あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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人喰い

一家はカナヲたちを手厚く招き入れてくれた。

カナヲと同じ年頃の少年は、玄関から入ってすぐの寒い土間のうちから自らの羽織を脱いでカナヲに着せた。

「炭治郎、その子はどうしたの?」

「お兄ちゃん、お客さん?」

少年の母親は真っ赤な顔をしたカナヲを見るや、すぐに囲炉裏に火をかけ始めた。

寒い中で手間もかかることだが、女性は手慣れた様子で炭を並べ手際よく火を起こしてくれた。

妹らしき少女もまた寒い中、水を汲みにいってくれた。湯を沸かして生姜湯を作ってくれた。

「ハイどうぞ。体が温まるよ」

困っているカナヲを助けるために母子は迷うことなく手当てに動いてくれた。

無惨と狛治は手をついて感謝を示した。

 

 

「兄ちゃん誰か来たの?」「熊じゃない? 大丈夫?」

居間も温まってきた頃、騒ぎを聞いて子供たちが目を覚ましてしまったようだ。

襖が開くと子供4人がぞろぞろと。奥には床に臥せた父親の姿もあった。

病身なのか顔や体がやつれ、植物のように静かな男性であった。

 

「床の間から申し訳ありません。旅の方、このような夜更けにいかがされました?」

父親の声には少し無惨たちへの警戒の色が入っていた。

人里離れた森の中、訪問者を怪しむのは当然のこと。

男二人が年頃の娘を連れて出歩いていれば、誘拐を疑うのも無理はない。

だが誘拐にしては、わざわざ夜の雪山に入り込むのは道理に合わない。逃亡中のお尋ね者でもあっても、少し無理のある話だ。

さらに言えば、悪党にしてはあまりにも物腰穏やかで礼儀正しい。笑顔も後光が射しているほどに神々しい。

 

 

「これは申し訳ありません。挨拶もせず上がっておりました。私は鬼舞辻無惨と申します。こちらは狛治、この子はカナヲです」

炭治郎はその礼節に応じようと姿勢を正して無惨と向き合った。

「あっ。父、炭十郎に代わりまして御挨拶させていただきます。長男の竈門炭治郎です」

これはこれはどうもどうもと、無惨と炭治郎はペコペコと頭を下げ合った。

「我々、家族の住む村へと向かう旅の途中、雪山で遊んでおりましたところ、恥ずかしながらつい夢中になってしまいまして」

顔を下げて申し訳なさそうな顔をする無惨。とても嘘を言っているようには見えないが、内容としては嘘にしか聞こえなかった。

今は丑の刻だ。夢中で遊ぶにもほどがある。

 

 

「我々は日の下に出ることの叶わぬ身体でして、出歩こうにも遊んでやろうにも、日の暮れた夜を待つしかなく、このような夜更けの訪問になってしまいました。お休みの所、大変申し訳ありません」

「そ、そうでしたか」

何かしらの病気が理由だとは思わず、父親は悪いことを聞いたと頭を下げた。

「私と狛治は、日の光に嫌われた鬼なのです」

無惨は真実をもって伝える他に語る口を持っていなかった。

『・・・・・鬼?』

大丈夫だ炭十郎。この説明を聞いた者は皆同じポカン顔になっている。

実際、妻と子供たちも同じ顔をしているではないか。

 

 

「そうだ無惨様。俺、ひとっ走りして薬を持ってきます。珠世様にお願いして、カナヲとご主人の分を」

狛治がいそいそと支度を始め、家から出て行こうとすると炭治郎はそれを止めた。

「夜の雪山は危険ですよ。それにこの間、一つ向こうの山で熊が人を襲って喰う事件が起きたのに」

「成程それで先ほど熊と。ですが狛治さんなら大丈夫ですよ」

「ええ。何事も無ければ明け方までには戻ります」

根拠のない“大丈夫”に、炭治郎は呆気にとられた。さっきの“鬼”発言が根拠なのかもしれないが、子供でもそれが不条理だとわかる話だ。

そうこうしているうちに、狛治は一人家を飛び出してしまった。

 

 

「狛治さん・・・明け方までに戻ることができればいいのですが」

玄関の方を遠い目で見つめる無惨の呑気な姿に、炭治郎は恨みがましい視線を向けた。

「鬼舞辻さん、熊を甘く見てはいけませんよ。たしかに熊は夜に動くらしいですが、明るいうちにも出てくるかもしれない」

「いえ。私の心配は、珠世さんに叱られたりしていないかというところで。おそらく明日の夜にならないと戻られないかと思います」

 

 

 

 

無惨の予想はまさしく的中していた。

出発から一刻もしないうちに、珠世の家にたどり着いた狛治であったが。

「おかえりなさい無惨様! ってな~んだ狛治か」

梅のガッカリ顔は、まだ序の口であった。

 

狛治が1鬼だけで帰宅した事情を説明すると。

「まったくあの鬼は。アナタもアナタですよ狛治さん」

と珠世が呆れ顔で説教を始め。

「ではその竈門様に礼をせねばなりませんね。宴の御馳走をいくつか持っていってはいかがでしょう?」

と恋雪がせっせと重箱に食事を詰め始め。

「虫けらボンクラのろまの間抜け役立たず。なぁにカナヲに風邪引かせてんだよ」

と妓夫太郎がここぞとばかりに罵詈雑言をぶつけ。直後にそれがそのまま無惨にも着弾することに気付いて頭を抱え。

「あ~あ、はやく無惨様のお祝いしたいなぁ。あ~あ、あ~あ」

と梅が責めるような視線を向け、これは“狛治だけが失態を犯して無惨とカナヲには一切の非が無い問題だ”と彼女自身に都合よく思い込んでいた。

 

そして、誰一鬼として薬の準備に取り掛かることなく、竈門家への出迎えは明日以降となることが確定したのだった。

 

 

 

 

その頃、竈門家では皆が揃って床に入っていた。

「すいません鬼舞辻さん。うちは貧乏で」

6式しかない布団で10人が寝るためには、何組かが二人で寄り添って寝る必要がある。

「いえいえ、申し訳ないのはこちらのほうです。お邪魔して皆様に窮屈な思いをさせてしまうのはしのびない。私には床などいりませんよ。死にませんから。ですが恐縮ながらカナヲだけは混ぜていただきたい」

申し訳なさそうに頭を下げる無惨にも、炭治郎をはじめ家族全員はニコリと応じ、皆が抱き合って、無惨とカナヲのために布団を2式も残してくれた。

 

温かな寝床は心まで温めた。

居心地の良く、幸せの匂いがした。

 

 

 

数刻は経った頃だろうか。

音がした。

うとうとと眠りが浅い所に入ろうとしていた頃であった。

鈴の音がした。荒く激しく鳴り響く音が遠くに聞こえた。

「!?」

狛治が戻った音ではない。縄を激しく揺さぶらなければ、こうもけたたましく鳴らない。

 

「・・・熊だ」

 

 

無惨と炭治郎は素早く寝床を飛び出した。

「鬼舞辻さん・・・」

「炭治郎さん、私が出ます。万が一、引き留めきれない時のため、皆で裏口から逃げてください。カナヲを頼みます」

無惨はそう言い残し、暗闇の中、迷うことなく玄関まで足音を忍ばせて向かった。

 

 

 

熊というものを、その目にするのは無惨にとって初めてのことであった。

立ち上がった熊は九尺はあろうという巨躯だった。

「6人は喰っていますね」

熊と対峙した無惨は、その臭いから犠牲者の数を察した。

「ですが、私ほどではありません」

その顔に笑みは無い。

 

 

無惨は大きな失念をしていた。

鬼として人を喰い、力をつけたのは1000年も前の話。

その貯蓄は鬼を増やし、傷を癒す日々の中で徐々に薄れ、今の彼の力は人並み以下。

 

さらには鬼として天敵のいない、戦うこともない日々を過ごしてきたことで、熊という野生動物への危機感がほとんどなかった。

6人を喰い殺してきた生物に、今の自分がどう足掻いても押し勝つことなどできないということに、無惨は気付いていなかった。

 

 

「今なら見逃してあげましょう。さぁ、森に帰りなさ・・・」

鮮血と肉片が森の中に舞った。

熊の爪の一薙ぎが、無惨の顔を削ぎ払った。

 

 




【平安コソコソ噂話】

竈門家はうたと縁壱が暮らしていた頃から多少のリフォームがされているぞ。
間取りはうろ覚えだったが、無惨は家の周りのことも何となく分かっているぞ。
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