「まぁこれは凄いわ」
南蛮から取り寄せたという顕微鏡を覗き込み、珠世はうっとりと溜め息を漏らしていた。
「珠世様、それは一体どういう物なのですか?」「面白いものが見えるの?」
恋雪と梅は覗かせてもらうが、『うねうね動く変な絵』としか感じることができなかった。
「これは小さなものを大きくして見ることができる道具です。今見たのは葉っぱの細胞ですよ」
珠世の目の輝きに対して、目を丸くすることしかできない狛治は「細……胞?」とキョトン顔。
無惨が「これですよ」と南蛮語の翻訳本を見せるがさらにキョトン顔であった。
「なぁに狛治、字読めないの?」
鼻で笑う梅の顔にムッとした狛治は「そういうお前はどうなんだ?」と聞き返した。
「私は珠世や恋雪の手伝いで薬作るのに必要だもん」
ぐぅの音も出ないとはまさにこのこと。
その空気に気遣った無惨が珠世に質問した。
「そっそれよりも珠世さんがここまで喜ぶとは驚きです。顕微鏡とはそんなにも良いものなのですか?」
「当たり前です!」
無惨の問いに珠世は食い気味に即答した。
「これはですね鬼舞辻無惨、あなたにも大きく関係があるのよ。分かりませんか? 細胞というのは人間の体を構成するものです。それは鬼の体も同じ」
興奮する珠世の鼻息の荒さに、若干引く無惨。
「わかりませんか? この顕微鏡で観察できる細胞というものは、鬼の体の縮小図。あなたが毒を飲まなくても、血や肉に毒を垂らして観察すれば済むのですよ?」
珠世の説明に鬼たちは歓喜した。
梅は無惨に抱き着き、狛治と恋雪は手を握りしめ合う。
「無惨様、素晴らしいではないですか! 俺たち、無惨様が毒を飲んで苦しむ様を横目に、心苦しく思っておりました。それが……ウッウッ」
服毒の任は鬼の始祖でなければならないと無惨が1鬼だけで引き受けていた。
涙で袖を濡らす狛治に、無惨と珠世は申し訳ない気持ちになった。
「では、そういうことで早速。血と、肉をちょっといただけますか? 指先だけでいいので」
指を詰めろと、そう命令するのはヤクザか珠世くらいなものか。
無惨にとって覚悟の量は大したことは無くとも可能な行為ではあるが、いざやろうとなると恋雪と梅は血の気が引いて倒れてしまった。
こうして、鬼を人に戻す毒を見つけるための服毒の必要性が無くなり手持無沙汰となった無惨。
「用無しの飯喰らいに居場所はありませんね」
無惨の自虐に3鬼は首が千切れるほど横に振って否定した。
「それではまた旅に出ましょうか。この町に留まって十数年、そろそろ日ノ本の様子も変わっているはずです」
新たな毒の材料を探す旅。
同行を希望したのは梅と、家督を譲ったばかりの煉獄桑寿郎。
珠世は家に残り、その助手をする恋雪もまた残ることに。
狛治は迷いながらも、旅への同行を望んでいた。
「狛治さん。私のせいで貴方と恋雪さんを引き剥がしてしまうのは心苦しい。この家を守るために残っていただきたいのですが」
「ですが無惨様。いまだ御身体が万全でない貴方をお守りすることも俺にとっては命より大事なことです。桑寿郎殿だけにその負担をかけるわけにも」
食い下がる狛治に、梅は「私だってお守りするもん!」と不貞腐れる。
「無惨様。私も狛治さんは旅にご同行させていただくべきだと思います」
割って入った愛妻・恋雪の提案に無惨は驚いた。
「狛治の狛は狛犬の字です。この人は、守るものがいないと駄目なんです。2人とも鬼になりましたが、実は私の方が力が強いんですよ」
そう言って腕まくりをし、フフと笑う恋雪。
「なので、この人のためにも。是非、無惨様の旅にお連れ回しいただきたく思います」
そう言って正座をし、手を合わせて頼み込む恋雪に、無惨は勝てなかった。
こうして旅に出た無惨一行。
「どうかご無事で」「年に2回は戻るのですよ」
夕日の沈む中、手を振り別れを惜しむ鬼たち。
その3日後
「わぁあああああん」
「ほらほら泣くんじゃねぇよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだ」
泣きじゃくる梅を妓夫太郎がなだめながら、無惨、狛治、桑寿郎は帰って来た。
「早すぎですが、それよりも鬼舞辻無惨! アナタはまさか男3人で寄ってたかって梅さんを!?」
「誤解です」「俺には愛すべき妻がいます!」「俺も同様です!」
無惨たちの必死の弁明に、珠世は「分かってますよ。冗談です」と真顔で言い返した。
「それで、梅さんはどうしたんですか?」
恋雪の問いに、無惨が代表して事情を説明した。
昨夜、宿をとらせてもらえた家の大婆さまが聞かせてくれた昔話。
人魚の肉を食べ800歳まで生きた八百比丘尼という尼様がいたのだと。
今でも不老長寿を願う者は、その肉を追い求めているのだと。
「それが大層怖かったようでして」
「だってぇ。鬼が不老不死だって噂が広まったら、家に残してきた珠世や恋雪が襲われて食べられちゃったらどうしようって怖くなったんだもん!」
半べそをかきながら必死に訴えた梅の言葉に、珠世は胸打たれた。
彼女は自分自身の身への恐怖よりも、自分以外の大切な誰かを心配して泣いていたのだ。
「梅さんのおっしゃる通りです。今までは事情を知っていただける方々で身の回りを固めることができていました。その安息に胡坐をかいて、正体が広く露呈する危険を考慮していなかったことは今更ながら恐ろしいことです」
「いつまでも見た目の変わらない私たちを、妖怪や物の怪の類だと征伐にくる者が現れるかもしれないということですね」
珠世の言葉に息を飲む狛治たち。
「ならよぉ、歳を取りゃいいだけの話だろ?」
妓夫太郎が『簡単なことじゃねぇか』とサラッと言ってのけるが、『それができないから言ってるのよお兄ちゃん』と梅が指摘した。
「……1つだけ当てがあります」
腕をまくりながら、無惨が静かに口を開いた。
「鬼である私たちは、傷を負ってもすぐに修復します。それは体の細胞が素早く増えてくれるから。そうですよね? 珠世さん」
「ええ。顕微鏡で見て確認したから確かですよ」
珠世の答えに無惨は小さく微笑むと、庭に出て土塊をいくつか取りに行った。
「細胞を上手く増やすことができれば、体の形を変化させることができるのではないでしょうか?」
「ど、どういうことですか?」
いまいち無惨の言っている意味を理解できない恋雪が尋ねると、無惨は粘土遊びのように土をこねて人型にしてみせた。
「土で例えますと、この小さな土の粒が集まって体が出来上がっています。このように切ったとしても土を補充すれば体は元に戻りますね?」
無惨は土人形に切れ目を入れ、すぐにその切れ目に土を付け加えて元の形に戻した。
「鬼の回復力は土の補充のようなもの。でしたら、このように体に土を足していけば元の形から別の形に変化できるように、自分の見た目を老いた姿に変えることもできると思うのです」
無惨の説明に狛治や梅は「おぉ~」と感心した声を上げる。
「ですが、そうも上手くいくものでしょうか?」
「分かりません。ですが挑戦してみる価値はあると思いますよ」
こうして、無惨たち鬼の擬態(美容整形)の試みが始まった。
手で顔を揉みほぐしたり、大きく背伸びをしたり、お腹周りのぜい肉をつまんでみたり。
梅が一番上手くやっていた。自分の体を巧みに変化させ、13歳で成長の止まった体を、理想的な女性の体つきへと変えるのに、そう長い時間はかからなかった。
「お腹にギュッと力を入れて、ギュンッてしてズイーッてするの」
擬態のコツを、梅は教えるのが下手だった。
天才型というか、感性だけで表現しがちであり、他の鬼に模倣させようという具体性がこれっぽっちもなかった。
数年して、無惨が擬態を極めた。
梅の全身一括変化と違い、無惨は体の一部分に気を集中して、部分的に変化させる方法を会得していた。
地道で血の気の引く作業であったが、彼は自らの体を薄く剥いで、それを顕微鏡で確認しながら変化の術を研究していたのだ。
「こんなの、誰が真似できるのですか?」
その作業を手伝っていた珠世は、鬼の中で一番擬態が下手であった。
狛治と恋雪が、それまで歳の離れた見た目の夫婦であった自分たちの姿を、お似合いの見た目に変えたのを横目に、同じく擬態下手な妓夫太郎と共に珠世はブーと頬を膨らませていた。
「別にいいんですよ。私は私でやらなきゃならないこともあるし」
擬態の練習を半ば放棄し、珠世は“ある薬”の開発に集中していった。
そんな彼女の背を見て悩み、無惨はさらに精進した。
「珠世さんにもコツを覚えてもらいたい」
体の構造は男女で差がある。珠世の困難さを身をもって知らなければならない。
そう無惨は思い、必死に女性への擬態を練習した。
たどり着いたのは、妖艶な美女であった。長い髪を束ねれば、和服姿がよく似合う。
「まぁ無惨様。すごくお綺麗ですよ」
「……美しい」
恋雪と狛治は見惚れながら無惨の女性姿を褒め称えた。
「苦労した甲斐がありました。これ、結構疲れますね」
体の部分変化にほぼ半日を費やした無惨は息を切らして座り込んだ。
その無惨の疲労困憊の姿を見た梅は、何か飲み物を持って行ってあげようと、暗い部屋に置かれた“水”を手に無惨の元へ走った。
「無惨様! はい、喉を潤してください!」
「ありがとうございます梅さん。ん? 少し変わったお味ですね」
湯飲みの中身を一気に飲み干した無惨。
その姿と湯飲みの柄を見た珠世が「あ゛」とつぶやいた頃には、最後の一滴まで胃の中に納めてしまっていた。
「……紛らわしい入れ物に入れていた私が悪いのです」
珠世の深刻そうな物言いに、梅と無惨は悪い予感がしてならなかった。
「飲んではいけないものでしたか?」
「アナタが飲むべきではなかった……とでも言っておきましょうか」
そう言うと珠世はゆっくりと立ち上がり、研究室から瓶を1つ持って現れた。
「本当は妓夫太郎さんに飲んでいただく予定だったものです。この瓶にまだ残っています」
「お兄ちゃんに? でもよかった。てっきり全部飲んじゃったから叱られるって心配したもん」
呑気に両手を頭に回した梅であったが、珠世の溜め息は止まらない。
「珠世さん、その瓶の中身は一体?」
「細胞分裂阻害薬ですよ。妓夫太郎さんが梅さんと分離したまま過ごせるように。そうでないと梅さんが知らない人の前で泣いた時に、体から人が生えてきたら大騒ぎになってしまうでしょう?」
珠世の説明に梅や無惨、恋雪は手を合わせて感動した。
妓夫太郎を想っての薬作りをした珠世の優しさに。
だが狛治だけは一人、冷汗を流した。
「……ひょっとしてですが珠世様」
「狛治さんだけは気付いたみたいですね。この薬が、私たちの擬態訓練と発想が真逆だということに」
ただならぬ雰囲気に、無惨が「つまり?」と首を傾げる。
「まぁ言ってしまえば。鬼舞辻無惨、アナタはその女の体から戻れなくなったということですよ」
【平安コソコソ噂話】
無惨の擬態している女性の身体的特徴は彼自身の趣味だ。
特に好きな長髪サラサラヘアーにこだわっているぞ。
なんてったって平安貴族だから、無惨はロングヘアーが大好きだ!
例を挙げると
例1:長い髪の人なら口説こうとするぞ
例3:短い髪の人なら、イライラしているとつい八つ当たりしちゃうぞ
例4の2:黒髪でロングヘアーなら、いつでも傍に置いておきたいぞ
例5:短いうえに変な髪なら、口を挟むことすら嫌だぞ
例6:やっぱりロングヘアーはイイね。普通に仕事しているだけでも褒めてあげたくなる
例7:黒髪ならちょっと長め程度でもイイね
例8~10、12:長さや黒さ、サラサラさが足りないと、ちょっとしたミスも許したくなくなってくるぞ
例11:『お母さんにしてほしい髪型はロングヘアー』って意見、すごく合うよね
この中で一番、共感できるのは?
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珠世様は美しい
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恋雪は美人だ
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梅は13歳の姿も可愛い
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無惨様は今日も美しい
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きっと明日の無惨様も美しい