大鳳をヴェスタルに預けた後、指揮官は自室に戻って身だしなみを整えた。そして、朝食代わりにレーションを食べて、執務室に向かった。
「おはよう、指揮官。今日は遅いのね?」
その日の秘書艦を勤める隼鷹が指揮官を出迎えた。
「おはよう、隼鷹。寝坊しちゃってね」
苦笑する指揮官に、隼鷹は少し呆れたような表情を浮かべた。
「もう。指揮官が寝坊なんてしちゃダメよ」
「ごめん。『昔から』隼鷹に起こしてもらっていたから、つい癖というか、名残が出てしまったんだ」
指揮官の返答を聞いた隼鷹が固まる。
常日頃から『オサナナジミ』として自身の妄想やら空想を次々とその口から飛び出させている隼鷹だが、指揮官の方から『オサナナジミ』に関わる話を振られたことはなかったからだ。
「え……あ、ああ、そうね。『昔から』指揮官は寝坊助さんだったものね、うん」
自分自身に言い聞かせるように、隼鷹は指揮官の言葉に頷いた。
「『昔のように』隼鷹が起こしに来ると甘えてしまったんだろうなぁ……そうだ。隼鷹、『昔みたいに』起こしに来てくれないか?」
「だ、ダメよ!もう大人なんだから、朝くらい自分で起きなさい……ぁ」
つい断ってしまったことに、隼鷹は深く後悔した。
何の後ろめたい理由もなく、合法的に指揮官の部屋に入って、愛しい人の寝顔を見ることができる好機だったのに、それを逃してしまったのだ。
「そうだよな。ごめん。『オサナナジミ』だからって甘え過ぎた。『昔から』隼鷹には迷惑をかけているな」
「え、あ……き、気にしないで。『オサナナジミ』だもん」
調子を崩された隼鷹は普段のように動くことができず、指揮官の言葉に口を合わせることしかできない。
「さて、今日の仕事を始めようか」
「そ、そうね」
隼鷹と指揮官の二人は、その日の業務をこなし始めた。
委託に出撃できる枠が空いていれば、指揮官がメンバーを身繕い、隼鷹がメンバーに委託に出撃するように伝える。
委託から帰ってきた艦隊がいれば、代表からの報告書を指揮官が受け取り、隼鷹が饅頭から確認した実際の成果と間違っている点がないか調べる。
他にも燃料や資金の回収、購買部の品物や勲章と交換できる支援物資の一覧、寮舎の食料補給や、オフニャの訓練完了報告などを処理しているうちに、昼食の時間が来た。
「隼鷹、そろそろ休憩に入ろう」
「そうね。ちょうど一段落ついたし、お昼にしましょうか」
「ああ。『いつも通り』一緒に食べよう」
「ええ、そうね」
二人はきりの良いところで仕事を切り上げると、休憩に入り、昼食をとるために食堂に向かった。
食堂に到着した隼鷹と指揮官は、食券販売機に向かった。
まずは隼鷹が食券を買い、次に指揮官が食券を買う。
指揮官が買った食券を見た隼鷹は、珍しいものをみたような表情を浮かべた。
「あら?指揮官と私が同じものを注文するなんて、珍しいわね」
「何を言っているんだ?『いつも』同じものを仲良く食べていたじゃないか」
指揮官の言葉を耳にした隼鷹は、また固まった。
「そ、そうだったかしら?」
「そうだよ。『オサナナジミ』との思い出を忘れたのか?」
硬直から復帰した隼鷹に、指揮官は隼鷹には抜群の効き目を持つ言葉を投げつける。
「わ、忘れるわけないじゃない!冗談よ、冗談!」
指揮官の言葉を受けた隼鷹は大慌てで会話を切り上げた。
その後、二人は食券をカウンターにいた饅頭に提出して、注文した料理ができあがるまで席に座って待つことにした。
だが、この日は食堂が混んでおり、空いている席を探すことが難しかった。
「空いてないわね」
「指揮官様、こちらの席が空いていますわぁ」
隼鷹が思わず呟くように言葉を漏らしたその時、指揮官を呼び止める声が耳に届いた。
声のした方に隼鷹が顔を向けると、そこでは大鳳が隼鷹を──正確には、隼鷹の隣にいる指揮官を手招いていた。
「指揮官様、隼鷹、こちらで一緒に食べましょう」
隼鷹という余計なものが指揮官についているのに、それを大鳳は微塵も気にする様子を見せない。それどころか、許容すらしている。そんな普段と全く異なる様子の大鳳を、周囲のKAN-SENや隼鷹が訝しんでいると、指揮官は渡りに船だと隼鷹の手を引いて大鳳の方に向かった。
「し、指揮官!?」
「どうした?『オサナナジミ』なんだから、これくらい普通だろ?」
隼鷹は慌てた。突然、指揮官に手を握られたことと、これから起こるであろう修羅場が理由だ。
「そ、そうだけど、今は……」
握られた手から伝わる『オサナナジミ』の温もりは隼鷹は幸せな気分にさせる。しかし、今はマズいのだ。
大鳳の愛の深さと重さは同類である隼鷹自身がよく知っている。そのため、目の前でこんなことをされた場合、どんな反応を示すのかもよく分かっていた。
皆の憩いの場である食堂で大暴れするのは、指揮官に迷惑をかけるから避けたかったが、目の前にいるメンヘラ空母から指揮官の身や貞操を守るためには仕方ないと隼鷹は腹を括った。
「こちらです」
そんな隼鷹の覚悟とは裏腹に、大鳳は泣き喚くことも、怒り狂うこともなく、ただ余裕を持って二人を迎える。
いつもと異なる様子の大鳳に、隼鷹は呆気にとられた。
「何よ……いつになく、余裕ぶっているじゃない?『オサナナジミ』の関係に対抗しているつもりなんでしょうけど、虚勢を張っても無駄よ」
「余裕ぶってなんていませんわよ。これは、まさしく勝者の余裕ですもの~敗北確定属性の『オサナナジミ』さんとは違いますわ」
「誰が負け確ヒロインですって!?」
大鳳の暴言に隼鷹は食ってかかる。やっぱりいつも通りの展開になるのだろうと周囲のKAN-SENたちは思い、これから起こるであろう修羅場に巻き込まれないように、そそくさと距離を取り始める。
「一緒に食事をとることくらい、見逃します。だって、私は指揮官様──」
「サぁぁぁプラーイズぅううううう!」
「ひゃあああああアルバコアあああああああ!?」
机の下からいつになく気合いの入った様子のアルバコアが表れて、大鳳は驚き、椅子からひっくり返るように落ちて気を失った。
「あ、大鳳が気絶しちゃった!指揮官、大鳳は私が責任をもって面倒見ておくよ!カヴァラ、手伝って!」
「う、うん。いいよ」
早口で捲し立てるように喋ると、アルバコアは近くにいたカヴァラと協力して大鳳を持ち上げて、一目散に食堂から立ち去った。
大鳳が何を言おうとしていたのか隼鷹は気になったが、大方、いつもの妄言の類いだろうと見切りをつけて、大鳳が座っていた席に隼鷹は座る。大切な『オサナナジミ』に自分以外の女の臭いや温もりをつけたくないからだ。それと、向かい合う形で席につく方が、大好きな『オサナナジミ』の顔が見やすいことも理由だった。
席に座って待っていると食券と引き換えに渡されたブザーが鳴り、注文した料理の完成を知らせた。
「隼鷹、取ってくるよ」
「そう?なら、お願いするわね」
指揮官はそう言い、自分の分と隼鷹の分のブザーを持ち、席を立った。そして、食券を渡した時とは別のカウンターで待つ饅頭にブザーを渡して、それと引き換えに注文した料理を受けとると、隼鷹が待つテーブルに戻った。
今日、二人が注文したのは隼鷹の好物だった。
二人は時折談笑しながら、昼食を食べる。
その途中で、指揮官は、ふと思い立ったように、自分の分の食事の一部を箸で掴み、隼鷹の前に差し出す。
「隼鷹、あーん」
隼鷹は、この日で三度目になる硬直を経験した。
ここまでくると、隼鷹は夢でも見ているのではないかと思った。しかし、食事の匂いが夢ではないと告げている。
「あ、あーん」
隼鷹はぎこちない動作で、指揮官に応える。
注文した料理は隼鷹の好物だが、この時は、あーんや間接キスで味はどうでもよくなっていた。
「隼鷹、『昔から』これが好きだったもんな」
「うん……」
普段と違い、ぐいぐいと迫って来る指揮官に言葉がうまく出てこない隼鷹は、顔を赤らめて指揮官の言葉に頷く事しかできなかった。
一方、食堂で人目を憚らずイチャつく『オサナナジミ』たちを見たKAN-SENたちは、自分の正気を疑った。
「これが、寝取られ……?」
「鈴谷、落ち着いて。何も掴んでない箸を何度も口に運ぶのは怖いよ。ってか、指揮官とは、まだそういった関係じゃないっしょ!?」
「高雄ちゃん、私、疲れているみたい。指揮官が隼鷹に、あーんをしているなんて、ありえないものが見えるの」
「愛宕、安心しろ。拙者にも乱心した指揮官が見える」
「そう。なら、安心……できないわよぉおおお!」
「ええい、騒ぐな喚くな鼻水やら涙を垂れ流すな!」
目撃したKAN-SENが思い思いの反応を示す中、隼鷹は幸せのあまり、飛びそうになる意識を保って、時折、指揮官からのあーん攻撃を耐えながら、食事を必死に食べていた。
食事を終える頃には、隼鷹は喜びやら嬉しさやら気恥ずかしさやら色んなものが原因で顔を真っ赤に染めていた。
「ごちそうさま」
指揮官は、空になった食器を片付けるために席を立とうとした。その時、隼鷹の異変にようやく気がついた。
隼鷹は顔を赤らめて、ぽーっとしたまま動かないのだ。
「隼鷹、どうしたんだ?」
指揮官が呼び掛けても、隼鷹は席に座ったまま、ぽーっとした状態で、何の反応も返さない。
「ごめん、指揮官。少しどいてくれ」
隼鷹の相棒である飛鷹が指揮官と隼鷹の間に割り込み、隼鷹の目の前で手を振る。しかし、隼鷹はそれに反応を示さず、ぼんやりとした目で虚空を見据えるだけだ。
「あー、これはダメだな。熱で完全にイってしまっている」
幸せのあまり、隼鷹の頭はオーバーヒートを起こしてしまったらしい、と飛鷹は指揮官に告げた。
「指揮官、悪いけど、もう今日は隼鷹に秘書艦の業務は無理だ。誰か、代役を立ててくれ」
飛鷹はそう言うと、隼鷹を担ぎ上げて去っていった。
指揮官はまだこれからなのに残念だと思いながら、午後からの業務を思い出し、急いで隼鷹に代わる秘書艦を呼びに行った。隼鷹の代役に誰を選ぶのか。それは、すでに決まっていた。