たちの中に混ざって東都タワーを見上げているのが現状だ。
警察によって東都タワーへ近づく事は出来なくなった事で、中で何が起こっているのかさえ俺には分からない。
いちいち風見に連絡を取って現在状況を確認するのが手間だと感じは俺は、手っ取り早く周囲の野次馬に声をかけて情報を得る事にした。
「すみません。東都タワーに警察の方が大勢いるみたいですが、何かあったのですか?」
物見遊山でビデオカメラを構えて東都タワーを映している野次馬の男性に、俺は何も知らない風を装って声をかける。
突然、声をかけられたためにその男性は一瞬驚いた様子を見せるも、直ぐに答えてくれた。
「ああ。何でも東都タワーのエレベーターに大きな爆弾が仕掛けられていたらしくって警察も周りの奴らも大騒ぎになっちまってなぁ……しかも最悪な事に――」
「――その爆弾が仕掛けられているエレベーターに小さい子供一人と刑事が二人、閉じこめられちまったんだってよ」
「――ッ!!」
その男性の言葉に俺は一瞬息を呑む。現状は俺が想像するモノよりも更に最悪な事になっていた。
この騒ぎ故、警察官の誰かが犯人の罠にはまって危機的状況に追い込まれているだろう事は予想していた。しかし、まさか他に二名の人間が巻き込まれており、その内の一人が警察とは全く無関係の小さな子供であるとは夢にも思わなかった。
「……ありがとうございます。助かりました」
俺は表面上、自然体の
だが内心、俺は激しく動揺していた。心臓はバクバクとうるさく鼓動を鳴らし、ギュッと握った拳からじっとりと手汗がにじむ。
エレベーター内に閉じ込めれれているという二人の警察官。その内の一人が
タクシーに乗る前から感じていた酷い胸騒ぎに今の現状……。もはや俺に悩んでいる余裕は無かった。
俺はポケットから携帯電話を取り出すと、
どうか考えすぎであってほしい。そんな一抹の願いを心の中で何度も何度も繰り返しながら――。
SIDE:伊達航
「――すみません。でも、佐藤さんなら分かってくれますよね?」
「「…………」」
無線機越しに佐藤と会話をする高木を、俺はその隣で、眼鏡の坊主は天井救出口から足を投げ出した状態で座って見降ろす状態で見守る。
最初こそ高木は対策本部の人間と話していたが途中から何故か向こうの相手が佐藤に代わったらしかった。
物悲し気な表情で高木は佐藤との電話を一通り終えると、電話を切って小さくため息をついた。
俺はそんな高木に言葉を投げかける。
「……腹はとうに決まったみたいだな。大人でも泣きわめきたい状況だってぇのに、よく言えたじゃねぇか」
「ハハッ……ここで折れるわけにはいきませんよ。僕も一応、刑事ですしね」
高木からのその返答に、俺は一瞬目を丸くし、そしてフッと笑いを零す。
(……あのペーペーで何やらしてもドジ踏んでたコイツが……えらく肝の座った
俺がそんな事を思っていると、今度は高木の方から俺に問いの言葉を投げかけて来る。
「……というか、伊達さんの方も大丈夫なんですか?……なんか僕よりも落ち着いて見えるというか……」
「馬鹿言え。これでも大分精神的に参ってんだよ。……だが、お前が腹くくってるって言うのに、先輩の俺が情けない醜態なんてさらせるわけねぇだろうが」
「は、はあ……」
その俺の言葉に、高木は気の抜けた返事をする。
(――まぁ。
そう思いながら俺はチラリと横目で
一瞬だけ坊主と視線が交わる。――だが俺は直ぐに視線を高木へと戻し、奴へと言葉を続けた。
「……ま。唯一心残りがあるとすりゃあ、ナタリーと腹の子を残して逝っちまうことだなぁ。……今頃アイツ、連絡の無い俺の事心配して電話入れてるのかもしれねぇが、非常階段で携帯落っことしちまってそれっきりだし――」
「――あッ!」
「うぉっ!?どうした!?」
話している最中に突然、高木が声を上げたため、俺は驚いて目を丸くする。
そんな俺を前に、高木はバツが悪そうな顔でズボンのポケットを漁ると、
「――って、俺の携帯じゃねぇかそれ!」
「すみません。非常階段で拾ってたんですが、色々あってすっかり忘れてました」
「ったく……まぁ、拾ってくれた事にゃあ感謝だな。ありがとよ」
礼の言葉を述べながら、俺は高木からボロボロになった自分の携帯を受け取った。
「……あーあ、こんなにあちこちヒビいっちまって、液晶の方も派手にいったなぁ……まだ、ちゃんと通話出来んのかこれ……?」
携帯をあちこち眺めながら、俺がそんな独り言を呟いた。――その時だった。
――ブーッ!ブーッ!
唐突に俺の手の中にあった携帯がバイブ音を鳴らしだし、不意を突かれた俺たち三人は同時にビクリと小さく驚いていた。
そして、一瞬遅れて高木が俺に声をかける。
「もしかして、ナタリーさんから?」
「あー、そうかもしれねぇが……えぇと、誰だ……?」
そう呟きながら俺はヒビだらけの液晶に目を凝らして覗き見ながら電話の相手の名前を確認し――。
「…………」
――直後に顔をほころばせていた。
「……?伊達さんどうしました?ナタリーさんからだったんですか?」
高木からのその問いかけに俺は笑いながら首を振って見せる。
「いんや。……古い
「へぇ~……伊達刑事のお友達?」
天井から眼鏡の坊主がそう聞いて来たので俺は直ぐに頷いて見せた。
「ああ。……長い間、音信不通でなぁ。……こっちが何度、電話やメールをしても返事一つ寄こしゃあしねぇ。……だがまぁ、ようやく久々にアイツの声が聞けそうだ」
こんな状況だって言うのに、そういう俺の声は自分でも驚くほどに弾んでいた。
安否も分からず、何年もこっちの連絡を無視し続けてきた
小さく苦笑を浮かべた俺は、電話の向こうにいる
最新話投稿です。
すみません。本当なら昨日の内に投稿したかったのですが間に合いませんでしたorz
……クッ、八月中に投稿ならず……!(無念)