あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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野原家伝統亜流

「おぉおお、なんだめっぽう可愛いじゃないか」

妓夫太郎が(買って)連れてきた子供を洗ってやり、髪をとかして着物を着せ、身なりを整えてやると、それは見事に化けた。

 

訂正

 

可愛らしい女の子が出来上がった。

「遊郭育ちのお兄ちゃんが褒めるんだから本物だよ」

「誰が見ても美人さんですよ」

珠世が髪を結ってやると、完成度の高い少女が爆誕した。

 

 

これだけのべっぴんさんなら、未来は明るいだろうと誰もが思うだろう。

その美点が鬼の冥途を早めるものだとしても、無惨たち本人は彼女の幸せな未来を心から望んでいる。

だが・・・

 

「そういやぁ、お前の名前はなんていうんだ?」

この家に来てから全く話さない少女に、妓夫太郎がふと尋ねた。

「・・・・・」

少女は何も答えなかった。

耳が聞こえないわけではない。指示は通っていたのだから。

恥ずかしがり屋というわけでもない。妓夫太郎に裸にされても抵抗しなかったのだから。

 

 

少女は心が非常に弱かった。指示されないと何もできないほどに、自分の意志を表に出すエネルギーが無かった。

名前が言えないだけではない。腹の虫が鳴いていたからと、恋雪が握り飯を作って渡した時も「食べていいよ」と言われるまでジッと動かなかった。

思えば髪を洗われている時にも、石鹸の泡が目に入りそうなのにも関わらず目を開いたままであった。

 

 

「目ぇ閉じてねって、言ってあげればよかった」

知らなかったとはいえ彼女の違和感を察して気遣えなかったと梅はうながれて落ち込んだ。

(珠世が診たところ、目に炎症は起きておらず問題なかったようだ)

 

「それにしても名前まで言えないとはな」

「それか、そもそも与えられてねぇのか」

自身の境遇から推理した妓夫太郎の言葉に、無惨の口から同情の息が漏れる。

「そうとは思いたくありませんが、もしそうなら与えてやりたいですね。我々が、この子の親の代わりに」

 

無惨が優しく呟くと、珠世がパンと手を叩き、紙と筆を手にツラツラとしたため始めた。

「では私が付けてあげましょう。茶々、というのはどうでしょうか?」

鼻を鳴らしながら紙を広げた珠世であったが、妓夫太郎に「古臭ぇ」と撃ち落され、いつものように手刀を繰り出す気力すら粉砕されたのだった。

 

 

「ここは無惨様につけていただくのがよろしいかと」

継国家の当主が提案すると、それは名案と誰もが賛同する。

「わ、私がそんな大役を!?」

「いい年した鬼が何を言っているのですか? 立派な名前を付けてあげてくださいよ」

珠世の八つ当たりに気付かない人と鬼が「無惨様!」と無意識に無惨を追い詰めた。

 

結局、押しに弱い無惨が折れ、夜通し命名に悩むことに。

 

 

 

 

そして翌朝。

予定では心中の朝日が昇る頃、布団からゴソゴソと這い出た珠世たち。

 

居間に向かうとそこは足の踏み場もないほどに、名前の候補が書き記された紙で埋め尽くされていた。

「決めきれません! どうしましょう珠世さん!」

目の下にクマを作り、叫び声を上げる無惨に「無惨様、何事ですか!」とドタドタと狛治や槇寿郎の足音が駆けつける。

 

「まったくいい大人が。ですがどれもいい名前じゃないですか。アナタが決められないとおっしゃるなら、私に案がありますよ。ゲン担ぎにもなるイイ決め方が」

珠世は紙を1枚、折りたたみ始めた。

「珠世様、それは何をされているのですか?」

杏寿郎が覗き込んで尋ねると、珠世はフフと笑ってそれを手に取って掲げた。

 

「紙飛行機、というものです」

 

そう言うと珠世は折り広げられた不思議な形状になった紙をフワリと投げた。

すると紙は、まるで鳥が空を飛び回るようにスーっとまっすぐ飛んでいき、部屋の壁に当たってパタリと落ちた。

「おぉ! これは面白いですね。紙が翼の代わりになっているのですね」

「こんなの何処で覚えたの?」

初めて見る不可思議な光景に、(鬼の中でも特に不可思議な能力を持つ)無惨と梅が喰いつく。

 

「以前、江戸でコロリが流行った頃に治療に出向いたことがありまして。その際に治療に尽力された先生から習いました」

興味津々の視線に小恥ずかしさを覚えた珠世は「そんなことより」と仕切り直した。

「名の書かれた紙で紙飛行機を折り、一番遠くまで飛んだモノの名を与えるというのはいかがでしょうか?」

「成程。流石は珠世様。力強い名を与えれば、心もより強く逞しい子に育つであろう、ということですね!」

恋雪の有難い解釈に、珠世は『そこまで考えていなかったんですけどね』という顔を見せながらも頷いた。

 

 

 

こうして鬼と人みんな揃ってせっせと折り紙タイムへ突入。

少女には珠世が直々に折り方を丁寧に教えた。

「どれかお好きなのを選んで持ってきてください」

少女に名前候補の書かれた紙を取りに行かせ、少女自らの手で上手に折らせる。

その珠世の魂胆を察した面々は、少女が選ばなかった紙で紙飛行機を“下手に”折っていった。

 

折り紙教室でも紙飛行機競争でもない。

少女が自ら選んだ名前の紙を優勝させる八百長試合。

その想いが一丸となり、たくさんの出来レース用紙飛行機が完成した。

 

 

 

「それでは一つずつ、飛ばしていきましょうね」

珠世が仕切る飛行大会は、広々とした素流道場にて開催となった。

「おーこれは素晴らしい。まるで隼や鷹のような優雅さですね」

力加減から手の角度まで、珠世の指示の通りに少女が飛ばした紙飛行機は、スーっとまっすぐ飛んでいった。

 

「あら~。戻ってきちゃった」

両翼の傾いた梅の飛行機は旋回して手元に戻り。

「おっとこれは失敗だ」

棒読みの狛治飛行機はテイクオフと同時に墜落し。

「よっしゃー! 行けぇ!」

暗黙の八百長なんぞ塵ほど察することのできなかった妓夫太郎の飛行機は、これまでどうしてこんな時に限って奇跡的に上手に出来てしまうんだ?というほどに、それは理想的な滑空を見せながら道場を横切らんと飛んでいった。

 

『このお馬鹿ッ』『もう、妓夫太郎さんたら』『お兄ちゃん空気を読んで』『妓夫太郎さんも御上手ですね』『まずいぞこのままでは』

この青天の霹靂な事態に、動いたのは狛治であった。

鍛え上げた呼吸から繰り出される肺活量をもって、雷の如き電光石火の動きで口元に手筒を作り、吹き矢の型に一気に息を吹き込む。

目にもとまらぬ早さで放たれた空気弾は妓夫太郎飛行機を撃墜し、その優勝を阻止した。

 

「あ゛なにしやがんだ」の不満が妓夫太郎の口から飛び出す前に、珠世の手刀が脳天を捕らえ、恋雪がその背を静かに支えて転倒音を防ぐ。

こうして、鬼の連携により、少女は事に気付くことなく無事に優勝を果たした。

 

 

「それで、どの御名前に決まったのですか?」

ワクワクした顔を見せる杏寿郎。珠世は最長距離を飛行した紙飛行機を手にし、ゆっくりと広げてその名を読み上げた。

「この子の名前は・・・カナヲです」

バンと掲げた名前に、梅と恋雪が「可愛い名前」と歓声をあげた。

カナヲ本人はキョトンとした顔を見せていたが、皆の微笑みに見守られ、少しの困惑と心にポカポカとしたものを感じたのだった。

 

 

 

 

『本当は、この可愛らしさが彼方まで伝わるようにと“カナタ”と書いたんですけどね・・・眠たくて字が崩れていましたか』

 

 




【平安コソコソ噂話】

珠世に紙飛行機を教えた江戸の西洋医学医師は、大沢たかお似のイケメンだぞ!
彼の作ったペニシリンは、さすがに鬼を人に戻す効果を持っていなかったが、多くの人々の病を治して命を救ったんだ。

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