SIDE:三人称視点。
(こ、こんな……こんな奴にぃッ……!!)
両手でしっかりと拳銃を握りしめた佐藤美和子は、怒りで我を忘れていた。
伊達が眼鏡の男を追って路地に入ったのを見た佐藤は、伊達が追っていたその眼鏡の男こそが自分たちを
細く曲がりくねった路地を必死に走り続けると、とある曲がり角を曲がった先に伊達の大きな背中が視界に入り、佐藤は思わずその場に立ち止まってしまう。
そうして、その伊達の体の影から、僅かに先程見た眼鏡の男らしき姿が目に入った。
どうやら伊達と
しかし、伊達と協力しているらしいそのもう一人が誰なのかは、佐藤のいる場所からは伊達の体に完全に隠れていたため見る事が出来なかった。
――兎にも角にも、伊達に声をかけようと口を開きかける佐藤。
だがそれよりも先に、眼鏡の男のモノらしき声が佐藤の耳に入った。――入って、しまった。
その聞くに堪えない男の言葉の数々に、佐藤の頭の中は一瞬で真っ白になってしまう。
だがその真っ白になった佐藤の頭の中を、やがて走馬灯のように
たった七日間だけの、仕事上だけの付き合いであったが、佐藤にとってその刑事との日々はとても忘れがたきモノであった。
何処か周りと距離を置いてキザったらしく一匹狼を気取る、捻くれたその性格もさることながら、周りとはまた別の空気を纏って周囲を意識させるその独特の存在感は、たった七日と言えど佐藤や他の刑事たちの記憶に十分に刻み付けられていたのだ。
――配属当日に佐藤を含む多くの刑事たちの前で嫌味ったらしく毒舌を吐いた時や。
――聞き込み時に、その言動が乱暴だったため、見かねてその刑事の教育係だった佐藤が止めた時。
――指先が器用故に、携帯のメールを打つのがとても速く。何処にメールをしているのかと問えば、『今は亡き親友に送るんだ』と、どこか寂しそうに呟く時に。
――所轄から被疑者を警視庁に連行する際、素っ気なく『パスする』と言って周囲を呆気に取らせた時。
――そして……爆弾を積んだ観覧車のゴンドラに一人乗り込み、『こういう事は、プロに任せな』と格好つけてそう言い残し……結局、
その刑事の――松田との七日間の思い出が佐藤の中で鮮明に蘇り、それと同時に言葉に出来ない感情の奔流が自身の中で渦巻いて行くのを彼女は感じた。
松田を失った悲しみと、彼を救えなかった自身の無力さと後悔。そして……それら以上に大きく膨らむ、松田を殺した爆弾魔に対する言い知れぬ怒りと憎悪。
それらの感情が抑えきれず、佐藤は双眸から涙を溢れさせながら顔を歪める。
やがてその憎悪が『殺意』に変わると、佐藤は半ば無意識に懐から拳銃を取り出していた。
そうして、それと同時に自身が警察官であるという自覚すらも薄らぎ、何かに突き動かされるようにして佐藤は前へと一歩足を踏み出す。
一人葛藤していた時間が長かったのか、佐藤の目の前ではもう既に
二人の人間に見降ろされる形で鼻血を派手に吹き出しながら白目をむき、地面に転がる爆弾魔の姿が佐藤の視界に収まる。
しかし、爆弾魔のそんな醜態を目の当たりにしても、佐藤の心の中は一向にはれる気配はなかった。
されど涙と『怒り』で視界を狭め、ぼやけさせながらも佐藤の焦点はその爆弾魔の顔から微動だにしない。
佐藤はゆっくりと両手を持ち上げ、手にした拳銃の標準をピタリと地面に伸びている爆弾魔の顔へと固定する。
そうして、ガチリと銃の撃鉄を上げると、そこでようやく爆弾魔を見下ろしている二人――伊達と降谷が彼女の存在に気がついた。
「さ……とう……!?」
半ば呆然とした面持ちで伊達がそう声をかけて来るも、当の佐藤はその声が耳に入らず、視線も銃口も爆弾魔の顔から一切動かない。
(こんな奴にッ!!……こんな奴にぃッ!!!)
頭の中がその言葉で埋め尽くされると同時に、佐藤は憎しみで目の前が真っ赤になる。
「止めろ!よせ、佐藤!!」
「あ゛、あ゛あああああああーーーーーーーーッ!!!!」
慌てて佐藤を止めようと伊達が叫びながら動こうとするも、それよりも前に佐藤の断末魔にも似た叫び声と一緒に引き金にかかった指に力が入る。
標準を爆弾魔に固定したまま涙があふれる双眸を佐藤がギュッと閉じたと同時に――。
「佐藤さああああーーーーーーーーーーーん!!!!」
――
SIDE:伊達航
――佐藤の持つ銃から銃声が轟いた時、俺はその場から動くことが出来なかった。
俺が止めようと動き出すよりも早く、佐藤の背後から走って来た高木が現れ、後ろから佐藤を抱きかかえるように拘束すると、直ぐに拳銃を持つ佐藤の手首をつかんで無理矢理その手を
――ダァァン!!
高木によって佐藤の両手が上へと向けられると、ほぼ同時にその手に持った拳銃から弾丸が飛び出す。
放たれた弾丸は誰に当たる事も無く、左右にそびえ立つ建物によって切り取られたように見える蒼天の彼方へと消えていった――。
「何するの!?邪魔しないで!!」
「駄目です!佐藤さん!!」
弾丸が明後日の方向へと飛んで行っても一向に怒りが収まらないのか、佐藤は叫びながら高木の腕の中で暴れ、そんな佐藤を高木は必死になって抑える。
「離して!離してよ!!あんな奴の……あんな奴のせいで……ッ!!だから離して――」
――パァン……!
――唐突に。感情に任せて喚き散らす佐藤の叫びを遮断するように、乾いた音がその場に鳴り響いた。
それは、暴れる佐藤の頬を高木が引っ叩いた音であり、その音と頬に伝わる痛みで一瞬何が起こったのか分からずにいるのか、佐藤はさっきまで暴れていたのが嘘のように大人しくなり、片手で叩かれた頬を抑えながら目を丸くして呆然と高木を見る。
そんな佐藤に高木は真剣な目つきで口を開いた。
「何やってるんですか、佐藤さん!」
「――!!」
「いつも、佐藤さんが言ってるでしょう?……『誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕し、恐れや憎しみに囚われずに、いかなる場合も人権を尊重して公正に警察職務を執行しろ!』って。……そう言ってたじゃないですか!」
その言葉を聞いて佐藤はハッと目を見開き、俺も同じように
(……ああ、そうだな。……そうだったよなぁ、高木)
それが警察官としての俺たちの在り方だ。だと言うのに、俺もまたさっきまで爆弾魔の言った暴言でカッとなっちまってた。
頭に蹴り一発だけとはいえ、一時でも感情に流されちまった自分自身が恥ずかしいぜ。
そんな事を目を伏せて痛感していると、佐藤がやがてその場に膝から崩れ落ちる。
「だって……だって……!」
「そんなんじゃ、松田刑事に怒られちゃいますよ?」
地面に座り込んで俯きながらそう呟く佐藤に、高木もしゃがみ込んで佐藤に目線の高さを合わせると、そう優しく語り掛ける。
「――ッ!忘れさせてよぉ!……馬鹿ぁッ!!」
そんな高木の言葉を聞いた佐藤は顔をくしゃくしゃにしながら高木の懐に飛び込んで、そう泣き叫ぶ。
(……忘れないでやってくれ……頼む……!)
高木に寄りかかって泣きわめく佐藤に、俺はグッと泣きそうになる程に顔を歪めながら心の中で佐藤に向けてそう懇願する。
気持ちは……痛いほどによく分かる。
だが、そうしちまったら、お前の中のアイツは本当に――。
すると俺の願いが高木に聞き届きでもしたのか、俺が佐藤に言いたかった言葉を高木が口を開いて言ってくれた――。
「……駄目ですよ。忘れちゃ……。それが大切な思い出なら、忘れちゃ駄目です。……人は死んだら、人の思い出の中でしか、生きられないんですから……」
「……!――高木君……」
高木のその言葉に、泣き止んだ佐藤はゆっくりと高木を見上げる。
二人の視線が交差し、ジッと見つめ合う高木と佐藤――。
…………。
……………………。
………………………………。
……あー、なんだ?そのぉ~……。
「あー、えっと……お二人さん?いい雰囲気になってるとこ悪いんだが、ここには他にギャラリーがいる事忘れてないか?」
俺がおずおずと二人の間に割り込むようにしてそう声をかけると、高木と佐藤の二人はハッとなって……と言うか、ギョッとなって俺の方へ二人同時に目を向けてきた。
途端にさっきまでのシリアスなムードが一気に吹っ飛び、二人して目を大きく見開きながら耳まで顔を真っ赤にするとその場であたふたとし始めた。
「だ、伊達さん!い、居たんですか!?」
「居たよ。ってか、気づいてなかったのか」
慌ててそう声を上げる高木に俺はジト目でそう返す。
ったく、二人して勝手に盛り上がりやがって……!完全に空気になってたぞ、俺たち。
そんな事を考えながら、疲れたように溜息を吐く俺を前に、高木は俺と地面に転がる爆弾魔を交互に見やりながら、少し首をかしげて問いかけてきた――。
「あ、あの……そこに倒れているのは爆弾犯で、間違いないんですよね……?――
「……え?」
高木にそう問われ、俺はハッとなりながらすぐさま振り返る――。
――そこには鼻血を垂れ流したまま気を失って倒れ伏す爆弾魔と、先程までのその爆弾魔との一戦や佐藤の拳銃の発砲音などで何事かと大通りから遠巻きにこちらを覗き込んでいる通行人たちの姿があったのだが――。
――ついさっきまでいたはずの
SIDE:江戸川コナン
東都タワーの一件の後、警視庁で事情聴取を受けてそこからようやく解放されたのがとうに日が沈んだ後の時刻だった。
迎えに来た博士のビートルで帰路につく俺と灰原、そして少年探偵団の面々。
帰る直前、目暮警部たちから爆弾魔が捕まったという朗報を聞き、俺たちは全員心から安堵したと同時に、ようやくこの長い二日間が終わったのだと実感する。
「――しかし、まあ、よく止められたもんじゃなぁ。……コードを切る時間は三秒も無かったんじゃろう?」
「……まぁ、元々ヒントの途中で分かったら、すぐに切るつもりでペンチを握ってたからな。……高木刑事を死なせるわけにはいかなかったし」
運転する博士の言葉に助手席に座った俺が淡々とした口調でそう答え返す。
答えている間に後部座席から元太のイビキが耳に入って来る。どうやら一足早く一人だけ眠り込んじまったらしい。
すると、俺の隣で一緒に助手席に座っていた灰原が口を開いた。
「……でも、流石ね。『E』『V』『I』『T』だけで、『
「全くじゃ!」
灰原の言葉に博士がにこやかに同意するのを聞きながら俺はフッと笑みを零す――。
(……バーロー。分かるに決まってんだろ?……心の中で、そこじゃなきゃ良いって……ずーっと、思い続けていたんだからよ)
俺はそう思いながら、頭の中で世話焼きで心配性な性格の……
今頃アイツは、とっくに
――まさか今日、自分が全国模試を受けている
(……ま。未遂に終わった今となっては、あえてアイツにその事を教える必要も無いかな?)
そう結論付けた俺は、その後今日の晩御飯は何なんだろうと車に揺られながら
SIDE:高木渉
――事件解決後。僕たちは白鳥警部が目を覚ましたという知らせを聞き、捜査一課総出で警部のお見舞いへとやって来ていた。
目を覚ました白鳥警部は事件当時、とても危険な状態だったのにもかかわらず意識がはっきりとしており、元気な口調で僕たちとの会話を問題なく交わすことが出来ていた。
カエル先生によると、どうも東都タワーの爆弾事件が解決した直後には目を覚ましていたらしいのだが、僕らが捜査に集中できるようにと先生の計らいでわざと連絡を遅らせていたらしい。
そうしてカエル先生の口から、『後一週間もすれば後遺症も無く怪我は完治して退院できるから大丈夫だよ』と言われ、僕たちは大きく胸をなでおろしていた。
……相変わらずの常識離れした回復速度だったが、それはもう今更なので僕ら捜査一課一同はあえて突っこまずにスルーさせてもらった。うん。
そうして白鳥警部との面会を終え、僕たちは事件後の後処理を行うために今一度警視庁へと戻ろうと病院内を出入り口へ向けて歩いていたのだが、その途中、僕は隣を歩いている佐藤さんが小首をかしげながらジッと僕らの前を歩く伊達さんを見つめている事に気がついた。
「……佐藤さん、どうかしましたか?」
「……ああ、うん……。伊達さん、目暮警部たちには『単独で爆弾魔を逮捕した』と報告してたわよね?」
「ええ、はい……」
「……私があそこに駆けつけた時、もう一人誰かいた気がするのよ。……伊達さんとその人が爆弾魔を挟み撃ちにする形で」
唐突な佐藤さんからのその告白に、僕は思わず「えっ?」と小さく声を漏らす。
そうしてチラリと伊達さんの背中を見やりながら、僕は佐藤さんに小声で耳打ちをする。
「誰かって、一体誰だったんですか?」
「……それが分かんないのよ。伊達さんの体の影になってその人のことは良く見えなかったし……その後もあの爆弾魔のせいで頭に血が登って冷静な判断が出来なくなって、涙で視界がぼやけちゃうし感情が高ぶって爆弾魔しか見えなくなっちゃうしでその人の方へ意識する余裕が無くなっちゃってね……。事件解決後に直接伊達さんにその事を聞いてみたりもしたんだけど、はぐらかすばっかりで教えてもくれないのよ」
佐藤さんの話を聞いて僕は歩きながら考え込む。
それが本当なら、あの時佐藤さんが見たもう一人の人物とは一体誰だったのだろう?伊達さんはその人と協力して爆弾魔を捕まえたのだろうか?……だが、もしそうなら、何故伊達さんは目暮警部を含む僕たち全員にその事を黙って隠すのか?
様々な疑問が頭に浮かぶ中、僕は伊達さんをジッと見つめる。
するとその時、佐藤さんが今思い出したと言いたげにハッと顔を上げて口を開く――。
「……あ!そう言えば、伊達さん。その人に向けて何か言ってたような気がする。……私もあの時冷静じゃなかったから聞き間違いだったのかもしれないんだけど――」
「――確か……『悪い、
「……!?」
その言葉に僕は思わずハッと目を大きく見開いていた。
――『ゼロ』。その単語を、いや……その『呼び名』を僕は今日の内に路地とは全く違う
――そう。あれは東都タワーのエレベーター内に伊達さんとコナン君と一緒に閉じ込められた時だ。
不意に伊達さんの携帯が鳴り、その『相手』の電話に伊達さんが出た。
そうして、伊達さん曰く『古い友人』だと言うその『相手』と何度か言葉を交わした後に、伊達さんは最後にその人に向けてこう言ったのだ――。
――『……それじゃあな『
(まさか……)
僕は再度前方を歩く伊達さんの背中を見やる。
確証は何もない。けれど僕には、あのエレベーターの中で伊達さんが電話をしていた『相手』と、路地で佐藤さんが見たという『もう一人』が、全くの別人であるとはどうしても思う事が出来なかった――。
SIDE:伊達航
「――ッ」
不意に意識が覚醒し、俺は突っ伏していた
いかんいかん。どうやら、
――都内全土を震撼させた爆弾魔の事件から数日後。俺は一人、
その定食屋は昔、俺がまだ警察学校の生徒だった時代に仲間の降谷や松田らと共に足しげく飯を食いに来ていた店であった。
事件後の騒ぎが一通り落ち着いたのを見計らい、俺は改めて休暇を取って松田、萩原、そして諸伏の墓へと順番に爆弾魔が逮捕されたことを報告して回った。
そうして一通りの報告を終えた俺はその足で思い出深いその定食屋へと向かい、まだ日も高い内だと言うのに一人こうして事件解決の祝い酒としゃれ込んでいるという訳なのである。
しかし……どうやらちょっとハメを外し過ぎたらしい。気づいたら酔いつぶれて寝てるとかどんだけ飲んでんだよ、俺。
「……お!お客さん、起きましたかい?」
俺が起きた事に気づいたカウンター向こうにいる店主が声をかけて来る。
「……ああ、店主。悪いな寝ちまって……。なぁ俺、どんくらい寝てた?」
「ん~、ざっと一時間近くって所ですかね?」
「マジか、そんなにかよ」
あっちゃあ、と頭に手を当てて天井を仰ぎ見る。
家に残してきたナタリーが心配しているかもしれん。一度連絡を入れた方が良いか?
俺がそんな事を考えていると、不意に視界の端に『何か』映り込んだのに気づき、俺は無意識のうちに自身の真横へと視線を移動させていた。
「……?」
俺が座るカウンター席のすぐ隣の席――そこには一本の小さなビール瓶とグラスが静かに鎮座しているのが目に入った。
俺が注文していた酒は日本酒だ。ビールを注文した記憶はない。とすれば、このビール瓶とグラスはさっきまで俺の隣の席で飲んでいた客のモンだろう。
しかし、今その客の姿は何処にも見当たらない。ビール瓶とグラスがほぼ空になっているのを見るに、恐らく俺が酔いつぶれて寝ている間にその客は来店し、そしてビールを飲んで俺が起きる直前に店を去って行ったという事なのだろう。
……しかし、俺が気になったのはそこでは無かった。
今は書き入れ時の時刻ではないため、店内にいる客もまばらだ。それ故に座れる席もたくさんある。
――だと言うのにその客は、
俺が座るのはカウンターの一番奥――一番隅の席だ。
そんな俺の席の隣に何故座ったのか……俺はその客に少し興味を覚えた。
「なぁ店主、ここさっきまで誰かいたのか?」
「ええ。ビールを一本注文してお客さんが起きる少し前に帰って行きましたよ」
「ふ~ん……。どんな奴だった?」
「え?……ん~そうですねぇ――」
店主は俺の問いかけに顎に手を置きながら唸る様に続きを口にする――。
「――外国人っぽい顔立ちでしたけど、日本語は流暢な人でしたよ。
「!!」
その特徴だけで、俺は誰だかはっきりと分かってしまった。
驚いて目を見開いた俺だったが、直ぐにフッと笑みを零す。
(……なんだよ。来てたんなら起こしてくれても良かったじゃねぇか)
この店に来る前にアイツに『一杯付き合わねぇか?』とメールを何通か送ったのに、また以前同様に音信不通状態になっちまったんで、半ば不貞腐れた状態で俺は今日ここを一人で訪れて来ていたのだ。
……正直、さっきまで酔いつぶれてしまっていたのもそれが原因でヤケ酒に近い状態になって酒をあおっていたからなのかもしれん。
「……あー、そう言えばその人が帰る時に、お客さん(伊達)に伝言を一つ頼まれてたんです」
「伝言?俺に?」
店主からのその言葉に、俺は思考を巡らせる。
(何だ?……もしかして、メールをスルーしてたことに対する詫びか?……ったく、素直じゃねぇなぁアイツも)
やれやれと首を振りながらしょうがない奴だと笑みを浮かべる。そんな俺に店主が伝言の内容を伝えてきた。
「――ここのビール代、代わりに頼む。と」
「おごらせる気かよアイツ!?」
うぉぉぉい!?あんにゃろう!どさくさに紛れて一体、何してくれてんだぁ!?人が酔いつぶれて寝てるのを良い事に勝手な事やりやがって!
ぐぬぬぬぬ!と顔を歪めて憤る俺を前に、店主は俺をなだめながら口を開いた。
「まあまあ、落ち着いてくださいお客さん。……その人なんですけどね、その後こうも言ってましたよ――」
『――借りた分は、必ず返す。近い内にまた会おう』
「――と、そうおっしゃってましたよ」
「…………」
店主から伝言の続きを聞いた俺は無言になる。だがやがて大きくため息を吐くと店主に向けて
「店主、俺にもビールを一杯くれ。それと、隣の席にあるグラスなんだがな。下げずにそこにもビールを一杯頼む」
「あ、はい。分かりました」
俺の要求に頷いた店主は早速準備に入る。
そんな店主を見ながら俺は今度は小さくため息をついた。
(全く……アイツの言う『近い内』ってぇのはいつになる事やら……)
一体何処で何をやっているのかは知らないが、あいまいな答えしか返して来ないアイツに呆れた笑みを浮かべる。
何があったのか、どういう事情があってのことなのか。……もしかしたら、俺なんかじゃ到底想像しえないとんでもない案件を抱え込んでて、アイツはそれから俺を遠ざけようとしているんじゃないかとも考えられる。
だがどれだけ考えても現状、想像の域を越える事は出来ないだろう。
……しかし。
(吐いた唾飲むなよ、ゼロ。……信じてっからな)
アイツが必ずまた会いに来ると言った以上、俺はそれを信じるしかない。
もしも、その約束をも破ってまた雲隠れでもするようものなら……その時はこっちから地の果てまでも追いかけて探し出し、全力でぶん殴りに行ってやるだけだ。
やがて俺の注文通りに店主がビールを運んで来る。グラスにビールを注いでそれを俺の前に置き、次にゼロの使ったグラスにもビールをなみなみと注いでいく。
それを見届けた俺は自身のグラスを持ち上げ、ゼロのグラスへと近づけた――。
(……先に逝っちまった親友たちへの冥福と俺たちの『次の』再会を願って――)
――チン。
――グラスが打ち合う小さな音が店内に小さく響き渡った。
最新話投稿です。
これで今エピソードは完結です。
次のエピソードもまた長編となる予定ですが、今度は番外編ではなくカエル先生が中心人物の立ち位置で登場する予定です。