幻想今昔譚~the old stories 作:冬の大三角形
「くっ......強い......!」
「私を誰だと思ってるわけ?伊達に博麗の巫女やってないのよ」
悠々と空を飛びながら言い放つ巫女、博麗霊夢は、この紅い霧の発生源と思われる館の前に居た。そこで、館の門を守る妖怪、紅美鈴と対戦......否、もはや勝負とすら言えないほどに一方的な攻撃を展開していた。
「でも、ここで負ける訳には!彩符「
高く飛び上がった美鈴を中心に、さきほどのスペル、彩符「彩雨」を凌ぐ凄まじい物量の弾幕が放たれる。七色に彩られた弾幕は光のシャワーと化して降り注ぐが、それすらも
「あ~じれったいわ。こんなルール考えたやつ、絶対ぶっ飛ばしてやるんだから。ま、それは置いといて、さっさと終わらせるわよ。夢符「夢想封印」」
僅か数秒にも満たない安全地帯を利用して掲げられるスペルカード、夢想封印。宣言と同時に、カードからいくつもの光の大玉が飛び出し、正確に美鈴を狙う。着弾した玉は次々と爆発を起こし、光が止まった時には既に美鈴は撃墜されていた。不慮の事故を防ぐための結界を貫通して本体にまでダメージを与える__先の彼女の台詞も相俟って、霊夢がこの『
地面に降り立ち、落下した美鈴を確認する。多少の怪我をしたとは言え、元より妖怪である上に近接格闘の達人である美鈴は既に立ち上がり、
「あら、もう立てたの?殺すつもりで撃ったのに」
「そこらの妖怪よりあんたの方がよっぽど怖いわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。さ、敗者は勝者に従う。さっさとここの主人に会わせて頂戴」
「分かってるわよ......はぁ、何でこんなやつが巫女なのかしら」
「ごちゃごちゃ言ってないで動きなさい」
「はいはい......」
こうして開かれる館の門。その先に聳えるのは、妖しく禍々しい紅の館。そこに窓は見当たらない。____まるで、何かを拒んでいるかのように。
綺麗に刈り込まれた花壇に囲まれた庭を通り抜け、玄関に辿り着く。荘厳な雰囲気を漂わせる両開きのドアを躊躇無く開け放ち、一喝。
「お邪魔するわよー!」
「五月蝿いわね、そんなに叫ばなくても聞こえるわ」
「あ、湧いて出た」
「失礼ね」
そう、湧いて出た。霊夢がドアを開け、中に入った途端、その隣に現れた少女が霊夢の首元にナイフを突き付けていた。
「それより、これはどういうつもりかしら?」
ナイフを気にしつつ、霊夢が問い掛ける。それには明らかに敵意が篭っていた。それに対し、現れたメイド姿の少女も口を開く。
「あら、
「残念だけど門番の許可があるのよ。このまま素直に元凶に会わせてもらえればあんたも痛い思いしなくて済むんだけど」
「それは残念」
次の瞬間、メイドはエントランスの大階段の一番上に移動していた。その両手にはナイフが4本ずつ握られている。
「
今度は一瞬にして霊夢を無数のナイフが取り囲む。
「この
時符「プライベートヴィジョン」__咲夜の合図と共に、全てのナイフが霊夢を八つ裂きにするべくして放たれた。
「にしても凄い量の本だぜ......」
メイドと巫女の戦いが始まった頃、霧雨魔理沙はその地下に存在する大図書館に居た。紅魔館は見た目よりも中が大分広い。本を
空のように高い天井、そこに向かって聳える無数の本棚。そして飛び回る魔道書の数々。ここで魔理沙がやることと言ったら、決まっている。
「ま、せっかく来たし一冊や二冊や八冊借りても問題無いよな」
「問題しかありません!」
「お、なんだ小悪魔か。お勤めご苦労さん」
声の主はこの図書館の司書であるパチュリー・ノーレッジの使い魔の小悪魔。名前はまだ(そしてこれからも)無い。
「ご苦労さんじゃないですよ、誰のせいで苦労してると思ってるんですか!」
「さあ?パチュリーの使い魔なんだからパチュリーだろ?」
「誰が、ですって?」
別の影から当のパチュリー本人が現れる。声からして明らかに不機嫌だが、魔理沙はそんなことを気にしない。
「お、パチュリーじゃないか、喘息の具合はどうだぜ?」
「お陰様で絶不調。さっさと出てって頂戴」
「穏やかじゃないなー、紅茶くらい出してくれたって良いんだぜ」
「泥棒をもてなす住人が何処にいるっていうのよ」
「さあな、どっかに泥棒と和解した男がいたってのは聞いたことあるぜ。それに私は泥棒なんかじゃないぜ?あくまで借りてるだけだ。死ぬまでな」
「あっぱれなくらいの自信ね。そろそろ突っ込む気も失せたのだけれど、まだ帰らないつもりかしら」
茶番は終わり、という敵意を込めた強い意志。魔法使いとしては知識も経験も上のパチュリーに、火力こそあれど未熟な見習いである魔理沙が勝てる訳など無い......そう思っているのは小悪魔だけである。パチュリー自身はその賢さ故に魔理沙の可能性に気付いており、魔理沙は物怖じしない大きな自信に満ちている。そして、実際に魔理沙はパチュリーの多彩な魔法を打ち破るだけの力を秘めていた。......少なくとも、弾幕ごっこの上では。
「もちろんだぜ、用事を果たすまで帰らないのが私の信条だぜ!」
「そう......こあ、ちょっと下がってなさい」
「え?パチュリー様......?」
「ちょっとお客様にお帰り頂くだけよ」
そう云い、魔理沙と対面して飛び上がる。
「知ってるかしら、東の国には『年には勝てぬ』って
「知ってるか、その国には『窮鼠猫を噛む』って諺もあるのぜ。ついでに『先ずれば人を制す』って諺もな!先手を渡したことを後悔させてやるぜ!」
言うが早いが、箒をに飛び乗って高く上昇する。両脇に小さな魔法陣を展開し、そこから緑色の光弾を機関銃のようにパチュリーに向けて放つ。対するパチュリーはゆったりとした動きでそれを回避し、飛んできた魔道書の一冊を開いて宣言する。
「火符「アグニシャイン上級」!」
アグニ、仏教の火の神の名を冠するその上級魔法が、火球の嵐となって吹き荒れる。それは、この決闘が長く激しいものになることを何よりも表していた。
人里。鈴奈庵を出た私こと皐月は、空に昇って湖の方角を見つめていた。湖というのは当然霧の湖、そして紅魔館のことだ。紫の言うとおりなら今頃あそこでは霊夢が紅魔館の面々と戦闘を繰り広げていることだろう。紫と私が考案した「スペルカードルール」に則って。
スペルカードルール、通称弾幕ごっこは、「力の弱い人間が妖怪に対抗する手段」という建前のもと、実際は「妖怪が異変を起こしやすく、そしてそれを人間が解決しやすくする」という目的で造られた新しい幻想郷での決闘法である。必ず1対1での対戦とし、最初に自分が使うスペルカード、所謂必殺技の使用数を宣言する。それが終わったら、後は相手を殺さなければ自由に戦って良い。用いられる方法は主に4つ。相手の弾幕を掻い潜りながら一点集中の精密射撃を行う「ショット」、逆に多少の被弾を覚悟で広範囲且つ多彩な弾幕を展開する「通常弾幕」。そして、通常弾幕を更に発展させ、より個々の能力を顕著に反映する「スペルカード」、最後にスペルカードをどちらかと言えば防御に適した形で解放する「ボム」。そして、このルールによって競うのは何も勝敗だけではない。放つ弾幕の「美しさ」が何より重要視される。決して、この決闘は血生臭いものではないのだ。まあ、紫曰く「不慮の事故は付き物」らしいが。
さて、折角ルールを作っても、人々の意識が無ければそれはただの紙屑に過ぎない。その点、紫も上手く考えたものである。実際にこのルールを適用した異変を起こさせ、そして解決させる。しかし、霊夢にいくらこうしろああしろと吹き込んだところで異変側にのっけから拒否されればそれで終わり、それに霊夢が乗ってくれる保証も無い。ならばどうするべきか。
そこで、紫は自分の「境界を操る程度の能力」を活用し、このルールを「幻想郷での常識」として人々の頭に直接インプットさせたのだ。故に、此処の住人達は幻想郷での決闘を行う時にはまず弾幕ごっこを持ち出す。他の事など頭に無いはずで、それを知っているのは紫本人と私だけ......っと、話が逸れた。
まあ、常識と言えど、それに関わることが無ければすぐに薄れてしまう。その為に紫が紅の吸血鬼に起こさせた異変、それが今回の、名を付けるなら紅霧異変。この異変を機に、弾幕ごっこという常識を幻想郷全土に浸透させるのが私達の意図である。
少々語り過ぎたか。
一面が不気味な紅い霧に覆われ、空は愚か太陽の輝きすら届かない、楽園に有るまじき光景。しかし、私の感覚が腐っているのか、今私はこの景色を「美しい」と感じている。
「あら、奇遇ね。
「......相変わらずどこからでも出てくるな、紫」
噂をすれば何とやら、八雲紫その人である。いつも通り口元に扇子を持ち、彼女の操る「スキマ」から上半身だけを覗かせている。私の言葉には答えず、彼女はこう言った。
「本当に、素晴らしいわ」
紫にしては珍しく、深い感情の篭った声。それは即ち、この霧に対しての「素晴らしい」ではないことを示す。
「ようやく、と言ったところか」
何百年、もしかしたらそれより前かも知れない。紫が「理想郷を作る」と言い出したのは。それから長い月日を掛けて文字通り創り上げてきた幻想郷、その最後の一手がこの弾幕ごっこであった。これで、人と妖のバランスが取れた、本当の意味での「平和」が完成する。
「まだ安心は出来ませんわ、何が起こるか解らない、それが幻想郷__」
「もう心配することは無いんじゃないか? 霊夢は強い。それに、吸血鬼側との交渉も万事上手くいった。少しは気を抜いたらどうだ」
「そうもいきませんわ。これからは新しい『幻想』が始まる。やるべきことは山積み......」
「気負い過ぎだ、お前の頭の中に何が思い描かれているのかは知らない。それでも、たまには息抜きするべきだよ。折角の記念日じゃないか、仕事は終わった。あとは成り行きを見守るだけに過ぎないし、そのやるべきこととやらは後からどうとでもなる、勿論私も出来得る限りで手伝う」
私がそう言うと、紫は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに調子を取り戻し、
「それもそうですわね」
と言った。そして続けて、
「一足早い祝杯なんてどうかしら?」
愉しげに言う紫の手には、何処から取り出したのか、一升瓶が一本握られていた。
「ああ、そんなつもりで言った訳ではないが、出てくる酒を拒みはしない」
「珍しいわね、貴女が笑うなんて」
「......いつもそんなに固い顔していたのか私は。まあ良い、落ち着ける場所へ行こうか」
久し振りに、紫の笑顔を見た気がした。
一話分の文章量ってやっぱり少ないでしょうか。個人的には5000文字程度がテンポよく読めて区切り付けやすいので好きなんですが......