あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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本能融合

燃え残りのくすぶり、炭化した皮膚がボロと崩れる。

男とも女とも見分けのつかない。どこが顔とも見分けのつかない。

だがまだ息がある黒焦げの塊。

 

無惨は迷わず穴の中に飛び込んでいた。

「口は・・・口は何処に!?」

この哀れな犠牲者を鬼にして救う。無惨の頭にはそれだけしかなかった。

 

罪人故に火刑に処されたのか? 否、それにしては粗末に焼かれている。

恨みや報復による私刑であろう。頭の切れる者であれば、そう推理する。

 

だがそんなことすら無惨は考えていなかった。

悪人であろうが善人であろうが、このまま死んでしまうことはあまりにも哀れに思った。

 

珠世からはこれ以上、無闇に鬼を増やすなと釘を刺されていた。

新たに人を鬼にするなら、無惨だけでなく珠世や、恋雪や狛治、煉獄一族もその責任を負うだろう。

 

それでも無惨は、ただ救いたいという一心だけで動いていた。

 

「ありました。口が」

唇が焼けただれて張り付き、わずかな隙間だけが残されているだけの口。

無惨は迷わず指を噛み切り、指先に血を滴らせた。

そして静かに目を閉じ、自らの腹に指を突き刺した。

 

が、鬼の怪力を失った無惨は自身の肉を突き破るほどの指の力を持っていない。

爪を立て掻きむしるが、削れるのは皮膚ばかりであり、鬼の自然治癒力を前にみるみる癒えていってしまう。

 

 

「う、梅・・・なのか・・・」

 

その時、無惨を見守っていた狛治の背後から少年の声がした。

鎌を手にした少年だった。

ボサボサ髪でやせ細った体。気味の良くない顔立ちに血染み様の痣があった。

「わあああああ! 梅、梅ぇ! お前、梅を離せぇ!」

少年は絶叫と共に無惨に斬りかかった。

 

ザンッと鮮血が飛ぶ。

だがそれは無惨のモノではなく、その間に入って背で受けた狛治のものであった。

「狛治さんっ!」

狛治は斬られた姿勢を回し、素早い手捌きで少年の鎌を弾き、彼を羽交い絞めにした。

 

「俺は大丈夫です無惨様。少年、安心しろ。今、無惨様がその子を助けてくださる」

鍛え上げられた肉体が辛うじて狛治の骨を守っていた。

暴れる少年を大人しくさせようと狛治は説得するが、少年は聞く耳を持たず暴れ続ける。

 

「おいそこの、貴様ら何をしている」

 

その時、穴を見下ろす男の声が聞こえた。

侍であった。片目を布で覆い、少年と黒焦げの梅をまるで塵を見るような眼で睨んでいる。

侍の背後から現れたやり手らしき女性も、その2人を抱える無惨と狛治に嫌悪感を露わにしていた。

「あんたら何処の者か知らないけど、その妓夫の始末でもしてくれるのかい? そうじゃなかったらさっさと消えな」

無惨と狛治をあしらうように手を振る女性。侍は妓夫の少年に向けて刀を抜いた。

 

無惨と狛治は状況を察した。

推測でしかないが、おそらく梅は侍の目を怪我させた報復として焼かれたのだろう。

少年は梅の身内であり、仇討ちをされぬようまとめて厄介払いをしようということか。

だからといって。最初の非は梅にあったとして。とても釣り合いの取れた話ではない。

 

「狛治さん・・・あとは頼めますか?」

そう呟くと無惨は、傍に落ちていた少年の鎌を手に取った。

「貴様、血迷ったか!」

無惨の敵意を感じた侍は刀を抜いた。

その瞬間、侍の目の前に現れた狛治の横薙ぎ蹴りが刀を根元から叩き折った。

「なっ!?」

 

「失せろ」

 

血を震わせるほど重い狛治の声に、侍と女性は瞬時に死を悟った。

1秒でも、指のわずかな動きでも、選択を間違えれば自分の体が刀と同じ末路を辿る。

我先に、侍と女性は互いを押しのけ、草履が脱げることもお構いなく逃げ去った。

 

 

それと同時に、狛治の拘束から解かれた少年は唖然とした。

目の前で梅を抱く無惨が手にした少年の鎌で、自らの胸を横一文字に切裂いたからだ。

「な、何をしてやが・・・」

少年の瞬時の傍観の間に、無惨は自らの指を噛み切り、梅の口に突っ込んだ。

 

その意図を、少年は理解できなかった。

だが、痛みに苦しむ無惨の苦悶の表情が曇ったことの意味を、少年は漠然と理解できた。

 

「!? こ、この子は・・・生き返ることを・・拒絶している!?」

 

無惨は自らの血を介して梅の心を感じ取っていた。

鬼として生き返ることを。

生き返ることを梅が拒絶していることを。

鬼と化したが、致命傷を修復することを彼女自身が望んでいなかった。

 

それもそのはず。梅は長い時間、生きたまま焼かれていた。

焼死というものは、火力次第で死ににくい死に方だ。

高温のガソリンならまだしも、灯油程度では即死できず、長ければ数時間苦しむと言われている。それが炭程度の燃料であればなおさら。

全身の皮膚が焼かれ、半端に窒息し、後ろ手に縛られ堪えることもままならず、悲鳴で喉が裂けても誰も助けに来ず、耳管が詰まり自分が叫んでいるかすらも分からない。

永遠と錯覚する地獄の苦痛が、梅の“生きたい”と願う心を完全に折っていたのだ。

 

 

「この子を・・・救うことは・・・できない」

無惨は絶望に打ちのめされていた。

生きる素晴らしさを知らないまま死んでほしくないと、こちらがどれだけ願おうと、梅に伝える術が無い・・・

 

 

「がぁあああ!」

少年は叫んでいた。無惨の絶望を感じ取り、少年の体は無意識のうちに動いていた。

「うっ」

無惨の腕に激痛が走る。少年が無惨の腕に噛みついたのだ。

歯が深々と突き刺さり、血を吸啜される感覚が走る。

 

「無惨様!」

狛治が制止に走る中、少年の体がドクンと波打った。

瞬く間に少年の目が血走り、爪が鋭く尖る。

鬼と化した者に現れる症状が、少年の体に現れていた。

 

鬼と化した少年は、無惨の腕に抱かれた梅に覆いかぶさった。

「だ、駄目です!」

その姿に、かつて鬼の本能に支配され家族を喰ってしまった珠世の姿が重なる。

 

だが、目を凝らすと状況はわずかに異なっていた。

少年の体が、梅の体に溶け込むように入り込んでいるのだ。

 

「これは・・・」

鬼の捕食行動ではない現象に、無惨は自分の目を疑った。

少年の体が梅の体に融合されていくにつれて、黒焦げとなった梅の体が徐々に人の皮膚に変化していく。

そして、その体が完全に同化したと同時に、美しい少女の体が無惨の腕に抱かれていた。

 

「無惨様・・・今のは一体」

「彼は、力づくで梅さんを生かした。折れた心を、強引にではありますが蘇生させたのです」

血を介して無惨は感じ取っていた。

少年は、鬼の力を知っていたわけではない。

だが、どうすれば妹を救えるか本能で理解したのだ。

家族を救うために、自分の体を喰わせることを。

 

 

 

雪が降り始めた。

梅の頬に当たる雪の結晶が優しく溶ける。寝息が静かに優しく、白い息になっている。

もう大丈夫だ。

大丈夫じゃないものがあるとすれば、無惨の体のほうだろう。

狛治は無惨を背負い、梅を腕に抱きかかえ帰路についた。

 

「狛治さん、無理をしないでください。貴方だって斬られているでしょう」

「いいえ。この程度・・・問題ありません」

狛治は腕に抱いた梅と、自分の嫁であり鬼である恋雪を重ねていた。

瀕死の家族を救うため命を捧げた少年の姿も、恩人の無惨と重なる。

なら、狛治自身は何をした? 多少の制御はできても怒りに任せ力を振るっただけ。役立たずの狛治。

 

『なら俺はこの子と無惨様を守ろう。何があろうと必ず』

狛治は2鬼を抱え夜道を走りぬいた。

朝日が昇る前にどうにか家へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

だがこの時、狛治は想像もしていなかった。

 

 

何の言付けもなく朝帰りをした夫が、全裸の少女を抱きかかえて戻ってきたことにショックを受けた恋雪の誤解を解いてもらうため、その少女に説明を求め助けてもらうことになろうとは・・・

 




【平安コソコソ噂話】
狛治は背中を切られたまま、胸を切った無惨を背負っていた。
傷口に鬼の血を浴びると鬼になる。
だから今回、シレッと地味に、狛治も鬼になったぞ!

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