「嘘だぁ!!!」
無惨様宅への行脚。本日の中間地点は孤児院だ。話が違うぞ畜生。同じ町内だから気付くのに遅れた分、落胆もデカい。
「当たり前だろ。梅んとこは新章に入ったから邪魔させるわけにいかねぇだろうがよぉ」
院長先生がヒトの髪をグリグリ掻きむしりながら説明してくる。この人はほんと、言われなきゃ院長だって分かる人はいないだろう。鬼だった頃からそうだけど、子供の世話が好きな性格には見えないし、口調も汚くて乱暴で怖い。
「途中棄権希望は?」
「3人ほど、くたばりかけたのがいるぜ妓夫の旦那」
「もらってやる」
院長と師範代が楽しそうに。実に楽しそうに話をしている。
日帰り弾丸行脚についていく体力が残っていない門下生は、俺らの復路までこの孤児院に残されることになる。
もちろん休むためじゃない。地域の託児所も兼任しているこの孤児院は人手がいくらあっても足りないのだ。
「先生! のび吉がまたイジめられてます」
「あ゛? またかアイツ。なんで手伝いのくせに子供に負けてんだ? じゃあ勝手に休んでいけ。でもって無惨様にヨロシク伝えてくれ」
院長は忙しい。この時も俺たちの到着を出迎えてくれたばかりなのに、助けを求める声に跳んで行った。
俺の心は揺らいでいる。
この忙しさに心が殺されるのは嫌だけど、今呼びに来た職員さんの魅力も捨てがたい。
今の人は働き始めて日が浅い。前回来た時に新人さんだった。お姉さんと一緒に働いている。
もうさ、綺麗な人なんだよ。こんな田舎に埋もれているのが勿体ないくらい。顔だけで食べていけるでしょあの人。
正直、あの人と夕方まで一緒にいられる魅力はデカい。(ちなみにここにはデカい副院長先生もいる。マジでデカい。盲目らしいけど、その事を忘れるくらいデカさの印象が強すぎる人だ)
ただなぁ、俺には無惨様や竈門家の人が待ってるからなぁ。残念だ。またの機会に個人的に遊びに来ることにするか。
地獄再開だ。
景色がどんどん山ばっかになるにつれて当然、道も整備が悪くなっていく。田んぼや畑の間の凸凹した地面を走るのはキツい。
人間ってさ、一生のうちに頑張れる量の限界ってあるんだよ。今日一日で一生分の頑張りを使い切った感がある。この行脚は毎回そんな感じがする。限界を超えるたびに人間成長するらしいけど俺はあんまり信じてない。
「おら野郎ども、あとちょっとだ!」
師範代はそう言ってるけど、俺は知っている。まだあと山一つ越えなきゃいけない。
もう日が真上に登っている。前回より到着が遅れているみたいだ。また叱られる。憂鬱だ。(季節的に日照時間が短くなっているだけ。実は前回とペースは変わっていない)
力を振り絞って登る山はもはや、俺たちを殺しに来ていると言ってもいい。
ここはいつどこから熊が出てきてもおかしくない場所だ。いつどこから出てきてもいいのは美女か美人だけにしてほしい。
でも、川のせせらぎや土を掘る音、薪を割って焼いて炭を作る音。そういった音が聞こえてきたらもう安心だ。
「よく来たね。今日はとてもいい天気だね」
山道を抜けて開けた場所。道場と同じくらい広い敷地の田んぼや畑が広がっている中、一人の男の人が立っていた。
無惨様だ。
優しい声が疲労感を吸収して楽にしてくれる。そんな気がする。まぁ一割一分程度の回復効果しかないけど。
「無惨様におかれましては、ご壮健で何よりです。ますますのご多幸を切にお祈り申し上げます」
俺たちがヒーヒー言って返事やお辞儀する余裕がない中、師範や師範代たちは一瞬で無惨様の足元に跳んでいって、跪いて挨拶を始めた。元気あり余り過ぎでしょ。
無惨様は畑仕事をしていた。人間に戻られる際に両足を悪くされて、今では支えの杖を両脇に掛けておかないとマトモに立っていられない。
なのに鍬を片手に一生懸命に畑を耕していらっしゃる。本当に頭が上がらない。
この畑は無惨様が隣の炭焼き一家と共用して使っている場所だ。本当かどうか知らないけれど、400年前に無惨様のご家族が竈門一家のご先祖様に譲った土地らしい。ご家族? ご先祖の間違いじゃないか? まぁそんな話はどうでもいい。
「カナヲ、来ておくれ」
無惨様が呼ぶと、隣でしゃがんで仕事をしていた女の子がパタパタと駆け寄って無惨様の脇を支えた。
彼女は無惨様の娘だ。実子じゃないけど、仲睦まじい親子だ。俺は捨て子だから理想の親子とか語れないけど、こういうのが羨ましいってのは本心から熱弁できる。
ちなみにカナヲちゃんは可愛い子だぜ。初めて会った頃はめちゃくちゃ物静かで心の音が無音だったから心配したけど、今はだいぶ明るくなった。
愛想はそこまで良くないのは相変わらずだけど。俺にだけか? 違うよな?
「佐藤、我妻、矢野、村田。テメェら余力あんだろ? あるよな。あると言え。分かってるよな?」
無惨様が家に戻られる頃合いを見て、師範代が鍬を5本投げてきた。
ああ。分かってるさ。拒否権無いってことくらい。この鬼が。(彼が真に気付くべきは鍬5本には門下生4人だけに任せるつもりではなく、ちゃんと師範代自らも畑仕事に参加する意思がある点だ)
「だ・・・ど・・・だぁああああ!!! やってやるぁ!」
俺の雄叫びが森に響き渡った。多分。だって木々がざわついて鳥が飛び立ったし。
から元気だ。だけど、この叫びがあの子に届くのさ。
「鬼舞辻さん。皆さん到着されたみたいですね」
「無惨様~、ハイカラなお菓子~」
ホラ、坂の向こうから人がゾロゾロと来た。隣の炭焼き一家だ。
御父様を亡くされて以来、隣に越してきた無惨様にくっついて懐いているらしい。
先頭の長男坊はたしか俺より一つ下だったはずだけど、なんか俺より大人だ。落ち着きあるし、一家の柱って感じ。よく気が利く。俺たちの分のお茶を持ってきてくれた。
その隣からチッコイのもゾロゾロと。こっちは完全にプリン目当てだな。あれ美味いんだよな。ただ無惨様の頬っぺた崩壊っぷりほどまでは行かねぇけど。
いやいやいや脱線しすぎだ。俺が呼んだのは。俺が来てほしいと心から願って祈っているのは・・・
「カナヲちゃん、おむすびそれだけで足りるかな?」
ギャィィアアアアアァァァァァァ!!
可愛すぎて死にそう!
「勝手に死ねよ。サボってると、また師範代にドヤされるぞ」
禰豆子ちゃんは可愛い。可愛すぎて有罪だ。もう俺を有罪にしてくれ。一緒に有罪になろう。
禰豆子ちゃんの目は瞳は両目はまるで瑠璃みたいに綺麗で奥まで透き通ってとにかく可愛い。瑠璃なんて見たことないけどとにかく可愛い。眉もおっとりしてキリッとして凛として可愛い。眺めているだけでこんな狭い畑なんていくらでも耕せるぜチクショウめ。何なら鍬を2本持ってこい二刀流で耕し尽くしてやる。でもって「まぁカッコいい。こんな方の妻になれたらどんなに幸せなんでしょう」って言ってもらって無惨様の遠縁になりたい。頬っぺたがプルンとしてクリンとして柔らかそうで可愛い。ツンって指で突いたらもう一往復できるくらい可愛い。ツンって俺の頬も突いてほしい。一緒に突き合いっこできたら死んでもいい死にたくない。もう目元だけで俺の疲労は九割九分は回復したのが五臓六腑から実感できる。この時のために俺は生きてい
【平安コソコソ噂話】
残り全文この調子でひたすら竈門家長女を褒め称える内容が最後の一文字まで続くため、後編は割愛させていただきます。
ご了承ください。