あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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喜怒哀楽・憎恨怯

「無惨・・・様」

恋雪の驚声と共に、お盆がカランと落ちた。

その音を聞きつけた狛治の足音もドタドタと聞こえてくる。

今回は1カ月。無惨は眠り続けていた。

珠世から「前は1年くらい寝てましたから」と聞かされていながらも半信半疑で無惨の目覚めを待ち続けていた狛治と恋雪。

 

このひと月、様々な事があった。

 

井戸に毒を入れた剣術道場の跡取り息子と、その凶行をそそのかした門下生数名に死罪が。阻止しなかった門下生数十名には、その罪の重さに応じた沙汰が言い渡された。

当初は犯行を否定し粘ると思われていた彼らだったが、目撃情報があったことや、桑寿郎の剣術に打ちのめされて心折られていたことで、裁きは順調に執り行われていった。

 

おかげで恋雪と狛治は慶蔵を弔うことができた。

葬儀には人こそ集まらなかったが、落ち着いた葬送に恋雪と狛治は満足することができた。

 

主のいなくなった剣術道場の管理は狛治と恋雪に委ねられていた。

とはいえ恋雪たちだけで道場2つに手をかけることも難しいため、珠世との相談の末に、剣術道場は煉獄一族が管理をすることとなった。

この町は江戸にも海にも近いため、ここに拠点を置くほうが旅をするよりも効率的に毒や薬の材料、知識を集めることができる。

道場は珠世の研究所として再利用されることとなったのだ。

 

 

 

「という形で今、桑寿郎様がお里に戻られ、一族総出で引っ越しの準備をされています」

「昼の顔は桑寿郎様の代わりに俺が。薬を売るのには慣れていませんが、どうにか俺たちが生活できるだけの日銭は稼げている状況です」

「お忙しい時に私は呑気に眠って、何一つお手伝いもせず申し訳ありません」

恋雪と狛治の説明に、無惨は深く頭を下げた。

当然、一番の恩人である無惨に詫びを入れられては困ると、恋雪と狛治は「お顔をお上げください」と口をそろえて焦る。

 

「あら、今回は早起きでしたね」

その時、襖が開き、珠世が顔を出した。

「珠世さん。おはようございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「私への迷惑は今更どうでもいい事です。それよりも鬼舞辻無惨、アナタが腹を決めるべきは恋雪さんに対してではありませんか?」

そう言うと珠世はキリッとした目つきで無惨に向き合った。

 

「鬼舞辻無惨。アナタが独断で鬼に変えてしまった恋雪さんですが、もし恋雪さんが人を喰ってしまった時、アナタはどう責任をとるおつもりで?」

珠世の冷たい声に、部屋の空気がピシッと凍り付いた。

恋雪と狛治は目を伏せた。無惨がどう答えるか、その答えを聞きたくもあり、聞きたくなかった。

 

無惨は一言も答えられなかった。

その無惨に珠世は姿勢を正し、ビシッと言い放った。

「人を喰ってしまった時やるべきことは2つ。責任をもってアナタの手で恋雪さんを殺す。アナタは腹を切って死ぬ。その覚悟が必要です」

 

珠世の言葉に迷いは無かった。

無惨の死は彼自身だけの不都合だけでなく、珠世にとっても鬼から人に戻る手がかりを失うことになる。

彼女は責任を感じていた。やむなく恋雪を鬼に変えた無惨の選択には、そこまで追いつめられた時に何もできなかった珠世自身にも大きな責任があると。

一蓮托生。無惨への尊重が珠世にはあった。

 

だが、無惨にはその意図がイマイチ伝わりきらなかったようで、平然とした顔でこう答えた。

「珠世さん・・・残念ながら私は腹を切っても死にませんでしたので・・・」

真面目に答えてはいるのだろうが、空気を少しは読んで欲しいものだと、珠世は白い目で無惨を睨んだ。

 

 

 

その後、煉獄一族が総出で剣術道場に引っ越し、この町で無惨たちの新たな生活が始まった。

 

珠世は新しい薬剤や毒の材料、最新の器具が日に日に増えていく光景に目を輝かせていた。

今までは不便な中で工夫してきたためか気付きにくかったが、どうやら彼女自身、こういう研究業に向いているようで、実験したりするのが好きな性格だという発見ができた。

 

鬼となったため日光を避ける必要のある恋雪は、珠世の助手を始めた。

日の光が恋しくもあったが、彼女を支えてくれる狛治や煉獄一族の存在が大いに助けになった。

 

煉獄一族は桑寿郎を筆頭に、剣術道場を開いた。

元来、彼らの一族は面倒見の良い性格の持ち主が多かった。

実際、多くの門下生が訪れるようになっていき、道場は盛況であった。

火の呼吸が絶えることなく受け継がれていったのも、その実績の現れであろう。

 

 

一方で、狛治の素流道場はうまくいかなかった。

 

元々、素流の教え方を伝授する前に慶蔵が亡くなってしまったのも不運ではあるが、狛治自身も他人と接するのが上手いほうではなかったことも、教え方の不慣れに拍車をかけていた。

 

さらに言えば、狛治は勧誘(スカウト)が下手だった。

「お前も素流使いにならないか?」

「ならない」

と、このように食い気味に断られることが1度や2度ではなかった。

武の道を極める者なら、この誘いに誰もが頷くと本気で思っている狛治は、断られる現状を理解しかねていた。

 

 

「「上手くいかない」」

 

ある日、狛治の溜め息が無惨の溜め息と合わさった。

 

事件以来、無惨は体力が酷く低下し、身の回りのことをするだけで精一杯になっていた。

機能回復訓練に励んでいたが上手くいかない。

無惨は人のために働くことは得手であったが、自分のために鍛えることは不得手であった。

今までは鬼としての元来の力や、縁壱の訓練に付き合うことで自然と体が鍛えられていた。

弱体化した体を自分一人で鍛え上げるとなるとその真逆。

誰かに鍛えてもらおうにも、他人に教授してもらった経験も無い。

 

 

「「無惨様・狛治さん、よかったらご一緒に練習しませんか?」」

利害の一致に両者は握手を交わした。

 

この日から、無惨と狛治の初心者訓練が始まった。

初めのうちは狛治も訓練量の調整が上手くいかず、オーバーワークになりがちであった。

 

無惨が訓練開始三日目に見たという夢がある。

 

不死の鬼が三途の川を渡りかける。

何とも言えぬいい気持ちで、橋の上を歩いていたが、めまいを起こし川に落下。

川の中は暗く重たかったが、何やら温かい人の手にもぎもぎと揉まれ。

ふと水底を見ると何かが光り、もぎもぎされつつ掴みに行くと、不思議なことに、水の中でも匂いがする石を見つけたのだという。

 

 

そんな日々を過ごしながら、狛治も徐々に教え下手が解消され、無惨も基礎体力がつくようになってきた。

 

 

数年は経った頃か・・・

「明るくなる前に帰ってくるんですよ」

恋雪に見送られ、夕闇の中で走り込み訓練。

この日は江戸の外れまで、狛治の父の墓参りを目標にした長距離走だ。

 

「私が頑張れば、朝日が昇るまでに帰れそうですね」

ここ数年、参ることのできなかった狛治は無惨の気遣いに感謝した。

狛治としてはトラウマもあった。

墓参りをすると不幸なことが起こるのではないかと。

無惨は、そんなジンクスは簡単に吹き飛ばせるものだと笑う。

 

 

だが・・・不安は的中するものであった。

 

 

「ギャアアアアア」

暗闇の町に悲鳴が轟いた。

「無惨様!」

「狛治さん! 近いですよ、急ぎましょう!」

 

悲鳴に駆け付けた無惨と狛治が見たものは、血を噴き出して倒れている人の姿。

すでに息は無かった。

胸元から首にかけて掻き切られている。誰かに刃物で切り付けられ、殺されたのは間違いない。

「・・・無念だったでしょう」

「無惨様! 逃げる者がおります! クッ、なんて逃げ足の速い奴だ」

「お願いします」

現時点で無惨は追跡の足手まといになるからと、狛治は1人でその逃げる犯人の気配を追った。

 

 

狛治が走り去ってすぐに、町の家々から人が顔を出しはじめた。

「キャァアア! 芦屋の旦那が殺されてる!」

騒ぎを聞きつけ徐々に人が集まり、御用聞きの男たちも駆け付けた。

「テメェか! 殺しをはたらいたのは!」

男の十手が無惨の肩を殴った。

想定外の出来事に唖然とする無惨。

あれよあれよと言う間に、男の部下が荒縄で無惨を縛り上げた。

 

「あ、あの・・・話を聞いてくださ・・・」

「黙りな。テメェの申し開きなんざ誰も聞かねぇよ。この小五郎親分のシマで殺したぁ良い度胸だ。覚悟しな! 明朝、奉行所に叩き出してやる!」

『これは・・・まずいのでは?』

 

このままでは明日の朝まで弁明を聞いてもらえそうにない。

朝日を浴びれば鬼は塵と化す。

聞く耳を持たない親分に拘束された無惨はヒヤリと汗をかいたのだった。

 




【Next Muzan’s Hint】

タイトル

この事件の真相は次のうちどれだと思いますか?

  • 自殺
  • 事故死
  • 実は無惨の犯行
  • 近くに江戸川という死神が存在している
  • 犯人は半天狗
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