あなたが落としたのはきれいな無惨ですか?   作:三柱 努

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ありがとう

私のお兄ちゃんにはお嫁さんがいる。まだ結婚できる歳じゃないけど。

 

3年くらい前、私の家族は死んじゃうはずだった。

マタギのおじちゃんが言ってたけど、あの大きさの熊には猟銃も効かないって。皮がぶ厚すぎて弾も通らない。解体するのにノコギリが必要だったって。

斧の一振りで首を斬ったなんて信じられない。

胃の中からは人2人分の肉が見つかった。だから誰も死んでいないなんてもっと信じられないって。

「一振りじゃないですよ。二振りです」

そう言って呆れられていたのは、私たちを助けてくれた鬼舞辻さん。今、ウチの畑の側に家を建てて住んでいる恩人さんだ。

 

鬼舞辻さんはあの日以来、足を悪くしている。

最初の頃は誰かにおぶってもらわないと移動できなかったけど、杖を一生懸命練習して少し歩いたり立ったりはできるようになっていた。

家は這っても楽に移動できるように段差が少なく作ってあって、そうなるように色んな人が頑張って作ってくれたから、鬼舞辻さんは凄く感謝していた。

 

お世話はカナヲちゃんがずっと付き添っているから、山奥の家で2人暮らしもできるって。

でもやっぱり大変だから、私たちも手伝った。鬼舞辻さんが「申し訳ないですよ」って断ったから無理やり押しかけて、やりたいようにやって手伝った。鬼舞辻さんは困った顔をしながら喜んでた。

死んだお父さんのお世話もよくしていたから、妹や弟たちも鬼舞辻さんにいつもくっついてお世話してた。たまに邪魔になっちゃってたけど、鬼舞辻さんはいつも穏やかに笑ってた。

 

 

お風呂が一番大変だった。

初めのうちはカナヲちゃん一人で頑張ってたけど、そのうちお兄ちゃんが一緒に入って手伝うようになった。

 

それが二人の馴れ初め。

 

 

「炭治郎、カナヲをこれからもよろしくお願いできますか?」

ある日の夕ご飯の時、鬼舞辻さんの言葉にお兄ちゃんは「はい!」って即答してから、「えっと、具体的に何を?」って聞き返した。

「カナヲとの婚姻をそろそろ考えて頂きたいと思っている・・・の・・ですが・・?」

その場にいた皆がキョトンとした顔をするから、鬼舞辻さんも「あれ? 違いました?」って気恥ずかしそうにしていた。

でもお兄ちゃんとカナヲちゃんの仲はみんな知ってる通り。鬼舞辻さんは間違ってなかった。

 

「あの、鬼舞辻さん。俺はまだ結婚できる歳じゃないんです」

「えっ? 元服はまだでしたか?」

鬼舞辻さんの生まれた頃は今よりもっと低い年齢で結婚するのが普通だったみたい。

「もう、鬼舞辻さんったら」

そのことに気付いて皆で笑った。

ひとしきり笑って、お兄ちゃんが姿勢を正して「謹んで、お受けいたします」と応えてから、私たちは皆で喜び合った。

そんな中、鬼舞辻さんの目は少し遠くを見ているみたいだった。

 

何かに焦っているようにも見えた。

 

 

 

鬼舞辻さんのお知り合いの方ってホント多くて、みんなに結婚の報告するのに何日もかかった。

式の準備もしなくちゃいけないし、冬も近づいていたから冬備えもしなくちゃいけなくて忙しかった。

でも楽しかった。いつも野菜を持ってきてくれたり手伝いに来てくれる人がいつもよりたくさん来てくれた。

「テメェ炭治郎ざっけんなよ!」

って狛治さんのところの門下生さんで一番体力のある人が叫んでた。師範代さんにドゴッてお腹を殴られて痛そうだった。

 

 

雪解けの頃、お兄ちゃんとカナヲちゃんは結婚した。形だけの結婚式で、籍はまたそのうちだけど。

山奥なのにたくさんの人がお祝いに集まってくれた。今年は温かい冬だったから、早く雪が解けてくれた。

 

珠世さんが仕立ててくれた白無垢を着たカナヲちゃんはすごく綺麗だった。

お兄ちゃんの袴は煉獄さんのところのお兄ちゃんのを貸してもらった。(本当は妓夫太郎さんのところが仕立ててくれるはずだったんだけど、完成前にお手伝いさん醤油をこぼしちゃったんだって)

 

結婚式は本当に良かった。

鬼舞辻さんもずっと涙を流していた。ずっと笑顔で涙を流していた。

「俺にも嫁を紹介してくださいよぉ」

って雪の間も皆勤賞だった門下生さんが泣いてた。伊之助に蹴飛ばされてた。

 

 

 

式の後の宴会も終わって、皆が家に帰っていくのを鬼舞辻さんは「ありがとう」って。

一人一人丁寧に見送っていた。

「無惨様も、そろそろ所帯を持ったらどうですか?」

妓夫太郎さんが半分冗談っぽく言っていた。けど、鬼舞辻さんは笑顔のまま無反応だった。

「無惨様?」

「・・・? あっ、そうですね妓夫太郎さん。ええ、私はいつも元気ですよ」

鬼舞辻さんの変な反応に妓夫太郎さんは首を傾げていた。

でもその後ろで「竈門炭治郎。初夜は大事にしろよ」って師範代さんがニタニタしてながら、もう一人の師範代さんに草履で頭をひっぱたかれるのを避けていた。(後ろに目があるのかなあの人)

その光景に思わずみんなで笑ったから、すこしうやむやになった。(その時は言葉の意味が分からないウチの弟や妹たち、梅さんの耳をみんなで塞ぐのに忙しかった。師範代さんは珠世さんに叩かれてた)

 

でも結婚したからって、お兄ちゃんとカナヲちゃんの生活は特に変わらない。

カナヲちゃんは竈門家に嫁いできた形だけど、今までだって両家は家族みたいなものだから建物だけ2つあるようなものだったし。

 

 

この日も、お兄ちゃんが山を下りて町に炭を売りに行った。

「炭治郎、ちょっといいですか?」

出発前に鬼舞辻さんがお兄ちゃんを呼び止めていた。

「炭治郎、いつもありがとう。これからもカナヲをよろしくね」

「ええ。もちろんです。鬼舞辻さん、これからもよろしくおねがいします」

ペコリと頭を下げながら山を下りて行ったお兄ちゃんの背に、鬼舞辻さんはその背が見えなくなってもずっと手を振り続けていた。

後でお兄ちゃんが話していたけど、この時に鬼舞辻さんからいつもみたいにお日様の匂いがしなかったんだって。

 

 

その日の夜、お兄ちゃんは帰ってこなかった。「多分、町でいろいろ頼まれごとを引き受けているんだ。よくあることだ」ってみんな気にしてなかった。

お兄ちゃんの代わりに私が鬼舞辻さんのお世話をした。

こっちのお風呂は温泉旅館みたいに広くて、私は好きだった。

夜はカナヲちゃんと3人で川の字になって寝た。

「ありがとう」

寝る前に鬼舞辻さんがそう言ってくれた声は、屈託のない澄んだ声だった。

 

 

 

 

明け方くらいなのかな。怖い夢を見て私はバッと飛び起きた。

 

本当に怖い夢だった。

 

雪の降る夜に、家に知らない人が来た夢だった。

どこかで見たことがある気もしたけど、知らない雰囲気の人だった。冷たい目をした人だった。

その人の腕が、見たこともない化け物になって。

お母さんを殺した。花子を殺した。茂を守ろうとした竹雄を殺した。

私は六太を守ろうとしたけど、一緒に殺された。

「この程度の血の注入で死ぬとは。太陽を克服する鬼など、そうそう作れたものではないな」

まるで汚いものを見ているように、その人は私たちを睨んでいた。

 

 

だけどその直後に、その人を掴む腕が伸びてきた。

むんずと掴んで離さないその腕が、その人を地面の中に引きずり込んでいった。まるで池か泉にでも引きずり込むみたいに。

 

「もう大丈夫です」

 

鬼舞辻さんの声だった。そう聞こえた。

襲われた怪我も消えていた。六太も、みんなも最初から何も襲われていなかったみたいに傷が無くなっていた。

夢の中だったけど、胸の中がポカポカと温かくなっていた。

まるでお日様に照らされているみたいに・・・

 

 

後で聞いた話だけど、この日同じように怖い夢を見た人はたくさんいた。

珠世さんや狛治さん、妓夫太郎さんのところの人たちも、怖い夢を見ていたけど、みんな最後には鬼舞辻さんが助けてくれたって言ってた。

夢の内容はバラバラだったけど、日本中で夢を見たり全然見なかった人がいたらしい。

怖い人の他に、知り合いでもない人が夢の中に出てきて、その人と町でバッタリ会って意気投合したり、全然そりが合わなかったりしたらしい。

 

 

 

 

 

「ハッ!」

布団から飛び起きると、カナヲちゃんが先に起きていた。

口に指を当ててシーってして。

 

鬼舞辻さんは起きていなかった。

まるで寝ているみたいに穏やかな顔だった。

 

 

 

「無惨様は、縁壱様とうた様に、会いに行かれました」

 

 

 

 

私は、カナヲちゃんが何を言っているのか一瞬分からなかった。

実感が無かった。

それがどういう意味か、じわじわと心臓の奥に鉛を流されるみたいに、苦しく理解できた。

 

 

カナヲちゃんは笑顔だった。

涙を流していた。

悲しそうな顔はしていなかった。

これは悲しい別れじゃないって、必死に自分に言い聞かせているみたいだった。

 

 

 

 

「無惨様、おっしゃっていましたね。ずっと楽しみだったって。やっと叶いましたね」

 

 

 

 

「無惨様がいなくなると、家がガランとしちゃいますね」

 

 

 

 

「死んでいくのを見て見ぬふりした兄弟たちのために、私これからも毎日お祈りします。あの子たちの分も禰豆子ちゃんたちのことを大事にします。幸せにします。笑顔でいます」

 

 

 

 

「だから安心してください」

 

 

 

 

「無惨様、今まで・・・」

 

 

 

 

カナヲちゃんは一度開いた口をつぐんで、言葉を一生懸命に選んでいた。

何を言おうか決めて、悩んで止めて

 

静かに笑顔を作って、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

      【 第一部 完 】

 

 

 


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