久しぶりの伏字サブタイトルです。
今回はプロローグ的な話なのですが意外と長くなりました。
このエピソードでは特別ゲスト
SIDE:三人称視点。
――アメリカ・マサチューセッツ州。
天高くそびえるビル群が立ち並ぶ夜の大都市。建物の中から漏れる灯りや外灯。車のヘッドライトが夜の闇の中で煌びやかに地上を輝かせていた。
その一角にそびえる一際大きなビル――最上階の広々とした豪華な一室の中で今、その部屋の主である小さな少年が
十歳前後らしき年齢のその少年はデスクと向かい合い、そこに設置された三台のパソコンのモニターを見ながら、手元のキーボードをカタカタと打ち鳴らす。
『――天才少年ヒロキ・サワダ君はまだ十歳ながら、マサチューセッツ工科大学に通う大学院生です。皮膚や血液のデータからその人間の先祖を突き止める事も出来る【DNA探査プログラム】を開発して私達を驚かせたのは記憶に新しいところですが、現在ヒロキ君は一年で人間の五歳分成長するという人工頭脳の開発を手掛けています。これを全面的にバックアップしているのは、IT産業界の帝王【シンドラー・カンパニー】のトマス・シンドラー社長です。……ヒロキ君の両親は二年前に離婚し、ヒロキ君は父親と別れ教育熱心な母親に連れられアメリカに移住しました。シンドラー社長は母親も病死して天涯孤独な身の上となったヒロキ君の親代わりとなりました』
テレビから聞こえて来る女性ニュースキャスターのその声を耳にしながらも、少年は熱心にパソコンのモニターを見つめながらキーボードを打つ手を止める様子を見せない。
――そしてそんな少年の後ろ姿を、部屋に作られた通風孔の中に設置された
『――人工頭脳ノアズ・アークは人類史上最大の発明になるだろうと言われ、ヒロキ君は厳重なセキュリティの中に置かれています。ふつうの子供のように公園で遊ぶことも許されません。……ノアズ・アークとは旧約聖書に登場する【ノアの
ニュースキャスターがそこまで言った直後、テレビの画面がフッと消え、同時にキャスターの声も途絶える。
テレビのリモコンでその電源を切った少年は、リモコンを置くとプログラム作業を続行する。
――やがて、キーボードを打つ手が止まると、少年は「やっとできた」とばかりにホッと安堵の息を漏らした。
しかし、直ぐに真剣な顔になると、チラリと背後にある通風孔――その中にある監視カメラへと一瞬視線を向け、そしてまた再び視線をモニターへと戻す。
モニターに映る無数の英文や数式。――それらの羅列の果てに【Noah's Ark】という文章が点滅していた。
その文章を見つめながら、少年は憂いを帯びた顔を浮かべる。
しかし、やがてそれが『覚悟の決まった
――
――モニターにその文章が映し出された途端、少年は小さく息を吐きながら椅子の背もたれにもたれかかる。
「さようなら……。僕の友達……」
今にも消え入りそうなほどに小さな少年のその声は、誰の耳に入る事無く部屋の中で消えていった。
――やがて少年は、座っていた椅子から立ち上がると部屋を横切り、屋上の外へと通じるガラス戸を開けた。
そこには人工芝が一面に敷かれ、滑り台やブランコなどといった子供が遊ぶための遊具が設置されている。
しかし少年はそれらに一切目を止める事無く歩き続け、屋上の柵へと歩み寄った。
――
――
夜の夜景を彩る大都会の灯りを見下ろしながら、暗い笑みをたたえた少年は摩天楼の天辺で一人寂しく呟く。
「……僕も、ノアズ・アークみたいに飛べるかな……」
そうして少年は一歩前に足を踏み出そうとする。その先には
――「まだガキンチョのクセに、何もかも諦めてさっさと幕引きにしようなんざぁ生意気がすぎるぜぇ」
「――!?」
唐突に耳に入った第三者の声に、少年は驚いてその動きを止める。
それもそのはず、ついさっきまでここには少年以外誰もいなかったはずなのだ。
ならば、今聞こえたこの声の主は一体誰なのか。
少年は慌てて声のした方へと視線を向ける――。
――そこには男が立っていた。
一体いつからそこにいたのか、少年と同じく柵の向こう側に立つその男は、少年の数メートル離れた所に立って不敵な笑みを浮かべながら少年を見ていたのである。
「あ、アナタは……!」
その男の顔を見た瞬間、少年は更に驚きに目を丸くする。
何せその男は世間では――いや、世界的に見ても
少年自身、テレビや新聞で何度か彼の顔を見た事があった。
――何故、この人がこのビルに?いや、それよりもどうやって入って……!?そもそも何の目的があって、どうしてこのタイミングで……!??
そんな疑問が頭の中を駆け回り呆然としている少年に向けて、男はニヤリと笑いながらその場にしゃがみ込むとビルの真下へと視線を落としながら少年へ向けて口を開いて見せた。
「こぉんなつまんねぇとこから飛んじまっても虚しいだけだろうに。……なんならよ、おじさんと一緒にもっと
「別の所……?」
首をかしげながらオウム返しにそう問いかける少年に、男は一層笑みを深め夜の大都会に向けて両手を大きく広げながら言葉を続ける――。
「……ああ。こんな冷たい
「――『外の世界』へと飛んでみようぜ?
仰々しくそう語って見せる男を前に、少年は呆気にとられた顔で彼を見上げる。
その少年の視界の中で、男の着る
――既に就寝についていたトマス・シンドラーは、突然かかって来た部下からの緊急の連絡で飛び起きていた。
何でも
急ぎガウンを纏い、連絡を寄こしてきた部下と一緒に少年の部屋へと向かうトマス。
部屋に入るためのドアに手をかけるも、鍵がかかっていないはずなのにビクともしない。どうやら、内側から何かで抑えられているようであった。
仕方なく、トマスは部下に命令してドアを無理矢理こじ開ける。
部下の数回の体当たりの末、ドアはようやく開き、同時にドアを塞いでいた椅子が派手に吹き飛んだ。
トマスと部下は部屋へと足を踏み入れる。
――誰もいない。
電気のついていない薄暗くだだっ広い部屋が静かにそこにあるだけであった。
「――
トマスは
シンと静まり返った部屋が広がっているだけであった。
部屋の中に少年の姿が無い事を理解したトマスは、今度は部屋を横切ってガラス戸を開け、その外へと一人飛び出す。
子供の遊具が設置された芝生の庭をキョロキョロと視線を巡らせるトマス。
すると視界の中で『ある物』をとらえ、トマスの目がそこに釘付けとなる。
屋上の柵の手前――そこに子供の靴が二足奇麗に揃えられて置かれていたのだ。
「――!ヒロキ!」
トマスは直ぐに柵に駆け寄り、身を乗り出してビルの下を覗き込もうとし――。
「……!?」
次の瞬間、自身のそばに何かの気配を感じたトマスは、瞬時に自身の真横へと視線を向けた――。
「……よぅ。こんな夜分に、アポなしで失礼するぜ?シンドラー社長」
――そこには男が立っていた。
一体いつからそこにいたのか。柵の外側――その僅かな足場しかない場所に屋上を吹き抜ける風をものともせず平然と佇む男がそこにいたのだ。
「なっ!?き、貴様は……!!」
何の前触れもなく、世間では
「――!ヒロキ!?」
男の腕の中には少年――ヒロキの姿があった。
ヒロキは眠っているのか男の腕の中でピクリとも動かない。――しかし、その顔は
トマスの声を聞きつけて、先程トマスと一緒に部屋に入って来た部下の男も駆けつけて来る。
そして、少年を抱きかかえる男を目にした瞬間、すぐさま自身の懐に手を伸ばし――そこでいつも所持している拳銃が無い事に気づき、小さく舌打ちをしながら顔を歪めた。
騒ぎを起こしたのが少年
「――ぐっ……!くぅぅ……ッ!」
部下のその様子からそれを察したトマスは
そんなトマスを見て男は不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたシンドラー社長?まるで
「だ、黙れッ!
絞り出すように男に向かってそう叫ぶトマスに、男はやれやれとばかりに肩をすくめると、トマスに向けてはっきりとした口調で宣言して見せる。
「悪いがこのガキンチョはいただいていくぜぇ?俺様としても、
「ま、待て――」
「――あ~~ばよぉ~~~~~~ッ!!」
慌てて男を捕まえようと手を伸ばすトマスよりも先に、男は
そのままビルの下へと瞬く間に落ちて行く男がトマスの視界から一瞬外れ、トマスは半ば無意識にその後を追うように男と少年が落ちて行ったビルの真下へと直ぐに視線を向ける。
――しかし、その時には既に男と少年の姿は何処にも無く。
ビルの下は夜の闇が広がっているだけであった。
「……ッ!クソォッ!!」
まんまと逃げられた。そう理解したトマスは苛立たし気に自身の拳をレンガの柵に打ち付けた――。
――そして、そんなトマスと部下の背後。
――そこには大海原へと消えていくノアの方舟の映像と、その後に『
――それから、二年の年月が流れる。
SIDE:灰原哀
(……一体、何なのかしらこの状況……?)
私は、今の状況が全く飲み込めず、ただ物陰から米花私立病院の待合スペースの様子を覗き見る事しか出来なかった。
昼下がりの広い待合スペース。いつもなら患者さんたちや医療スタッフたちの会話などでそれなりに騒がしいその場所も、今はお通夜の最中じゃないかと思えるくらいに静まり返っていた。
病院にやってきた患者やお客、受付にいるスタッフすら一切口を開こうとする様子は無い。
その静寂の原因となっていたのは、その中央で
片方は黒いスーツにサングラスをかけた見るからにボディーガードを思わせる出で立ちの男たちが数人。そしてそんな男たちを率いているらしい同じく黒の外套を纏った男がそこにいた。
ボディーガードたち黒服の先頭に立つその黒の外套を纏った男は、顔の下半分をマフラーで隠し、残りの上半分を黒の山高帽子を目深に被って隠していた。
しかしそれらの隙間から僅かに覗くその顔の肌の
そして、そんな男たちと対峙しているのは、私のよく知る人たちだった。
白井副院長に風戸先生。藤井さんに鳥羽さんといった白衣の医療スタッフの面々が十数人。
皆、いつもの患者たちに向けるような温厚な顔は一切見せず、明らかに『敵』を見据えるような険しい眼光で黒外套の男たちを睨みつけている。
そしてその白衣の集団の中にも、先頭に立つ人物が存在した。
――言わずと知れた、カエル先生だ。
ただカエル先生も、他の医療スタッフたち同様、いつもの温厚な顔はなりを潜め、眉根を寄せて険しい顔を浮かべている。
まるで穏やかさなどみじんも感じさせない、一触即発のこの状況。
今にも争いが始まるんじゃないかと思わせるほどの黒服と白服のその対峙に、私は無意識に息を呑んでいた。
……全く。研究の休憩がてらに何か飲み物でも飲もうと地下から上がってきた途端にコレだ。勘弁してほしい。
しかし、このまま何も見なかった事にして地下に引っ込むことも出来ず、かと言ってあの集団の中に割り込んで行くなんて度胸は私には無いため、仕方なく周囲で見守る人たち同様に様子を見守る事に決めた私は、息を殺して二つの集団の間で交わされる会話に耳を傾けた。
「……もう一度聞くぞ。――
と、黒の外套の男がそう口を開いたのを機に、カエル先生もそれに答えるように口を開く。
「何の事を言っているのか、分からないね」
「とぼけるなッ!!」
黒外套の男の怒声がその場に響き渡る。
離れた所で聞いていた私でも反射的にビクッとなってしまうような怒声。しかし、それを間近で受けたのにもかかわらず、カエル先生は平然としたまま男を見据えていた。
そんなカエル先生の態度に、顔を隠した黒外套の男の体から明らかに苛立たし気な空気が漏れて来る。
「これは、
「はて……
「……ッ!!」
カエル先生の返答に黒外套の男は言葉を詰まらせる。
(……どういうこと?カエル先生が何か悪い事でもしたとでも言いたいの?)
先の黒外套の男の言葉は明らかにカエル先生が犯罪に手を出したと言っているようにしか聞こえず、私は内心混乱する。
だが、それと同時に今のカエル先生の言葉にも
それがどんな意味を持っていたのかは私には分からなかったが、少なくとも黒外套の男にはその意図が分かったらしい。だからこそ言葉を詰まらせたのだ。
「……いいか?この病院には
「好きにすると良い。何をどうされようとも、僕にはまるで身に覚えはないし、身に覚えがない事をどう並べ立てられ続けようとも僕にはどうする事もできないしね?……それに、たとえ契約を打ち切られたとしても、僕には他に大勢の出資者がいてくれるんだ。アナタが手を引いたとしても、別にこちらに変化はないと思うよ?」
「き、貴様ッ……!!」
帽子の隙間から親の仇でも見るかのように睨みつける黒外套の男。そんな男の視線を平然と受け止めながら、カエル先生は力の籠った声で言い放つ。
「アナタの言うように、僕が何か犯罪を犯していると言うのであれば、その確固たる証拠をここに持って来るといい。話はそれからだ。僕は逃げも隠れもしないよ。……さあ、この話はここまでだ。そろそろお引き取り願おう。ここに居座られては他の患者さんやスタッフの方々の迷惑だからね」
「……!!」
そう言って視線を周囲へと向けるカエル先生に黒外套の男もつられて周囲へと目を走らせた。
そこにあるのは絶対零度を感じさせられる冷たい、目、目、目――。
この場に居合わせた医師が、看護師が、患者が、その患者の縁者が――その誰しもが黒外套の男と取り巻きのボディーガードたちをジッと静かに睨みつけていたのだ。……もちろん私も。
誰も口を開かない、無言の圧力。
だが、口には出さないまでもその視線の全ては口よりも雄弁に物語っていた――。
――「さっさと、出て行け」と。
「――ッ!こ、このままでは済まさないからな……!!」
無数の視線の迫力に気圧される黒外套の男とボディーガードたち。
それに耐えかねたのか黒外套の男は捨て
黒外套の男たちが去って行くのを確認したカエル先生は一息つくと、「お騒がせして申し訳ありませんでした」と律義にもその場に居合わせた人々に一人一人謝罪して回った。まあ、当然のように誰も気にしてはいなかったが。
そうして待合スペースにいつもの喧騒が戻ってきたのを確認したカエル先生は、仕事に戻ろうと踵を返す。
それは他の医師や看護師たちも同様であった。
私はそんな仕事に戻ろうとするカエル先生に声をかける。
「カエル先生」
「……おや、哀君もいたのかい?……悪かったね。騒がせちゃったみたいで」
そう言って謝って来るカエル先生に私は直ぐに
そしてすぐさま私はカエル先生に問いかけていた。
「それよりも、何なの?今の人たち」
「……なぁに、気にする必要はないよ。単なるクレーマーさ。……たまにいるんだよ、治療の方針ややり方が気に入らないと文句を言ってくる人たちがね?」
「…………」
「……
「え、ええ……」
そう言って会話を切り上げ、仕事へと戻って行くカエル先生の背中を私は見送る。
その背中を見ながら、
今までの黒外套の男との会話からしてただのクレーマーで終わる話だとはどうしても思えない。
カエル先生は明らかに何かを隠している。それは間違いなかった――。
(あの黒外套の男と、一体何があったの?カエル先生……。あの男の言っていた『犯罪』って一体……)
病院の奥へと消えるカエル先生の背中に心の中でそう問いかけるも、当然返ってくる言葉は何一つとして無かった――。
――それから数日後。
最近一万字越え投稿が多いなぁ~(遠い目)。
次回以降の投稿なのですが……ぶっちゃけまだ構想がちゃんと出来ていません。
そのため、次回投稿はしばらく先になると思いますが、出来れば今年中に一話は出したいと思っております。