あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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とある門下生の一日【前編】

努力するのが苦手です。地道にコツコツするのが一番しんどいです。

そんな俺が今、素流っていう徒手格闘の道場の門下生になっているのには理由がある。

 

 

借金に困っていた俺を、通りがかりの無惨様が肩代わりしてくれた。まぁ、俺の泣き叫ぶ声に呼ばれただけなんだけど。

無惨様は何一つ嫌な顔せずに助けてくれた。行くあてもない俺を快く家に連れて帰ってくれて。

帰ってすぐに珠世様にド叱られてた。(珠世様は美しい人だった。その夜に見た珠世様も美しかったけど、明日はもっと美しくなるんだろうなと思った。でも明日の朝日を浴びることのできない鬼の体だった。でも心の音は凄く綺麗な方だった。綺麗な鬼だった)

翌夕、珠世様は実家に帰ってしまったのが辛かった。でも家には他にも美人の鬼さんがいたから辛くなかった。

 

 

話が脱線した。

 

 

俺は紹介してもらった仕事先で一生懸命働いて、お給金で無惨様に借金を返そうとした。

だけど無惨様には断られた。

「それは将来の貴方のために使いなさい。私が貴方を助けたのは、ただの趣味です」

無茶苦茶な理由をつけて、頑として受け取ってくれなかった。

だから俺は代わりに、無惨様のお住まいにある道場に通い、月謝代としてお金を渡すことにした。体を鍛えれば俺の将来への投資になるって理由をつけたら、喜んで受け取ってくれた。

 

 

だけど、それが悲劇の始まりだった。

 

 

「ハイハイハイ地面舐めなくていいから。まだ休憩じゃねぇんだよ」

ここの稽古はとにかくキツイ。師範代が鬼だ。人間だけど。

基礎体力訓練の走り込みで町の周りを一周させられるのが一番“楽”だ。休憩なしで走りきれる門下生は先輩の中にはいないけど。

 

「弱い。覚えない。手間を取らせる。イラつかせる。全く、つかえない奴らだ」

もう一人の師範代も鬼だ。人間だけど。

基本は打ち合い稽古だ。ウネウネした拳筋で避けられない。防御いだところから殴られる。当てようにも当たらない。一方的なシバき合いだ。合ったことがない。

 

「みんな。強くなって一生、大事な人を守れるようになろうな」

師範は優しい。教え方はあんまり上手じゃないけど。鬼だった。本当に鬼だった。本当の鬼だった。

前は無惨様や珠世様と同じ鬼だから日の明かりに当たれなくて、もっぱら道場の中か夜の稽古しか相手してもらえなかったけど。今は鬼じゃなくなったから本格的に色々と教えてくれる。

実用的な技をたくさん教えてくれる。稽古をつけてもらった次の日くらいなら、町で暴漢と遭っても勝てそうな気分になる。次の日の稽古で師範代にブチのめされるから台無しになるけど。

 

こんなにも苦しい毎日を耐えられるなんて、俺自身でもびっくりだ。理由は単純だけど。

この道場で頑張れば、美人のお嫁さんと結婚できるんだ。きっと。

 

師範と師範代には5人も奥さんがいる。全員美人だ。

師範の奥さんも鬼だった。いつも俺らのお世話をしてくれるだけだし、今は身重だから無茶はできないけど、昔は師範より強かったらしい。

派手師範代の奥さんは3人もいる。切腹しろ。一人くらい分けてくれたって罰は当たらないはずだ。3人ともくノ一だから下手な俺らより強い。

蛇師範代の奥さんは隣の剣術道場の門下生だ。胸の大きな人だ。見てたら師範代が包丁投げてきた。危ないけど外さないから大丈夫だって言ってた。前に派手師範代に避けられたのが悔しくて練習したらしい。投げないって選択肢のほうに振り切ってほしい。

 

こういう目標が無きゃ苦しい稽古なんてやってらんねぇ。いつか美人で優しいお嫁さんと結婚できるって思えるから耐えられる。

 

「よし、無惨様のとこ行くぞ」

 

人間に戻られた無惨様は今、この町から三日四日はかかる山の中に住んでいる。そこに行く。日帰りで。

これは一カ月に一回の恒例行事の日だ。ふざけた話だけど楽しみで仕方がない。

だって途中の休憩地点には謝花先生のお宅があるから。最低でもそこにはたどり着きたいから。行くと執筆中の新作を読ませてくれることもあるから、みんな楽しみにしている。

この人も美人だ。すっげぇ美人だ。鬼だった頃から美人だし、今でも美人だ。

 

 

「わっしょい!」

隣の道場から焼き芋の合図が聞こえてきたから出発だ。理屈が分からない。特に意味は無い。別に俺たちの無事を祈願しているわけじゃなく、ただただ朝の掃除で枯れ葉がたくさん集まっただけらしい。今回不参加の師範の奥さんが教えてくれた。

嗚呼、憂鬱な時間が始まる。

 

「オラオラ、荷を落とした奴は死罪モンだからな!」

無惨様への荷物を背負っていく長距離走の苦しさはいつもの稽古の比じゃない。

途中で脱落する奴がいたら、そいつの荷物が俺らに追加で負担になるから辛いが、俺は意地でも自分の手で届けたい。大事な荷物だし大事な恩人だし行くこと自体が大事だし。

だからといって重いものは重い。

 

 

ヒィヒィ言いながら田舎道を走る。肺が死にそうだ。息がヤバイ。足が千切れそうだ。

あんまり体を揺らして走ると荷崩れするから、苦しくても姿勢は正しくしなきゃいけない。

「楽しみだな~無惨様とカナヲちゃんに会えるもんね~」

剣術道場の門下生だけど、蛇師範代の奥さんも参加している。揺らしているのを見たいから、俺は追いつくために一生懸命走る。走れる。

にしても師範代も奥さんも体幹がブレないから凄い。無惨様に届ける荷物の中でも特に大事なものを持っていくのは、俺らには任せられないから師範代たちの仕事だ。

俺は喰ったことがないけど、茶わん蒸しみたいな軟らかい菓子が中身なんだってさ。

 

そうかぁ、やわらかいんだ・・・

 

 

俺の視界がグルンと回転したのは、その直後の話だ。体罰だ。

 

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